第十七話 モーコを巡って論戦なのです。
ウォーリア・タワーの上空から、ヘリが一機、ゆっくりと降りてきた。屋上に着地する直前、ヘリのドアから中折れ帽子を押さえて華麗に飛び降りた男は、ルッツ・ファンネルシュである。
――いちいち格好つけちゃって。
そんな気持ちを抑えこみ、ティアは笑顔を作って出迎えた。
「お久しぶりです、ティアさん。いやあ、今日もお美しい!」
そう言って、ルッツは帽子を取り、深々と頭を下げる。
「相変わらず、お上手ですね。では、こちらへ」
ティアが促し、二人エレベーターへと向かう。
「どうです? セントレイクのウォーリア達の調子は」
「今のところ、順調ですよ。みんな、今年こそはと意気込んでいます」
「それは怖い! 特にアウスタリスさんやスコルク君には、いつも苦しめられていますからねえ。お手柔らかにお願いしますよ」
――よく言うわ。
言葉を飲みこみ、ティアは「良いバトルになるといいですね」とお茶を濁した。
「そういえば、新しいウォーリアが加わったそうですね」
――さっそく来たわね。
ティアは警戒心を見せないよう、穏やかに微笑んで答える。
「ええ。今後が楽しみなエンハンサーですよ」
「いや、羨ましい。うちにもエンハンサーはいますが、スキルがパッとしないんですよね。結局、アタッカーを増やしたほうが強いチームになってしまうんですよ。ポヨッペさんでしたっけ? レア度はどうだったんですか?」
「そんな重要な情報、教えるわけないでしょう? 優勝国のコンダクター、ルッツさん?」
意地悪そうにティアが言うと、ルッツは困り顔で大げさに手を横に振った。
「そんな、僕なんて、ティアさんに比べたらまだまだですよ」
それっきり、とりとめのない世間話だけが続き、ルッツがポヨッペについて聞いてくることは無かった。あっさりと引き下がったルッツを不審に思いつつ、エレベーターのドアを開く。
執務室について、ティアはルッツをソファに座るよう促した。同時に、ハルナがコーヒーを運んで来て、テーブルの上に置く。
「お話の前に」ティアはルッツの向かい側のソファに座った。「『アリオンの祭典』まで、もう一か月を切っています。ウォーリア・タワーの見学を希望されているとのお話ですが、非常にデリケートな時期ですので、お受け致しかねます。ご理解ください」
言葉は丁寧だが、ティアは強い口調で言った。ここだけは絶対に譲れないとばかりに。
しかしルッツは、笑って応じた。
「もちろん、構わないよ。無理にとは言わないさ」
肩透かしを食らったようで、ティアの力がどっと抜けた。次いで、ならばなぜそんなことを言い出したのかと、腹立たしさがこみ上げてくる。
「それで、ティアさんのブリーダーとしての報酬だけど――」
早速本題に入ろうとしたルッツを、ティアは鋭く遮った。
「ルッツさん、わたしはガルバトゥスに移籍するつもりはありません。コンダクター辞任後は、ここでブリーダーとして働くつもりです」
「……どういうことかな」ルッツが眉間にしわを寄せた。「すでにグランツ大統領とは話がついているんだけど」
「わたしの意向を無視して進められたことです」
「セントレイクの法律では、コンダクターの人事権は大統領にあるはずだ。ティアさんの一存でどうこうできる話ではないんだよ?」
ルッツがたしなめるように言うと、ティアはルッツを睨みつけた。すでに場は穏やかではない。
「あなたの会社でも、本人の意向ぐらいは聞くでしょう? なんの相談もなしに、有り得ない話ではありませんか」
「そんなこと、僕に言われても困る。ティアさんとグランツ大統領の問題だろう?」
「では、その問題が解決するまでお待ちください」
「いずれにしても、もう決まったことさ。コンダクターとして、国が決めたルールには従うべきだ。下の者たちにも示しがつかないだろう」
「コンダクターとして、ですか」
不意に笑みを見せたティアを、ルッツは推し量るように見た。
「何がおかしいんだい?」
「もしグランツ大統領が、どうしてもわたしをガルバトゥスへ移籍させるというのなら、わたしはその前にウォーリア・タワーを去ります」
「……なんだって?」
ルッツが初めて動揺を見せた。
「ティア!」
ハルナもまた、取り乱して叫んだ。しかし、ティアは涼しい顔をして続ける。
「コンダクターでもない、ブリーダーでもない、ただの一般人。それならば、あなたに、そしてグランツ大統領にも従う理由なんてないわけですから」
ティアとルッツが睨み合って数秒。
ルッツは大きくため息をついた。
「どうやら、ティアさんは冷静ではないようだ。また出直すとするよ。もう少し、よく考えてみてくれ。君を必要とするウォーリアは、たくさんいるんだから」
そう言って、ルッツがコーヒーを一口飲む。そのタイミングで、ティアは、すでに封が切られた国際郵便をテーブルの上に置き、ルッツに向けて滑らせた。
「我が国のウォーリアから、このような手紙が届いたと報告がありました」
ルッツはそれをチラリと見て、コーヒーを置いた。
「ああ。僕がモーコさんに送ったものだね」
「二度とこのようなことはしないでください」
「どうしてだい?」ルッツがとぼけた調子で言った。「モーコさんを心配して、善意で送ったものだよ。モーコさんは、この問題のせいで五年間も『アリオンの祭典』に出場できていないそうじゃないか。Sランクのウォーリアだというのに、可哀想だろう」
「善意、ですか」ティアは声に怒気を込めた。「わたしには、悪意しか感じられませんが」
「心外だね。どうしてそう思うんだい?」
「前例があるでしょう? まさか、お忘れですか?」
「誤解だよ。接触したことは確かだけれど、うちのウォーリアが無礼を働いたから、お詫びをしたかっただけじゃないか。その時に、噂話を偶然耳にしたに過ぎない。あんなことになるなんて、想像も――」
「いずれにせよ!」ティアは言葉を遮った。「わたしはあなたを信用していません。そんなあなたに、モーコを預けるなんて有り得ません」
「モーコさんは何て言っているんだい?」
「モーコには、わたしの決定に従ってもらいます」
「ひどいなあ」ルッツが低く暗い声で言った。「僕のことをずいぶんと言ってくれているけれど、ティアさんも悪意の塊じゃないですか」
「なんですって?」
「そうでしょう? モーコさんの意見を聞こうともしない。ティアさんの意見ばかり押し付けて、これが悪意じゃなくてなんです?」
ティアは小さく深呼吸をした。相手を揺さぶり、自分の都合のいいように議論を運んでいくルッツのやり方を、ティアはよく理解している。
「わたしは、モーコのことを心から大切に想っています。その上での判断を、悪意とするのはあんまりではないですか?」
「僕には、それがティアさんの独りよがりに聞こえるけれども」
「そもそも、あなたが善意だ悪意だと言うのもおかしな話です。モーコは我が国のウォーリアです。あなたがモーコを心配する理由なんてないでしょう?」
「……わかったよ、本音でいこう」ルッツは足を組んだ。「僕があの手紙を送ったのは、ビジネスのためさ。それなら、ティアさんも理解できるだろう?」
これだ。
話がどうもうまくいかないと思えば、あっさりと数刻前の自分を否定してみせる。ティアは、まるで道化を相手にしているかのような感覚を覚えていた。
「ビジネス?」
「僕はモーコさんをガルバトゥスに迎え入れたいと思っていてね。確かティアさんのところは、スナイパーが不足していたよね。うちのSランクスナイパー、ロズビィ。知ってるでしょ? ガルーダのウォーリア。彼女とトレードの提案をしたい」
ティアは耳を疑った。トレード自体は多くの国々で行われているが、それは基本的に初期育成の段階である。手塩にかけ、ようやくSランクまで育て上げたウォーリア同士をトレードさせるなど、ティアにとって有り得ないことだ。
唖然とするティアを置き去りに、ルッツは続ける。
「ティアさんにもわかると思うけど、一つ飛びぬけたステータスがあるウォーリアは、何かの局面で役に立つ。モーコさんで言えば、生命力だね。世界一の生命力だよ? ぜひうちにほしい」
「有り得ません」ティアは漸く我に返った。「モーコはうちにとっても大切なウォーリアです。トレードなんて、絶対に受け入れられません」
ルッツがうんざりとした口調で返す。
「だからさぁ……そういうのが、ティアさんの独りよがりなんですよ」
「わたしの何が――」
「モーコさんが、そうやってセントレイクに縛られたとして。活躍できるのは一体いつだい? 五年先かい? 十年先かい? うちは違う。治療法が確立している。来年――いや、もしこの場でトレードが成立したなら、今年の祭典にだって間に合う可能性はある。君らはどうだ。モーコさんを大事だ大事だと言いながら、モーコさんの可能性を潰しているだけじゃないか」
さすがに、ティアは冷静ではいられなかった。
「治療法が確立したですって? よく言いますね。その証拠がどこにあるんですか! 結局はモーコを利用して――」
ティアが言い終わる前に、ルッツはバッグから分厚いファイルを取り出し、テーブルの上に投げ置いた。
「こいつは、モーコさんと同じ症状に悩まされていたうちのウォーリアが完治するまでの記録さ。疑いようのない証拠が、ここにある」




