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天秤のアムリタ  作者: ぐぅぜん
はじまり
14/35

シナジー(2)


     ◇ ◇ ◇ ◇



 鹿に似た、丸みを帯びたバディーと並んで歩く、鼻の大きな男性。


 名は、菜並 イチゴ。


 通称ナッチは、はじまりの町から北に向かう街道を歩いていた。


 ナッチは、痩せ型で背も低く、この鹿の様なバディー『ジビエ』の背に乗っても、大した負担にはならないぐらいの体重だ。

 それでも、腕っぷしには、少しばかり自信があった。そりゃ、ムキムキの大男に比べたら、大したことはないかもしれないが、この体型にしては、ある方だ。


 普段、農家を営んでいるナッチは、日々の重労働で体が鍛えられている。背中の武器として選んだ、自分の体より大きなフォーク。((すき)と呼ばれる農具の一つ。)いざという時は、これを振り回し、突き刺す事だって出来る。


 ただ、彼は、人一倍、臆病で、怖がりで、人見知りだった。それなりのポテンシャルがあるにも関わらず、心の弱さが彼の足を、いつも引っ張った。

 アムリタにバディーシステムが無く、ジビエと言う相棒が居なかったら……彼は、早々にアムリタから辞退(ドロップアウト)していたかもしれない。



 そんな彼は、ジビエの頭の裏を優しく撫で、楽しそうに微笑んで北の街を目指していた。

 ナッチが北を目指す目的は、笹崎の話を聞いたからではない。彼は、ログインが遅れて、北の街の魔獣騒ぎをまったく耳にしていなかった。


 では、何故か。それは、町の住人に、北の街には、大きな牧場や畑があると聞いたからだ。


 ()()()。と、言うのは、正しくはないかもしれない。偶然、プレイヤーと住人の会話を()()()()。と、言うのが本当のところだ。


 町の住人が、たとえNPCだとしても、ナッチに話し掛ける勇気は無かった。

 この世界は、あまりにも現実的(リアル)過ぎる。それに、町の人も、コンピューターだとは到底思えなかった。話し掛けるなんて、難易度が高過ぎる。

 そんな中、偶然、話を聴けたことは、彼にとって、とても幸運な事だった。


 道の前を、同じ様に歩くテストプレイヤーたちに、話し掛ける勇気すら無いのだ。ゲームだと言うのに、生きづらい。


 しかし、話し掛けはしないが、彼らの後ろを少し離れてついて行くだけで、ナッチは安心だった。

 この森に挟まれた大きな道は、一本道に見えるが、道中何があるか分からない。

 前を行く男性は、槍と盾を持っていて強そうだ。隣のバディーは、見た事もない生き物の背中をしている。彼らなら、何かあれば、助けてくれるかもしれない。


 ナッチは、そんな他力本願な旅を始めようとしていた。



 そんな時、前から二台の馬車が駆けて来るのが見えた。二頭ずつの合計四頭の馬が荷車を引き、それぞれ座席の御者が手綱を引いている。


 この世界にも馬がいる事に、ナッチが喜びを覚えていると、森の影から大きな動物が飛び出した。飛び出した動物が複数匹いる事が確認出来る。


 そして、瞬く間に、後ろを走る馬車を襲った。


 ――ガーン。ヒヒーン。


 馬の嘶きと、馬車が倒れる音がする。


 馬車を襲ったのは、とても大きな魔獣だった。ライオンの様なタテガミがある魔獣が三体。タテガミの無い凶暴な顔つきの猫の様な魔獣が二体。合計五体の魔獣が、後方の馬車を横倒しにして、馬を襲った。

 御者は、何とか飛び降りて難を逃れたが、襲われるのは、時間の問題だろう。


 ナッチは、その光景にハッとして、放心状態となった。すぐに助けに行かなければならないはずなのに、体が動かない。――本当に情けない。


 彼の、ジビエの頭に添えた手が震えた。


 前にいた槍を持った男性二人は、不思議なバディと共に馬車に向かって走って行く。――ああ、私にもあんな勇気があれば。


 見て見ぬフリ。客観する人々。自分は、そんな酷い人達の一員なのだと、ナッチは嘆いた。助けに行きたい気持ちは、山々だが、どうしても体が言う事を聞かない。


 そんな時、ジビエがナッチの頬を鼻先でつついた。ジビエは、優しいキラキラとした瞳を、ナッチに向ける。囁き(ウィスパー)(チャット機能)でも何も言ってこない。優しい想いだけが、ジビエから伝わってくる。


「分かったよ。私たちも、行こう。」


 ナッチは、苺っ鼻を振り上げ、勇気を出して走り出した――。



 プレイヤーの二人は、もう一台の馬車を背に、槍を突き出して魔獣を牽制していた。その隙を突いて、倒れた御者を、先頭の馬車に乗っていた商人が助け出した。


「だっ大丈夫ですか!?」


 駆けつけたナッチが、男性たちに聞いた。

 大きな盾を持った大柄な男性は、魔獣の攻撃を引き受け、返事をする余裕が無かった。

 袖を肩まで捲り上げて、筋肉の張った腕を出した男性が答える。オレンジ色のホイップクリームの様に尖った前髪が揺れる。


「いや!俺たちだけじゃ、時間稼ぎにしかならねえ!助けを呼んで来てくれ!それまで、何とか耐えてみせっからよ!」


 男性は、そう言って、斧と槍を兼ね揃えたハルバードを、突き刺して、横に振った。


 ナッチは、馬車に繋がった馬を見た。固定されたベルトを外すには、時間が掛かりそうだ。馬は、使えそうにない。


「分かりました!すぐに人を呼んで戻ってきます!」


 ナッチは、ジビエと目を合わせると、ジビエの頬を撫でて言う。


「頼んだよ。」


 ジビエは、優しく瞬きをして囁き(ウィスパー)を返した。


 ジビエ「任せてよ。振り落とされない様に、気をつけてね!」


 ナッチは、ジビエの背に跨り、彼の首元の毛を掴んだ。

 すると、ジビエが嘶いて、前脚を可愛く掲げると、飛び跳ねる様に駆け出した。



     ◇ ◇ ◇ ◇



 叫び声が聞こえて、全員が街道に振り向いた。


「え?」


 振り向くと、鹿の様なバディー、ジビエに跨ったナッチが、叫びながら町に向かっていた。

 トールは、地面に降り立つと、全員を連れて助けを求める男性の下に駆けつけた。


「どうしたんだ?」と、トールが大声で聞いた。


 ジビエは、彼らの側で慌てて足を止めた。


「この先で、魔獣が馬車を襲っているんです!丁度、近くにいた二名のプレイヤーが助けに入りましたが、太刀打ちが出来そうにありません。私は、この子と助けを呼ぶ為に、戻ってきました!」


 ナッチは、焦っていて早口だ。

 トールは、彼を落ち着かせる為に、彼の肩を手でがっちりと掴んで言う。


「分かった。一刻を争うんだな?すぐに向かおう!」


 まるでヒーローの様に言うが、残念ながらナッチの目には、不審者に映っているかもしれない。


「おれたちも行くよ。」


 シンが賛同すると、ナッチは、ほっとした息を吐いた。


「助かるよ。私は、残してきた二人が心配なので、先に戻ります!後からついて来て下さい!」


 ナッチがそう大声で言うと、再びジビエが走り始めた。

 ナッチは、ジビエの背の上で、体を大きく揺さぶられながら、北に続く道へと駆けて行った――。



「とう!」


 トールが空を飛ぶ。


「トールさん、流石に走った方が……。」


 ファンボのシンでも、これには、ツッコミを入れた。

 トールは、素直に降りて来て笑い始める。


「そうだな。これには、練習が必要だな!っはっは。」


 そんなトールを全員が笑い、仲良く走り始めた。


「魔獣って、どんなやつかな?」と、シンがダンに顔を向けた。


「何か強そうな名称だよね。」


 ダンも知らないみたいだった。


 すると、先頭を走るトールが、シンに振り返って答える。


「アムリタの動物は、体内に()()()()()から魔獣って言うらしいな。なんでも、火を吹いたりする奴もいるらしいぞ。」


「まじか……気を引き締めて行かないと。」


 シンは、生唾を呑んだ。そもそも、今の装備で、そんな敵に勝てるのかすら怪しかった。――ダンなんて、スリングショット(ぱちんこ)みたいなオモチャしか持ってないのに。

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