アッシュ(4)
「期待してるって?」
シンは、馬鹿馬鹿しいと、大きく首を振った。
「シン。そいつは、トールさんなら勝てそうか?」
マモルは、親指でトールの事を指差した。トールは、テーブルに酔い潰れて、気持ち良さそうに寝ていた。この嵐も知らずに、のん気なものだ。
シンは、大きく顔を振る。
「無理無理。魔獣なんて比じゃないって。」
姿をはっきり見た訳ではないが、正直、魔獣とは次元が違う。
ナッチは、窓にへばり付いて、未だに死の灰の嵐を見上げていた。もしかすれば、灰出獣の姿を拝めるかもしれない。と、夢中になって探している。
あれだけビビっていたのに、怖いもの見たさという事だろうか。
「これだけの嵐を引き起こす化け物がいるって事ですよね?これを自然の力ではなく、生き物がやっているって考えると、凄くないですか?」
その真剣な物言いに、周囲の人達は、息を呑んだ。
「要するに、アムリタの開拓って言うのが、灰出獣の討伐に直結するって、話だよな。こりゃ、中々骨が折れそうなこった。」
マモルは、笑っていた。
「笑い事じゃないと思うけど……。魔獣にさえ手こずってんだよ?」
マモルは、臆病風に吹かれているシンを一蹴する。
「そんなの当たり前じゃないか。俺たちは、一日目だぞ?なんだ?シンのやってきたゲームは、どれもそんな温い物だったのか?」
シンは、マモルに言われて、真面目に考える。
「そう言われると、割とそうかも……。」
途中で詰まる要素の無い、順当にクリア出来る物。いわば、追体験型が今の主流だ。プレイヤーは、指示された通り、線をなぞって行く。それを、演出という名のスパイスで、自分で考えて操作していると錯覚させる。物語の主人公になった様に、アトラクションに乗せられる訳だ。
この手法を使っているのは、ストーリー重視のゲームだけとは限らない。昔から課金制のゲームでよく使われる手法だ。より多く金を落としてもらうには、分かりやすく誘導する必要があるからだ。
「はぁ。世代の違いってやつか?画質だけのクソゲーの時代は、終わったんだろ?」
マモルが嘆いていると、ナッチが窓から離れて戻って来た。天気が落ち着き始め、灰出獣を拝むのを諦めたようだ。
「マモルくん、ゲームは、あんまりって、言ってませんでした?」
「最近は、まったくですよ。若い頃は、色々とやっていたんだ。人並みには、ですがね。」
二人の会話振りから、シンたちと別れた後も、ここで交友を深めていたようだ。二人は、シンの知らない内に、気軽に話せる間柄となっていた。
「私も昔は、良くやりましたよ。RPGで、コツコツレベル上げするのが好きだったなぁ。だから、アムリタでも、これから頑張ってみますよ。せめて、この辺りの魔獣からは、身を守れるぐらいにはならないと。」
ナッチの目が、ドット絵と化していた。
過去の古き良き時代を思い出し、感傷に浸る大人は多い。ただ、今の若者たちにとって、それは単なる老害だ。便利な物が溢れる世の中で、態と苦行を選択する理由がない。
しかし、このアムリタには、そういった文明の利器を見かけない。当たり前のように使用している、ゲートや腕の端末が、異質な程だ。ほとんどの物が木で作られたこの世界では、金属の入手が難しいと見える。そんなアムリタでは、年長者の知恵が功を奏する事が多いだろう。
マモルが、シンの肩に手を回して言う。
「まあ、何も一人で相手をするわけじゃないんだ。困った時は、俺たちを頼ればいい。絆力が俺たちに、まだどれだけの力を及ぼすか、分かってすらいないんだ。可能性は、無限大だぞ。」
そう言って、マモルは、シンの背中を叩いて送り出した。
シンは、刀と盾をその手に抱えたまま、足を跳ねさせて体のバランスを保つ。
二人は、真面目な発言をしてはいるものの、少し酔って気が大きくなっているのかもしれない。そうシンは、思った。
「はいはい。強くなる前に、やられないでよ?」と、シンは、面倒くさそうにあしらうと、その足でカウンターに向かった。
マモルがシンの背中を押したのは、「そろそろホノカの所に行ってやれ。」と、いう後押しだ。
シンは、それに素直に従うことにした。
「おばちゃん。ジュース二つ。」
シンは、カウンターに立つ、ジュリに声を掛けた。
すると、ジュリが腕を組んで、物凄い圧を放ってくる。
「ジュ・リ・さ・ん!」と、一音、一音に、力を込める。
シンは、ジュリの背に、魔獣並みのオーラの昂りを見た。
「……。ジュリさん、お願いします……。」
「はい。良く出来ました。何でも良いの?」
ジュリは、笑顔でそう言うと、後ろの木箱の中から果物を選び始める。
「うん。出来れば、あっさりしたやつで。」
何でも良いとは、言いつつも指定をする、厄介な客だ。
シンは、ジュリの大きな背中を見て、「おっかねー。」と、震え上がった。
その時、言い合いを始める声が聞こえて来た。
マモルが女性のテストプレイヤーと、何か騒いでいる。茶色のショートヘアーの女性は、背の高いマモルの鼻先に指を突き付け、視線から火花を散らしていた。彼女は、体格差など、物ともしていない。
シンが振り返って様子を見ていると、背後から威圧感を感じた。
ドンッ。と、シンの注文したジュースが、カウンターに置かれる。
シンは、その音だけで、冷や汗が止まらなかった。
ジュリは、舌打ちをして、カウンターから出て行く。
そして、二人の近くまで行くと……。
「――喧嘩するなら、叩き出すよ!」
ジュリの怒鳴り声で、店内が静まり返った。




