バンケット(6)
食事が終わり、シンは店を出た。
楽しいひと時は、一瞬だ。
「それじゃ。また、今度。」
シンは、ダンとカブト、カゲミチとボルトに、背を向けて、手を振った。トールとマモルは、まだ仲良く店で酒を飲んでいる。ナッチは、うたた寝の最中だ。
「ああ。しばらくは、この町にいるから。何かあったら、声掛けろよ。」
ハルバードを背負ったカゲミチは、袖を捲った右腕を大きく振った。ボルトも、カゲミチの足元で、短い腕を可愛く振っている。ついでに、ピポピポと、電子音を鳴らして――。
「うん!ありがとう!」
シンは、元気に手を伸ばし、目線だけを彼らに向けてゲートに進んだ。
ホノカは、金色の髪を揺らして、丁寧にお辞儀をすると、背を向けてシンの後を追う。
ダンは、カブトを頭の上に乗せて、「またねー。」と、元気に笑っていた。
鏡の様な丸い大きなゲートの前に着くと、シンの視界に窓が現れる。
『始まりの町・ニューゲート 》》 リスタートポイント 500CP』
これが高いのか、安いのか。まだ判断は、出来かねないが、初期CPが、2000CPだった事を考慮すると、随分と高い。
バーチルから振り込まれたCPが、一人500CPで、その上、食事代までサービスして貰えたのは、かなりの破格だ。
「頻繁に、INとOUTを繰り返して欲しくないってことか。」
シンは、直感的にそう感じ取った。
「まあ、いいか。」
シンは、端末をゲートに向けて掲げ、支払いを済ませる。クイック決算と言うヤツだ。
すると、端末が輝き、鏡の様なゲートが揺らめいた。鏡面が波を打ち、軟らかさを持った。
「入るよ?」
ホノカに確認して、ゲートの中に足を踏み入れる。水の中に、足を突っ込む感覚に似ているが、濡れた感じは、まったくない。
「はい。」と、返事して、ホノカもシンの後に続いた。
ゲートを潜り抜けると、真っ白な空間に出た。
すぐにAIのナビ子さんが、挨拶をする。
《おかえりなさいませ、光先 シン 様。》
シンは、声のする天井を見上げる。
「えっと。ナビ子さんだっけ。ただいま。」
また、味気のない白い空間に戻って来てしまった。
《冒険の方は、順調ですか?》
「んー。まあまあ、かな。一度、ログアウトしたいんだけど?」
シンは、そう言って黒い物体へと歩き始める。その棺桶の様な筐体は、この真っ白な空間では、異質な存在だ。まるで死神の鎌先をも連想させる――光沢のある鋼鉄のフォルムは、そこに存在するだけで、この何も無い空間に、重みを調和させる。
《了解致しました。それでは、筐体の中へ、お入り下さい。》
ホノカは、真っ白な椅子に腰掛け、刀を真っ白な丸テーブルの上に置いた。そのテーブルは、しっかり目視しないと、うっかりぶつかって、転んでしまいそうなぐらい危ない。
ホノカの眺める視線に気がついたシンは、とある疑問が頭に過ぎる。
「ホノカは、おれがログアウトしている間、どうなるの?」と、シンは、素直にその疑問を口にした。
これにホノカが答える。
「えーっと。私は、ここで待っていますよ。」と、少し考えてから、シンに笑顔を向けた。
「え!?ここで!?ずっと!?」
まさかの答えに、シンは、ギョッとした。バディーは、こんな何も無い空間で、プレイヤーの帰りを、待ち続けるというのだろうか。
(コンピューターだから、許されるのか?AIだから、戻って来ないかもしれないプレイヤーを、待ち続けられると?そんなハチ公みたいな道理を、人間のエゴで強制していいの?)
シンの頭の中で、様々な思考が駆け巡った。
シンは、数時間共に過ごしただけで、バディーをただのNPCとして、見られなくなっていた。それは、ホノカだけではない。他の人のバディーでも、同じだ。
感情がある上に、生きている――そう思える程に、現実的だった。
これが、次世代の仮想空間。
これが、次世代のコンピューターゲーム。
シンは、改めてその事を実感した。現実的なのは、自分たちの体だけではない。アムリタに存在する物、全てなのだと……。
ホノカが、筐体の横にある、召喚ゲートを見て言う。
「はい。ゼルバーグには、もう戻る事が出来ませんから。でも、大丈夫ですよ。バディーは、基本、ここで待機のはずですから。」と、ホノカは、笑顔を絶やさず、さらっと凄い事を言う。
「いや!駄目だって!こんな場所にずっといたら、気が狂うって!ごめん、ホノカ……ホノカの事、まったく考えてなかった。」
シンは、ログアウトを止めようか迷った。別に500CPぐらい、無駄になったって問題ない。
《あの、わたしは、ずっとここにいるのですが。》
「ナビ子さん!?」と、ナビ子さんの笑えない冗談に驚く。
「ふふ。シンは、優しいですね。」
「いやいや……なんか、調子狂うなぁ。」
すると、ナビ子さんが真面目な回答を始めた。
《ニューゲートでは、バディーのゲート通過手数料が、発生しません。プレイヤーの待機中も、ゲートを自由に出入りする事が可能です。》
「えっ。そうなの?なら、町で暇つぶしして来なよ。」
心配の種が無くなり、シンの心が少し軽くなった。
《ただ、何が起こるか分からない為、おすすめは、致しません。》
プレイヤーのいない間に、事故や事件に遭う可能性も無くはない。これには、メリットもあれば、デメリットもある。と、言う事だろう。
「なるほどねぇ。」
ホノカは、ナビ子さんの話を聞いて、気が咎めた。
「いいですよ。私は、ここで待ちますので。」
「駄目だ!ホノカは、町に出て、情報収集を頼むよ。おれは、一時間……いや、向こうと時差があるんだっけか。じゃあ、二時間で、戻って来る。CPを少し渡しておくから、欲しい物とかあったら、買いなよ。」と、シンは、左腕を掲げた。
しかし、それを、ホノカが即座に止めた。
「CPは、結構ですよ。先程、バーチルさんから頂いた分がありますから。」と、焦って苦笑いした。
「あの人、バディーにもくれたの!?太っ腹過ぎる……。彼が、この世界のバランスブレイカーかも…ごにょごにょ。」
シンは、このゲームを駆け抜ける算段を、考え始めた。ゲームの攻略には、鍵となる人物やアイテムが存在する物だ。
「バランスブレイカー?」
ホノカは、シンがぶつぶつと、小声で言った言葉に反応した。
シンは、思わず口に出してしまっていた事に驚いた。片手で、口を塞ぐ様にして言う。
「あっいや、何でもないよ。こっちの話……ホノカは、おれの事なんて気にせずに、自由にしていて良いからな?じゃあ、行って来るよ。」
「はい。」
シンは、筐体に入り、横になった。
すると、ゆっくりとガラスの蓋が閉ざされる。
筐体の起動音が鳴り、筐体に明かりが燈る。こちらのガラスには、文字が表示されないみたいだ。
シンは、圧迫感の中。ガラスの向こう側に見える、何もない真っ白な空間だけを見つめる。そうして、「フーッ。」と、荒くなった息を、落ち着ける。
ナビ子さんが声を発する。
《ログアウトを開始します。5秒前。3、2、1……。》
唐突な短い秒読みの後。
シンの意識が、虚空に落ちて行く。
離れて行く白い光を眺めつつ、新たに生まれた心配事へと想いを馳せる。
(ホノカは、大丈夫だろうか――。)




