ルーク
----本当に人間?----
ローブの男は面白そうに笑った。
レイラは無言で視線を向ける。
男は椅子へだらしなく座ったまま、ひらひらと手を振った。
「警戒すんなって。食ったりしないから」
「……お前は?」
「ルーク。しがない魔術師」
全くしがなく見えなかった。
纏う魔力の気配が異常だ。
レイラは僅かに目を細める。
(強いな)
少なくとも、辺境にいるレベルではない。
ルークはそんなレイラを見て、さらに笑みを深くした。
「へぇ。すごいねぇ。」
「……何がだ」
「……いやぁ?」
セレナは黙る。
ルークは愉快そうに肩を揺らした。
「ますます面白いなあんた」
その時だった。
「面白くありません!!」
受付嬢が机を叩いた。
涙目だった。
「測定器二台も壊れてるんですよ!? 経費どうするんですかぁ!!」
「すまない」
レイラは素直に謝る。
受付嬢は少しだけ勢いを失った。
どうやら真正面から謝られると弱いタイプらしい。
「……はぁ。まあ、故意じゃないのは分かりますけど」
「うむ」
「あと多分、魔力制御できてませんよね?」
「努力はしている」
「……」
受付嬢は疲れ切った顔で書類をめくる。
「とりあえず測定不能なので、実技形式へ変更します」
「実技?」
「簡単な模擬戦です。戦闘能力確認も兼ねます」
ギルド内がざわついた。
「誰がやるんだ?」
「死ぬだろ」
「森吹き飛ばす奴だぞ?」
酷い言われようだった。
レイラは少し傷付く。
すると。
「じゃ、俺やる」
ルークがひょいと手を挙げた。
一瞬で空気が変わる。
「あ?」
「おい待て」
「ルーク、お前正気か?」
冒険者達がざわめく。
どうやら有名人らしい。
受付嬢も顔を引き攣らせた。
「ルークさん!? また問題起こす気ですか!?」
「またって何」
「先月ギルド半壊したでしょうが!!」
「事故事故」
「説得力ゼロです!!」
レイラは思った。
人のことを言えない男だ、と。
ルークは立ち上がる。
背はレイラより少し高いくらい。
細身だが隙がない。
「安心しろって。死なない程度にやるから」
「本当に!?」
受付嬢が悲鳴を上げる。
しかし周囲の冒険者達は逆に盛り上がり始めていた。
「お、模擬戦か!」
「久々だな!」
「賭けるか?」
「どっちに?」
「ルークじゃね?」
「いやあの女やばいぞ」
完全に観戦モードだった。
レイラは静かにルークを見る。
「……私に戦えと?」
「嫌か?」
「別に」
即答だった。
騎士時代、模擬戦など嫌というほどやった。
問題は。
(加減だな)
そこだった。
数分後。
ギルド裏の訓練場。
円形の広場を囲むように冒険者達が集まっている。
ノアは最前列で大興奮だった。
「頑張れレイラ姉ちゃんー!!」
「死ぬなよー!」
「いや多分死ぬの相手側だろ」
好き放題言われていた。
レイラは中央へ立つ。
向かいにはルーク。
彼は杖を肩へ担ぎながら笑った。
「ルールは簡単。場外か降参で終了」
「分かった」
「武器使う?」
レイラは少し考える。
本来の愛剣は当然ない。
なら素手でいい。
「必要ない」
「へぇ」
ルークの目が細くなる。
「じゃ遠慮なく」
その瞬間。
彼の姿が消えた。
「っ」
レイラが横へ跳ぶ。
直後。
――ドゴォォン!!
彼女のいた場所へ炎が炸裂した。
地面が抉れる。
観客が悲鳴を上げた。
「うおっ!?」
「いきなり本気かよ!」
「ルーク容赦ねぇ!」
炎の向こうで、ルークが楽しそうに笑う。
「避けるかぁ」
「……速いな」
レイラは正直に言った。
魔術の発動速度が異常だった。
普通の魔術師ではない。
するとルークは肩を竦める。
「そっちこそ。今の初見で避けるとか何者?」
「旅人だ」
「森壊す旅人?」
「事故だ」
「便利な言葉だな事故」
会話しながら、再び魔法陣が展開される。
今度は氷槍、数十本。
普通の騎士なら回避不可能。
だが。
レイラは一歩踏み出した。
ズドンッ!!
地面が陥没する。
その勢いのまま、氷槍の間を突っ切る。
「うおっ!?」
ルークが初めて驚く。
次の瞬間。
レイラの拳が目の前にあった。
「しまっ――」
止めようとした。
本当に寸前で。
だが。
――ゴォッッ!!
衝撃波だけでルークが吹き飛んだ。
「ぶへっ!?」
数十メートル先まで転がる。
訓練場の壁へ激突。
土煙。
沈黙。
観客全員が固まった。
レイラも固まった。
(……やってしまった。直したんじゃないのか……)
加減した。
したはずだった。
だが明らかに吹き飛びすぎている。
受付嬢が青ざめる。
「ル、ルークさん……?」
土煙の向こう。
しばらく静寂が続き。
やがて。
「――っはは!!」
笑い声が響いた。
ルークだった。
彼は壁の瓦礫をどかしながら立ち上がる。
口元から血を流しながら、楽しそうに笑っていた。
「ははははっ!! なにそれ!!」
「……無事か」
「めちゃくちゃ痛ぇ!」
元気だった。
観客達がどよめく。
「ルークが吹っ飛んだ!?」
「しかも素手で!?」
「なんだあの女!?」
レイラは困惑した。
「……死んでいないな」
「いや殺す気だったの!?」
ルークが笑いながら叫ぶ。
「違う。かなり加減した」
「怖っ!!」
本気で引かれた。
だがルークは、むしろ楽しそうだった。
彼は口元の血を拭う。
そして。
「いいねぇ」
にやりと笑った。
「気に入った」
嫌な予感しかしなかった。




