シナジー(2)
◇ ◇ ◇ ◇
鹿に似た、丸みを帯びたバディーと並んで歩く、鼻の大きな男性。
名は、菜並 イチゴ。
通称ナッチは、はじまりの町から北に向かう街道を歩いていた。
ナッチは、痩せ型で背も低く、この鹿の様なバディー『ジビエ』の背に乗っても、大した負担にはならないぐらいの体重だ。
それでも、腕っぷしには、少しばかり自信があった。そりゃ、ムキムキの大男に比べたら、大したことはないかもしれないが、この体型にしては、ある方だ。
普段、農家を営んでいるナッチは、日々の重労働で体が鍛えられている。背中の武器として選んだ、自分の体より大きなフォーク。(鋤と呼ばれる農具の一つ。)いざという時は、これを振り回し、突き刺す事だって出来る。
ただ、彼は、人一倍、臆病で、怖がりで、人見知りだった。それなりのポテンシャルがあるにも関わらず、心の弱さが彼の足を、いつも引っ張った。
アムリタにバディーシステムが無く、ジビエと言う相棒が居なかったら……彼は、早々にアムリタから辞退していたかもしれない。
そんな彼は、ジビエの頭の裏を優しく撫で、楽しそうに微笑んで北の街を目指していた。
ナッチが北を目指す目的は、笹崎の話を聞いたからではない。彼は、ログインが遅れて、北の街の魔獣騒ぎをまったく耳にしていなかった。
では、何故か。それは、町の住人に、北の街には、大きな牧場や畑があると聞いたからだ。
聞いた。と、言うのは、正しくはないかもしれない。偶然、プレイヤーと住人の会話を耳にした。と、言うのが本当のところだ。
町の住人が、たとえNPCだとしても、ナッチに話し掛ける勇気は無かった。
この世界は、あまりにも現実的過ぎる。それに、町の人も、コンピューターだとは到底思えなかった。話し掛けるなんて、難易度が高過ぎる。
そんな中、偶然、話を聴けたことは、彼にとって、とても幸運な事だった。
道の前を、同じ様に歩くテストプレイヤーたちに、話し掛ける勇気すら無いのだ。ゲームだと言うのに、生きづらい。
しかし、話し掛けはしないが、彼らの後ろを少し離れてついて行くだけで、ナッチは安心だった。
この森に挟まれた大きな道は、一本道に見えるが、道中何があるか分からない。
前を行く男性は、槍と盾を持っていて強そうだ。隣のバディーは、見た事もない生き物の背中をしている。彼らなら、何かあれば、助けてくれるかもしれない。
ナッチは、そんな他力本願な旅を始めようとしていた。
そんな時、前から二台の馬車が駆けて来るのが見えた。二頭ずつの合計四頭の馬が荷車を引き、それぞれ座席の御者が手綱を引いている。
この世界にも馬がいる事に、ナッチが喜びを覚えていると、森の影から大きな動物が飛び出した。飛び出した動物が複数匹いる事が確認出来る。
そして、瞬く間に、後ろを走る馬車を襲った。
――ガーン。ヒヒーン。
馬の嘶きと、馬車が倒れる音がする。
馬車を襲ったのは、とても大きな魔獣だった。ライオンの様なタテガミがある魔獣が三体。タテガミの無い凶暴な顔つきの猫の様な魔獣が二体。合計五体の魔獣が、後方の馬車を横倒しにして、馬を襲った。
御者は、何とか飛び降りて難を逃れたが、襲われるのは、時間の問題だろう。
ナッチは、その光景にハッとして、放心状態となった。すぐに助けに行かなければならないはずなのに、体が動かない。――本当に情けない。
彼の、ジビエの頭に添えた手が震えた。
前にいた槍を持った男性二人は、不思議なバディと共に馬車に向かって走って行く。――ああ、私にもあんな勇気があれば。
見て見ぬフリ。客観する人々。自分は、そんな酷い人達の一員なのだと、ナッチは嘆いた。助けに行きたい気持ちは、山々だが、どうしても体が言う事を聞かない。
そんな時、ジビエがナッチの頬を鼻先でつついた。ジビエは、優しいキラキラとした瞳を、ナッチに向ける。囁き(チャット機能)でも何も言ってこない。優しい想いだけが、ジビエから伝わってくる。
「分かったよ。私たちも、行こう。」
ナッチは、苺っ鼻を振り上げ、勇気を出して走り出した――。
プレイヤーの二人は、もう一台の馬車を背に、槍を突き出して魔獣を牽制していた。その隙を突いて、倒れた御者を、先頭の馬車に乗っていた商人が助け出した。
「だっ大丈夫ですか!?」
駆けつけたナッチが、男性たちに聞いた。
大きな盾を持った大柄な男性は、魔獣の攻撃を引き受け、返事をする余裕が無かった。
袖を肩まで捲り上げて、筋肉の張った腕を出した男性が答える。オレンジ色のホイップクリームの様に尖った前髪が揺れる。
「いや!俺たちだけじゃ、時間稼ぎにしかならねえ!助けを呼んで来てくれ!それまで、何とか耐えてみせっからよ!」
男性は、そう言って、斧と槍を兼ね揃えたハルバードを、突き刺して、横に振った。
ナッチは、馬車に繋がった馬を見た。固定されたベルトを外すには、時間が掛かりそうだ。馬は、使えそうにない。
「分かりました!すぐに人を呼んで戻ってきます!」
ナッチは、ジビエと目を合わせると、ジビエの頬を撫でて言う。
「頼んだよ。」
ジビエは、優しく瞬きをして囁きを返した。
ジビエ「任せてよ。振り落とされない様に、気をつけてね!」
ナッチは、ジビエの背に跨り、彼の首元の毛を掴んだ。
すると、ジビエが嘶いて、前脚を可愛く掲げると、飛び跳ねる様に駆け出した。
◇ ◇ ◇ ◇
叫び声が聞こえて、全員が街道に振り向いた。
「え?」
振り向くと、鹿の様なバディー、ジビエに跨ったナッチが、叫びながら町に向かっていた。
トールは、地面に降り立つと、全員を連れて助けを求める男性の下に駆けつけた。
「どうしたんだ?」と、トールが大声で聞いた。
ジビエは、彼らの側で慌てて足を止めた。
「この先で、魔獣が馬車を襲っているんです!丁度、近くにいた二名のプレイヤーが助けに入りましたが、太刀打ちが出来そうにありません。私は、この子と助けを呼ぶ為に、戻ってきました!」
ナッチは、焦っていて早口だ。
トールは、彼を落ち着かせる為に、彼の肩を手でがっちりと掴んで言う。
「分かった。一刻を争うんだな?すぐに向かおう!」
まるでヒーローの様に言うが、残念ながらナッチの目には、不審者に映っているかもしれない。
「おれたちも行くよ。」
シンが賛同すると、ナッチは、ほっとした息を吐いた。
「助かるよ。私は、残してきた二人が心配なので、先に戻ります!後からついて来て下さい!」
ナッチがそう大声で言うと、再びジビエが走り始めた。
ナッチは、ジビエの背の上で、体を大きく揺さぶられながら、北に続く道へと駆けて行った――。
「とう!」
トールが空を飛ぶ。
「トールさん、流石に走った方が……。」
ファンボのシンでも、これには、ツッコミを入れた。
トールは、素直に降りて来て笑い始める。
「そうだな。これには、練習が必要だな!っはっは。」
そんなトールを全員が笑い、仲良く走り始めた。
「魔獣って、どんなやつかな?」と、シンがダンに顔を向けた。
「何か強そうな名称だよね。」
ダンも知らないみたいだった。
すると、先頭を走るトールが、シンに振り返って答える。
「アムリタの動物は、体内にマナを持つから魔獣って言うらしいな。なんでも、火を吹いたりする奴もいるらしいぞ。」
「まじか……気を引き締めて行かないと。」
シンは、生唾を呑んだ。そもそも、今の装備で、そんな敵に勝てるのかすら怪しかった。――ダンなんて、スリングショットみたいなオモチャしか持ってないのに。




