2 恋バナ
プレミアム冒険者ではなくなってしばらくが経った。
俺は自他ともに認める程の”張り付き個人商店戦士”ではあるが、プレミアムになっていないからといって個人商店からモノが買えない訳じゃなく、ただ出店ができないだけ。
前回のプレミアムの期間中にめぼしいモノは全部売り切ってしまったから、今は仕入れに力を入れないと駄目なんだけど……どうにも身が入らない。
「はぁ……」
個人商店が並ぶ市場に行っても、自室にいても気が滅入ってきたので、俺は所属するクランの拠点に来ていた。
「うぉーい、どーしたんだよ、最近やる気ってのが限りなく0じゃね?」
拠点のエントランスにある、延々タマゴのままの”クランエッグ”を前に座っていると、スッと隣に座ってきたリーダーが話しかけてきた。
”クラン”とは、冒険者同士が集まって作るチームようなもので、ある程度のクランレベルになると本拠地が”格安で”借りられる。
”クランレベル”は、クラン限定のクエストをクリアすると溜まるクランポイントを消費すると上げられるし、他にも本拠地の引っ越しとか拡張とか出来るようになる。
クランレベル10を遥かに超えた上位のクランには、拠点内にギルドの窓口がある。なんて話もあるほどだ。
なぜそんなに自由度が高いのかというと、本拠地が建っている場所は、普通の人が住めないような辺鄙な場所だったり、気候が厳しかったり、モンスターが出現する場所だったりするためだ。
なにか問題が起きた時にスグ冒険者を送れるよう、開発の進んでいない土地はギルドが管理しているから、余った土地の活用として格安であっても収入が得られる”本拠地システム”は都合が良いんだろう。
冒険者なら、ギルド内と各本拠地に繋がるワープの使用が出来るし、本拠地を持てば色んな特典もあるから、クラン員としても本拠地システムは有り難い。
今のように、人に会いたくないのに1人になりたくないとかいうややこしい心情の時にも、丁度いい。
ちなみに、うちのクランレベルは本拠地が借りられる最低ラインである5のまま上がっていない。
隣に座るリーダーを見上げれば、俺が話し始めるまで気長に待つつもりなのだろう、黙ったままクランエッグを軽く指で突いて時間を潰している。
”クランエッグ”は、クランポイントを溜めると各クランにつき1回まで交換できるアイテムのひとつで、同じくクランポイントで交換できる”ベビースパイス”を何度も振りかけていると、いつかは孵化する。
ゲームではドラゴンや犬、猫型など人気のあるものから、ウサギやハムスター、トカゲ型ってのもあったっけ。
クランエッグからなにが産まれるのかは、エッグだった頃の過ごし方で決まるそうなんだが……リーダーはよく指で突いているから、あまり良い感情は持たれていない気がする。
孵化した瞬間に襲いかかってくる。なんて恐ろしいナニカが出てこないことを祈るばかりだ。
上位クランのクランエッグは肩に乗る程度のドラゴンが産まれ、クランメンバーに攻撃力強化やら体力強化やらと補助魔法を使えるそうな。
また他のクランのクランエッグは一緒にクエストに出て強力な魔法攻撃をしてくれるとも聞いたし、また他のクランエッグは本拠地内の家事をするようになったとも。
今からクランエッグに向かって延々と双小剣のすばらしさについて語って聞かせ続け、孵化した後、双小剣を作ってくれる鍛冶職人になる可能性にかけてみるか?
いいや、折角のクランエッグをそんなもったいないことにしてしまう訳にはいかない。
ここはやはり強化魔法を使ってくれる補助職を目指した方が良いんだけど……毎日突かれている今の状況からどうやってそっちに持っていけばいいんだ?
そもそも、毎日突かれていることで攻撃力アップの補助魔法を使ってくれる方向で成長している可能性も0ではない。
「緊急事態発生!リウスの町周辺に大量のモンスターが出現しました!冒険者のみなさんはクエストカウンターにて参加表明をしたのち、速やかに現地へワープしてください」
クランについて色々考え込んでいると、”緊急クエスト”の発生を知らせるアナウンスが通信機から聞こえてきた。
リウスの町周辺に高レベル帯のダンジョンはないし、クエストカウンターで参加表明をする時点でそこまでの危険性はなさそうだな。
危険性の高い緊急クエストの場合、わざわざクエストカウンターまで行って参加表明をするんじゃなくて、クエスト内容に合うレベルの冒険者全員の通信機に直接「参加しますか?」の問いが届く。
そこで「はい」を選ぶと、ギルドが通信機の位置情報を見て個別に直接現地へワープさせる。
毎回このシステムを使わずにクエストカウンターを使わせる理由は、恐らく個別にワープさせるには膨大な魔力と金がかかるんだろう。
「防衛戦か……参加するか?」
緊急クエストに参加するのかを俺に聞いておきながら、自身は一切行く気がないのだろうリーダーは、クランエッグを突いて遊んでいた姿勢を改めて俺の顔を覗き込んできた。
そろそろ話を聞かせてくれ。とでも言いたげな表情だ。
元々血気盛んな冒険者って訳でもなかったし、緊急クエストだって行かないことの方が多かったけど、その変わりにクエスト前後には品揃えが目まぐるしく変わる個人商店に噛り付いていた俺が、こうしてなにもせず本拠地にいることは、客観的に見ると確かに様子がおかしい。
でも……なにに対しても身が入らなくなった理由はハッキリしてる。
「緊急クエストには、いかない……」
緊急性の高いクエストならまだしも、低い方だし……むしろそんなに集中しなくても勝てる状況では無駄なことばかりを考えてしまって逆に危険だ。
「ん。それで、どうした?」
痺れを切らしたらしいリーダーは、ここでやっと詳しい話を聞かせろと催促をするとカバンをあさり”飲み物”を取り出した。
パキッと良い音を立てて開封し、躊躇することなく口に運ぶのを確認してから、
「恋の病……かも」
打ち明けた。
「ブゥゥ!」
折角悩みを打ち明けたというのに、リーダーは「美味しいから」と言う理由だけで飲んでいたポーションを爽快に吹き出した。
「双小剣と個人商店にしか興味を示さなかったお前が、恋ぃ~!?」
多分、恐らくはそうだ。
「藍って子、一目惚れ?うん、多分」
藍のクローンに会った時からなんにも手が付かなくておかしいんだから、恋であろうがただの勘違いであろうが間違いなく俺のやる気が出ないのは藍が関係している。
「あい?どんな字?」
「藍色の、藍」
ふんふんと頷いたリーダーはポーションを飲みつつ自分の通信機に視線を落とすと、恐らくはそこで冒険者検索をしているのだろう。
通信機から出るステータス画面は、出した当人しか見ることができないので、こうして隣に座っているリーダーがなにをしているのかを知ることはできない……
「ブゥゥ!」
突然、リーダーがポーションを噴出した。
理由は藍の恐ろしいまでの冒険者カードを見たから、だろう。
「タイムアタックエリア上級:遺跡ダンジョン攻略をソロで5分って、これっ、とんでもない位のエリートじゃんか」
ほらな。
「双銃器持ってたから、エリート双銃器使いだ」
何気ないスキルひとつだけでも、えげつない程の攻撃力を誇りやがるチート連中。
そのクセに移動の時だけ双小剣に持ちかえ、双小剣使いを大いに馬鹿にした連中。
攻撃力の高さから双銃器使いになるエリートが多いためか、武器職人達が次々と新しい双銃器を造り、どんどんと強い武器が販売される優遇された連中。
双小剣の新作が出たのはもう随分と前のことになる上、武器につけられていた固有スキルは「移動速度アップ」なんて双小剣使いが双小剣で戦うには全く関係のないものだったわけで……
なのに、そんなことは全く関係なく……双銃器を構える姿に目を奪われた。
「どこで知り合ったんだよ」
通信機から俺に視線を戻したリーダーは、頬杖をつきながら冷やかしてやるぞといった内心を隠すこともしないでニヤニヤとしている。
そんなリーダーには悪いんだけど、知り合って……ないんだよなぁ……。
藍がどんな人物なのかってのも、上級:遺跡ダンジョンのタイムアタックを5分でクリアするエリート双銃器使いってことと、その結果を自慢げに冒険者カードに書くガチ勢ってことしか分からないし、挨拶を交わしたことすらただの1度もない。
攻撃を受けた時のうめき声とか苦悶の表情とかなら、知ってるけど……。
相手の内面的なことが一切分からないどころか、あれだけ毛嫌いしていたエリート双銃器使いだってことが分かっているのに、そんな相手に対して恋患いなんて……。
俺ってどうしようもないほどの外見重視だったんだな……知らなかった。
なんかちょっとショックだわ。
「……この間の周回系緊急クエストのトライヤルで、冒険者のクローンとして出てきたんだ」
正直に言った後、本日3回目のポーション吹き出し音が隣から聞こえる。
もはや飲んだ量より吐き出した量の方が多いんじゃないだろうか?
「高難易度タイムアタックにソロで行った挙句の果てには、高難易度の連れ去りエリアまでソロで乗り越えた超人か?!」
ワープの不具合で訳の分からない場所に飛ばされることを、リーダーは”連れ去り”と呼び、そのエリアを乗り越えることを超人と呼ぶことから、リーダーは”連れ去り”に遭ったことがあり、連れ去りエリアをクリアできなかった、または何人かのパーティーで連れ去られてギリギリクリアできた過去があるんだと伺い知れる。
とはいえ、藍がソロで高難易度タイムアタックで5分をたたき出したことは事実だとしても、その時に”連れ去り”に遭ったかどうかは分からないんだから、ソロで高難易度の連れ去りエリアをクリアしたとは言えないんじゃないか?
まぁ、ソロであろうがなかろうがリーダーが戦々恐々とする連れ去りエリアをクリアしていることに変わりがないし、俺では到底適わない相手だってことにも、変わりがない。
こんな片思い、誰が聞いたって諦めた方が良いってのは明らかで、相手にもされないというのは俺が1番良く分かってる。
なのに、忘れられない。
あの周回系緊急クエストの後、俺はクローンが出るインスタントダンジョンに行きまくって過ごしたんだ。
本人に直接メッセージを送れば良いだけかも知れないが、出会ってもいない奴からのメッセージに返事をくれるとも、会ってくれるとも思えない。
むしろ「会おう」と会ったこともない奴からメッセージが届いて「いいよ」と返される方が怖い。
そうだな……せめて自分で誇れる記録が1つでも欲しい。
「ちょっくらタイムアタック行って来る」
高難易度のタイムアタックなんて、今まではソロ所かパーティーを組んだってやりたいとは思わなかったが、今は違う。
何分かかったとしてもクリアしてやる!
双小剣にだって出来るってことを俺で証明したい。
そして双小剣を持った俺のクローンが何処かで出現すれば……それだけで双小剣も見直されるはずだ。
そうやって、少しでも見直された時、藍にメッセージを送っても……良くはないか……。
タイムアタック管理者の所に行き、上級:森のダンジョン攻略を受注してクエストに向かうためのワープに入った。
運が悪ければ……いや、運が良ければここで”連れ去り”が発生するわけだが……ワープを抜けた先の景色は訳の分からない場所ではなく、どこをどう見ても森だった。
「はぁ……」
ひとまず、良かった。
タイムアタックのスタートは、現地に着いた瞬間からカウントが始まるのではなく、スタートゲートの横にあるスイッチを押してゲートが開いた時点から開始される。
双小剣を握り直し、1回、2回と深呼吸をして走り出す。
ダァンと勢いよくスイッチを押し、ゲートが開ききらないうちから飛び出して文字でしか見たことがなかった”タイムアタック森の攻略法”に則りショートカットが出来る隠しスイッチを探して押していく。
川の上にかかっていたフェンスが消えて渡れるようになりエリア1のショートカットに成功した後は、エリア2に行くための通路上にいるストーンベアを倒さなければならない。
名の通り石で形成されているストーンベアは、またもや名の通り防御力が高くエリートカタナ使いや双銃器使いであっても倒すのに多少の時間がかかる。
つまり、双小剣であれば、切っても切っても切っても切っても……。
楽しい。
ドスン ガラガラガラガラ……。
ストーンベアを倒し終わる頃、通信機に表示されたタイムは4分を少し超えていた。
「終わったか?」
準備していたポーションとハイポーション全てを使い果たし、ようやく最終ボスであるフォレストハウンドのオス1匹とメス1匹を倒し終えてワープでギルドに戻った直後、通信で話しかけられた。
多分リーダーは俺の状況を通信機で確認していたんだろう。
通信機で冒険者検索をした時、名前と冒険者カードの他に、簡単な状況が確認できる。
例えばクエスト中なら受注しているクエストの名前、ギルド内にいればギルド、自室にいればマイルーム、本距離にいればクランルームといった具合だ。
だからタイムアタックを終えてギルドに戻ったことは聞くまでもないこと。それなのに声をかけてきた理由は、生存確認だろう。
戦闘不能になって強制送還されたら、意識がないから返事できないもんな。
「終わった。12分かかった……」
とりあえず返事をしてみたが、改めて12分か……藍なら3回クリアしてる計算だ。
しかも途中で1回戦闘不能になりかけた。
ポーションとハイポーションを持てるだけ持っていなければ確実に戦闘不能になっていただろう。
これで報酬10万……美味しいのか、どうなのか微妙だ。




