ログイン(4)
シンは、ガラスの開いた筐体の中で、横になっていた。
視界の傍らに立つ白衣の男性が、忙しなくタブレットを操作している。男性は、急に手を止めて、横目に尋ねてくる。
「光先さん。バイタルに異常はありませんが、体調の方は、大丈夫ですか?」
「はい。大丈夫です。」
シンは、天井を眺めながらも、そわそわと手を体に擦り付けていた。カプセルの内側は、柔らかい素材で作られており、とても居心地が良いのだが、どうしても気分だけは落ち着かない。
「それでは、閉じますね。前面のガラス部分がタッチパネルになっております。蓋が閉まり次第、落ち着いて操作して下さい。」
男性が言い終わると、直ぐにガラスが押し寄せて来た。
シューっと、空気が抜ける音と共に、透明なガラスで封をされる。――なんだか圧迫感が凄い。この感じには、慣れそうにないな。
シンは、目の前のガラスに表示される文字に目を通す。
『ようこそ。光先 シン 様。 》》NEXT』
NEXTの文字を、指先で軽くタップする。
すると、前面に、次の文字が現れる。
『起動チェックを開始します。 はい いいえ』
はい。――この操作を毎回やるのだろうか。安全の為とは言え、面倒だ。
何かが肩と背中に接続される感覚があったが、シンの視界には映らず、何をされたのかよく分からなかった。
『接続完了。 》》NEXT』
NEXT。
『プリマステラ アムリタ への接続を開始します。 はい いいえ』――到頭この時が来た。
シンは、期待と不安を胸に抱きしめて、『はい』の文字を強く押した。すると――。
『本当によろしいですか? はい いいえ』
「またかよ!」
シンは、ツッコミを我慢出来ず、思わず口に出してしまった。ガラスの向こう側で、白衣の男性が笑っているのが見える。
「はい!」
シンは、男性の反応など気にせずに、大きな声を上げた。
すると、前面に文字が流れる様にして、次々と現れる。読んでいる間など無く、意味すらも理解出来なかった。
『楽な姿勢を取って下さい。10秒後に接続を開始します。』
『P.A.S.S.へのリンクを確認。』
『人工素体の生成が完了。』
『適合性をチェック。』
『確認完了――オールクリア。』
『準備が整いました。』
『接続を開始します。それでは、良い旅を――。』
――次の瞬間、急にシンの体が落下し始めた。
真っ暗な暗闇へ……。
先程まで寝ていたはずのカプセルの中の明かりが、遥か遠くで点となって見える。
音も無く、冷たさや暖かさも無く――ただ、闇に向かって落ちている。そんな感覚だけが、感じられた。――映画やアニメだと、ここでスタッフロールが流れたりするのだろうか。
シンの心は、そんな事が考えられる程に穏やかだった。慌てふためいてもおかしくない状況だが、何故かそんな気分には、なれない。
シンは、身を任せ、深い闇の中へと落ちて行く――。
◇ ◇ ◇ ◇
――アムリタ。
かつて、そう呼ばれる知的生命体が存在した。
非常に知能が高く、長寿で、人間よりも遥かに文明が進んだ彼らは、『宇宙の探究者』と、呼ばれる程の存在だった。
彼らは、宇宙の神秘を解き明かす為に、あらゆる銀河を飛び回り、宇宙を旅した。
その探究の中で、彼らが特に熱中した物は、生命体の収集だった――。
宇宙空間は、途方も無く広大な空間だ。それにも関わらず、その規模に反して、生命体の数や種類が限り無く少ない。宇宙間の移動も然る事ながら、新たな生命体を発見する事は、途轍もない労力と時間を必要とした。
そんな中、彼らは、新たな命の輝きを見つける度に歓喜し、研究を進める。その生命体の起源を探るのだ。
そして、彼らは、長寿の利点を活かし、長い時間を掛けて、その星を観察し、生態系を崩さない程度に収集する。もちろん、その星の生命体に気づかれない様に、ひっそりと……。
日本には、『キャトられる。』と、言う造語が存在する。彼らは、きっと地球にも来たのだろう。
ある時、彼らは、星を覆っている巨大な樹を発見した。星の生命力を吸い上げて育つその大樹は、一つの大きな花を宇宙空間に向けて咲かせていた。まるで、天然の超巨大パラボラアンテナだ。
彼らは、すぐにその樹の虜となった。長寿な彼らの寿命よりも、長く生きる生物は、非常に珍しかった。
星をも呑み込む生命力。巨大な根を大地に張り、重力をも物ともしない丈夫な幹。そして、不思議な魅力を持つ大きな花。
彼らは、この樹に星喰いと名付け、その枝と花粉を採取して、星に持ち帰った。
この時、彼らは、力に驕ってしまっていた。この樹の危険性に目を瞑り、何が起きてもどうにか出来ると、高をくくり、神の真似事を続けたのだ。
持ち帰った星喰いの挿し木を星に植えると、その枝は、すくすくと育った。その成長に彼らは、喜んだ。だが、事態は、すぐに急変した。
星喰いと名付けた通り、星喰いは、星を蝕み始めた。
彼らも馬鹿ではない。この事態に陥る事は、もちろん彼らも予測していた。彼らは、予定通りに根を断ち切り、星への侵食を抑え込もうとした。
しかし、これが間違いだった。
星喰いは、根を断ち切ると、意志を持った様に反発し、一気にその根を増やした。彼らは、未知の生命体を、単なる植物と侮ったのだ。この異常事態に、彼らは、止むを得ず、根を燃やし始める。
すると、彼らの予測を、遥かに超えた現象が発生した。
一度火を点けた星喰いは、根、幹、葉、すべてに連鎖して燃え広がり、その体をあっと言う間に黒い灰へと姿を変えた。灰は、粉塵となり、大気中にばら撒かれることとなる。
その灰は、正に『死の灰』とも呼べる存在だった。灰を浴びた植物は、枯れ、動物は、もがき苦しんだ。そして、動植物は、瞬く間に腐敗して、その身から再び『死の灰』を発生させた。そうして、見る見る内に増殖し、黒い霧となって星を覆い尽くして行ったのだ。
彼らは、集めた生き物たちの命を優先した。灰の魔の手が及ばぬ内に、出来る限りを尽くして、宇宙へと逃した。自分たちの命など顧みず……。
――こうして彼らは、星と共に滅んだ。
生き残った生き物たちは、灰に呑まれた暗黒の星の復興を、試みる事にした。それには、長い年月が必要となる。その間、彼らの事を忘れない為に、追悼の意を表して、星に彼らの名を名付けた。『アムリタ』と……。
そして、彼らの残した技術を元に研究を重ね、残された者たちは、再びアムリタの地を踏む事を夢見て、長い長い戦いを続けたのだ――。
◇ ◇ ◇ ◇




