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天秤のアムリタ  作者: ぐぅぜん
はじまり
29/35

アッシュ(1)

《アムリタへ、ようこそ。光先 シン 様。》


 シンは、筐体(フォグ)から飛び起きる。

 再び、真っ白な空間に出迎えられ、げっそりとした表情で口を開く。


「この感覚、慣れないなぁ。ナビ子さん、まだ二時間経ってないよね?」


《はい。前回のログアウトから、1時間43分56秒経過致しました。》


 シンは、細かいなと、思いつつ、筐体(フォグ)から出て歩き出す。一先ず、約束の時間を守れてほっとする。


「よしよし。ホノカ、お待たせ。」


 ホノカは、刀を鞘に納めながら、シンに振り向いた。


「おかえりなさい、シン。」と、清々しい笑顔から流れる汗が、艶のある肌に弾かれ、飛び散った。


「素振りでもしてたの?」


 シンは、汗でびっしょりと濡れたホノカに驚いた。武道のたしなみの無いシンには、どれだけ練習すればそうなるのか、想像力に欠けた。


「ええ。型を()()。」


 型とは、武術の基本動作を、実戦と近い動きに組み込んだ練習方法だ。

 ホノカは、額の汗を、手の甲で拭いながら答えた。彼女は、気持ち良さそうな笑顔を絶やさない。


「ほえー。結局、町には、行ったの?どうだった?」


「はい。良い情報を仕入れて来ましたよ。でも、その前に、体を洗ってもいいですか?」


 ホノカは、平然と白い机の上に刀を置いて、鎧を外し始めた。

 それを見て、シンは、戸惑った。


「え?いいけど。何処で?」と、周囲をキョロキョロと見回す。


「ここで、ですけど。」


 ホノカは、ブーツを脱ぎながら、当たり前のように言った。


「……ゲートから出てようか?」


 シンが、気まずそうに、ゲートを指差した。


 だが、ホノカは、何食わぬ顔で歩き始める。髪留めを外して髪を解くと、汗ばんだ金髪が、静かに肩へ舞い降りた。鎧や籠手を外しただけで、肌着は着ているようだが……。


「いえ、すぐに済みますから、待っていて下さい。ナビ子さん、お願いします。」


《了解致しました。洗浄を開始します。》


 ナビ子さんが答えると、ホノカの足元の床が、円を描いて輝いた。その円の縁から透明なガラスが、床から天へと、スーッと、伸び始める。

 すると、ホノカの体は、試験管の中に閉じ込められた実験体の様に、ガラスの中に収まった。


 そして、次の瞬間、ホノカの体が水に包まれた。


「え!?」


 シンは、焦った。これは、まるで、()()()()()だ。


 裸ではなく、服を着たままの状態で、水流が全身を洗い流す。

 ホノカは、気持ち良さそうに身を任せ、全身の力を解き解いた。腕を開き、胸を張り、足は、床を離れて浮いている。


 これが、風呂やシャワーと同じだとすれば、観ていて良い物なのだろうか。――あ、これは、見ちゃ駄目なヤツだ。


 シンは、この光景に圧倒されて、理解が遅れた。急いでホノカに背を向けて、テーブルに目を向ける。

 そこには、ホノカの脱ぎたてほやほやが、置かれていた。これを観ているのも、何か違う気がした。


「なんで、おれの方が恥ずかしがっているんだよ?」


 シンは、年頃の男性だ。ホノカは、スタイルも良く、可愛らしい。頬を染めるのも、仕方のない反応ではあった。


(ホノカって、真面目そうな癖に、変わってるよな。集中都市だっけ?そこでは。普通の事なんだろうか。)


 ただでさえ分からない女心に加え、NPCという要素。――でも、NPCが、匂いや汗を気にするか?


 シンには、もう理解不能だった。


《洗浄が完了しました。》


 シンが、そうこう考えている内に、ナビ子さんが言った。


「はや!」


 シンが反射的に振り向くと、円柱のガラスは、床に消え、ホノカが歩いて出て来ていた。

 ホノカの濡れているはずの髪や肌着は、すっかり乾いている。さらさらとした金髪は、軽く浮き上がり、肌着も新品の様に真っ白だ。

 ホノカは、頭を振り、髪を束ねて結び始める。


 ホノカに見惚れていた事に気づいたシンは、顔を逸らした。


「おっと。」


 ホノカは、テーブルの上の防具を手に取りながら、シンに話し掛ける。


「あちらは、どうでしたか?」


「あちら!?」


 シンは、ドキッとして、横目でホノカの体を見た。が、すぐに間違いに気がついたようだ。


「ああ!ホノカは、広場で演説していた人の話、覚えてる?」


「ええ。確か、笹崎さんでしたよね?」


 ホノカは、胸元に鎧を装着して、ベルトを結び始めた。


「その人に会ったよ。あと、魔獣にやられた人もいたみたいだけど、その人には、直接会ってないかな。」


 シンは、もうホノカを見ても大丈夫だと判断して、ホノカに向き直った。ホノカは、籠手を腕に結んでいた。


「へぇー。北の街に行った人に会えるのですね。不思議なものです。」と、ホノカは、半信半疑にそう言った。


 ホノカたちバディーは、テストプレイヤーが現実から来ている事を知ってはいる(教えられているが近い)が、現実がどんな場所なのかを、深くは知らないみたいだった。


「ホノカも、向こうに行けたらいいのに。こうやってテストプレイヤー(おれたち)が来られるんだ。近い将来、行けるかもな?」


 シンは、天を仰いで、(GM)に聞こえるように言った。もちろん、反応は無い。


「その時は、シンが案内して下さいね。」


 ホノカは、刀を取り上げて、シンに笑顔を見せた。

 その眩しい顔に、シンは、笑顔で答える。


「もちろん。」と。


 ホノカが、腰に刀を差し、姿勢を正す。


「準備出来ました。向かいましょう。」


 二人、肩を並べて、ゲートへと歩き始める。

 シンがホノカに目をやる。ホノカとは、目線が同じぐらいの高さだ。ブーツの踵の分だけ、シンの方が、少し背が高い。


「それで、良い情報って、なんだったんだ?」


 シンが話を戻した。

 すると、ホノカが、自信あり気な表情をシンに向けた。


「金策ですよ。先程、仕事の話を頂いたので、話を聞きに行きませんか?話を聞いてみて、その仕事を受けるかどうかは、シンが決めて下さい。」と、ホノカは、鼻が高そうだ。


 その話にシンは喜んだ。


「金策!いいね!」


 そう言って、光るゲートに顔を埋める。


《いってらっしゃいませ。光先 シン 様。》


 こうして二人は、町の広場へと向かった――。

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