★覚書き★
※この物語上の設定です。実際にないものやそのような名称ではない場合があります。
【この物語の世界は、数え年】
生まれた時が1歳。年が明けると、2歳。次の年の元旦に3歳。
新年が明けると、みんな等しくひとつ歳を取る。
実際に生まれた日は、誕生日として祝うが、誕生日に歳は増えない。
【蒼潤の年齢】
誕生日は秋。生まれた時が1歳。数か月後に年が明けて2歳。(満0歳・生後数か月)
数え年で2歳でも、次の秋が来るまで0歳なので、2歳分の差がある。誕生日を過ぎれば1歳差。
峨鍈と出会った季節は春なので、数え年では14歳だが、満年齢は12歳。
【季節について】※いわゆる旧暦
春…1月、2月、3月
夏…4月、5月、6月
秋…7月、8月、9月
冬…10月、11月、12月
【青王朝】
およそ400年前、東の果てにクムサという国があった。その国では王族が天に祈らなければ雨が降らなかった。
王族は河伯の子孫であり、河伯とは青龍のことだ。クムサの王族は、青龍の力を失わぬように近親婚を重ねていた。
その力を手に入れようとしたトガム国はクムサ国に攻め込み、滅ぼし、王族女子を全員トガム国に連れ帰った。
クムサ王には、ふたりの娘がいた。姉王女はトガム王の側妃となり、妹は王弟の妃となった。他の王族女子もそれぞれトガムの王族に嫁ぎ、やがて姉王女の息子がトガム王になり、妹王女の娘が王妃となった。その王と王妃の間に生まれた子供たちは髪が青かった。――こうして、トガム国の王族は青龍の子孫となり、国名を『青』と改めた。
国名を改めた時に、姓を『蒼』とし、歴を『葵暦』に改め、皇帝を称した。
碧暦206年、第14代皇帝の嘆帝が側妃の弟である徐壕を摂政とする。翌年、徐壕が帝位を略奪。国号を『青』から『紺』に改め、藍暦を始めた。
藍暦15年、嘆帝の叔父である蒼佑が徐壕を破り、青王朝を復活させる。第15代皇帝(武帝)に即位し、葵暦が始まる。
青王朝は、碧暦が206年間と葵暦が220年間の約400年続いた王朝である。
【青王朝の皇族】
公主…皇帝の娘(ただし、生母は皇后に限る。皇后は通常、郡主の中から選ばれる)
郡主…皇太子の娘(父親が皇帝になれば、公主になる)、皇帝の姉妹(父親の在位中は公主)、皇帝の兄弟の娘(皇太子にとっては従姉妹)。ただし、どれも生母は郡主に限る。龍ではなく、『龍の揺籃』であり、髪は青くならない。
県主…側妃が産んだ娘(皇帝の娘でも生母が郡主でなければ、公主ではなく県主。また、皇帝の側妃が郡主であった場合は、その娘は郡主となる)
○○王…帝位を継がない皇子は王に封じられて、『○○王』という称号を貰う。○○には与えられた所領名が入るが、所領のない名目的な王もいた。爵位。
郡王…郡単位の所領を与えられた王。『○○郡王』。爵位。生母は郡主に限る。
郡王の正妃(郡主に限る)の息子も郡王に封じられる。
正当な皇族の血筋であるため、髪が青くなり、帝位継承権を持っている。龍。
県王…県単位の所領を与えられた王。『○○県王』。爵位。生母が郡主以外の皇子或いは、県王と郡主の息子。
県王の息子の生母が郡主である場合、県王に封じられ、父親(県王)の領地を相続できる。
【後宮の位】
皇后、貴人、美人、宮人、采女
太后…皇帝の母
【皇帝と郡王】
胡帝→礎帝→余帝(蒼絃)
・峨鍈の祖父の峨旦が仕えた皇帝は礎帝。
・蒼昏は胡帝の息子で、胡帝の皇后の唯一の皇子。
・礎帝の生母は、胡帝の貴人で、恙家の娘。礎帝即位後、恙太后。
・礎帝は龍ではなく、恙家の娘を皇后に迎えたため、その皇子である蒼絃も龍ではない。
・寧山郡王と越山郡王は、胡帝の同母弟である洪陵郡王の息子たちで、龍。
寧山郡王と越山郡王の母親も蒼家の娘であり、自分たちの正妃に蒼家の娘を迎えているので、その息子も龍。
しかし、恙太后によって、息子たちはことごとく殺される。
第6代皇帝 昌帝 その皇子 陸成郡王
第7代皇帝 文帝
~
第14代皇帝 嘆帝 ここまでが碧暦
徐壕が帝位を簒奪していた15年間がある。
第15代皇帝 武帝 ここから葵暦
~
第25代皇帝 明帝
第26代皇帝 昭帝
第27代皇帝 宣帝
第26代皇帝 元帝 同母弟の娘が蓮景郡主と蘭景郡主
第27代皇帝 胡帝 同母弟に洪陵郡王、洪陵郡王の娘は桔佳郡主
第28代皇帝 礎帝(即位以前は低山県王、生母は恙貴人)異母兄は蒼昏
第29代皇帝 蒼絃(蒼潤の従弟、生母は恙皇后であるため本来は県王ですらない)
蒼潤の生母は桔佳郡主、父は互斡郡王。互斡郡王の生母は蘭景郡主で、父は胡帝。
桔佳郡主は、胡帝の同母弟である洪陵郡王とその従妹である蓮景郡主の娘。
蓮景郡主と蘭景郡主は両親を同じくする姉妹。互斡郡王と桔佳郡主も従兄妹同士の間柄。
【正室と側室、妾】
正室…婚礼を行い、妻として迎える。第一夫人。
あらゆる権限を持ち、側室や妾、使用人たちを取りまとめる。
側室…婚礼を行い、妻として迎える。婚礼時に正門から入ることができるのは正室のみ。側室は脇門から入り、正室に挨拶をする。
正室の許可がなければ、家に迎え入れて貰えない。
妾…婚礼を行わないし、公的には妻として認められていない。妻としての権利を持たなず、妻として扱われない。
正室にとっては下女のような存在なので、正室は妾からの挨拶を受ける必要はない。
妾の子を認知するか否かは男次第。正室か側室、祖母が子供を引き取り、養育する場合もある。
【嫡子、庶子】
嫡子…跡継ぎのこと。正室が産んだ最も年長の男子がなることが多い。
父親が跡継ぎを決めずに亡くなった場合、跡継ぎの指名権は正室にある。
庶子…青王朝においては、妾が産んだ子供のこと。
ただし、子供としての権利を持たないため、家名を名乗ることができない。
父親による認知済み。認知して貰えないと庶子にもなれない。
【天下】
天下には、ふたつの大きな河が流れている。――清河と深江である。
清河は天下の北部を流れ、深江は南部を流れ、ふたつの河の間にある大地――雅州、併州、琲州、随州の辺りを『中原』といった。
清河よりも北の大地――敖州、渕州、壬州、和州を『北原』といい、敖州や和州より北は異民族の大地であるため、青王朝においては天下の外という認識である。
一方、深江より南の大地――越州、黄州、予州は、『江南』といい、江南3州よりも南は異民族の大地であるため、やはり天下の外である。
江南の3州は広大であり、その3州だけで中原と北原を合わせた広さに匹敵する。しかし、その多くは森林に覆われ、或いは、山々が連なっているため、人の住める土地は僅かだった。
特に越州の南方は未開の土地であり、青王朝において、しばしは流刑地として利用されていた。
楢州と冷州の2州を合わせて西原。
【地理】
和州
敖州 渕州 壬州
冷州 雅州 併州 随州
琲州
越州 黄州 予州
・和州…瓊倶と敵対する糜丹がいる。
・琲州珉郡…晤貘に乗っ取られた。
・随州…刺史は、彭顕で、峨鍈の父の峨威と因縁がある。
・渕州…大半が瓊倶の支配下にある。
互斡国…渕州内にある。国相は蒼昏。
・併州…渕州と琲州に挟まれている。刺史に力なく、牧は不在。太守たちがそれぞれ独断で動いている状態。後に峨鍈が手に入れる。
斉郡…併州の内にある。乱を沈めたことで、瓊倶の推薦により峨鍈が斉郡太守に任じられる。
赴郡…併州の内にある。赴郡太守は貞糺。
【併州地理】
渕州互斡国
斉郡 豊陽郡 杜山郡
椎郡 赴郡
琲州珉郡
【出身地】
蒼潤は渕州互斡国の生まれ
峨鍈は琲州霖国鄭県の生まれ
柢恵は琲州鮮郡杳鈷県の生まれ
【時間】
一刻…約2時間 半刻…約1時間
四半刻…約30分 小半刻…15分
一刻のうちの最初の1時間は初刻。その後の1時間は正刻。
宵の口…午後8時か9時頃
未の刻…午後2時から午後4時
【距離】
1里=約400m
【成人】
冠礼…男子が20歳になると行われる。士官できるようになり、結婚もできるようになる。
字もこの頃に貰える。
笄礼…女子が15歳になると行われる。髪結い式。
洗髪して、髪を結って簪を挿す。これを行って、成人したと見なす。
字もこの頃に貰える。
笄礼前の女の子の髪型は、二つに分けて三つ編みにした髪を頭の左右でお団子。
笄礼を済ませた少女は、ハーフアップのお団子に簪を挿す。後ろ髪を長く垂らす。
既婚女性は、髪は垂らさず、すべて結い上げてお団子。簪を挿す。
【婚礼について】
同族不婚…同じ姓の男女は結婚してはならない。※ただし、蒼家は例外である。
六礼…夫婦になるための、納采、問名、納吉、納徴、請期、親迎の六つの儀式のこと。
ものすごく日数が掛かるため、乱世では簡略化された。
拝事…簡略化された婚礼。仲人を介さず、新郎は面紗で顔を覆った新婦を自宅に迎え、新郎が新婦の面紗を取り、新婦が姑と舅に挨拶をして終わり。
【城のこと】
城…二重の壁で囲んだ都市のこと。
郭…都市の外側を防御する壁。外郭。その扉は、外郭門。物語の中で『城壁』と書く時もある。
城…都市の中心の重要拠点を防御する壁。城壁。その扉は城壁門。物語の中で『城門』と書く時もある。
内城…城壁の内側のこと。城の主の私的な宮殿が宮城。
宮城の南側で、官庁が集中する場所を王城(※)。宮城と王城(※)を合わせて、内城。
外城…城壁で囲んだ都市全体
※皇城、王城、郡城、県城……皇帝、王、郡の長官(太守)、県の長官(県令)が中心となって政務を行う宮殿。
【皇城】
瑞光門をくぐって皇城に入る。
瑞雨門をくぐると、その先は朝堂院。
朝堂院には大きな朝庭があり、その左右に殿舎が建ち並んでいる。さらにその奥にも殿舎があり、これらは庁舎。
朝庭を突っ切るようにまっすぐ進むと瑞香門があり、その先の正面に朝堂がある。
朝堂の左右の殿舎は、朝集殿。
朝堂…朝議を行う広間。
朝集殿…参集した官吏たちの待機場所。
朝堂が中央にあり、東側の殿舎を文官が、西側の殿舎を武官が使う。
迎賓殿…賓客を滞在させる宮殿。
【建物のこと】
四合院…中庭を『ロ』の字に囲った造りの家。これを基本に、建築を縦に伸ばす「進」、横に並べる「跨」
『ロ→』一進 『日』→二進 『目』→三進 四進、五進もある。
二進四合院からは前庭がつく。前庭までの建物は応接や客室。
中央が母屋(正房)で、主人が住む。東の建物東廂房)には息子が住み、西の建物(西廂房)には主の母親や妻、娘が住む。
南側の建物(倒坐房)には、逆向きの間があり、厨房や厠がある。
帝都の峨鍈邸…南跨院、東跨院、西跨院がある。南跨院の東側は園林(庭園)
【斉郡城の宮城】
・一番南に峨鍈の私室がある。
・北宮の北正殿が蒼潤の私室。たくさん部屋が余っている。湯殿がある。
・西宮に側室5人と彼女たちの子供たちが暮らしている。
・東宮に23人の妾たちが暮らしているが、今後、他所に嫁いでいく予定。妾が産んだ子供は梨蓉が引き取って育てることになる。妾たちがいなくなって、息子たちが成長したら、東宮に移らせる予定。
【斉郡城の峨鍈の私室】
入口は折り戸。昼間は開け放たれていて、衝立が置いてある。
帘幕で三間に区切ってあって、左に臥室、右に書室《書斎》。
【蒼潤の私室】
入口は折り戸。昼間は開け放たれていて、衝立が置いてある。
帘幕で二間に区切ってあって、左奥に臥室。
北正殿。蒼潤に情緒があれば、宮殿のイメージに合った名前をつけているが、どうせ斉郡城は仮の住まいなので、北正殿と呼ぶ。北宮にある宮殿のひとつ。
【部屋】
宴室…宴を催す部屋。引き分け戸(左右に開く戸)。
居室…リビング、ダイニング、寝室、書斎、応接室
私室…居室の中で、自分専用の部屋。入口の戸は折り戸で、昼間は開け放ち、衝立を置く。
起居室…居間
臥室…寝室
【家具】
部屋の入口には衝立が立てられている。
戸や扉はあるが、開け閉めが面倒臭いので、昼間は開け放たれていることが多い。
帘幕…部屋を仕切るカーテン。天井から床まで垂らされている。
カーテンのタッセルのような物を使って、帘幕が束ねられている時もある。
床帳…臥牀の三方面は彫刻の施された木製の壁に囲まれていて、天蓋があり、その天蓋から臥牀の入口に垂らされているカーテン。
臥牀の入口の床帳は、夜はしっかりと閉めるが、昼間はカーテンのタッセルのような物を使って束ねられている。
牀…布団を敷けばベッド。布団を退けて長椅子としても使える。
榻…囲いのつい長椅子。
臥牀…寝台
牀榻…ベッド。床帳と天蓋をそなえた臥牀
文机…つくえ
几案…小さくて、脚の短い机。料理を乗せる台。いわゆる膳。
【布団について】
現代でイメージするような綿が入った布団は無い。
庶民は筵むしろ(夏は竹、冬は蒲ガマを編んだもの)を敷いて寝ていて、掛布団として着物を被っていた。
牀榻(天蓋付きベッド)を使っているような上流階級は、「氈」(動物の毛織物)や「褥」という敷布団があって、「衾」(長方形の布地)という掛布団がある。
【灯りについて】
蝋燭は存在するが、高価。
油燈(小皿に油を入れて炎を灯す、いわゆるオイルランプ)も、高価。
なので、松明を燃やして灯りとしていた。部屋の中で松明が必要な時には、下男が松明を持って控える。
【食べ物】米や小麦、豆類、野菜、果物などが主な食材
●穀物と言えば、粟。蒸して食べる。
・南の方…米が主食。蒸して食べる。
・北の方…米は育ちにくいため、麦が主食。小麦粉にして、パンや麺にして食べる。
饅頭…蒸しパン。小麦を蒸してつくる。具の入っていない肉まんみたいな感じ。ほんのり甘い。中に肉やあんこ、野菜などを詰めることもできる。
そのまま食べても良いし、食べる時に自分で肉や野菜を挟んで食べたりもする。
粉餅…米粉や小麦粉を水で練り固めたものを蒸して作った餅のような食べ物。
わんたん…小麦粉で作った皮で具を包んだもの。
麦餅…もち米ではなく麦を粉にして水に溶いて練って焼いたり、蒸したものなので、餅っていうよりもパン。
羹…スープ。米や野菜などを煮込んで作る。
おかず…主に、野菜の酢漬けや味噌漬け。
肉…豚・牛・羊・鳥・馬を焼いて食べる。もしくは、燻製。
魚…焼いたり、刺身にしたり。
調味料…塩。肉や穀物から作られた味噌(醤)。豆類から作られた味噌(豆鼓)。蜂蜜もある。
【酒】
事酒…どぶろくみたい。アルコール度数1%以下
昔酒…事酒を発酵させたもの
清酒…昔酒をさらに発酵させたものの上澄み
※アルコール度数 事酒<昔酒<清酒
※日持ちせず、早めに飲まないと酸っぱくなってしまう。
【食器】
陶器や磁器の食器もあるが、庶民はまだ木製。色鮮やかな青白磁は高価。
食盒…おかもち。料理を入れて運ぶ箱。二段もしくは三段になっている。
【衣類】
面紗…顔を覆うベール。
頭紗…頭から被るベール。
深衣…ワンピースのように上衣と下裳が一体となっている。かつては性別関係なく着ていたが、後には女性が好んで着るようになる。
直裾袍…袍の一種。胡服の影響を受けて袴を穿くようになってから、男性は深衣よりも袍を着るようになった。
褲褶…褲と褶《丈の短い上衣》。
裲襠…武官の礼服。
褝…つくりは袍と同じ。下着のようなもの。家で寛ぐ時に着る。外出時には上に袍を羽織る。
衵服…女性用下着。パンツのような物はないが、腹抱という前掛けのようなブラはある。
寒いときは、膝袴を穿く。
衫…シャツ。裏地なしの単。
長袍…礼服
内衣…下着
中衣…シャツ
外衣…上着
皮弁…革製の帽子 袷…布製の帽子 巾……簡素な帽子
舄…祭祀用の靴。 履…糸で編み上げた靴
【蒼潤の下着事情』
褝…ひとえ。男装時には、特鼻褌をつけて、袴を穿いて、こちらを着ている。
衵服…足首丈の白い薄衣。女装時には、特鼻褌をつけて、腹抱をつけて、こちらを着ている。
【履】
宮殿の中は基本的に土足禁止。
履を脱いで、階を上がって、室に入る。
蒼潤のように回廊を突っ走る主がいると、下男が履を持って追い駆けなければならない。。
皇城の正殿は、土足OK。同様に、王城や郡城や県城の正殿も土足OK。
『牀』というベッド兼用の腰掛け以外の椅子がないので、床に直接尻をつけて座る。正座が基本。
そのため、室の中では履を脱ぐ。
【紙について】
存在している。しかも、かなり普及もしている。
高級品ではあるが、手紙を書く時に使ったりしている。紙の書物もある。
だけど、竹簡もまだまだ使われている。竹簡で手紙を書いたりもする。竹簡は間違えた文字を削って消せる。
【字について】
他人に名を呼ばれることは忌むべきことだったため、名の代わりに使用した呼び名。
男子は20歳で成人なので、冠をつけて字を得る。女子は15歳で簪を挿して字を得る。
身分が低すぎると、字がない。
字は同輩から目下の者に対して使う。名を呼んではいけないからといって、親しくもない目上の人を字で呼ぶのは失礼になる。その際は、姓に役職名で呼ぶ。
親は名を呼ぶ。主君も臣下に対して名を呼ぶが、親しい間柄になると字で呼んだりもする。
[字の付け方]
・名と字で「へん」や「つくり」を揃える。
・一族の同じ世代で文字を共有する。
・生まれた順。長男・次男・三男・四男→伯(あるいは孟)・仲・叔・季 『孟』は側室が産んだ長男
・名の意味と関連付ける。同じ意味にしたり、対義語にしたり。
・古典や古人に関連づける。
・その他。自由。
自分でつけてもいいし、他人につけて貰ってもいいし、人生の途中で変えちゃってもいい。
【呼び名】
爸爸…父。パパ。お父さん。
親密な場合は「爸」と一言で表現することもある。
哥哥…兄。兄さん。お兄ちゃん。
大哥…一番年上の兄。
血の繋がりがない年上の男性に対しても親しみを込めて呼ぶ場合もある。
姐姐…姉。姉さん。お姉ちゃん。仲良しの年上の女性。同じ男に嫁いだ女たちの間でも使われる。
大姐…一番年上の姉。
【夏昂にとっての夏家と蒼潤の家族】
「爸爸」⇒夏銚
…実子が体が大きくてごついのばかりなので、華奢な夏昂にそう呼ばれると、内心きゅんきゅんしている。
「大哥」⇒夏範
…父同様に生意気で華奢な弟が可愛くて堪らない。
「阿娘」⇒胡樂
…実子が体が大きくてごついのばかりなので、華奢な夏昂がお気に入り。娘のように思っている。
「父上」⇒蒼昏
…実の親子だが、微妙に距離感がある。
皇族の親子間は、ちょっとした擦れ違いで殺し合いギリギリまで発展する場合があるため、常に緊張感がある。
「母上」⇒桔佳郡主
…生母だが、ほとんど顔を合わさず、抱き締められたこともない。
「姉上」⇒蒼彰
…長らく母親代わりを務めていた。弟が即位できるように支援している。
【軍隊】伍長-什長-伯長-曲(部曲将、部曲督)-部(校尉、司馬)-将軍
軍隊の最小単位は『伍』という。
5人の兵士たちがひとつの組となり、その5人のうちの1人を長とする。――伍長である。
この伍が2つ集まると『什』になり、什長が置かれる。
什が5つ集まると『伯』となり、伯長が置かれる。伯の兵力は50であり、この50人の兵士の集まりから『隊』と呼ばれる。
つまり、兵力が50ほどの隊の場合、隊長とは伯長のことである。そして、伯長以上は指揮官だ。
さらに伯が5つ集まると『曲』になり、曲長が置かれる。
そして、曲が4つ集まると『部』になり、部長が置かれるが、『部長』とは呼ばず『部将』と呼ぶ。
或いは、部の兵力は1千であり、1千人以上の兵士を引き入ることができる者は、大抵、校尉や司馬、校督などの官職を得ているため、その官職で呼ばれる。
部が5つ集まると兵力が5千を越えて『軍』となり、将軍が率いる。
元々、将軍とは変事の際に設けられた臨時職であったが、そのうちに常設の官職となり、青王朝においては数人のみがその位に着いていた。
しかし、青王朝の世が乱れ始め、変事が起こる度に新たな者が将軍に任命されたので、将軍位は乱立されることとなり、将軍たちを統括する者が必要となった。それが大将軍。
やがて将軍位の中にも階級ができ、一品官は大将軍のみであり、二品官から五品官までの幅広い階級に将軍が置かれるようになった。
【深江軍】
騎馬500。曲の兵力は250であり、深江軍は曲2つ分の兵力なので、本当は『軍』ではない。
蒼潤の下に曲長2人がいる。蒼潤は1千以下の兵力なので部将ではなく曲将であるが、この辺りの区別は曖昧なので、部将と曲将を合わせて部曲将などと呼ばれる。
【馬の速度】
・常歩……時速5~6km 1日に約30~50km移動可能 長時間OK
・速歩……時速13~15km 1時間くらい続けられる
・駆歩……時速20~30km 分速340m 30分が限界
・襲歩(全速力)……時速60~70km 分速1km 5分が限界
1里=約400m 蔀城と苑推の距離20里=約8km
歩兵を連れた進軍だと一日30里(約12km)くらいしか進めない。※地形によって大きく距離は変わる。
馬はサラブレッドではないので、スピードは劣るが、持久力は勝る。
【馬】
月毛…馬の毛色の種類の一つ。栗毛の一種。クリーム色から淡い黄白色。金色に見える。
中国で唐代にはすでに月毛の馬がいたらしい。上杉謙信の愛馬が月毛だったらしい。
【遊び】
踢毽…羽根の付いた毽子を足で蹴り続ける遊び。羽根蹴りゲーム。
投壺…矢を壺に投げ入れる遊び。
打毬…ポロみたいな騎馬競技。軍事訓練として行われていた。
蹴鞠…サッカー。軍事訓練として行われていた。




