9 20階までの練習
インテンシブ・トライアルのスタート地点にワープすると途端に聞こえてくるナビゲーターの声に、ヘッドフォンのボリュームを上げる。
耳に入れたくな程の不快な声の主が発する言葉は、特別に酷いものかと言われたらそうではないのかもしれないし、大きく考えれば「双小剣は弱いのになんで使ってんの?」みたいな感じなので、むしろ言われ慣れている筈なんだ。
それでもこうしてヘッドフォンがなければ耐え難い程の苛立ちを覚えるのにはちゃんと理由がある
双小剣使いに対する嫌味ではなく、俺に対しての嫌味を言うからだ。
だいたいのナビゲータ……コイツ以外のナビゲーターは、双小剣使いとして狩りや緊急に参加した時こそ「おいおいそんな装備?」みたいな態度で接してきたけど、カタナや双銃器を装備していけばなにも言ってこない。
だがコイツはなにを装備していこうとも「底辺冒険者の分際で」といった態度のまま変わらない。
最悪なことに、インテンシブ・トライアルのナビは1パーティーに1人なので、こいつが喋る言葉は全てリーダーと赤いトリにも聞こえている。
とはいえ、俺1人で参加する時ほど酷いことは言われていないんだろうな。
もし同じようなことを延々と笑いながら言っているようなら、リーダーが俺をインテンシブ・トライアルに誘うことはないんだろうから。
とはいえ……とはいえだ。
今は赤いトリと交流を深めてフレンドになろうかという目標があるんだ。
そんな中、話すチャンスを全捨てしてまでヘッドフォンをする意味はあるだろうか?
いいやないね!
「当日も赤いトリの着ぐるみ?」
ヘッドフォンを違和感なく自然に外すための口実とはいえ、疑問には感じていたことを聞きながら外せば、赤いトリは少し間を開けてから通信機からナビゲーターにギルドに変えるためのワープを出すように言い帰還した。
どうやら赤いトリの着ぐるみではなかった……のかな。
まさか変なことを聞いたせいで帰ったとか?
いや、パーティーメンバーから名前が消えてないから帰ったわけではなさそうだ。
なら当日の格好に着替えてくると考えた方が自然……そもそもなんで服装の指定まであるんだろう?しかもわざわざ動きにくいトリの着ぐるみ。
もしかして、特訓にありがちな重いリストバンドとかをつけて訓練するとスピードが上がるとかいうやつのコスチューム版?
動きにくい着ぐるみで普通に戦えるようになれば、普通の格好では俊敏に動けるようになるとか。
無理があるよな。
普通に考えれば着ぐるみの間合いに慣れるから、普通の格好をしたら逆に間合いとか歩幅とかにずれが出そうだ。
特に近接職は。
「お待たせ。当日はこれ」
そんな声がして振り返ってみると、そこにはハートの模様があるトリを模した着ぐるみがいた。
パステルピンク色のボディーと、その首元にはピンクと白のストライプ柄のリボンが付けられている、ひじょうに可愛らしいトリを模した着ぐるみだ。
その姿を真正面から見ることになったリーダーはポーションを物凄い勢いで吹き出し、勢い余って鼻にでも来たんだろう、鼻を摘んで悶絶している。
今まで見た中で1番の噴出しっぷりだ。
こんな動きにくそうなモノを着て20階までをノーダメージで、か。
今度1回トリの着ぐるみを着てタイムアタックに行ってみようかな……双小剣をぶん回すトリの着ぐるみは、絶対にかなり珍しいはずで、リーダーに呼ばれた時にその姿で行ったら今の非ではない位に噴出させられる自信がある。
って……なにを張り合おうとしてんだよ……。
「ダメージ食らった時点で脱退させられるのか?」
脱退?
え、テストがあるとは聞いていたけど、ノーダメージで20階までクリア出来なきゃクランを追い出されるのか!?
ちょっと厳し過ぎない?
「3回までは大丈夫ですが、戦闘不能は1回でアウトです」
攻撃が何回当たったのかが自己申告ならなんとかな……そうか、それでトリの着ぐるみか!
全身がフサフサした毛に覆われているトリの着ぐるみで攻撃を受けたら、必ず跡が残る。
黒や赤ならその跡は目立たないけど、黄色やパステルピンクみたいな薄い色味のものなら一目瞭然だ。
だったら始めからボッロボロの着ぐるみを着ていけば……いいや、ダメージの回数でクラン員をふるいにかけようとしている人物だ、当日にはテスト用の新品の着ぐるみを準備している可能性がある。
リーダーが、そんな人間じゃなくて良かった。
「さっきも言ったけど、60階までザッとした後は何回か20階までを繰り返して練習しようと思ってるんだけど、それで良いか?」
随分とサラッと説明をしているけど、60階まで休憩なしで通しでやったら2時間はかかるのに、その後で20階までを何度か繰り返すと?
「それで良い」
ゴールドは他の狩場に行くよりも美味しいし、ソロだと進んでは来ないんだから俺個人としては断る理由はないが……。
「ありがとうございます」
ハート柄のトリがピョコっと頭を下げている。
そうか、インテンシブ・トライアルに行こうと言い出したのはハート柄のトリだったっけ。
「良いの良いの、フレンドなんだからもっと頼ってもらって良いからね」
飲み干したポーションの空瓶を捨てたリーダーは良い笑顔を俺にも向けてくる。
どうやら2人はいつの間にかフレンドになっていたのか……リーダーは双銃器使いだし、エリート同士話でも合ったのかも知れない。
この流れで俺にも笑顔を向けているということは、「フレンドについての話題を出したんだからフレンド申請出しやすかろう?」という意図を感じるが……できるかぁ!
こちとらブラックリストに入ってるのか入ってないのかも曖昧なギリギリラインなんだからな!
リーダーの笑顔は一旦無視してさっさと始めよう。
20階までは手出し無用ってことですみっこの方に立ってハート柄のトリの戦いっぷりを眺めてしばらく、通信機からは気に食わないナビゲーターがリーダーとハート柄のトリに追加のトライアル発生をアナウンスし、2人は少し視線を落として通信機を確認するような様子を見せる。
で、やっぱりというかなんというか、俺の通信機には追加トライアルの情報が送られてこない。
つまりは、トライアルが発生していないことになっている。
こいつは何故にこうまでして嫌がらせをしてくるんだろうか?
今はまだ立ってるだけで特になにもしていないから、ステージクリアの報酬だけでも十分だけど、このままじゃあステージのクリア報酬すら発生していないことにされる可能性がある。
まぁ、そうなればわざわざこいつがナビゲートするインテンシブ・トライアルに来る口実が一切なくなるから、それはそれでいいのかもしれないな、スッキリして。
ハート柄のトリは順調に敵を倒していき、今の所ノーダメージだしステージクエストもすべてクリアしていて、目立った失敗はない。
これだけでも流石エリートと拍手を送りたい所なんだけど、ハート柄のトリの着ぐるみ着てるんだもんな……。
リーダー命令で着ているってのも分かっているし、その理由もダメージを受けた後が見やすいからかなって予想も出来てはいるが、果たして自分は同じ条件で20階までをノーダメージでクリアできるのか?
まぁ、自分ができないのにクラン員に強要しないだろうし、ちゃんと強いからクラン員が従っているんだろうし。
「おつかれさん。ちょっと休憩しようか」
3時間ほどで60階までを通しで終わらせ、倉庫整理のためにギルドに戻ったところでリーダーがポーションの買い足しのためにと道具屋に行った。
20階までは本当にハード型のトリが1人で戦ったんだけど、その成績は5回のダメージを受けるという結果に終わった。
普通に敵を残滅させるだけなら全く危なげもなくクリアできるんだけど、ステージクエストが「敵からの攻撃を30秒間受けるな」とか、「ステージ上のトラップにひっかかるな」とか、そういう緊張感には弱いらしく、逃げ回った挙句に後ろから攻撃される、変にトラップを意識して敵から攻撃を受けてしまうというパターンが出来上がってしまっている。
それともう一つ「状態異常になった敵を倒せ」だ。
ハートシーフの固有スキルはHPの回復だから、いくら敵を攻撃しても状態異常にさせることはできない。
だからステージクエストをクリアするには毒とか麻痺系のトラップを仕掛けるか状態異常を付与できる武器に持ち帰る必要がある。
ハート柄のトリはトラップを仕掛ける方法をとるのだが、仕掛けている間に攻撃を受けてしまう。
ステージクエストのクリアもテストの評価ポイントなのだろうか?
「……」
いや、あれだけ懸命にクリアしようとしていた姿を見ると、推して知るべしだな。
それに、特別なにかを質問しなくたって大事な説明は既にリーダーにはしてあるんだろうし、現時点ではフレンドでもない俺がどうこう言える立場ではない。
こうして考えてみると、あの2人と俺との間にはハッキリとした境界線が引かれていることに改めて気が付く。
あの2人はエリート双銃器使いで、俺は敵の撃退数も、最高ダメージも、戦闘不能回数だって気にしたこともない”張り付き個人商店戦士”だ。
装備する武器によって変わる戦闘スタイルに合わせて防具を変えることもしていない。
長銃使いをしている今だって、近接攻撃職に有利な打撃攻撃力上昇とHPアップのステータスが付いた防具のままだ。
ゲームをしている時はそりゃ狩りは楽しかったし、色んな武器を使ったり攻撃スタイルに合った防具を揃えたり、強化だって。
だけど、いざリアルな世界として生きるこのゲームの中では、防具にゴールドをつぎ込めるのなんて一部の富裕冒険者か、大きなクランの役職持ち位なものだ。
この世界では、戦闘不能になれば強制帰還させられるから死ぬ心配はほとんどない。
だからこそ、いかに高い火力を出すかが重視され、防具であるにもかかわらず「攻撃力アップ」のステータスが付いたモノが多く作られている。
エリート達が「誰よりも高い火力を出すこと」に闘志を燃やしていることを知っているからだ。
なのに俺は、そのどれにも興味が湧かない。
ただ適正があったというだけで冒険者になったけど、本当は冒険者には向いてなかったのかもしれないな。
なら、このままインテンシブ・トライアルに付き合ってメダルを集める意味は……交換武器に双小剣が登場するなら、それは見てみたいが……実装されるという保証はどこにもない。
だったら、いつまで冒険者を続ける?
レベルに関する変更、それがくれば持ってこい系のサブクエストの報酬に「経験値」が設定される可能性が高いから、オーダー品が飛ぶように売れる筈。
その熱が冷めるまでは冒険者を……”張り付き個人商店戦士”を続ける価値はある。
つまりは、倉庫の中が空になった時が冒険者をやめる時だ。
12時間後。
20階までの練習に付き合い続けたお陰で売り物になりそうなアイテムを大量に入手できたので、戦闘面では不甲斐ない成績でも、稼ぎとしては上々。
パンッパンになった道具袋を抱え、ウキウキ気分でギルドのカウンターに向かい、そこで早速手入したモノを早く売るためにとプレミアム冒険者の申請を出して、速攻でやって来た個人商店。
個人商店は”屋台”ではなく小さめの店舗になっていて、その入り口は、会計を済ませていないモノは通れない魔法が施されているギルドの最高傑作、らしい。
具体的にどんな魔法なのかは公表がないから分からないが、前世でいう所の防犯タグの上位互換みたいなものだろうなと。
店舗の中にはトイレとシャワーがついていて、小さいながらもキッチンもあるので”張り付き個人商店戦士”の中には自分の店舗に住み着いている兵までいる。
俺は仕入れもしたいし狩りにも行きたいから、そこまではしないけど……24時間自動販売はしている。
前世でいう所の自動販売機みたいなシステムで、欲しい商品が置かれている台についている投入口に商品分のゴールドを入れると、その重りで台が傾いて商品が滑り落ちて購入者の手元に行くという、生産系の冒険者お手製の代物だ。
商品を置く台と投入口はカウンターと一体型になっているので、盗難に遭う心配はないし24時間体制で警備員が個人商店が立ち並ぶエリアを巡回しているし、さっきも言ったように住み込みの個人商店戦士もいるので、かなり治安が良い。
こうして俺はさっき手に入れたアイテムを陳列した。
今日は、このアイテムが売れなかったとしてもかなり稼げたんだから、充実した日になった。
間違いなくそうなんだけど……足りない。
朝から双小剣で遺跡ダンジョンに籠った後にカタナ使いとして防衛任務をして、そこから15時間インテンシブ・トライアルに長銃使いとして過ごしながらエリート双銃器使いの戦いを見ていたんだから、オーバーワークにも程があるんだろう。
腰に装備しているのは15時間使い続けたロングバレル。
満ち足りない理由は、きっとコレのせいだ。
この俺が、双小剣よりも長く装備していた武器があるんだ……そりゃ足りなくなる。
毒抜きだ、双小剣を振りに行こう。




