ミートアップ(3)
ダンが切り株の上にカブトを降ろしながら言う。
「この辺りでいいかな?」
町の北の出入り口を出ると、左手に雑木林があり、その手前の草原に陣取った。町を囲む柵に沿って、短く刈り取られた草原が続く。そして、その草原を囲む様に、森が町全体を覆っているのが分かる。
草原から見る遠くの空に、薄っすら塔の様な物が見える。雲が所々に浮いてはいるが、青空の広がる良い天気だ。森から鳥の囀りが聴こえてくる程、長閑で気持ちが良い。
シンは、腕を回して、一本の木の前に立つ。
「まずは、この体がどんなもんか。やってみないとな。」
「本当にやるの?現実と、身体能力や頑丈さが、全然違うらしいけど……実感ないよね。」
ダンは、拳を、グー・パー・グー・パーと握り、力加減を確認する。だが、現実と感覚が、まったくもって変わらない。
「きっと、おれたちの脳みそが、そう思い込んでセーブしているんだ。常人でも熊ぐらいは、素手で倒せる作りになっているって、言ってたし。」
「常人でも『頑張れば』ね。頑張ればが、抜けてるよ。」
ダンが呆れ顔で注意した。
ゲームでは、その一言で、意味が大きく変わってくる。初心者やレベルの低い者、ゲームが苦手な者では、倒すことが難しい。と、言っているのと同意義だ。
シンは、聞こえないフリをして、腰を落として構える。拳を木に当てて狙いを定めると、腕を大きく引いた。
「いくぞ!せりゃー!」
気合いを入れた掛け声と共に、木に向かってパンチを繰り出した。その様子を、ホノカとダンは、冷静に見守った。
バシッ。
シンの拳を受け、木が多少揺れた……。
「……。」
すると、シンは、いきなり跳び上がり、拳に息を吹きかける。
「いってええええ!ふーふー。」
「大丈夫?木の方も、リアルより頑丈になってるって事が、あるんじゃない?武器にしたりする訳だしさ。ん〜。でも、結構凹んでるよ。」
ダンは、シンが殴った木を、まじまじと観察した。
「木より、おれの拳の心配をしろよ……。」
ダンに言われるまで、シンには、木を武器にするという発想が無かった。言われてみれば、確かにその通りなのかもしれない。体の強さに負けて、すぐに折れてしまっては、意味が無い。
では、どうやって体の強さを確かめれば良いのだろうか。シンは、無い頭を使って捻り出そうとするが、痛みでまったく思いつかなかった。
「それで、手は?」
ダンは、木を眺めるのに飽きた様子で、シンに聞いてきた。
「痛かったけど、折れたりはしてなそう。擦り傷も出来てないし……確かに、丈夫ではあるかも?」
シンは、ふりふりと、痛みを飛ばす様にして、開いた手を振った。――ホノカは、心配してくれてるかな?
シンは、邪な気持ちで、ホノカを横目で確認した。
ホノカは、相変わらず刀を地面に突き立て、両手で柄頭を支えた状態でじっとしていた。どうも、その姿勢が、ホノカの心を落ち着けるようだ。
「ホノカは、こういうことには、興味ない?」
どちらかと言えば、やんちゃと言うか、物騒な行為だ。女性にとっては、くだらない話題なのかもしれない。
しかし、そういう訳ではないらしい。
「いえ、二人が何をやっているのか、よく分からなかったので。観察していました。」と、ホノカは、冷静な顔をして言った。
「現実世界の体と、この仮初の体――『P.A.S.S.』って言うんだっけ?その違いを探りたいんだ。」
『P.A.S.S.』とは、アムリタ内でのプレイヤーたちの擬似人体の名称とされている。何の略なのかは、シンたちもイマイチ分かっていない。特に覚える必要性の無い名称だ。
ホノカたちは、プレイヤーの本物の体が別の場所にある事を理解している。バディーは、プレイヤーのサポート役という話で、当然の事なのかもしれない。だが、指示を出したり、何かを自発的に教えたり、といったチュートリアル要素は、まったくもって皆無だった。
「なるほど。元の体と言うのが、どこまで出来るのか分かりませんが……こういうのは、どうでしょう!」
ホノカが、勢い良く木に向かって走り出した。
そして、木の手前で、地面を蹴り上げて跳び上がり、砂が舞う――。
シンの背丈ぐらい跳び上がっているのでは、ないだろうか。
そこで、すかさず木に足を向け、三角跳びをした。
ホノカが、遥か上空――木の高さまで、飛び上がる。
「すっすげえ!?」
まるで、大空に飛び立つ白鳥の様に、ホノカの顔が生き生きとして笑っていた。ホノカの体が、太陽の光と交差する。――綺麗だ。
シンは、素直にそう思った。が、決して口にはしなかった。




