1番目の婚約解消⑨
アンジェリアのコーション国行きが決まって3か月、珍しくコーディル公爵家屋敷は賑わいに満ちていた。
ガーライド王国の王宮では、第一王子のライアルト殿下の誕生を祝った式典があり、コーディル公爵家は皆参加することになっているのだ。
アンジェリアの一番上の姉タチアナが、ライアルト殿下の婚約者候補として上がっているために、他の貴族に引けをとらないよう、屋敷の者は準備に奮闘していた。
ーーーライアルト殿下は、14歳になられるのよね
アンジェリアは、忙しなく準備に走り回るマリアナや他の侍女を横目にのんびりと窓から外の景色を眺めていた。
王宮の式典の参加のため、今日は特別にアンジェリアは勉強を免除されている。両親やタチアナとは違って、セシリアとアンジェリアは侍女から着替えの声がかかるまでは、私室でゆっくり過ごしていた。
「王子ご本人は床からようやく起きて挨拶するのがやっとなのに、何が目出度いんだか」
アンジェリアが、庭師が庭園の花の手入れをするのをぼんやり眺めていると、いつの間にか部屋に遊びに来ていた姉のセシリアが不機嫌そうにそう呟いた。
どうやら、今日の式典の主人公、ライアルト殿下の事を言っているらしい。
部屋にいた侍女は、セライアの不敬な発言に驚いて目を丸くしている。
「ーーふふ…セシリアお姉さまったらーータチアナお姉さまが聞いたら悲しむわよ? ーーそれに、シャーナ公爵様が、サスティアル国王から秘薬を預かってきたでしょ? 今日1日くらいは何とか、周りの目を誤魔化せるって」
今日の誕生祭の式典のためにサスティアル国王から王妹殿下のシャーナ公爵がガーランド王国へ訪れていた。サスティアル国王から、ライアルト王子の誕生祝いとして、王家秘薬を託されてきたらしい。サスティアル国としては、魔法石を他国の手前、ガーランド王国ばかりに融通できない代わりに誕生祝いとして第一王子に贈ったのだ。
ガーライド王国では、第二王子や第三王子を王太子に推す派閥もある。現段階では、第一王子のライアルト王子には、後ろ楯にコーディル公爵家やセーシル公爵家がついている。しかし、今回のような毒殺未遂による健康障害によって、第一王子の失脚の恐れも無きにしもあらずとなった。
第一王子の毒殺未遂をどんなに王家が隠しても、どこからか漏れ、貴族間で噂が密やかに広まりつつあったのだ。
そして、ガーライド王国内で王太子の座を巡り覇権争いによる内紛発生を、サスティアル国王も懸念していた。
サスティアル国王は、なんとしても妹が嫁いだガーライド王国が、ただ長らく平和であることを望んでいるのだ。
ーーーおじさまも、大層なシスコンであることーー
サスティアル国王と同じくらいに、シスコン気味な自身の姉を目をやると、何やら悪いことを思い付いたようだ。
「ーーそうね…サスティアル王国の秘薬にしても、ライアルト殿下の体が痩せてしまっていては、体調の悪さは誤魔化すことは難しいと思うけど? いっそうの事、第一王子が病気療養中って公表してしまえば良いのにーーねぇ、アンジェ? 今なら屋敷の中は、祭典の準備で隙があるわーーこのまま、どっか遠くの国に一緒に逃げちゃいましょうか?」
アンジェリア贔屓のセシリアは、アンジェリアのコーション国行きがどうしても納得できないらしい。先日も、アンジェリアに一緒にフォーガス国へ逃げようと提案をしていたところを、父親であるコーディル公爵に見つかり、大目玉を食らっていた。
「セシリア姉様ったら、そんなことをしては、コーディル公爵家の王家への忠誠心が疑われてしまうわよ? ーーでも…、セシリアお姉さまの心配してくれているお心だけ、ありがたく頂戴するわ」
「アンジェは、ほんとに真面目よねーーコーディル公爵家の事は、いざとなればサスティアル国王が何とでも手を貸してくれるわ」
「まぁ、公爵家についてはそうかもしれないけれど…、ライアルト王子殿下に何かあれば、タチアナお姉様が悲しむわ。今だって、毎日のように、殿下のお見舞いにーーー」
「そんなに、本当に、ライアルト王子が心配なら、タチアナお姉様がコーション国へ向かえば良いのではない? お姉様も魔力はなくとも、コーディル公爵の娘、サスティアル国王の姪なのだから…!!」
アンジェリアの言葉を遮り、真剣な表情をしたセライアに、アンジェリアはひどく驚いた。タチアナが他国に行くことなんて想像もしなかったのだから。
「アンジェの婚約を破談にしてまで、ガーランド王国に忠誠を尽くすのは私には納得できないの。もちろん、タチアナお姉様のライアルト王子を思うお気持ちも分かるけれど、妹のアンジェの幸せを壊してまで、御自分の欲望に忠実なのには、違和感があるのよ。本当は、ライアルト王子の御体調よりも王子妃、延いては王太子妃の座にすがっているのてはないかとーー」
「ーーセシリアお嬢様、もうそろそろ、自室にお戻りくださいませ。お着替えのご用意が出来ましたうえに」
セシリアが絶え間なくアンジェリアの婚約について、王家やタチアナへの批判を繰り返すのに堪えきれず、侍女の1人がセシリアに退室を促してきた。
今日は王宮に向かう大切な日だと言うこともあり、セシリアはブツブツ言いながらも、抵抗せずに立ち上がり部屋の出口に向かった。
アンジェリアが文句を言いながら部屋に戻るセライアを見ていると、セライアがアンジェリアに振り返った。そして、侍女がセライアのために部屋の扉を開け、外に立った一瞬の隙に、アンジェリアへ何かを放り投げてきた。
「ーー! そうだ! アンジェ、お誕生日おめでとう! これは、偶然街で会ったルカから、アンジェに贈り物だって」
ーーー?! ルカから?!
ぽすーーっと手に収まった小さな箱を、侍女が振り返った際に、アンジェリアは慌て背の後ろに隠した。
アンジェリアのコーション国行きが決まった時から、アンジェリアの決心が鈍るようなものは、尽くコーディル公爵家は排除していた。友人のマチルダとのお茶会も、城下町の散策も、邸宅の図書室への出入りさえも情報紙があるからと禁止または制限されている。
この中で、セーシル公爵令息、ルカとの接触は禁止事項のトップであった。セシリアがアンジェリアをフォーガス国に逃がそうと計画したのも、ルカと結託しての事であったため、コーディル公爵家の子供達は、セーシル公爵家との接触を禁止されてしまっていた。
ーーーセシリアお姉さまったら、偶然なんて…私のために、お父様達の目を盗んで、ルカから預かってきてくれたのね
セシリアにもコーディル公爵の監視の目がついており、セーシル公爵家のルカに接触するには大変困難だ。娘とはいえ、コーディル公爵に見つかった場合には謹慎などの重い罰を受ける恐れもあった。
それでもセシリアはアンジェリアのために、色々と策を練ってルカに接触してくれたらしい。
アンジェリアは受け取った小さな箱をぎゅっと握りしめた。
「ーーそれ、『見つからないように、肌に離さず持っていて欲しい』ってーーあいつ、本当に諦めが悪いわよ、きっと、これからも諦めないわよーー」
ちゃんと渡したからね! っと言って、セシリアは部屋から出ていった。様子を見ていた侍女も、目を伏せて見なかったことにしてくれるらしい。
ーーー諦めなくてはいけないのにねーー
セシリアの言葉に浮き足立つのを抑えつつ、受け取った箱を開けると華奢な金色のブレスレットが収まっていた。中央に1つ小さな石がついており、ルカの瞳の色と同じ碧い石があしらわれている。
ーーー肌に離さずかぁ…
余計に寂しくなっちゃうじゃないーーと思いながらアンジェリアはブレスレットをいつも身に付けている巾着の中にしまうことにした。




