ログアウト(2)
「なあ、君!」
ロクは、立ち上がり、大急ぎでシンに近づいた。彼が立ち上がると、その背の高さと、スタイルの良さが栄える。彼は、あのダサいボディースーツを、嘘の様に着こなしていた。
「ふぁい!?」
「彼女に説明してあげてくれないか?安全だって!」
ロクは、大声で言いながら、ダブレットの画面をシンに向けてくる。画面には、髪の長い美女の顔が、大きく映し出されていた。
「おれがですか!?」
シンは、驚いた。いや、おったまげた。
「そうだよ。彼女が心配性でね。困ったものだよ。」
ロクが半笑いで言うが、彼女が心配するのは、もっともな話だ。テストプレイヤーの本人たちでさえ、不安なのだ……。もちろん、全員が、危険を承知の上で参加している。
このリアル過ぎるフルダイブ技術に、何も不安を感じない人は、心が少しぶっ壊れてしまっていることだろう。狂人、犯罪者予備軍。そう呼ばれる前に、誰かに相談するべき事案だ。
運営は、そんな参加者の精神面をも考慮して、参加者には、二日に一回のカウンセリングを義務付けている。手間ではあるが、ログアウトして、専門医の診断を受けなければならない。
リアル過ぎるが故に、トラウマを抱える者が必ずあらわれる。非現実的な現実的仮想空間は、それほど人の感情に揺さ振りを掛けるものだということだ。
「でも、何を言えば……。」
シンが困った顔をしていると、ロクが優しく提案する。
「アムリタに行って、良かったこととかないかい?」
ロクは、短い髪を垂らして、シンの顔を覗き込む。
シンは、難しい顔をして考える。
「んん〜。」
考え込むシンを見て、画面の中の女性が言う。
「ほら、ロク。彼が困ってるじゃない。」
彼女は、星の様に綺麗な目を輝かせて、心配そうにシンを見た。
「いや!色々あって、急に出て来なくって。あはは……。」
シンは、苦し紛れに答えた。
ロクが楽しそうに笑って、催促してくる。
「で、良かったこと。あったかい?」
美男美女の視線がシンに刺さる。
シンは、それを振り払う様に軽く咳払いして、指を立てた。恥ずかしさと緊張で、少し頬が赤い。
「さっきまで、知り合いたちと、レストランでメシを食べてたんですけど…。」
「うん。」と、ロクは、興味津々に相槌を入れた。
「向こうのメシは、めちゃくちゃ旨いです!」
シンは、目一杯強調して言った。
しかし、画面の中の女性は、残念そうな顔をする。
「えー。そんなの、わざわざゲームの中で食べなくたって、いいじゃない。」と、巻かれた前髪が、綺麗なおでこの上で揺れた。
シンは、否定する彼女に、間髪入れずに発言する。
「彼女さん!聞いて下さい!」
「なっなによ?」
彼女は、急なシンの大声に驚いた。
「ファンタジー映画とか、夢物語に出てくる、ぷりっぷりの大きな分厚いお肉に、かぶりつくと堪りませんよ?こっちには、無い、夢の食材が、向こうにはあるんですよ。しかも、食べても現実の体には、影響ないし。」
シンは、少し大胆に言ってのけた。
これに、彼女は、納得の表情をする。
「なるほどね。私も馬鹿じゃないから、そういうのが魅力的なのは分かるわ。」
「だろ?だから、大丈夫だって言ってるだろ?」
ロクは、ほっとした顔をした。
しかし、彼女は、まだ納得していなかった。
「でも、安全かどうかは、別じゃない。だって、バケモノと戦ったんでしょ?」
「そうだけど。そういうのも、楽しみのひとつなんだよ。」
すると、画面の中の女性の目が、再びシンに向いた。
「そこのあなたも戦ったの?」
シンは、この質問には、苦笑いするしかなかった。自分は、見ていただけで、一切戦っていないからだ。
「おれは……仲間が、あっという間に倒しちゃって。でも、今言った肉は、倒した魔獣の肉ですよ。」
シンの話に、意外にも、ロクが食いついた。
ロクが目を丸くして、シンに聞く。
「えっ。君、魔獣の肉食べたの?」
「っうん。レストランで調理して貰って。広場の前の。笹崎さんが屋上に立っていたっていう建物の所です。本当に絶品でしたよ。」
これに関しては、シンの笑みが止まらない。
「うわ〜。俺もそうすればよかった!」
ロクが、悔しそうに笑った。
画面の女性も、悔しそうに頭を抱えている。
「はぁ。分かったわよ。もう、男のロマンってやつ?くだらないんだから。でも、ちゃんと連絡してよね?」
「ああ。戻った時は、すぐに連絡するよ。」
ロクは、彼女がうっとりする程の、白い歯を見せた。
《ピロリン、ピロリン。》
シンは、電子音のする方に顔を向けた。
「あ、メシ来たんで。おれは、この辺で。」
「ありがとね。わざわざ。」
お礼を言う彼女に、シンは、笑って手を振り、画面の前から立ち去った。
ロクは、タブレットを持って、元いた場所へと戻って行く。




