第十八話 ルッツはひどいやつなのです。
ティアは、暫し微動だにできなかった。ルッツの話は百パーセント嘘だという確信に、大きな亀裂が走る。
――まさか……本当に……。
ティアがファイルに手を伸ばす。しかし、触れる寸前で、ルッツがひょいとファイルを持ち上げた。
「こんな重要な情報を、ただで教えるとおもうかい? 言っただろう? ビジネスだって。もしこれを見たいというのなら、モーコさんと僕が二人で話せるよう取り計らってもらおうか」
「なっ……!」
「加えて、モーコさんがトレードに了承したなら、ティアさんにもそれに従ってもらう。約束できるなら、このファイルをお見せしよう」
「くっ!」
ティアに初めて、迷いの色が見えた。もし本当に治療が可能ならば、モーコの意思に委ねるのが筋ではないだろうか、と。
その背中を押すように、ルッツが言う。
「モーコさんは、治療後にガルバトゥスで活躍できる。ガルバトゥスは、その恩恵に与れる。ティアさんはモーコさんを活躍の場へ送り出すことができるし、セントレイクはSランクスナイパーという強力なウォーリアを手に入れることができる……ああ、それを考えると、モーコさんはトレードを受け入れることで、今までお世話になったセントレイクに恩返しができる、ということにもなるね。ほら、みんなWINじゃないか。一体何を迷うことがあるのか、僕にはさっぱりわからない」
「ティア。迷っては駄目です」
話の腰を折られたルッツが、不快そうに見た先はハルナだ。
「僕はティアさんに聞いているんだ」
「わたしはモーコをSランクまで育てたブリーダーです。意見を申し上げる立場にあるかと」
ルッツはソファの背もたれに背中を預け、肩を竦めた。
「いいよ。君の意見は?」
「ティアの独りよがり、と仰いましたけれど。わたしも、モーコにぞっこんですから。二人よがりですね」
「君は一体、何が言いたいんだい」
ルッツが嘲笑しても、ハルナは穏やかな笑みを消さずに続けた。
「ああ、二人よがりでもありませんね……ファンネルシュさん、年間、モーコに届くファンレターの枚数、ご存じですか?」
「そんなこと知らないよ」
「去年は、一万通を優に超えていたでしょうか」
「ふーん? まあ、モーコさんの人柄なら、そのぐらいはもらっているかもね」
「モーコは、いただいたお手紙すべてに、お返事を書いています」
ルッツは返答に窮し、取り繕うようにコーヒーを口に運んだ。
「ふふ、驚きましたか? あの子、本当にマメでして。モーコの魅力は、それだけじゃないんですよ。災害が起きれば、一番先に駆けつけてくれます。泥にまみれるようなお仕事に、嫌な顔一つせず取り組んでくれます。そんなモーコだからこそ、みんな大好きなんですよ。ここに居てほしいんです。モーコは、セントレイクの人々に愛されているヒーロー。そのことを、ゆめゆめお忘れなきよう」
その言葉は、ティアの心に突き刺さった。ルッツの言葉にのせられ、一瞬でもモーコを手放すことを考えた自分を、深く恥じた。
――ごめんね、モーコ。
ティアは、コンダクターとして、モーコの日々の行動に恥じぬ選択をしようと決意する。例えそれが、モーコの意思に背く選択であったとしても。
「ルッツさん。せっかくのお話ですが、お断りいたします」
ティアの表情に、もう迷いはない。
それを悟ってか、ルッツは力なく笑い、ファイルをバッグにいれて立ち上がる。
「そっか。残念だ。お互いに、いい話だと思ったんだけど。次に会うのは、『アリオンの祭典』だね。バトルを楽しみにしているよ」
「待ってください」
歩き出そうとしたルッツを、ティアが呼び止めた。
「なんだい?」
「今後、モーコには一切関わらないこと。お約束いただけますね?」
「……わかったよ。わかった」
ルッツはうんざりしたように言って、エレベーターへと向かった。
ルッツを送り出し、ヘリが遠くへ去ってから、ティアが言う。
「ありがとう。ハルナがいてくれてよかった」
「……本当にウォーリア・タワーを出ていったりしないですよね?」
ハルナが不安そうに尋ねると、ティアは笑って答えた。
「ああでも言わないと、あの男は引き下がらないでしょ……ねえ、ハルナ」
「はい?」
「ハルナは、コンダクターになるつもりはないの?」
「怒りますよ?」
そう言ったハルナの表情は悲しげだ。
「……ごめん」
「わたしは、世界一のブリーダーになる。ティアは、世界一のコンダクターになる。ファーラさんがお亡くなりになった時、二人でそう誓ったじゃないですか」
「そうよね」ティアはパンッと顔を叩いた。「さ、『アリオンの祭典』への出場枠選考会の準備をしましょ。遅れたら、Aランクのウォーリア達に怒られちゃうわ」
「……絶対に、優勝しましょう」
ティアとハルナは、笑顔で拳を合わせた。
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ファンネルシュシステム社長室に戻ったルッツを、ラフィーネが出迎えた。
「お疲れ様でした」
「うん。例の件、調べておいてくれたかい?」
「はい。新たに登録されていたスキル『マーチング&マーチング』によって、われわれの脅威となりそうな国は三カ国。ローレンス、カーネ、コルトー。いずれもシード国ですね」
「まったく……メンバー全員攻撃力二倍とは、えげつない。そのうち、過去の調査でSレア以上と想定されるエンハンサーが所属している国は? たしか、ローレンスは記憶していたけど」
「はい。ローレンスと、それにコルトーもそうですね」
「これほどのスキルだ。レア度がA以下のエンハンサーのスキルとは考えにくい。そうそう、セントレイクのほうも頼むよ」
「……ポヨッペというウォーリアの件ですか? 地球生まれとはいえ、初期育成のうちにスキルが発現する可能性は極めて低いかと」
「うん、わかってるんだけど……」
ガルバトゥスを優勝に導くという大義はあれど、それ以上にルッツがこだわっていることがあった。
それは、セントレイクの優勝を阻止することである。最悪、ガルバトゥスが優勝を逃すことがあっても、セントレイクさえ優勝しなければいいと思うほどだ。
――どうしても、彼女がほしい。
ルッツは、恍惚とティアの姿を脳裏に描いた。
多くの女性がルッツの容姿と財産を求めてすり寄ってくる中、ティアは唯一、敵対心をむき出しにして抗ってくる女性だった。その芯の強さと、会話を通して伝わってくる熱に、ルッツは強く惹かれていた。
――ほしいものはなんでも手に入れてきた。彼女も必ず、僕のモノにしてみせる。
ティアが服従し、一枚、また一枚と自ら服を脱ぎ捨て、恥じらう表情を撫でてやるその日を思い浮かべると、ルッツは天にも昇る心地になり――。
「社長?」
ラフィーネがルッツを現実に引き戻した。
「ああ、ごめんごめん。とにかく、どうしても引っかかるんだ。モーコさんを通して、情報を引き出してほしい」ルッツはICレコーダーをテーブルの上に置いた。「こいつに、今日の会議の音声データが入ってる。うまく使ってくれ」
「モーコさんに? では、モーコさんと話す許可をいただいたのですね」
「いや? 二度と接触するなって言われたよ」
ラフィーネが眼を丸くした。
「では、どうやって?」
「いやあ。僕は駄目だって言われたよ? 僕はね。でも、例えば、ラフィーネがさ。モーコちゃんのことを想って、個人的に行動したとすれば、僕にはそれを止められないだろう?」
「あなたという人は……」
ラフィーネが呆れて頭を抱えれば、ルッツは悪魔じみた笑みを見せる。次いで、ICレコーダーの隣に、分厚いファイルを投げ置いた。モーコの心の問題を治せる証拠として、ティアに見せたものである。
「ついでに、こいつを処分してくれるかい?」
ラフィーネはファイルとICレコーダーを手に取った。
ファイルをパラパラとめくってみると――。
「……真っ白じゃないですか」
「小道具だよ、小道具。その音声を手に入れるためのね」
すべてを察したか、ラフィーネは青ざめた。
「ば、ばれたらどうするつもりだったのですか!?」
「その時は、その時さ。いやあ、スリリングな会談だったよ。でもまあ、ティアさんやハルナさんが、モーコさんを手放すわけがないだろう?」
「本当に、あなたという人は……」
それ以上何も言わず、ラフィーネはファイルとICレコーダーを持って社長室を出た。
「立ち直ってくれるといいなあ。モーコさん」
ルッツは白い歯を見せ、悍ましく笑った。
別作着手のため、十月中旬~下旬頃まで更新停止します。
忙しくなる前に、どうしても仕上げたい作品がありまして……読んで下さっていた方は申し訳ございません。




