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天秤のアムリタ  作者: ぐぅぜん
はじまり
32/35

アッシュ(3)

 トラモントの天幕は、綺麗に片付けられていた。店先のテーブルや椅子も見当たらない。そんな閉店した店の中から、手招きする女性の姿が見える。店主のジュリだ。


 シンは、風に乗って飛んで来る木片や花瓶を避けつつ、ホノカと一緒に店先に駆け込んだ。


「ほら!早く入りな!」


 ジュリが扉を勢い良く開いて、二人を招き入れる。ジュリは、口を布巾で押さえつけていた。


 ホノカとシンは、店内に雪崩れ込んだ。


 シンたちが中に入ると、強風で「バタンッ!」と、扉が閉まった。ジュリは、風に乗って舞い込んで来た灰を、口に当てていた布巾で、叩き落としている。


 シンは、床に頭から這い蹲り、気の抜けた声を上げる。


「はぁ〜、助かったぁぁ。」


 まるで店内が天国の様に感じた。床を舐めていても、まったく気にならない。

 その時、シンの頬を、ぺろぺろと、動物が舐めた。その鹿の様な可愛い姿は、ナッチのバディーのジビエだ。


「やあ、ジビエ。」


 シンは、這い蹲ったまま、ジビエに笑顔を向けた。

 ジビエは、シンが大丈夫だと判断すると、ホノカに向き直る。


 ホノカは、静かに立ち上がり、歩き始めた所だ。駆け寄ったナッチとマモルに「大丈夫か?」と、心配されるが、「大丈夫。」と、言って二人を振り払い、暗い表情をしたまま、一人で店の隅を目指した。


 ホノカを心配して、ジビエが後をついて行く。


(ホノカのやつ。ホント、どうしちまったんだ?)


 大事な刀を置いて行ってしまう程だ。大丈夫なわけがない。


 ナッチとマモルが、ホノカの背中を心配そうに見るも、掛ける言葉が見つからない。

 急いでシンに原因を聞こうと、二人がシンに近づいた所で、シンは、やっと、上半身を起こした。


「ホノカちゃん、大丈夫ですか?」


「シン。お前、何やらかしたんだ?」


 二人揃って、質問を投げかけてくる。二人は、シンが()()()()と思っているようだ。


 シンは、店の天井の木目を眺めた。


「こっちが聞きたいよ……ゲートを潜る直前まで、元気に笑ってたんだ。」と、肩を竦めてから、立ち上がる。


 マモルは、疑いの目をシンに向ける。


「本当か?」と、目を細めた。


 そこで、ナッチが慌ててフォローする。


「雷が怖かったとかですかね?ほら、ゴロゴロ鳴るだけで、震え上がる人もいるでしょう?」


「おー。その可能性もあるか。」


 マモルは、眉を上げ、口をすぼめた。ナッチの仮説に納得したようだ。

 雷ではないとしても、何かトラウマがあるという事だろう。


 シンは、自分を疑われて、少し不服そうだった。


「おー。じゃないよ。まったく……で、何なの?この天気。」


 すると、シンの背後から、答えが返ってきた。


「アムリタを覆う、『死の灰』だよ。」


 そこには、ジュリが立っていた。彼女は、袖を捲った腕の汚れを、手で叩いて掃っているところだった。持っていた布巾は、エプロンのポケットに挟み込んである。


「死の灰?」


 シンは、聞き慣れない言葉に首を傾げた。


「そう。死の灰(アッシュ)。特段に濃いモノを『終焉の灰(ガルアス)』って、呼ぶ事もあるけどね。アムリタには、死の灰(アッシュ)に侵された地域が沢山あるのさ。」


 終焉の灰(ガルアス)。それは、ホノカが絶望の中、口ずさんでいた言葉だった。

 シンは、ホノカの豹変の原因が分かるかもしれない。と、期待した。


 ジュリは、次にエプロンを両手で叩き始めた。エプロンから埃を舞い上げ、話を続ける。


「ピンと、来ていないようだね?死の灰(アッシュ)ってのは、この星が、滅んだ原因だよ。陽の照っている昼間にこうなるのは、滅多にないんだけどね。何処かで何か、あったのかもしれないわ。」と、窓の外を眺めて言った。


 ナッチも、恐る恐る窓から空を覗いた。


「これが、この星が滅んだ原因?」


 他のテストプレイヤーも、それを聞いてざわつき始めた。

 そこで、マモルが深く考える素振りをして、ジュリに聞く。


「昼間に起きないのは、何故なんだ?夜中だと、良くあることなのか?」


 全員が、興味津々に、ジュリに顔を向けた。

 静かに、ジュリの答えを待つ。


死の灰(アッシュ)は、太陽光に弱いんだよ。大丈夫。心配しなくても、そろそろ静まるから。店内でゆっくりしておきなさい。」


 そう笑顔で胸を張って、ジュリがカウンターに戻ろうとした時、シンが店の天井を指差して言う。


「じゃあ、あのデッカい化け物は、何なの?」


 ナッチが()()()と言うワードに反応して、振り向いた。そして、シンに問い掛ける。


「シンくん。化け物って……なんです?」


 耳を疑い、驚愕しているナッチ。


「そんなのいたのか?」と、マモルも不思議そうにした。

 店内にいた人達は、あの空の化け物の影を、見ていないようだ。あんなにも巨大な影だったというのに、見ていないなんて……。シンは、信じられなかった。


「雲の中を、馬鹿デカいのが泳いでたんだって!」


 シンは、両手を目一杯に広げて、大きさをアピールしたが、体では、どうしても表現出来そうにない。

 ここで、端末にカメラ機能があることを思い出したが、後の祭りだ。どちらにせよ、シンに写真を撮る余裕なんて無かった。


 足を止めたジュリが、腕を組んで言う。


「そいつは、灰出獣(ブラシュ)だね。霊獣の成れの果て。と、言われている怪物だよ。灰出獣(ブラシュ)はね、死の灰(アッシュ)の発生源なのよ。灰出獣(ブラシュ)を討伐する事で、死の灰(アッシュ)が消え、より安全で暮らしやすい土地になる。要するに、あなたたちプレイヤーの目標のひとつってことね。」


 ジュリは、ニヤッと笑って見せた。


 これにシンは、顎が外れそうになるぐらい驚いた。


「あんなヤツに勝てるわけないじゃん!」


 すると、ジュリがシンに顔を近づけた。


「やってもみないで、諦めないでくれるかい?これでも、私たちアムリタの住人は、あなたたちに期待しているんだからね。」


 ジュリは、そう笑って言い放つと、カウンターに戻って行った。


(この町ひとつ、軽く押し潰せそうな巨獣を倒す?そんな事、やらなくたって結果が見えてるじゃないか!)


 シンは、ジュリの発言に、度肝を抜かれていた。ホノカも同じ気持ちだったのだろうか。あんな化け物と戦えと言われれば、誰だって諦めてしまうに決まっている。

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