インターバル(1)
レイ&ライブラ社――
海の見える郊外に建てられた大きなビル。
そのビルのエレベーターに乗る一人の人物。
黒のヒールにストッキング。黒いスカートに包まれた、肉付きの良い太ももと大きな尻。
そして、隣には、水色の可愛いネイルが光る綺麗な指先。その可憐な細い指で、複数の書類とタブレットが握られている。
腰が絞られた黒のスーツを着た彼女は、あっという間に到着したエレベーターを降りる。
艶のある黒い長髪の掛かった胸元を揺らし、大きな扉の前で深呼吸する。
「ふーっ。」と、淡い口紅が塗られた唇を尖らせる。何故か、頬には、米粒が付いている。
彼女は、丸い小さな鼻から息を噴き、意を決する。
「コンコン。」と、扉を叩く音が鳴る。
――最上階・社長室。
社長の風立 春告は、木彫りの古めかしい机に背を向け、大きな窓から外を眺めていた。ここからは、東京の中心地に点在する大きなビル群が良く観える。
しかし、それは、メガネを掛けていればの話だ。
これは、春告が考え事をする時に、良く行う行動だ。別に景色を観ている訳ではない。ぼーっとして、思考を巡らせているのだ。
「どうぞ。」
考え事をしていて、ノックに対する返事が遅れてしまった。テストプレイが始まり、このように休む間も無く人が訪ねて来る程の、業務過多となっている。――私もアムリタに行くべきか?
そうすれば、時間も二倍だ。しかも、身体も休められると来た物だ。一石二鳥とは、正にこの事だろう。
しかし、そういう訳にはいかない。業務は、現実で発生しているからだ。筐体があれば、仕事を行うだけの世界を創れそうなものだが……そうなると、労働基準法や給料の支払いは、どうなってしまうのだろうか。
春告が、経済の破綻について考え始めた所で、部屋の扉が開いた。
「失礼します。」
ビシッと、決めたスーツ姿の女性が、ヒールの踵をカツカツと鳴らして、社長室に入室して来る。
春告が振り返ると、既に彼女は、重厚な机の前で待機していた。
彼女は、米好 マイ。その名の通り、米が好きで、良く頬に米粒を付けている。名は、体を表すと言うが、それさえ無ければまともなのだが……。
これでも彼女は、筐体の管理チームの責任者だ。誰しも人間には、何処かしらに変った所があるものだ。天才や秀才と呼ばれる人間は、特に――。
「本日のデータをお持ちしました。」
「ありがとう。座って拝見してもいいかい?」
春告は、マイから受け取った書類を机に置いて、茶色い皮の椅子に腰掛けた。そして、机の端に置かれたメガネに手を伸ばす。
「――はい。気になる点があれば、何なりと仰って下さい。お答え致します。」
マイは、手に抱えたタブレットを起動した。緊張しているのか、妙に張り切っている。
机に並べられた書類には、参加者の部屋番号、氏名、顔写真が大きく載せられ、詳細が、小さな文字で、ずらりと綴られていた。
『24-8 笹崎 ロク。』
『20-4 音霧 シュウザン。』
『18-1 雷道 トオル。』
『12-8――。』…などなど。
その中から春告は、真っ赤な髪の男性が載った書類を手に取る。
「彼は、どこにいても目立つみたいだね。素晴らしい才能だ。」
そして、そのまま手に持った状態で、次々と流れる様に書類を捲って行く。
「ふむ。想定より、随分と少ない……。」
春告には、思う所があるみたいだ。深く考え込む様な顔をする。
マイが春告の顔を見て語り始めた。
「そこは、やはり、情報を与えなさ過ぎた事が原因かと。多くの参加者は、仮想空間では無く、現実と捉えた行動を行っています。参加者が、大人という事もあり、経験則から逸脱する事が出来ていません。」
あまりプレイヤーに情報を落とさない方が、ゲームとして面白い。そう考えた事が裏目に出たようだ。
説明書を長々と読む事が好きな者もいるが、世の中、読む事が嫌いな人は多い。待ち切れずボタンを連打してしまい、重要な情報を見逃した。と、いった経験をした者もいるだろう。
この連打も、経験則があるからこそ成せる技だ。長年の経験から、何となく先の結果が予測出来る。この癖は、歳を積み重ねる程、中々抜けなくなるものだ。夢見る若者とは違い、体に染み付いてしまっている。
若者なら簡単に踏み出せる領域に、大人達は踏み出せない。これには、色々な事柄が絡み合う。
信念やポリシーと言った『意地』。その行いを恥じたり、それを見られる事への『羞恥心』。本当に安全かどうか、法に触れるのかの有無や今後の身体への負担をも考慮した『危険性』。それに伴う『想像力と発想力』。そして、それを知った周りへの『影響』。
この全てが、経験値と言う名の鎖となり、大人達の身体を縛る。その上、楽をしたがるというのは、年齢問わず人間の性質で有り、業でも有った。
「ふむ。彼らの能力を見た事で、後に続く者たちが現れるはずだ。この件は、しばらく様子を見よう。」
春告は、右手に持った紙を机の上に手放した。
そして、次の書類を手に取る。そこには、ホノカの顔写真がデカデカと載っていた。
春告は、ホノカの写真がマイに見える様に、薄い紙をひらひらと振ってみせた。
「彼女がバディーに選ばれた。と、言うのは、本当かい?」
「はい。社長の御指示の通り、もし人間のバディーが選出された場合は、速やかに報告せよ。との事だったので、資料にまとめさせて頂きました。」
春告は、椅子から立ち上がった。書類に目を通しつつ、ゆっくりと歩き、再び大きな窓の前に立つ。
「24-3。ほう。彼か、面白い。」
春告の表情が、ニヤリとした。
マイは、それを聞いて、不思議そうにする。
「面白い、ですか?特に変わったデータは、上がってきていませんが……。」と、タブレットを操作して確認を始めた。
「これから、彼のデータは、随時報告して欲しい。」
春告は、腕を後ろで組み、書類を読むのを止めた。
わくわくとした表情で胸を張り、遠いビルの上空を眺める。ガラスに反射する春告の瞳は、希望に満ち溢れていた。
「はい……承りました。」
顔を上げて唖然とするマイとは違い、春告には、何か思惑があるようだ。
「これは、ひょっとするかもしれないな……。」
一面の大きな窓に差し込む陽射しを受け、社長室には、二人の長い影がくっきりと映し出されている――。




