ログイン(2)
丸みを帯びたエレベーターは、弾丸の様なスピードで、24階に到着した。本当に上がっているのか分からない程に一瞬だった。
扉が開き、エレベーターから降りると――。
「いらっしゃいませ。」
すぐに係の人が声を掛けてきた。丁寧な物言いの男性だ。
「えー、光先 シン様。事前説明会には、ご参加なされましたでしょうか?」
――事前説明会。
今回のテストプレイを円滑に進める為に、参加者には、前もって説明会が開かれた。
勿論、シンも参加した。
何日かに分けて開催したらしく、シンが受けた時は、約二十名と一緒だった。
しかも、自分以外、TVや配信サイトで観た事のある有名人ばかり……。映画やドラマの主演を何本もやっている俳優が、直ぐ隣で説明を受けていて、気が気で無かった事を覚えている。
「はい。確か、12日に。」
「かしこまりました。では、フロアの簡単なご説明だけを、行わさせて頂きます。こちら左手には、談話室や食堂。食堂と言っても、自販機や給湯設備があるだけですが、設置してあるタブレットから、本食堂や外部の出前を注文可能です。」
シンは、バンドとバンドの説明書を見て、「へー。」と、相槌を行なった。説明書にも似た様な事が書かれてある。
「そして、右手がテストプレイ参加者様のお部屋となっております。バンドのプレートに記載されてある番号のお部屋を、ご利用下さい。各階同じ仕様になっておりますが、トラブル防止の為、他の階層への立ち入りは、お控え下さい。」
「はい。」
「もし、他の階層の参加者様と、直接お会いしたい場合には、20階が共有の談話室となっておりますので、そちらをご利用下さい。何かご不明な点は、ございますか?」
「えー、大丈夫そうです。」
「それでは、テストプレイ開始のアナウンスまで、ご自由にお過ごし下さいませ。」
係の人が一礼をして、シンを見送る。――凄いな。執事みたいに、きちっとしてた。
自分とは、違う世界を生きている人だ。と、自分の不甲斐無さを心の中で納得させると、自分の部屋を探し始めた。
左手のバンドを指で捲ると、小さく『24-3』と、書かれてあった。
シンは、キャリーケースをゴロゴロと引き、部屋の扉の番号を見て回る。番号は、部屋の中を覗く事が出来る透明なガラスに、デカデカと書かれている。
「この辺りだな……あった!」
部屋の扉に手首のバンドを翳そうとした時。隣の部屋の扉が、シューっと、スライドして開いた。
その部屋の中から、バスケットボールを指先でくるくる回す、編み込まれた特徴的な髪の男性が現れた。
彼は、シンに気付くと、長身の背を折り、会釈をしながら通り過ぎようとする。
「あ、どーも。」
シンは、部屋の扉を開きつつ、彼に挨拶を返す。
「お隣ですね。よろしくお願いしますぅー……。」
緊張で、気の抜けた返事をしてしまったが、彼もその図体の割に、緊張している様だ。
「あ、こちらこそ〜。」と、彼は、会釈を繰り返して、シンの後ろを通り抜け、談話室の方に歩いて行った。
「今の人、アメリカに行ったっていうバスケの……あんまり詳しくないけど、見たことあるな。」
そう呟きながら部屋に入る。
部屋の中は、至ってシンプルな作りの部屋だった。
入って突き当たりの正面に見えるのは、自分専用であろう黒いカプセル。棺桶かと思う程のどっしりとした重圧感がある。
その左側のパーテーションを挟んだ奥には、ソファーやモニターが設置されてある。
そして、入り口の側の扉には、ユニットバスがあり、まるでビジネスホテルの様だ。
しかし、一通り部屋を見渡したが、ベッドだけは、何処にも存在しなかった。カプセルで寝るのだから、無くて当然なのかもしれない。
シンは、キャリーケースをソファーの横に置き、一旦ソファーに腰掛けて一息吐く。
「ふぅ〜。どうしようかな。」
開始予定の時間まで、小一時間もある。お隣さんみたいに、談話室の方を覗きに行くのもありだが、余り気が進まない。知らない人と顔を合わせるだけでも、疲れるものだ。
シンは、部屋を見渡して、説明会で言われた事を思い出す。
「確か、カプセルを使うには、専用のスーツを着るんだっけ。」
クローゼットの横の机に、折り畳まれた黒い塊があった。シンは、その塊に手を伸ばし、それを広げた。
「着るか……。」
これを着ている自分を、想像したくやいが、仕方がない。嫌そうな顔を向けて、悪態を吐く。
「ガ○ツかよ。」
部屋の入り口の扉には、廊下から中が見通せる四角い窓がある。その為、パーテーションを閉めてから着替える。
シンは、ささっと着替え終え、パーテーションを開けた。
「最悪だ……。」
ぴちぴちの全身スーツは、体の線を露わにさせた。スポーツは勿論の事、筋トレすらしていないシンの貧相な体が丸わかりだ。
股間の部分は、金的がついていて、もっこりしている。これは、排尿システムの為、どうしようもない。一日中カプセルで、横になっている訳だ。意識の無い体は、尿意を我慢出来ない。何度も催す事だろう。
カプセルには、最新の介護機能が搭載されている。便意だろうと、問題が無い。運営が医療機器を扱うメーカーという事もあり、生命維持装置など、万全の対策がカプセルには備わっていた。
その為か、胸や背中に円形の吸盤みたいな突起が付いている。
不恰好だが、今の所、鏡が部屋に無い事だけが、心の救いだ。だが、そうは思いつつも、この姿をSNSに上げないのは、男が廃る。
よく分からないプライドが、シンの腕を動かした。シンは、スマホで自撮りをして、SNSに投稿を始めた。




