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第十五話 恭也は鈍感なのです。

 恭也は、クレイラに来てから一度も地球に戻らず、与えられた一室で過ごしていた。年末年始、特にこれといった予定もなく、戻る理由が何もないからだ。


 ルッツがウォーリア・タワーを訪問する前日の夜の事。


 ポヨッペが眠りについたことを確認し、恭也はそっと部屋を出てモーコの部屋へと向かった。モーコから相談があるということで、呼ばれたのだ。


 なぜ、恭也なのか。ティアやハルナ、ウォーリアたちと、相談できる相手はたくさんいるというのに。


――なんか、特殊な事情がありそうだな。


 考えながら、恭也はモーコの部屋にたどり着き、ノックをした。


 静かにドアが開き、モーコは恭也を招き入れる。


「すみません、わざわざ来ていただいて……」


 モーコの目に少々クマができていた。


「気にすんなって。あんまり眠れてないのか?」

「いえ……まあ、ちょっと」


 二人はテーブルを挟んで向かい合わせに座った。


 数秒の沈黙を置いて、恭也が口を開く。


「相談て何?」

「……実は、わたしの心の問題が治るかもしれないんです」

「心の問題って、バーチャルで痛みを感じるあれのことか?」

「はい。ガルバトゥスにもわたしと同じ症状に悩むウォーリアはいて、最近、完治に成功したそうなのです」

「なぜそれを?」


 他国の情報。しかも、モーコの部屋には何か調べるような端末の類は見当たらない。


「ガルバトゥスのコンダクター、ルッツさんからの手紙で知ったんです」

「なんか、胡散臭い話だな」恭也は正直な感想を言った。「『アリオンの祭典』が近いってのに、ライバル国のウォーリアを助けるようなこと、普通するかな」

「ええ……わたしも、そう思います。でも……」


 諦めきれない。わずかでも可能性があるのなら、それに縋らずにはいられない。そんな思いが、モーコの苦悶の表情から十分に見て取れた。


「モーコちゃんの気持ちはわかるよ。でも、その、治療法っての? ティアやハルナさんがちゃんと調べてくれるだろ。これから大事な時期なんだし、急ぐ必要はないさ」

「急ぐんです」モーコは一枚の紙をテーブルに置いた。そこに書かれていたのは、たったの三行。「読みますね。ティアさんが今年の『アリオンの祭典』を最後にコンダクターを辞める話は聞いていると思う。悔いの残らないよう、早急にガルバトゥスで治療することをお勧めする。モーコ様、ルッツ・ファンネルシュ」

「……は!?」


 あまりにも唐突で、恭也は事態を飲み込むのに数秒要した。


「本当のことを知る勇気がでなくて……届いた手紙の最後の一枚だけ、ティアさんに渡さなかったんです」

「いやいや、おかしいだろ!? ティアはそんなことおくびにも出してねえじゃん! 嘘に決まってる!」

「ティアさんは……そういう方です」モーコは悲し気に視線を落とした。「ウォーリアに心配をかけないために、感情を押し殺すことができてしまう方です」

「いや、でも……」


 この時恭也は、ティアが『アリオンの祭典』の説明をする下りで、くぐもった声で言った言葉を思い出した。


『二位じゃ……駄目なのよ』


 恭也は勢いよく立ち上がった。


「ティア、まだ執務室にいるよな」

「え? はい、多分。明日がルッツさんの訪問日ですから、お忙しいかと」

「確認しにいこう。それが早い」

「ええ!? だ、駄目ですよ、ティアさんにご迷惑が――」

「モーコちゃんだって、もやもやしたままじゃ嫌だろ? それに、この件がはっきりしないと、ガルバトゥスですぐ治療をするかどうか、判断ができないじゃないか」

「そ、それは……そうですけど……」


 恭也はモーコの側に来て、肩をポンと叩いた。


「大丈夫。俺の勘が正しければ、その手紙には嘘がある」


----


 突然の恭也とモーコの訪問に、ティアは驚いた様子であったが、快く執務室に招き入れた。


「悪いな、忙しいのに」

「わたしも用事があったから。朝にしようと思っていたけれど、ちょうどよかったわ。それで? 話って?」


 テーブルを挟み、恭也とモーコ、そしてティアがソファに座ると、モーコはルッツから送られた最後の一枚の手紙をテーブルの上に置いた。


 それを見たティアは、すぐにすべてを察したようで、たしなめるような目でモーコを見た。


「こういうことは、隠さずきちんと報告すること。いいわね?」

「はい……」


 ティアは手紙を手に取った。


「最後の署名が無かったから、おかしいとは思っていたけれど――」

「これは、事実じゃないな?」


 恭也に聞かれ、ティアは視線を恭也に移した。


「どうしてそう思うの?」

「前、二位じゃだめだっつってたよな。つまり、一位になれば、ティアはこのままコンダクターのままでいられる。違うか?」

「……意外と、察しがいいのね」ティアは感心したように言って、続けた。「三年連続、優勝を逃しているからね。大統領がおかんむりなのよ。今年が最後のチャンスだってね」

「やっぱりな……ん? なんでルッツってのがそれを知ってるんだ?」

「今年の『アリオンの祭典』で優勝を逃したら、わたしがガルバトゥスにブリーダーとして雇われる話になっているのよ」

「はあ!? おま、それでいいのかよ!?」


 ティアは言下に答える。


「もちろん、きっぱりと断っているわ。セントレイクから離れるつもりないもの。安心して」

「大統領の命令を……断れるものなのですか?」


 モーコは不安気に聞いたが、ティアは穏やかな笑顔で返した。


「大丈夫。それに、今年一位になればまるく収まるもの。見たでしょ? ポヨッペちゃんのスキル。あれで奇襲攻撃を仕掛けることができれば、ガルバトゥスチームに確実に勝てるわ。そのためには、まずポヨッペちゃんの出場をガルバトゥス側に悟られないようにしなければならないの。わかるわね?」

「なるほどな」恭也が言って、モーコの肩に手をのせた。「優勝できるってよ。モーコちゃんが心配することはないんだ。優勝したら、のんびり治療に入ろうぜ。それでいいだろ?」


 まだ不安そうにしているモーコを見て、恭也は続けた。


「この手紙を送ってきた時点で、ルッツってのがモーコちゃんを情報源として狙っている可能性が高いってことだろ? まずは、優勝すること。そのためには、モーコちゃんがルッツと関わらないようにすることが、一番大事なんだ」


 ようやくモーコは納得したようで、「はい!」としっかりした返事をした。


 ティアがクスッと笑って、恭也を見る。


「なんだよ?」

「ううん。思っていた以上に、仕事をしてくれるなぁって」

「おう。こう見えて、仕事は真面目にやるからな」

「そんな恭也に、明日、頼みたいことがあるんだけど」

「なんなりと」

「明日の朝、モーコとポヨッペちゃんを連れて、お仕事に行ってほしいの。ここから百二十キロほど離れたところにある土地の開墾を手伝ってほしいっていう依頼があってね。お願いできる? 詳細は、書類をポストに入れておくわ」

「この時期にですか?」モーコが聞いた。「『アリオンの祭典』が近くなると、ほとんど依頼は来ないはずでは――」

「まあ、いいじゃねえか」恭也が言葉を遮った。「一緒に行こうぜ。モーコちゃんの仕事をしてるところとか、見てみたいしさ!」


 モーコ頬を赤く染めて、元気よく立ち上がった。


「ぜ、ぜひ! 頑張ります!」

「お、おう。楽しみにしてるよ」

「では、今日はもう休みますね! お時間を取っていただき、ありがとうございました!」


 モーコはペコリとティアに頭を下げ、急ぎ足で執務室から出て行った。


「ふーん……へーえ……」


 ニヤニヤとするティア。それに気づいた恭也が、訝しんで尋ねる。


「どうした?」

「……こういうのは、察しが悪いのね。さ、もう行って頂戴。まだ仕事がたんまりと残ってるんだから」

「お、おう。悪かったな」


 出て行く恭也を、ティアは軽く手を振って送り出した。


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