8 インテンシブ・トライアル
コーヒーを飲む俺の前には、小型から中型モンスターの毛がドサリと置かれたテーブルがある。
この毛を置いたのは赤いトリのキグルミで、カバンから雑に掴んでは置き、掴んでは置きを数往復して今に至る。
これは別に赤いトリの乱心とかではない。
倉庫がもう少しいっぱいになったらプレミアム冒険者になろうと思っていたので、「ギルドの買取カウンターに投げ売りする位なら俺に売って欲しい」と言った結果だ。
買取ると豪語して、じゃあ買取れる?と出された毛の山、ここで買い取らなければきっとギルド買取カウンターで投げ売りする習慣を改めてはくれないだろう。
悪しき習慣を断ち切るには、ここでの対応が重要!
とはいえ、小型や中級のモンスターには動物系が多いから、どうしても素材として毛とかヒゲとかがあまりがちになる。
それでも”毛皮”なら高い需要があるけど、毛だけじゃなぁ……まだ長さがあったり大量になるならフェルトに加工したり毛糸にしたりできるけど、短い毛は素材として使うのはかなり難しい。
「ちょっと待って」
一旦赤いトリには待ってもらい、通信機で知り合いの生産系の冒険者……俺の個人商店を贔屓にしてくれているお得意さんに連絡をしてみる。
「シエラ、今大丈夫?」
防衛任務の後だから今は色々と慌ただしいかな?
「大丈夫よ。あんた早くプレミアムになりなさいよね」
俺が売っているものは主に転売なんだから、特に物珍しいものは売ってないんだけど、何故かごひいきにしてくれているシエラは、珍しいものが手に入った時には連絡をしてくれといってフレンド申請をしてくれた人だ。
「倉庫がもう少し潤ったらすぐになるつもり。それで、小型モンスターの短い毛が結構大量にあるんだけどどう?量は、そうだな……コーヒーカップ2杯分って所かな」
毛自体はテーブルの上に山盛りだけど、長生も混ざっているし、完全に仕分けたらそれくらいになると思う。
「ウサギ系のふわふわした感じ?ネズミ系の硬い感じ?」
ウサギ系なら毛糸やらフェルトに加工できるから良い値がつくだろうが……。
「長さは1センチくらいで、硬い」
「はぁ……あんたねぇ、それなら矢の羽に使えるのよ。ネズミ系なら水を弾くから、雨やモンスターの血液が飛び散るような場面でも軌道がズレずに放てる代物よ?」
そうなの?
「錆防止位しか使いようがないかと思ってた」
「もうちょっと双小剣以外に興味を持って?で、いくらで売ってくれるのかしら?」
いくらで……商品を持っているのは赤いトリだから、シエラと直接取引をするなら別に俺を間に挟む必要はないな。
「知り合いの生産系冒険者が値段交渉したいって」
と、通信機を赤いトリの口元に出すために少し近付くと、スッと頭部が動いて明確に顔を背けられてしまった。
「レ……あんたに売るんだ、転売するなら好きにすればいいだろ」
まだ査定もしてないし、お金支払ってないんだけど……赤いトリにとっては、毛の山の所有権は既に俺にあるようだ。
しまったな……軽く査定をしてからシエラに連絡を入れたらよかったよ。
「プレミアムになったらまた連絡するよ。毛は全部取り置いておくから」
「分かったわ。”明日の”連絡を楽しみに待っているわね」
あ、通信が切れた。
倉庫が潤うまでもなくプレミアムになれと?
今の状態だと数日後には売る商品が底を尽きる……なら、仕方ない。
「ここにある毛、全部買い取らせてくれ。他にもギルドに売ろうと思ってるモノがあったら全部、ぜーんぶ見せてくれ」
個人商店に興味のないエリートから直接買い取るしかない!
分かったと返事をくれた赤いトリは、グイッとコーヒーを飲み干すとカバンから次々と素材やらアイテムを出した。
「今はこれだけ」
武器屋防具系は残っていないみたいだな。
それでも結構な数の素材は有り難い。
「希望額はいくらほど?」
ザッと見た感じだと、毛の山は数種類の毛が絡むようにあるから1本1本の買取よりも毛の塊として買い取るとして……毛の状態も全部は確認できないから1万かな。
鳥系モンスターの嘴は、この大きさだと小型だから2千で、こっちの爪は獣系で中型で状態も良いから5千位が妥当か。
しかしこの価格は俺がこの素材を売る時につけたい価格だから、そのままの価格で買い取れば赤字になる。
「ギルドに持って行ったら大体2千ゴールド位で買い取ってくれる量だけど……」
は?
え、ギルドって相場の4分の1くらいの価格で買い取るって話じゃなかったのか?
「……俺は仕入れとして1万ゴールドでの買取希望だ」
相場の販売価格1万7千ゴールドと、原価率60%で考えた上に端数を切り捨てた金額だから、妥当な筈だ。
「えぇ!?2千で良いけど……」
ん?
なんかさっきから違和感がある。
個人商店に興味がないのは、売り上げが全てクランの運用費として取られるから空しいって理由があったけど、ギルドの買取価格が低過ぎることに対する文句とか無いのが変だ。
それに、俺が1万で買取ると言ったことに対しても興味がなさそう。
もしかして、クエストで手に入れたゴールドとか、素材を売ったゴールドまでクランに徴収される、とか?
「……じゃあ間を取って6千で良い?」
とは言え人のクラン事情に首を突っ込むわけにもいかない。
「うん。また荷物がいっぱいになったら持ってくる」
「助かるよ」
こうして話が一区切りつき、テーブルの上にある毛の山から1センチほどの短い毛を取り分ける作業をしていると、赤いトリが来客してから1時間が経とうとしていた。
そろそろリーダーも来る頃だな。
ピーンポーン
ドアベルが鳴った。
今度こそリーダーに違いない。
「コーヒーが良いか?ポーションにする?」
玄関を開けながら声をかけると、目の前に髄っと出されたのはポーション1本。
「暖めたポーション持参してきた」
笑顔のリーダーは、赤いトリに手を挙げて挨拶をすると俺の横を通り過ぎてバルコニーに出て行った。
俺の部屋は年中雪が降り積もっている”氷のダンジョン”近くにあるため、バルコニーにポーションを置いていると、数時間後には凍っている位に寒い。
暖かい部屋の中ではなく寒いバルコニーに出て暖かいポーションを飲むのは、最近のリーダーのお気に入りシチュエーションなのだとか。
そんなリーダーの部屋は”炎のダンジョン”近くにある。
あのポーションは自室のバルコニーに出して熱したものに違いない。
「仲が良いんだね」
赤いトリは、バルコニーの方を向きながら言うので、俺もつられてバルコニーに視線を送ると、手すりにもたれながらポーションを飲んでいるリーダーの後ろ姿が見えた。
「まぁ……うん」
俺とリーダーの出会いは、冒険者を始めるよりも前、冒険者研修生だった頃よりも昔の、ただの一般人として暮らしていた頃まで遡る。
住んでいた村が大火事になる前、俺の家とリーダーの家はお隣同士だったんだ。
「さっぶぅ~、完全に冷えた!」
ポーションを飲みきったリーダーは部屋に入るなり暖炉の前に座り込み。両手をこすり合わせながらハァ~ハァ~と息をはきかけている。
どうやら今日は相当冷え込んでいるようだ。
「それで、どうしたんだよ」
リーダーからあった通信のログは読んだけど、そこには藍が俺に話があるから部屋の場所を教えたとこと1時間後に行くってことしか記録されてなかった。
「インテンシブ・トライアル行くぞ。30分で準備できるか?」
いきなりだな。
インテンシブ・トライアルとはインスタントダンジョンのひとつで、ステージに出現する敵を全滅させると次のステージに進める階層型の訓練が出来る。
1階から60階まであり、クリアできた階層によって報酬が変わるだけではなく、階層ごとに設定されているトライアルがあって、それをクリアすると報酬がアップする。
「分かった」
「じゃあ30分後に」
リーダーと赤いトリを見送った後、コーヒーを飲み干し、暖炉の火とキッチンのガス元チェックを済ませてそのままギルドに向かった。
本当ならクリアできそうなサブクエストを受けたり、色々出るだろうトライアルに備えて毒とか罠とか準備した方が良いんだろうけど、5階までしか行ったことのない俺では準備できるようなことなどなにも……。
あ、あったわ。
持っていたカタナ「十六夜」を倉庫の中に戻し、代わりに長銃「ロングバレル」と弾を取り出して装備し、カバンの中に耳栓とヘッドフォンが入っているかの確認をした。
インテンシブ・トライアルは普通の狩場よりかなりゴールドが稼げるし、そこでしか手に入らない武器や防具も存在する上に、インテンシブメダルって交換アイテムまで手に入るから行って損はないのだが……ナビゲーターが鬱陶しい。
初めて挑戦した時、俺は双小剣を持って行った。
そこで「難しいんじゃないかなぁ?」と鼻で笑ってきたナビゲーターがそいつだ。
ナビゲーターは全ての冒険者の情報を知っているので、それ以降どんな武器を持って行ったとしても鼻で笑ってくるし、一緒に行ったリーダーにはトライアルの発生と通知をするくせ俺にはなく、当然起きてもいないトライアルをクリアすることはできないので報酬もない。
じゃあだったらあのナビゲーターの声なんか聞かなくていいよなってことで、毎回インテンシブ・トライアルに行く際には通信機の音声を最も小さく設定し、それでもボソボソと話すような音量が出るので耳栓をして、それでも微かに聞こえてくるからヘッドフォンをつけるようになった。
聞こえなきゃいちいちムカツクこともないしな。
とは言え、ヘッドフォンは前世のような音楽を聞くためのアイテムではなく、主に通信機と連携させてナビゲーターの指示をよく聞くためとか、通信機での会話をクリアに聞くために利用されている。
しかし、音楽が聞けないって訳でもない。
ヘッドフォンの機能をテストするためのデモ曲ってのがある!
物凄く広い場所で木琴みたいなポコポコとなる楽器とか笛を演奏してるような感じで、かなりエコーがかかって聞こえるその曲は、物悲しさを感じる程に綺麗だったりする。
戦闘時に聞くような曲ではないけど……。
しばらく待っているとギルドにリーダーが入ってきて、座っている俺に気が付いたらしく片手をあげてニコリと笑顔をひとつ作り、倒してこい系のサブクエスト管理者の所に向かった。
色々と受けている様子を見ると、インテンシブ・トライアルには色々なモンスターが出るんだと知ることができたが……じゃあ俺も受けてこようとはならないので、本当に興味がないんだろうなと他人事のように思ったりして。
まぁ、インテンシブメダルで交換できる武器の中に双小剣がないってのが、かなり大きな理由でもあるんだけど。
ぼんやりと待つこと更に数分、ギルドに赤いトリの着ぐるみがやってきて、リーダーと同じように倒してこい系のサブクエスト管理者の所に向かった。
そういえば、一緒に行くんだったな……。
なんでまた急にインテンシブ・トライアルなんだろう。
なんで俺を誘ったんだろう。
ピロン
近くでかなり小さな音が聞こえて通信機に視線を落とすと、リーダーからのパーティー申請が届いていた。
了承してパーティーに入ると、メンバーの中には既に藍の名前もあった。
パーティーリーダーは、行こうと言い出したリーダー。
「付き合ってもらっちゃって、すいません」
あ。
どうやら始めに言い出したのは、リーダーに頭を下げている赤いトリだったようだ。
「良いの良いの。ど~せ暇だったんだし。なっ、レイス」
同意を求められても……。
俺は現に今日はもうゆっくり休もうと思って自室に戻った訳で……とは言え、これは赤いトリにフレンド申請を出す切っ掛けづくりになるかも知れない……。
「うん……。別に良いよ」
美味しいゴールドを更に美味しくする、”獲得ゴールド50%アップ”も用意したし、耳栓とヘッドフォンの準備も完璧だ。
いつでも行ける。
「お待たせ。っと、じゃあ簡単に説明するぞ。60階までザッとやるんだけど、レイスは20階まではなんもせんで良い」
はい?
ようやく準備が整って3人揃ったところで、リーダーは本当にサックリとした説明をした。
「うん、それで?」
20階までとはいえ、なにもしなくていい?
6階からは初見になる俺が、21階から活躍できることがあるとでも?
リーダーのことだから、「俺達の足を引っ張らないってことを頑張ってくれ」って意味ではないだろうし……。
「藍の所のクランのリーダーが最近代替わりしたんだと。んで、人とのつながりを重視していた先代とは違い、今のリーダーは実力重視になったんだとさ」
あぁ、よくある話だし、身に覚えもある内容だ。
俺がリーダーのクランに入る前に所属していたクランがまさにそうだった。
「来週の土曜に、テストがあるんだ」
テスト?
来週の土曜ってことは、レベルの概念がレベルアップ方式に変わってからだな。
プレイスキル重視っていうんだから、土曜までにレベルを10とか20とかにしろってことではないだろうし、今インテンシブ・トライアルに行くことには繋がらない。
あぁ、そうか、
「インテンシブ・トライアルの20階までクリアーすること、か」
タイムアタック5分の記録があっても実力があるとはみなされないクラン……そんなところに所属している赤いトリは、やっぱりすごくエリートなんだな。
「うん……ノーダメージクリアで」
ノーダメージクリア!?
この話を最初に聞いた時のリーダーは、さぞかし立派にポーションを吹き出したのだろう。




