アッシュ(3)
トラモントの天幕は、綺麗に片付けられていた。店先のテーブルや椅子も見当たらない。そんな閉店した店の中から、手招きする女性の姿が見える。店主のジュリだ。
シンは、風に乗って飛んで来る木片や花瓶を避けつつ、ホノカと一緒に店先に駆け込んだ。
「ほら!早く入りな!」
ジュリが扉を勢い良く開いて、二人を招き入れる。ジュリは、口を布巾で押さえつけていた。
ホノカとシンは、店内に雪崩れ込んだ。
シンたちが中に入ると、強風で「バタンッ!」と、扉が閉まった。ジュリは、風に乗って舞い込んで来た灰を、口に当てていた布巾で、叩き落としている。
シンは、床に頭から這い蹲り、気の抜けた声を上げる。
「はぁ〜、助かったぁぁ。」
まるで店内が天国の様に感じた。床を舐めていても、まったく気にならない。
その時、シンの頬を、ぺろぺろと、動物が舐めた。その鹿の様な可愛い姿は、ナッチのバディーのジビエだ。
「やあ、ジビエ。」
シンは、這い蹲ったまま、ジビエに笑顔を向けた。
ジビエは、シンが大丈夫だと判断すると、ホノカに向き直る。
ホノカは、静かに立ち上がり、歩き始めた所だ。駆け寄ったナッチとマモルに「大丈夫か?」と、心配されるが、「大丈夫。」と、言って二人を振り払い、暗い表情をしたまま、一人で店の隅を目指した。
ホノカを心配して、ジビエが後をついて行く。
(ホノカのやつ。ホント、どうしちまったんだ?)
大事な刀を置いて行ってしまう程だ。大丈夫なわけがない。
ナッチとマモルが、ホノカの背中を心配そうに見るも、掛ける言葉が見つからない。
急いでシンに原因を聞こうと、二人がシンに近づいた所で、シンは、やっと、上半身を起こした。
「ホノカちゃん、大丈夫ですか?」
「シン。お前、何やらかしたんだ?」
二人揃って、質問を投げかけてくる。二人は、シンが泣かせたと思っているようだ。
シンは、店の天井の木目を眺めた。
「こっちが聞きたいよ……ゲートを潜る直前まで、元気に笑ってたんだ。」と、肩を竦めてから、立ち上がる。
マモルは、疑いの目をシンに向ける。
「本当か?」と、目を細めた。
そこで、ナッチが慌ててフォローする。
「雷が怖かったとかですかね?ほら、ゴロゴロ鳴るだけで、震え上がる人もいるでしょう?」
「おー。その可能性もあるか。」
マモルは、眉を上げ、口をすぼめた。ナッチの仮説に納得したようだ。
雷ではないとしても、何かトラウマがあるという事だろう。
シンは、自分を疑われて、少し不服そうだった。
「おー。じゃないよ。まったく……で、何なの?この天気。」
すると、シンの背後から、答えが返ってきた。
「アムリタを覆う、『死の灰』だよ。」
そこには、ジュリが立っていた。彼女は、袖を捲った腕の汚れを、手で叩いて掃っているところだった。持っていた布巾は、エプロンのポケットに挟み込んである。
「死の灰?」
シンは、聞き慣れない言葉に首を傾げた。
「そう。死の灰。特段に濃いモノを『終焉の灰』って、呼ぶ事もあるけどね。アムリタには、死の灰に侵された地域が沢山あるのさ。」
終焉の灰。それは、ホノカが絶望の中、口ずさんでいた言葉だった。
シンは、ホノカの豹変の原因が分かるかもしれない。と、期待した。
ジュリは、次にエプロンを両手で叩き始めた。エプロンから埃を舞い上げ、話を続ける。
「ピンと、来ていないようだね?死の灰ってのは、この星が、滅んだ原因だよ。陽の照っている昼間にこうなるのは、滅多にないんだけどね。何処かで何か、あったのかもしれないわ。」と、窓の外を眺めて言った。
ナッチも、恐る恐る窓から空を覗いた。
「これが、この星が滅んだ原因?」
他の客も、それを聞いてざわつき始めた。
そこで、マモルが深く考える素振りをして、ジュリに聞く。
「昼間に起きないのは、何故なんだ?夜中だと、良くあることなのか?」
全員が、興味津々に、ジュリに顔を向けた。
静かに、ジュリの答えを待つ。
「死の灰は、太陽光に弱いんだよ。大丈夫。心配しなくても、そろそろ静まるから。店内でゆっくりしておきなさい。」
そう笑顔で胸を張って、ジュリがカウンターに戻ろうとした時、シンが店の天井を指差して言う。
「じゃあ、あのデッカい化け物は、何なの?」
ナッチが化け物と言うワードに反応して、振り向いた。そして、シンに問い掛ける。
「シンくん。化け物って……なんです?」
耳を疑い、驚愕しているナッチ。
「そんなのいたのか?」と、マモルも不思議そうにした。
店内にいた人達は、あの空の化け物の影を、見ていないようだ。あんなにも巨大な影だったというのに、見ていないなんて……。シンは、信じられなかった。
「雲の中を、馬鹿デカいのが泳いでたんだって!」
シンは、両手を目一杯に広げて、大きさをアピールしたが、体では、どうしても表現出来そうにない。
ここで、端末にカメラ機能があることを思い出したが、後の祭りだ。どちらにせよ、シンに写真を撮る余裕なんて無かった。
足を止めたジュリが、腕を組んで言う。
「そいつは、灰出獣だね。霊獣の成れの果て。と、言われている怪物だよ。灰出獣はね、死の灰の発生源なのよ。灰出獣を討伐する事で、死の灰が消え、より安全で暮らしやすい土地になる。要するに、あなたたちプレイヤーの目標のひとつってことね。」
ジュリは、ニヤッと笑って見せた。
これにシンは、顎が外れそうになるぐらい驚いた。
「あんなヤツに勝てるわけないじゃん!」
すると、ジュリがシンに顔を近づけた。
「やってもみないで、諦めないでくれるかい?これでも、私たちアムリタの住人は、あなたたちに期待しているんだからね。」
ジュリは、そう笑って言い放つと、カウンターに戻って行った。
(この町ひとつ、軽く押し潰せそうな巨獣を倒す?そんな事、やらなくたって結果が見えてるじゃないか!)
シンは、ジュリの発言に、度肝を抜かれていた。ホノカも同じ気持ちだったのだろうか。あんな化け物と戦えと言われれば、誰だって諦めてしまうに決まっている。




