ワカラセテ♪
上空を覆い尽くした巨大な白銀の飛空艇から、重々しい鐘の音が響き渡りました。
船底のハッチが一斉に開き、漆黒の法衣に身を包み、白銀の仮面を被った異端審問官たちが、数十人規模で広場の石畳へと無音で着地します。
整然と槍を構え、広場を円形に包囲する仮面の部隊。
その冷酷な陣形を見た瞬間、へたり込んでいたマルティス枢機卿が悲鳴を上げました。
「ひ、首席審問官……ッ!? ま、待て、違うのだ! あれは悪魔の幻影で――」
「見苦しいぞ、マルティス」
先頭に立つ男――首席異端審問官が、抑揚のない冷たい声で言い放ちました。
彼が腰の長剣を抜いた瞬間、広場の気温が凍りつくように急降下します。
「聖国教会の最高幹部が、異国の白昼の空に不浄極まりない痴態を晒した。もはや言い逃れも弁明も不要。――そして」
仮面の男の冷徹な切先が、広場にいる兵士たち、王都市民、そして私へと向けられました。
「その恥辱を目撃した者すべてを生かして帰すわけにはいかぬ。我が主の聖名を守るため……この広場の不浄、一人残らず神聖浄化する」
広場を埋め尽くしていた市民と兵士たちから、絶望の悲鳴が上がりました。
そう、狂信の総本山たる異端審問部隊が、醜聞を外へ漏らさないために取る手段はただ一つ――目撃者の完全な口封じです。
「殲滅陣形、点火」
審問官たちが一斉に呪文を詠唱し、広場全体を焼き尽くす高純度の光の結界が展開されかけた――その刹那でした。
――バチィィッ!!
空間そのものが軋むような、暴力的で圧倒的な魔圧が広場の中央から爆発しました。
「……私の前で、誰を消すって言ったのかしら?」
前に進み出たのは、リリス様でした。
その瞳は黄金に妖しく燃え上がり、背後に広がった漆黒の魔力の奔流が、展開されかけた神聖結界を一瞬でガラスのように粉砕します。
ただ立っているだけで、大気が震え、石畳に放射状の亀裂が走る――神話の時代より生き続けるサキュバスクイーンの、正真正銘の『本気』の威圧。
「な……ッ!? 結界が、一瞬で……!?」
仮面の下で首席審問官の息が止まりました。
さらにその頭上を、銀色の閃光が駆け抜けます。
シュバッ! カンッ、カンッ、カンッ!!
審問官たちが構えていた神聖槍が、目にも留まらぬ速度ですべてへし折られ、広場の端へと弾き飛ばされました。
着地したララァ様が、鋭い爪を光らせて低く喉を鳴らします。
「ディードと、ララァのコンソメを邪魔するやつは……全員ズタズタに引き裂くにゃん!」
絶対の武力で周囲を威圧する、二人の最強の守護者。
百戦錬磨の審問部隊が、誰一人として一歩も動けず、冷や汗を流して硬直しました。
その張り詰めた沈黙の中へ、私は扇をパチンと鳴らしながら、優雅に一歩前へと歩み出ました。
「ハイハイはい! 首席審問官様のお出ましってわけね! 登場の演出が凝ってるのは結構ですけれど――身内の恥を隠蔽するために、私の大切な民や兵士たちを焼き払おうだなんて……ずいぶんな無法をお働きですこと!」
「……貴様が、この怪異共の主か。我らに刃を向けるということは、聖国教会すべてを敵に回すという意味だと分かっているのか……!」
強がる仮面の男に対し、私は冷ややかに口角を吊り上げました。
(出ましたわ、脅しのテンプレ! ゲームのまんまですわねw)
「立場を弁えていないのはどちらか、ワカラセテ♪差し上げますわぁ!」
私は懐から、魔導通信機のクリスタルを取り出し、指先で弄びました。
(大体、あなた方の上層部はみんな癖の煮凝りみたいな集まりなんですのよ! ゲームの設定資料集にもバッチリ書いてありましたもの!)
「ほれほれ、ガン見してご覧なさいな! 王都の空に上映したマルティス枢機卿の横領帳簿と、あの見るに堪えないネグリジェ姿の記録映像。マスターデータはすべて、私の手元にありますわ。……もし私たちがここで少しでも傷を負えば、この映像は王都だけでなく、大陸全土の商業ギルドと周辺諸国の王宮へ、フッ軽で一斉同報送信される手はずになっておりますの♡」
「な……に……ッ!?」
首席審問官の肩が激しく揺れました。
「全世界の民衆が知ることになりますわね。『聖国の敬虔なる高潔さはすべて欺瞞であり、信徒の寄進でピンクのフリフリネグリジェを着て豚を吸う変態が牛耳る組織である』と。……そうなれば、貴方方の本国の威信はどうなりますかしら? 信仰は崩壊し、各国からの非難と暴動で、教会そのものが瓦解するのではなくて?」
「き、貴様ぁぁぁッ……!!」
殺気と屈辱で全身を震わせる審問官。
ですが、彼らは手が出せません。武力ではリリス様とララァ様に手も足も出ず、謀略では完全に急所を握られているのです。
「さあ、取引とまいりましょう」
私は扇を広げ、氷のように冷徹な条件を突きつけました。
「条件は三つ。一つ、その無様なマルティス枢機卿の身柄を引き取り、本国の地下牢へ永久に幽閉すること。二つ、すでに国王が署名した『ローランド領の完全独立』を聖国教会本国としても正式に追認し、未来永劫の不可侵を誓約すること。そして三つ――口封じ未遂の慰謝料および、我がローランド公国の建国準備金として、国家予算一年分に相当する白金貨を即時支払うこと」
「ふざけるなッ! そのような要求、呑めるはずが――」
「あら、呑まなくて結構ですわよ? 今すぐ全土に映像をばら撒いて、聖国を滅亡の危機に追い込むだけですもの♡」
私の背後で、リリス様がスッと手をかざし、漆黒の業火を指先に灯しました。
完全なる詰み。
仮面の首席審問官は、ぎりりと奥歯を噛み締め――やがて、苦渋に満ちた声で剣を鞘へと収めました。
「……要求を、受け入れる。我が主の名において……貴公の領地への不干渉と、誓約の遵守を約束しよう」
「でしょう! そう言うしかないわよね! ウケる!」
審問官の手によって、泡を吹いて気絶したマルティス枢機卿が鎖で縛り上げられ、引きずられていきます。
あれほど傲慢だった侵略部隊は、一滴の血を流すこともなく、ただ惨めに自国の飛空艇へと逃げ帰っていったのでした。
「……ふぅ。ディード、あいつら本当に帰っちゃったわね」
魔力を収めたリリス様が、ふわりと髪を揺らして私の隣へ並びました。
「私の魔力、少しは見直してくれたかしら?」
「ええ、もちろん! 最高に頼もしくて、世界で一番美しい私の推しですわ!」
「にゃはは! ララァの爪もすごかったにゃん!」
「ええ、ララァ様の牽制も百点満点でしたわ!」
誇らしげに胸を張る二人を抱きしめながら、私は王都の空を見上げました。
遠く王城のバルコニーでは、守護の後ろ盾をすべて失った国王とエリック王子が、青ざめた顔でへたり込んでガクブルしているのが見えます。……実に情けない目汚しですわね。
王国は沈み、聖国は手を引いた。
もはや、私たちの行く手を阻むものはこの大陸のどこにもありません。
「さあ……すべて終わりましたわ。私たちの誇り高き故郷――ローランド公国へ、胸を張って凱旋いたしましょう!って思うじゃん!?まずは小腹が空いたから魔改造したコンソメ濃いめポテチを!」
王都の民衆から巻き起こる割れんばかりの歓声と拍手を背に受けながら、私たちは堂々と食べながら王都を後にしたのでした。
ここまでお読みいただき
本当にありがとうございます!
「コンソメは正義」と少しでも思っていただけましたら、作品下部にある
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