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天秤のアムリタ  作者: ぐぅぜん
はじまり
17/35

バンケット(1)

 二台の馬車の持ち主が、御者の二人と共に頭を下げる。


「この度は、助けて頂きありがとうございます。お陰様で積荷も無事です。」


 紺色のゆったりとした長袖の服を着て、同じく紺色の丸い帽子を被った年配の男性が、丁寧にお辞儀をした。鼻の下に、綺麗に整えた二又の白い髭を蓄えている。背は低めで、少しばかり福与かな体型だ。


 ハルバードを持ったカゲミチが、前に進み出た。肩には、バディーのボルトが、干された洗濯物の様に引っ掛かっている。


「いや、俺たちが強かったら、馬もやられずに済んだんだ。申し訳ねえ。」


「いえいえ。命あっての物種ですので。わたしは、北の街で商いをやっているバーチルと申します。命のお礼としては、少ないですが、ここにいる皆さんに、CPを贈らせて頂きます。」


 バーチルは、左腕の長袖を捲り上げ、端末を操作し始めた。

 シンは、思わぬ収入に驚き、自然とお礼を口にする。


「ええ!?ありがとうございます!」


「あと、魔獣を解体するのであれば、荷台の空いている場所に載せて貰えれば、町まで運ばせて頂きますが。如何なさいましょう?」


 バーチルが馬車を示して言うと、ダンが魔獣の死骸を見て尋ねる。


「あれって、売れたりするんですか?」


 この質問には、全員が興味あったようで、バーチルの顔に視線が集まった。


「魔獣は、あまり乱獲されると、生態系に影響が出る為、買取価格が非常に低くなっております。そして、この魔獣は、この辺りには、生息しない魔獣の様なので、値付けが難しいかと思います。けど……。」


 バーチルは、魔獣の死骸を見て、口をくぐもらせた。


「けど?」


 ダンは、バーチルに別の考えがある事を、見逃さなかったようだ。


「皆さんが、食べられそうな分だけを持ち帰る。と、言うのはどうでしょうか?わたしが、広場のレストラン『トラモント』に口利きして、調理して貰える様にお願いしてみますよ。」


 バーチルは、髭を揺らし、笑ってみせた。雰囲気から、人の良さが滲み出ている。福与かなのは、体だけではなさそうだ。


「ラントールさんが倒したのだから、ラントールさんに決めて貰いましょうよ。私たちは、倒れた魔獣に、トドメを刺しただけですし。」と、ナッチが提案した。


「お、俺が決めんのか?因みに、トールマンな。」


 トールは、戸惑いながらも、ナッチに釘を刺した。それから、すぐに結論を出す。


「まあ、この世界で、メシを食ってみたかったし……持って帰るか。がっはっは。自分で作るのは、勘弁だが。料理して貰えるんだろ?何か楽しみになって来たな!っはっは。」


 トールの決断を聞いて、全員が『料理』に夢を膨らませた。



 ――ゲームの中で、料理を食べる。



 シンは、そんな事、これっぽっちも考えた事が無かった。夢でも色んな味が、するのだろうか。少し考えただけで、ヨダレが口の中に溢れ出した。


「じゃあ、早いとこ解体しよう。ナイフが配られたのは、この為だったんだな。」と、マモルは、背嚢からナイフを取り出すと、死骸に向けて歩き出した。


 すると、バーチルが注意事項を説明する。


「解体しない魔獣も、軽くで良いので、穴を掘って、土を被せるのを忘れない様にして下さい。これは、アムリタでの()()()になってます。」


「狩った魔獣をちゃんと処理しないと、罰せられるんだっけ。」


 ダンが、難しい顔をしながら言った。


「え?そうなの?」


 シンは、初耳だと言わんばかりに驚いていた。


「そうです。放って置くと、病魔が蔓延したり、霊獣化したりしてしまうので、かなり重い罪になります。」


 バーチルが深刻な顔をして言うと、男性たちは、震え上がった。


「病魔……霊獣……。」と、ナッチは息を飲み。


「こっちでも、病気になんのかよ。」と、カゲミチは、うんざりしていた。


「素材を持ち込んだり、討伐クエストを完了した際は、処理したのかを確認されます。面倒だとは思いますが、あまり嫌な顔をされないようにして頂けると助かりますね。」


「ちゃんと、確認されるんだ。」と、シンは感心した。


「過去に何回かあったんですよ。一体の魔獣の処理を怠った為に、大勢の人達が亡くなった事が……。」


「ひぃ!」


 ナッチが、ジビエに抱きついて震え上がった。


「へぇー。クローズドベータやアルファのテスターが、って事だよね。その話、聞けておいて良かったです。バーチルさん、ありがとうございます。」


 ダンは、丁寧にお礼を言った。


 シンには、そんな重要な事だとは思わなかったが、ダンにとっては、違ったみたいだ。

 土に還してリポップするか、放置してアンデット化するかの違いぐらいに、シンは、考えていた。


 だが、その考えが甘かった事を、この先、シンは、思い知る事となるだろう――。



「ホノカが倒した奴って、これだよな?」


 シンは、ばっさりとぶった斬られた魔獣の側に立ち、背嚢からナイフを取り出した。


「そうですけど、私がやりますよ?」


「おれたち相棒(バディー)だろ?おれがやるよ。練習にもなるし、サポートお願い。」


 シンは、膝を突き、ナイフを魔獣の死骸(の片割れ)に向けた。


「分かりました。」


 ホノカは、シンの隣に屈み込み、様子を見守る。


「うわ〜えっぐ。凄い匂いだ……ここまでリアルにしなくていいだろ。」と、シンは、鼻を曲げて悪態を吐く。


「今度から内臓は、避ける様にします……。」


「内臓が()()()()だけに?」


「……。」


 シンは、下がった気温を無視して、話を続ける。


「こっちも命が懸かってるんだ。避けたり除けたり、無理だろ?この辺りだけ切り分けて、あとは、埋めるか。」


 シンは、慣れない手つきで、肉を削ぎ落とす。


 すると、ダンが様子を見にやって来た。カブトは、相変わらず、ダンの頭上に乗っている。


「こういう作業、苦手な人が多いけど、シンちゃん平気なんだね。」


「平気って言えば、嘘になるかな。でも、この仕様も、目を背けずに、命とちゃんと向き合えってことだろ?」


 シンは、丁寧にナイフを動かしながら答えた。

 しかし、その考えにダンは、否定的だった。


「そうなのかな……ゲームにそこまで深く求めないと思うけど……。」


 殴っても痛みを感じない。切っても血が出ない。そうすり込まれた人間が、どうなってしまうのか。少し考えただけでも、末恐ろしいものだ。

 このゲームがリアルだからこそ、尚更そう言った点に、手が抜けないという訳だ。もちろん、悪用されない限りだが。


「ボタン一つで済むなら楽だけど、そうしない時ってさ。製作者が、意図してやってるってことじゃん?製作者が、伝えたい事を汲み取るのが、真のゲーマーって訳。」


 シンは、堂々と胸を張って言った。


「数々の新作ゲームを荒らし回ってる人の言う台詞じゃないと思うよ……。」と、ダンは、引いていた。


「別に荒らしてないだろ!?結果、そうなっちゃってるだけで……。よし、肉ゲットっと。美味しく食うからな〜。」


 シンがブロック肉を掲げると、ホノカが魔獣の脚を掴んで引きずり始めた。


「それでは、運びますね。」


 ダンがホノカに近づいて、森の中を指差した。


「あっちに、みんなで穴を掘ったから、僕も運ぶの手伝うよ。」


 そうして、ダンが別の脚を掴んだ。


「ありがとう。ダン。」


 カブトは、ダンの頭上から飛び上がり、三人の後を、ゆっくり飛んでついてくる。


 こうして面倒な後片付けを、全員で終わらせたのだった――。

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