自分たちの道を
「こんなこともあろうかと、君たちが使う武器のレプリカは全て用意してある。コニィさんや美久さん、飛鳥さんの分もな」
「わ、わたし達も、ですか?」
「い、いや、ちょっと待ってくださいよおじさん、急すぎて何が何だか……」
「あ? 何だ、ビビってんのかバカ息子が」
「ああ!? 誰がビビってるって!? ……ってか、有無を言わさず臨戦態勢してんじゃねえか!」
カイの言う通り。親父、慎吾先生、楓おばさん、優樹おじさん、当麻おじさん……みんな、最初から計画してたらしくて、前に出てきた。それぞれ、武器を手にして。
おれ達の武器も、確かに用意されてた。おれのはさっきの槍だけど、ガルの刀はともかく、コニィ達の分まで本当に。
「餞別とでも思ってくれればいい。本当の餞別は別に準備しているが」
「餞別……本当の?」
「まだ準備中なのでな。まあ、近いうちに分かる。今は勿体ぶらせてもらおう」
「お父さんはいつも勿体ぶってばかりじゃ……じゃなくって! どうして、いきなり模擬戦なんて?」
意図が分からない。……と言うか、たぶんわざとやってるな、これ。
楓おばさんが、ルナの反応にくすくすと笑った。
「そうね。見聞きしただけじゃなく、ちゃんと身体であなた達の成長を感じたい、というのがひとつかしら」
「それから、俺たちも証明しておこうと思ってな。お前たちの故郷は、何かに屈するほど弱くないのだと」
「……それは」
余計な心配をせず、おれ達が前に進めるように。少し手荒な、けれど確かに背を押してくれる行為。
「なに、色々と理屈をこねてはみたが、お前たちも気にはならないか? 英雄に自分の実力が通じるのか、な」
「……ほんと、自分で言っちゃうかなあ、それ」
ルナは、呆れたみたいに言いながら……だけど、その目から混乱は抜けて、はっきりとやる気が見えていた。彼女だけじゃない。みんな、少しずつ。
「何つーか、英雄っつっても、ノリはオレらとあんま変わんねえ気がしてきたな……」
「そりゃそうだろ、なんせ俺らの親世代なんだからよ?」
一人ずつ、武器を手に取っていく。
……なんだろうな、この気持ち。さっきの興奮が、まだ残ってるのかもしれないけど……何か、ワクワクしてきた。
もしかして、こんなサプライズみたいな勢いで来たのは、しんみりした空気を吹き飛ばすためだったのかもしれない。……なんて、細かいところはいいか。
「コニィ。ちょっと力を使ってもらっていいか? もうひと踏ん張り、しないといけないみたいだ」
槍を握る。もう、震えることはない。怖くないなんて、口が裂けても言えないけど……それでも、戦える。だったらそれで充分だろ。
コニィは少しして、笑った。昨日、あんな話をしたばかりだけど……彼女の微笑みは、おれのよく知っている、優しい女の子のものだった。
あたたかい力が、流れてくる。よし……おかげで、まだやれそうだ。コニィはおれの治癒が終わると、横に並んだ。
「私もやるわ。一緒に勝ちましょう、蓮!」
「……ああ!」
色々と……本当に色々と、やらかしてしまったけど。それでも、こうして一緒に戦ってくれる仲間がいる。
おれ……本当に、恵まれてるな。何をふてくされてたんだろうな、馬鹿らしい。もう、絶対に忘れない。
「はあ。マスターと誠司さんで分かってたつもりだけど、英雄ってのもほんとクセ者揃いよね……」
「だけど、わたしも……知りたいです。自分がどこまでやれるのか……!」
「俺もだ。……このような機会を与えてくれて、感謝する。全力で……胸を借りさせてもらおう!」
「あ、ところで上村先生は……」
「心配するな、オレは赤牙の立場でこっちにつく。……身構えることはない、オレが保証してやる。今のお前たちなら、あいつらにだって届くとな!」
ガルと先生がいて、こっちの人数はほとんど倍。それでも、相手は英雄。闇の門で、数え切れない戦いを生き延びた人たち。
「ひとつ忠告しとくぜ。英雄のこと、かつて最強だったとか言う奴らもいるが……」
「俺たちは、まだまだ現役だ。簡単に屈するとは思うなよ?」
「そんなもん、言われなくても分かってるっての……!」
「そっちこそ、忠告しとくぜ! 俺たちは強くなったってな!」
いつもの、カイの強気の啖呵。ああ、やっぱりおれ達は、こういうノリが一番だ。だから。
「しっかり見せてやる、親父! おれ達が揃えば……怖いものなんてないってことをな!!」
思いっきり、声を出す。コウの受け売り……だけど、こんなにおれ達を表してる言葉はない。おれ達四人としても、赤牙としても。
みんなで笑う。ああ、そうだ。一人じゃ何もできないおれだって、この仲間たちと一緒なら、何とだって戦える!
「俺たちを乗り越えてみせろ。今のお前たちならば、それができる!」
「くく。では、見せてもらおうか。誠司に対等と言わしめた、新しい世代の力というやつをな!」
そうして……みんなで証明するための大勝負が、始まった。
英雄の子供だから英雄になれる、なんて、大それたことを言うつもりはない。どこまで行ってもおれはおれ。いきなりそれ以上になれやしない。
だけど……何の肩書きもなくたって、大したことができなくたって。ルナの言ったように、今を生きてる一人として……おれは、戦おう。
みんなと一緒に……今度こそ、おれの日常を、本当の意味で取り戻すまで。だから……お前も待ってろよ、ルッカ!
――その日の夜、バストール。
『って感じでさ。何とか全部、上手くいったと思う』
「……そうか。本当に、色々あったんだな」
俺は部屋で、瑠奈とガルの二人と通話していた。
蓮のこと。みんなで話したこと。英雄たちとの模擬戦……目まぐるしい時間だったことは、聞いているだけで分かった。
「だけど、すごいな。いくら先生とガルがいたって……父さん達に、勝ったなんてさ」
『あれを勝ったと呼んでいいかは微妙だがな。何回も打ち負け、再戦して、最後の最後に全員の膝をつかせることはできたが』
『ガルまでヘトヘトだったもんね……と言うか、あれだけやって元気な先生とかお父さん達がおかしいんだけど! 私、明日ぜったい筋肉痛で動けない』
「……はは」
何だか2人とも、楽しそうだ。つい何日か前まですごい悩んでたのに。蓮たちも吹っ切れたみたいだし……良かった。
「じゃあ……みんなで戻って来るんだな」
『そうだね。ちょっと準備とか色々あるけど、ギルドが再開する前にはバストールに着くと思うよ』
まだ、みんなと一緒にやれる。それは心強くて……でも、みんながこのままエルリアにいてくれたら安心なのに。やっぱり、そんな考えも捨てられはしない。
……駄目だな。俺がいちばん迷ったままじゃないか。俺が守るから大丈夫、くらい言えればいいのにな。
『しばらくエルリアに戻ることはないだろうから、数日はこちらで過ごすことになった。今まで色々と大変だったから、改めてやり残しのないようにな』
「……そうか」
『暁斗。お前は、本当に来なくていいのか?』
「……ああ。俺は、ちゃんと戦いを終わらせてから帰る。そういう願掛けも、ありだろ?」
『お兄ちゃん……』
たぶん、迷いはちょっと見透かされているだろう。だけど、俺は間違いなく、折り合いがつけられないから。きっと……何も言えずに終わるから。
竜二と亮のことも、慧から聞いた。みんな、自分の道を選ぼうとしている。俺は……。
その後は軽い雑談を少しして、通話を切った。向こうも察してはいるだろうけど、他愛のない話に乗ってくれた。
……俺がどうしたいか。俺が何なのか。その答えは、きっと自分で出すしかない。焦ってもしょうがない、よな。
そこで、ノックの音がした。
「暁斗。少し話したいが、良いか?」
「……爺ちゃん? ああ、入っていいぜ」
答えると、爺ちゃんが部屋に入ってくる。話って何だろう。




