アッシュ(1)
《アムリタへ、ようこそ。光先 シン 様。》
シンは、筐体から飛び起きる。
再び、真っ白な空間に出迎えられ、げっそりとした表情で口を開く。
「この感覚、慣れないなぁ。ナビ子さん、まだ二時間経ってないよね?」
《はい。前回のログアウトから、1時間43分56秒経過致しました。》
シンは、細かいなと、思いつつ、筐体から出て歩き出す。一先ず、約束の時間を守れてほっとする。
「よしよし。ホノカ、お待たせ。」
ホノカは、刀を鞘に納めながら、シンに振り向いた。
「おかえりなさい、シン。」と、清々しい笑顔から流れる汗が、艶のある肌に弾かれ、飛び散った。
「素振りでもしてたの?」
シンは、汗でびっしょりと濡れたホノカに驚いた。武道のたしなみの無いシンには、どれだけ練習すればそうなるのか、想像力に欠けた。
「ええ。型を少し。」
型とは、武術の基本動作を、実戦と近い動きに組み込んだ練習方法だ。
ホノカは、額の汗を、手の甲で拭いながら答えた。彼女は、気持ち良さそうな笑顔を絶やさない。
「ほえー。結局、町には、行ったの?どうだった?」
「はい。良い情報を仕入れて来ましたよ。でも、その前に、体を洗ってもいいですか?」
ホノカは、平然と白い机の上に刀を置いて、鎧を外し始めた。
それを見て、シンは、戸惑った。
「え?いいけど。何処で?」と、周囲をキョロキョロと見回す。
「ここで、ですけど。」
ホノカは、ブーツを脱ぎながら、当たり前のように言った。
「……ゲートから出てようか?」
シンが、気まずそうに、ゲートを指差した。
だが、ホノカは、何食わぬ顔で歩き始める。髪留めを外して髪を解くと、汗ばんだ金髪が、静かに肩へ舞い降りた。鎧や籠手を外しただけで、肌着は着ているようだが……。
「いえ、すぐに済みますから、待っていて下さい。ナビ子さん、お願いします。」
《了解致しました。洗浄を開始します。》
ナビ子さんが答えると、ホノカの足元の床が、円を描いて輝いた。その円の縁から透明なガラスが、床から天へと、スーッと、伸び始める。
すると、ホノカの体は、試験管の中に閉じ込められた実験体の様に、ガラスの中に収まった。
そして、次の瞬間、ホノカの体が水に包まれた。
「え!?」
シンは、焦った。これは、まるで、人間洗濯機だ。
裸ではなく、服を着たままの状態で、水流が全身を洗い流す。
ホノカは、気持ち良さそうに身を任せ、全身の力を解き解いた。腕を開き、胸を張り、足は、床を離れて浮いている。
これが、風呂やシャワーと同じだとすれば、観ていて良い物なのだろうか。――あ、これは、見ちゃ駄目なヤツだ。
シンは、この光景に圧倒されて、理解が遅れた。急いでホノカに背を向けて、テーブルに目を向ける。
そこには、ホノカの脱ぎたてほやほやが、置かれていた。これを観ているのも、何か違う気がした。
「なんで、おれの方が恥ずかしがっているんだよ?」
シンは、年頃の男性だ。ホノカは、スタイルも良く、可愛らしい。頬を染めるのも、仕方のない反応ではあった。
(ホノカって、真面目そうな癖に、変わってるよな。集中都市だっけ?そこでは。普通の事なんだろうか。)
ただでさえ分からない女心に加え、NPCという要素。――でも、NPCが、匂いや汗を気にするか?
シンには、もう理解不能だった。
《洗浄が完了しました。》
シンが、そうこう考えている内に、ナビ子さんが言った。
「はや!」
シンが反射的に振り向くと、円柱のガラスは、床に消え、ホノカが歩いて出て来ていた。
ホノカの濡れているはずの髪や肌着は、すっかり乾いている。さらさらとした金髪は、軽く浮き上がり、肌着も新品の様に真っ白だ。
ホノカは、頭を振り、髪を束ねて結び始める。
ホノカに見惚れていた事に気づいたシンは、顔を逸らした。
「おっと。」
ホノカは、テーブルの上の防具を手に取りながら、シンに話し掛ける。
「あちらは、どうでしたか?」
「あちら!?」
シンは、ドキッとして、横目でホノカの体を見た。が、すぐに間違いに気がついたようだ。
「ああ!ホノカは、広場で演説していた人の話、覚えてる?」
「ええ。確か、笹崎さんでしたよね?」
ホノカは、胸元に鎧を装着して、ベルトを結び始めた。
「その人に会ったよ。あと、魔獣にやられた人もいたみたいだけど、その人には、直接会ってないかな。」
シンは、もうホノカを見ても大丈夫だと判断して、ホノカに向き直った。ホノカは、籠手を腕に結んでいた。
「へぇー。北の街に行った人に会えるのですね。不思議なものです。」と、ホノカは、半信半疑にそう言った。
ホノカたちバディーは、テストプレイヤーが現実から来ている事を知ってはいる(教えられているが近い)が、現実がどんな場所なのかを、深くは知らないみたいだった。
「ホノカも、向こうに行けたらいいのに。こうやってテストプレイヤーが来られるんだ。近い将来、行けるかもな?」
シンは、天を仰いで、神に聞こえるように言った。もちろん、反応は無い。
「その時は、シンが案内して下さいね。」
ホノカは、刀を取り上げて、シンに笑顔を見せた。
その眩しい顔に、シンは、笑顔で答える。
「もちろん。」と。
ホノカが、腰に刀を差し、姿勢を正す。
「準備出来ました。向かいましょう。」
二人、肩を並べて、ゲートへと歩き始める。
シンがホノカに目をやる。ホノカとは、目線が同じぐらいの高さだ。ブーツの踵の分だけ、シンの方が、少し背が高い。
「それで、良い情報って、なんだったんだ?」
シンが話を戻した。
すると、ホノカが、自信あり気な表情をシンに向けた。
「金策ですよ。先程、仕事の話を頂いたので、話を聞きに行きませんか?話を聞いてみて、その仕事を受けるかどうかは、シンが決めて下さい。」と、ホノカは、鼻が高そうだ。
その話にシンは喜んだ。
「金策!いいね!」
そう言って、光るゲートに顔を埋める。
《いってらっしゃいませ。光先 シン 様。》
こうして二人は、町の広場へと向かった――。




