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天秤のアムリタ  作者: ぐぅぜん
はじまり
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ログアウト(3)

 シンは、受け取り口から、カツ丼の載ったトレーを受け取り、近くの席に着く。そして、カツ丼の蓋を外し、手を合わせると、割り箸を割って、丼を持ち上げた。


 シンは、熱々のトンカツをサクッと一口噛んで、とろりとした卵を艶のある米と一緒に、口の中に掻き込んだ。


「んー。現実は、現実で、悪くないんだよな〜。カツ丼マジ旨い。」


 シンは、もぐもぐと米を噛み締め、幸せな顔を浮かべた。



 続けてカツ丼を頬張っていると、ロクが返却口に、食器を返しに来た。彼女との通話が、やっと終わったみたいだ。解放されたと、背筋を伸ばし、気持ち良さそうにする。


「さっきは、ありがとう。何を言っても、聞き分けが無くてね。本当に助かったよ。」


 シンは、割り箸を持った手を振って答える。


「大したことは、してないですよ。」


「俺は、笹崎ロク。君の名前は?さっきの話、詳しく聞かせてくれるかい?」


 まさか、シンは、あの有名な俳優に、こんなに話し掛けられるとは、思ってもみなかった。やはり、ここは、夢じゃないかと、疑心暗鬼に陥る。


 シンは、自己紹介をして、今日あった魔獣との下り(ほぼトールの話)を説明した。



「へー。そんな事が……。北から流れて行った魔獣がいたようだな。」


 ロクは、シンの話を聞いて、興味深そうにした。


「そっちは、どうだったんですか?一人やられたみたいな話を、耳にしたけど。」


 シンは、カゲミチとダンが、掲示板を見て話していたのを思い出した。

 それに対して、ロクが、痛い所を突かれた様な顔をする。


「そうなんだよ。俺がみんなを誘ったからね。一言だけでも詫びを入れようと思って、戻って来たんだ。」


 シンは、部屋で騒いでいた男性の声を思い出した。偶然にも、同じ階だったみたいだ。


「彼も了承してくれたよ。彼曰く、芸人魂に火が点いちゃったらしい。俺たちも、調子にだけは、乗らないように気をつけないと。」と、ロクは、自分に言い聞かせるように話した。


(やっぱり、さっきの部屋の人だよな?笹崎さんの前では、格好つけたのかな……ゴネてた事は、内緒にしておこう。)


 シンは、「あはは。」と、気まずそうに額から汗を流した。


「他のみんなは、順調に魔獣と戦って、なんとか討伐出来たよ。あとは、紫顔の雷人って言う種族がいてね。彼らは、俺たちがいなくても、どうにかなりそうなぐらい強かった。」


 ロクは、その時の事を思い出して、楽しそうに語った。


「へー。雷人か〜。ニューゲートでは、見かけなかったなぁ。」


「シンの話を聞くに、ラントールさんは、信じられないぐらい強いな。こっちは、魔獣一体に、バディー含めて八人以上でやっとって感じだ。(例外もいたけど。)」と、ロクは、ぼそっと、最後に付け加えた。


 彼は、狂気の剣術家、音霧シュウザンの話をするのは、控えたようだ。

 別に隠す程の事でもなかった。シンもその内、掲示板やアムリタ通信の記事で、知る事になるだろう。


 そんな事は、梅雨知らず、シンは、興奮して話す。


「やっぱ、そうですよねぇ。あ、でも、笹崎さんのフェニックス!おれも見てみたいですよ!」


「ふふ。派手なだけで、実際は、なんてことないさ。俺は、俳優だからね。魅せ方ってのを、知っているだけさ。シンのバディーは、魔獣をぶった斬ったんだろ?隣の芝は、何とやらだよ。」


 シンは、ロクにそう言われたのが、少し嬉しくなり、頬を掻いて照れた。


「フェニックスは、白い部屋に置いて来たんですか?」


「ああ、そうだが?」


 ロクは、当たり前の事を聞かれ、目を丸くした。


 そこで、シンは、バディーがゲートから自由に出られる事や、元いた世界のゼルバーグに戻れない事を、ロクに説明した。


 その事実に、ロクは、驚いた。すぐにでも戻らなければと、いう想いに駆られたようだ。


「そこまで頭が回っていなかった……これは、早く戻らないと。相棒に悪いことしたな。」


 シンは、深刻な表情をするロクに、フォローを入れる。


 そもそもゲームだ。ここまで考える人の方が、珍しい。と、思う人もいるかもしれない。

 しかし、されどゲームだ。仕事でも何にでも、それは、私生活のどこかで表れるものだ。


「おれも、バディーが人じゃなかったら、思いもしなかっただろうし。」


「いや、シン。君は、バディーが動物やロボットだとしても、同じことをしたさ。俺が保証しよう。」と、ロクは、キッパリと、言い切った。


「そうかな。」――そうだといいな。


 シンは、ロクの世辞を間に受けた。


「じゃあ、俺は、お先に失礼するよ。向こうで会えるといいな。」


「はい。また、会いましょう!」


 シンが笑顔で見送ると、ロクは、急いで食堂から出て行った。



 急に静まり返った食堂。

 換気扇の回る音。


 他の音の無い、一人だけの空間に、シンは取り残された。真っ白な空間に取り残されたバディーのことを想うと、食堂が寂しいといっても、色が存在するだけで随分とマシだろう。


 シンは、眠いわけではないが、腕を上げて伸びをした。


「ふう。」


 ログアウトしてから、三十分以上が経過した。


 アムリタの時間では、倍の一時間が経過しているはずだ。


 ゲームをあまりプレイしない人には、馴染みのない話なのかもしれないが、ゲーム内の時間と現実の時間に違いがある事は、珍しい事ではない。

 どちらかと言えば、同じ時を刻む方が稀だ。


 アムリタでは、フルダイブという事もあり、脳に負担を掛け過ぎない為にも、現実の二倍の速度という設定がされている。よって、こちらの一日は、アムリタでの二日を示す。

 接続時に睡眠を行う事で、脳に負荷を与えず、それを実現している。と、いう話なのだから、凄い技術だ。


 シンは、考える。

 眠ってログインしているにも関わらず、向こうの世界でも、夜は、ベッドで眠るはずだと……。


(わけわかんねー。)

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