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天秤のアムリタ  作者: ぐぅぜん
はじまり
34/35

アッシュ(5)

 ホノカは、店の隅っこで、ジビエとキールに見守られながら、床に座っていた。(ケシルは、トールと一緒にテーブル席で気持ち良さそうに寝ている。)

 壁沿いで、三角座りをし、顔を腕の中に埋めている彼女の姿は、置物の様にしか見えない。どんとして動かない彼女の上空を、キールが優雅に漂い、ジビエは、少し距離を取った所で、脚を折って座っている。


 シンは、ジュースの入ったコップを片手で二つ持ち、ホノカに声を掛ける。左腕には、未だに刀と盾を、大事に抱えていた。


「ホノカ。落ち着いたか?」


 正直、返事は、期待していない。また、何も反応がないだろう。と、そう思っていた。


 しかし、その予想に反し、ホノカは、顔を埋めた状態で、頭を横に振った。ポニーテールが、ゆさゆさと揺れた。


 否定こそされたが、ホノカに反応があり、シンは、ほっとした。ホノカの隣にそっと腰掛け、壁にもたれ掛かる。片脚の膝を立て、ジュースを溢さないように床に置いた。


「それじゃ、落ち着くまで、ここでゆっくりしよう。」


 そうして、背中の邪魔な背嚢を降ろす。腰の剣は、特に問題はない。


 外の景色は、段々と明るさを取り戻してきているが、どうせ外には、まだ出られない。


 シンは、そんな薄暗い広場を眺めつつ、自分の分のジュースを取り上げて、口に運んだ。甘酸っぱいレモネードに似た味が、舌を刺激する。ライムか、グレープフルーツか、舌から鼻へと香る、柑橘系のパンチが良く効いている。

 糖分とビタミンが、頭をスッキリさせた。


 シンは、ジュリの話を思い返す。



 突如、空を覆った死の灰(アッシュ)。それは、かつてアムリタを滅ぼしたものだという。

 扉を開けた時、ジュリは、布巾で口を覆っていた。死の灰と言うぐらいだ。きっと体に悪いのだろう。


 そして、それを発生させる強大な敵、灰出獣(ブラシュ)。プレイヤーは、この灰出獣(ブラシュ)を討伐する事で、星の開拓が進められる。

 これは、死の灰(アッシュ)に汚染された地域があるという事で、間違いがないだろう。そこには、必ず灰出獣(ブラシュ)がいるはずだ。


 バーチルの言っていた、『魔獣の素材は、買値が安い』という話が、ここに繋がってくる。これは、プレイヤーの目標が、決して魔獣を討伐することではないということを、明確にしている訳だ。

 このアムリタで、魔獣は、自然の一部。この星で生きる上で、魔獣という存在は、必要不可欠だという事だ。

 その反面、灰出獣(ブラシュ)は、星を蝕む存在。その体から生み出す灰は、生命を刈り取り、新たなる灰出獣(ブラシュ)を生み出すことだろう。


 灰出獣(ブラシュ)は、死の灰(アッシュ)の領域を広げ、プレイヤーは、死の灰(アッシュ)の領域を消し去る。所謂(いわゆる)、大規模な陣取りゲームを進めて行く訳だ。


 その灰出獣(ブラシュ)が、今、この町の上空を通り過ぎた。――何の為に?何処から何処へ向かった?


 シンは、不気味な笑い声の存在も忘れ、物思いに耽った……。



 少しの時間を過ごした後、ホノカが口を開いた。


「シン。ごめんなさい。」


 ホノカは、顔を傾けて、腕の隙間からシンの顔色を窺った。話せる程度には、落ち着いたようだ。

 シンは、ホノカの視線を感じるも、敢えて見ないようにした。腫らした顔など、誰も見られたくはないはずだ。


「別に謝る様なこと、してないだろ?ほら、ホノカの分のジュース。」と、床に置いてあるコップの縁を鷲掴みにして、ホノカの顔の横に持って行く。


 ホノカは、体を起こし、コップを受け取った。


「ありがとう。」


「何があったかとか、聞かないけどさ。元気だせよ。これから仕事を、受けに行くんだろ?」


 シンは、笑ってホノカを励ました。


 しかし、シンの心の内は、複雑だった。彼女が泣き崩れる程のトラウマだ。彼女を心配する反面、本当のところは、聞いてみたいという強い思いがあったからだ。

 だが、シンは、そこまでノンデリではない。その想いは、笑って忘れる事にした。


 シンは、笑顔で店内を見渡した。

 そろそろ外に出たいと待ちきれず、窓の外を確認する人達が、入り口付近でたむろしている。


「って、言っても。今日は、もうそんなに時間ないか?」


 シンは、やっとホノカの顔を見た。ホノカの顔は、案の定目が腫れていた。泣き止んではいるが、コップに口を付ける表情は暗い。

 彼女は、自信を失くした様に、ちびちびと、ジュースを飲んでいた。


「そうですね……話だけでも、伺えると良いけど。」


 シンは、小さく縮こまったホノカを見て笑う。


「後で、みんなにお礼言っておくんだぞ?みんな心配してくれてたんだから。トールさんは、ずっと寝てるけど。」


「ええ。キール、ジビエ。ありがとう。」


 ホノカの燻った笑顔に、キールとジビエは、照れ臭そうな素振りをした。何も言わない二人だが、嬉しそうだということは、伝わって来る。



 それから、しばらく店内を眺めながら、外が明るくなるのを待った。


 店内の雰囲気も、外が明るくなるに連れ、次第と騒がしくなってきた。彼らの顔には、明るさが戻り、これから何をするかと、無邪気な子供の様に語り合っている。


 死の灰(アッシュ)終焉の灰(ガルアス)灰出獣(ブラシュ)


 毎日、地震に怯えて暮らす者がいない様に。そんな事を、いつまでも気にしている彼らではない。

 来るか来ないかも分からないものに対して、ずっと怯えていることなど、馬鹿馬鹿しいというものだ。もちろん、きをつけはするが、そんな事は二の次だ。


 外の世界には、その不を打ち消しても尚、有り余る程の明るい冒険が、彼らを待ち受けているのだから――。

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