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女神、ミレイア


「ひっ……」


目の前の女神が小さく悲鳴を漏らした。


セレナは笑っていない。怒鳴ってもいない。


ただ無言で女神を見下ろしているだけだ。


それなのに、空間そのものが震えている気がした。


「……もう一度、聞こう」


静かな声だった。


「貴様のミスで、私は死んだのか」


「は、はい……」


女神は正座したまま縮こまる。


「えっと、でも!本当に事故というか!」


「事故で首を刎ねられた私は、さぞ運が悪かっただろうな」


「ごめんなさい……」


女神は涙目になった。


セレナは額を押さえる。


頭痛がしてきた。


戦場で魔族の将軍と斬り合った時より疲れる。


「……貴様は何者だ」


「あっ、申し遅れました!」


女神は慌てて居住まいを正した。


「わたくし、転生と運命管理を担当しております女神ミレイアと申します!」


言いながら、どこからともなく名札を取り出す。


『新人教育係・ミレイア』


と書いてあった。


「新人?」


「はい!」


「教育係?」


「はい!!」


セレナはそっと目を閉じた。


嫌な予感しかしない。


「ちなみに今回のミスは」


「はい」


「誰がやった」


「わたしです!」


満面の笑顔だった。


セレナのこめかみに青筋が浮かぶ。


ミレイアは慌てて両手を振った。


「ち、違うんです! ちゃんと理由があるんです!」


「聞こう」


「そのですね、本来死ぬ予定だったのが“セレナ”さんで」


「……私だが」


「貴女はセレナ・ヴァルハイトさんじゃないですか。本来は”セレナ・ヴァルシュタイン”さんなんです。」


「姓が違うではないか」


「……間違えました!」


「ふざけているのか?」


「ふざけてません!!本当にごめんなさい!!」


再び土下座。


しかもかなり慣れた動きだった。


セレナは深くため息を吐く。


「……それで?」


「へ?」


「謝罪だけかと聞いている」


ミレイアはぱっと顔を上げた。


「あっ、もちろん補償はあります!」


彼女が指を鳴らす。


すると空中へ光の板が現れた。


そこには大量の文字が並んでいる。


『転生補填申請書』


『特殊技能付与一覧』


『死後対応マニュアル』


などなど。


「女神というのは意外と事務仕事が多くてですね」


「興味ない」


「ですよね!」


ミレイアは咳払いする。


「えー、では改めまして。セレナ・ヴァルハイト様。今回の謝罪として、貴女を新たな人生へ転生させます」


「断る」


「えっ」


「もう十分だ」


セレナは冷たく言った。


「再び生きたところで何になる」


脳裏に蘇る。


民衆の罵声。


向けられた石。


カミラの笑み。


そして。


『やめ――!!』


最後に聞こえた王女の叫び。


胸が痛んだ。


あれを思い出すくらいなら、もう眠っていたかった。


だがミレイアは、珍しく真面目な顔をした。


「……貴女、本当は気付いてますよね」


「何をだ」


「リリアーナ王女は、貴女を見捨ててません」


セレナの瞳が揺れる。


ミレイアは静かに続けた。


「彼女は最後まで処刑を止めようとしていました」


「……」


「でも間に合わなかった」


白い空間が静まり返る。


セレナは拳を握り締めた。


「ならば何故」


声が震える。


怒りではない。


傷だった。


「何故、私は死んだ」


ミレイアは目を伏せる。


「……わたしのミスです」


「…………」


「本当に、ごめんなさい」


先ほどまでの軽さはなかった。


セレナは長く沈黙した。


やがて。


「……生き返れば」


低い声で呟く。


「私は、あの者達へ報いを与えられるのか」


ミレイアの表情が固まった。


「あー……」


露骨に目を逸らした。


「復讐はおすすめしません」


「何故だ」


「絶対ろくなことにならないので」


即答だった。


セレナは冷笑する。


「安心しろ。私は慈悲深い」


「その顔で言います?」


「……」


「すみません」


ミレイアは咳払いした。


「ですが転生特典はかなり盛れますよ!」


「盛る?」


「はい! 今回こちら側に全面的過失がありますので!」


何故か誇らしげだった。


「例えば不老不死とか!」


「ほう」


「超再生!」


「ほう」


「身体能力超強化!」


「ほう」


「魔力無限!」


「ほう」


「状態異常無効!」


「いいだろう」


即答だった。


ミレイアが目を丸くする。


「……いいのですか!?」


「どっちなんだ……死なないなら構わない。二度と死にたくないんでな」


セレナは真顔だった。


斬首された側としては当然である。


「他にもありますよ! 属性適性全取得とか!」


「付けろ」


「全言語理解!」


「付けろ」


「毒無効!」


「付けろ」


「空間収納!」


「付けろ」


「料理上手!」


「付けろ」


「裁縫技能!」


「付けろ」


「恋愛運上昇!」


「いらん」


即答だった。


ミレイアは吹き出した。


「ぶふっ」


「何がおかしい」


「い、いえ……」


肩を震わせながらミレイアは書類へ記入していく。


だが途中で、ふと顔を上げた。


「でも、本当に復讐するんですか?」


セレナは黙る。


少し考え。


そして静かに言った。


「……復讐はしない」


ミレイアがほっと息を吐く。


だが次の瞬間。


「だが」


セレナの目が細められた。


「軽い仕返しくらいは許されるべきだろう」


「軽い?」


「あぁ」


「ちなみに具体的には」


「んー……」


セレナは少し考え込む。


「まずはカミラの屋敷を半壊させる」


「全然軽くない!!」


白い空間に絶叫が響いた。


「では三分の一」


「割合の問題じゃないんですよ!?」


「安心しろ。住人は巻き込まぬ」


「そういう問題でもないです!!」


ミレイアは頭を抱えた。


この元女騎士、真面目すぎて危険だ。


しかしセレナは本気だった。


「奴には相応の報いが必要だ」


「うぅ……」


ミレイアは悩む。


悩み。


そして最後には諦めた。


「……ほどほどにしてくださいね?」


「善処する」


絶対しないであろう返事にミレイアは遠い目になる。


だが、諦めたのか彼女が微笑んだ。


「でも、よかった」


「何がだ」


「貴女がもう一度、生きようとしてくれて」


セレナは少しだけ目を見開く。


そんなことを言われるとは思わなかった。


ミレイアは立ち上がる。


「では、第二の人生を始めましょうか」


光が溢れ始める。


セレナの身体が淡く輝いた。


「新しい名前、新しい戸籍、新しい人生。全部こちらで用意しておきます」


「……一つ聞く」


「はい?」


「私は今度こそ、自由に生きていいのか」


ミレイアは笑った。


今度は、女神らしい優しい笑みだった。


「もちろんです」


光が強くなる。


視界が白く染まっていく。


最後に。


ミレイアの声だけが聞こえた。


「――あ、でも力加減だけは本当に気を付けてくださいね」


次の瞬間。


どこか遠くで。


山が吹き飛ぶ音がした。

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