バンケット(1)
二台の馬車の持ち主が、御者の二人と共に頭を下げる。
「この度は、助けて頂きありがとうございます。お陰様で積荷も無事です。」
紺色のゆったりとした長袖の服を着て、同じく紺色の丸い帽子を被った年配の男性が、丁寧にお辞儀をした。鼻の下に、綺麗に整えた二又の白い髭を蓄えている。背は低めで、少しばかり福与かな体型だ。
ハルバードを持ったカゲミチが、前に進み出た。肩には、バディーのボルトが、干された洗濯物の様に引っ掛かっている。
「いや、俺たちが強かったら、馬もやられずに済んだんだ。申し訳ねえ。」
「いえいえ。命あっての物種ですので。わたしは、北の街で商いをやっているバーチルと申します。命のお礼としては、少ないですが、ここにいる皆さんに、CPを贈らせて頂きます。」
バーチルは、左腕の長袖を捲り上げ、端末を操作し始めた。
シンは、思わぬ収入に驚き、自然とお礼を口にする。
「ええ!?ありがとうございます!」
「あと、魔獣を解体するのであれば、荷台の空いている場所に載せて貰えれば、町まで運ばせて頂きますが。如何なさいましょう?」
バーチルが馬車を示して言うと、ダンが魔獣の死骸を見て尋ねる。
「あれって、売れたりするんですか?」
この質問には、全員が興味あったようで、バーチルの顔に視線が集まった。
「魔獣は、あまり乱獲されると、生態系に影響が出る為、買取価格が非常に低くなっております。そして、この魔獣は、この辺りには、生息しない魔獣の様なので、値付けが難しいかと思います。けど……。」
バーチルは、魔獣の死骸を見て、口をくぐもらせた。
「けど?」
ダンは、バーチルに別の考えがある事を、見逃さなかったようだ。
「皆さんが、食べられそうな分だけを持ち帰る。と、言うのはどうでしょうか?わたしが、広場のレストラン『トラモント』に口利きして、調理して貰える様にお願いしてみますよ。」
バーチルは、髭を揺らし、笑ってみせた。雰囲気から、人の良さが滲み出ている。福与かなのは、体だけではなさそうだ。
「ラントールさんが倒したのだから、ラントールさんに決めて貰いましょうよ。私たちは、倒れた魔獣に、トドメを刺しただけですし。」と、ナッチが提案した。
「お、俺が決めんのか?因みに、トールマンな。」
トールは、戸惑いながらも、ナッチに釘を刺した。それから、すぐに結論を出す。
「まあ、この世界で、メシを食ってみたかったし……持って帰るか。がっはっは。自分で作るのは、勘弁だが。料理して貰えるんだろ?何か楽しみになって来たな!っはっは。」
トールの決断を聞いて、全員が『料理』に夢を膨らませた。
――ゲームの中で、料理を食べる。
シンは、そんな事、これっぽっちも考えた事が無かった。夢でも色んな味が、するのだろうか。少し考えただけで、ヨダレが口の中に溢れ出した。
「じゃあ、早いとこ解体しよう。ナイフが配られたのは、この為だったんだな。」と、マモルは、背嚢からナイフを取り出すと、死骸に向けて歩き出した。
すると、バーチルが注意事項を説明する。
「解体しない魔獣も、軽くで良いので、穴を掘って、土を被せるのを忘れない様にして下さい。これは、アムリタでのルールになってます。」
「狩った魔獣をちゃんと処理しないと、罰せられるんだっけ。」
ダンが、難しい顔をしながら言った。
「え?そうなの?」
シンは、初耳だと言わんばかりに驚いていた。
「そうです。放って置くと、病魔が蔓延したり、霊獣化したりしてしまうので、かなり重い罪になります。」
バーチルが深刻な顔をして言うと、男性たちは、震え上がった。
「病魔……霊獣……。」と、ナッチは息を飲み。
「こっちでも、病気になんのかよ。」と、カゲミチは、うんざりしていた。
「素材を持ち込んだり、討伐クエストを完了した際は、処理したのかを確認されます。面倒だとは思いますが、あまり嫌な顔をされないようにして頂けると助かりますね。」
「ちゃんと、確認されるんだ。」と、シンは感心した。
「過去に何回かあったんですよ。一体の魔獣の処理を怠った為に、大勢の人達が亡くなった事が……。」
「ひぃ!」
ナッチが、ジビエに抱きついて震え上がった。
「へぇー。クローズドベータやアルファのテスターが、って事だよね。その話、聞けておいて良かったです。バーチルさん、ありがとうございます。」
ダンは、丁寧にお礼を言った。
シンには、そんな重要な事だとは思わなかったが、ダンにとっては、違ったみたいだ。
土に還してリポップするか、放置してアンデット化するかの違いぐらいに、シンは、考えていた。
だが、その考えが甘かった事を、この先、シンは、思い知る事となるだろう――。
「ホノカが倒した奴って、これだよな?」
シンは、ばっさりとぶった斬られた魔獣の側に立ち、背嚢からナイフを取り出した。
「そうですけど、私がやりますよ?」
「おれたち相棒だろ?おれがやるよ。練習にもなるし、サポートお願い。」
シンは、膝を突き、ナイフを魔獣の死骸(の片割れ)に向けた。
「分かりました。」
ホノカは、シンの隣に屈み込み、様子を見守る。
「うわ〜えっぐ。凄い匂いだ……ここまでリアルにしなくていいだろ。」と、シンは、鼻を曲げて悪態を吐く。
「今度から内臓は、避ける様にします……。」
「内臓が裂けてるだけに?」
「……。」
シンは、下がった気温を無視して、話を続ける。
「こっちも命が懸かってるんだ。避けたり除けたり、無理だろ?この辺りだけ切り分けて、あとは、埋めるか。」
シンは、慣れない手つきで、肉を削ぎ落とす。
すると、ダンが様子を見にやって来た。カブトは、相変わらず、ダンの頭上に乗っている。
「こういう作業、苦手な人が多いけど、シンちゃん平気なんだね。」
「平気って言えば、嘘になるかな。でも、この仕様も、目を背けずに、命とちゃんと向き合えってことだろ?」
シンは、丁寧にナイフを動かしながら答えた。
しかし、その考えにダンは、否定的だった。
「そうなのかな……ゲームにそこまで深く求めないと思うけど……。」
殴っても痛みを感じない。切っても血が出ない。そうすり込まれた人間が、どうなってしまうのか。少し考えただけでも、末恐ろしいものだ。
このゲームがリアルだからこそ、尚更そう言った点に、手が抜けないという訳だ。もちろん、悪用されない限りだが。
「ボタン一つで済むなら楽だけど、そうしない時ってさ。製作者が、意図してやってるってことじゃん?製作者が、伝えたい事を汲み取るのが、真のゲーマーって訳。」
シンは、堂々と胸を張って言った。
「数々の新作ゲームを荒らし回ってる人の言う台詞じゃないと思うよ……。」と、ダンは、引いていた。
「別に荒らしてないだろ!?結果、そうなっちゃってるだけで……。よし、肉ゲットっと。美味しく食うからな〜。」
シンがブロック肉を掲げると、ホノカが魔獣の脚を掴んで引きずり始めた。
「それでは、運びますね。」
ダンがホノカに近づいて、森の中を指差した。
「あっちに、みんなで穴を掘ったから、僕も運ぶの手伝うよ。」
そうして、ダンが別の脚を掴んだ。
「ありがとう。ダン。」
カブトは、ダンの頭上から飛び上がり、三人の後を、ゆっくり飛んでついてくる。
こうして面倒な後片付けを、全員で終わらせたのだった――。




