アッシュ(5)
ホノカは、店の隅っこで、ジビエとキールに見守られながら、床に座っていた。(ケシルは、トールと一緒にテーブル席で気持ち良さそうに寝ている。)
壁沿いで、三角座りをし、顔を腕の中に埋めている彼女の姿は、置物の様にしか見えない。どんとして動かない彼女の上空を、キールが優雅に漂い、ジビエは、少し距離を取った所で、脚を折って座っている。
シンは、ジュースの入ったコップを片手で二つ持ち、ホノカに声を掛ける。左腕には、未だに刀と盾を、大事に抱えていた。
「ホノカ。落ち着いたか?」
正直、返事は、期待していない。また、何も反応がないだろう。と、そう思っていた。
しかし、その予想に反し、ホノカは、顔を埋めた状態で、頭を横に振った。ポニーテールが、ゆさゆさと揺れた。
否定こそされたが、ホノカに反応があり、シンは、ほっとした。ホノカの隣にそっと腰掛け、壁にもたれ掛かる。片脚の膝を立て、ジュースを溢さないように床に置いた。
「それじゃ、落ち着くまで、ここでゆっくりしよう。」
そうして、背中の邪魔な背嚢を降ろす。腰の剣は、特に問題はない。
外の景色は、段々と明るさを取り戻してきているが、どうせ外には、まだ出られない。
シンは、そんな薄暗い広場を眺めつつ、自分の分のジュースを取り上げて、口に運んだ。甘酸っぱいレモネードに似た味が、舌を刺激する。ライムか、グレープフルーツか、舌から鼻へと香る、柑橘系のパンチが良く効いている。
糖分とビタミンが、頭をスッキリさせた。
シンは、ジュリの話を思い返す。
突如、空を覆った死の灰。それは、かつてアムリタを滅ぼしたものだという。
扉を開けた時、ジュリは、布巾で口を覆っていた。死の灰と言うぐらいだ。きっと体に悪いのだろう。
そして、それを発生させる強大な敵、灰出獣。プレイヤーは、この灰出獣を討伐する事で、星の開拓が進められる。
これは、死の灰に汚染された地域があるという事で、間違いがないだろう。そこには、必ず灰出獣がいるはずだ。
バーチルの言っていた、『魔獣の素材は、買値が安い』という話が、ここに繋がってくる。これは、プレイヤーの目標が、決して魔獣を討伐することではないということを、明確にしている訳だ。
このアムリタで、魔獣は、自然の一部。この星で生きる上で、魔獣という存在は、必要不可欠だという事だ。
その反面、灰出獣は、星を蝕む存在。その体から生み出す灰は、生命を刈り取り、新たなる灰出獣を生み出すことだろう。
灰出獣は、死の灰の領域を広げ、プレイヤーは、死の灰の領域を消し去る。所謂、大規模な陣取りゲームを進めて行く訳だ。
その灰出獣が、今、この町の上空を通り過ぎた。――何の為に?何処から何処へ向かった?
シンは、不気味な笑い声の存在も忘れ、物思いに耽った……。
少しの時間を過ごした後、ホノカが口を開いた。
「シン。ごめんなさい。」
ホノカは、顔を傾けて、腕の隙間からシンの顔色を窺った。話せる程度には、落ち着いたようだ。
シンは、ホノカの視線を感じるも、敢えて見ないようにした。腫らした顔など、誰も見られたくはないはずだ。
「別に謝る様なこと、してないだろ?ほら、ホノカの分のジュース。」と、床に置いてあるコップの縁を鷲掴みにして、ホノカの顔の横に持って行く。
ホノカは、体を起こし、コップを受け取った。
「ありがとう。」
「何があったかとか、聞かないけどさ。元気だせよ。これから仕事を、受けに行くんだろ?」
シンは、笑ってホノカを励ました。
しかし、シンの心の内は、複雑だった。彼女が泣き崩れる程のトラウマだ。彼女を心配する反面、本当のところは、聞いてみたいという強い思いがあったからだ。
だが、シンは、そこまでノンデリではない。その想いは、笑って忘れる事にした。
シンは、笑顔で店内を見渡した。
そろそろ外に出たいと待ちきれず、窓の外を確認する人達が、入り口付近でたむろしている。
「って、言っても。今日は、もうそんなに時間ないか?」
シンは、やっとホノカの顔を見た。ホノカの顔は、案の定目が腫れていた。泣き止んではいるが、コップに口を付ける表情は暗い。
彼女は、自信を失くした様に、ちびちびと、ジュースを飲んでいた。
「そうですね……話だけでも、伺えると良いけど。」
シンは、小さく縮こまったホノカを見て笑う。
「後で、みんなにお礼言っておくんだぞ?みんな心配してくれてたんだから。トールさんは、ずっと寝てるけど。」
「ええ。キール、ジビエ。ありがとう。」
ホノカの燻った笑顔に、キールとジビエは、照れ臭そうな素振りをした。何も言わない二人だが、嬉しそうだということは、伝わって来る。
それから、しばらく店内を眺めながら、外が明るくなるのを待った。
店内の雰囲気も、外が明るくなるに連れ、次第と騒がしくなってきた。彼らの顔には、明るさが戻り、これから何をするかと、無邪気な子供の様に語り合っている。
死の灰?終焉の灰?灰出獣?
毎日、地震に怯えて暮らす者がいない様に。そんな事を、いつまでも気にしている彼らではない。
来るか来ないかも分からないものに対して、ずっと怯えていることなど、馬鹿馬鹿しいというものだ。もちろん、きをつけはするが、そんな事は二の次だ。
外の世界には、その不を打ち消しても尚、有り余る程の明るい冒険が、彼らを待ち受けているのだから――。




