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[記憶屋書店]  作者: 綴
13/13

[記憶屋書店]〜桜咲く〜[十三話]


緑の野原に

  それは美しい花が咲く

    見事なまでに満開の

       とても立派な桜の木


[桜咲く]

3月6日10時

-書店-

「桜君、やっぱり君は……」


楓さんがなにか続けようとしてる。

でもそんなことどうでもいい。

「なんなんですか、あなたは」

明確な怒りを楓さんに向ける。

「まだ四月じゃないのに……この日に読むことなんて誰にも伝えてないのに……一体なんなんですか」


まあまあと言ったように、一呼吸置くと楓さんが淡々と説明をする。

「私がここに来た理由は単純だ。昼間に人がいたからだ」


そうか。

そうだよね。


「あらかた予想はついていたがね。もしものことを考えて、様子を見に来た次第だ」


「そうですか。なら、用は済んだんじゃないですか?私はもう帰ります」

目を合わさずに、そう吐き捨てた。


私はこの人が苦手だ。

もともとこの人と話すときは余裕なんてないのに、店長の過去を見たあとなら、なおさらだ。


思考がぐちゃぐちゃになっている。


店長は娘と奥さんを亡くしてしまったから記憶を手放した。


今は一人で考えたい。


それでも楓さんは話をやめない。

「もう一つ用事が出来た。桜君、やっぱり君はこの書店の店員だ」


「楓さんに言われなくても、私はそのつもりでした」


「そうじゃなくて。アルバイトではなく、正式なスタッフにならないかね?」


は?


意外な用事だった、私を正社員に?


それだけのために。

それだけのために、店長の記憶を読ませたの?


「それは、店長の本を読んだからですか?」

店長の思いを、こんなことのために使うなんて。


「違う。君が大切な人の過去と向き合って、自分で決めたからだ」


「決めた?」


「読むか、読まないか。どちらでもよかった」

「大切な人の過去を思い、迷って、それでも自分で答えを選ぶ。君にはそれができた」


……偉そうに。


「店長の過去、知ってたんですか?」


「知ってたよ。これからは君の疑問に答えよう」


「私の疑問」


「ああ、回りくどい言い回しはなしだ。綴君を接客したのは私だよ」


店長が記憶を売った後のことを、楓さんは話し始めた。


-一色楓の過去-

私は間違えたのかもしれない。


「娘と妻を亡くし、生きていられないほど辛い。しかし、娘は最後に『生きて』と私に言った」


救いのない悲劇だな。


その話を聞き私はそう思った。

こんなことが起こっては、きっと私も耐えられない。


「私は……私はどうすれば……」

もう涙も枯れてしまったように、生気のない顔をしていた。


話は聞いた。


パートナーを亡くしたお客様は、これまでにもたくさんいた。


今回も同じようなことだと、私は見誤ってしまった。


彼は壺から、馬酔木と少女が描かれた本を取り出した。

おそらく話していた娘だろう。


彼は記憶を売った。


記憶を売ったあと、彼は席から立とうとしなかった。

「どうしました?記憶は引き取ったので、帰ってもらって大丈夫です」


「私の……帰る場所?」


「……え?」


「すみません……何も思い出せなくて」


そう、彼は自分の人生に関するほとんどの記憶を失った。

どこに住んでいたのかさえ、何も分からない。


覚えているのは、自身の名前だけ。


……嘘だ。

ここまで失うなんて、想定していなかった。


娘と妻の記憶、所詮人生の一部だと。

私は勝手に思ってしまった。


……なんて愛情深い。


帰るべき場所も、彼を愛した人も、彼が愛した人さえも。

彼の中から、すべて失われた。


……このまま彼を放置するわけにもいかない。


……。


「君、名前は?」


「緑野綴です」


「画数がやたら多いな……」


「すみません」


「では、綴君。何も覚えてないなら、ここで働かないかい?」


-書店-

「それからは、今の君と綴君と同じような関係だよ」

「ここで一緒に働く店長と店員。五年前、私に少し用事ができてね。ここの店を綴君に引き継いだのさ」


楓さんは「過去については以上」と話し終えた。


「……そうだったんですね」


「怒らないんだね」


「……なにをですか?」


「私が綴君の接客をしたことだよ」


「怒りません。記憶を売ったのは店長の選択ですから」


ただ……。

なにか続けたくなる自分がいる。

けれど、例え私が接客しても同じことになっていたと思う。


もしかしたら、もっと酷い結末が起きてもおかしくはない。


「それでは君の疑問に答えよう」


今までの話を聞いたところで、色々と疑問が残る。

「なぜ今になって本をとりに来たんですか?」


「それは、最近まで君のことを全く知らなかったからだよ」


「私がバイトをはじめたことを知らなかったんですか?」


「正確には、君の詳細な情報を知らなかった」

……詳細な情報?


「綴君もあまりおしゃべりなほうじゃないからね。『アルバイトの子がいい接客をしてくれる』と連絡してきてね。その時、君の性別と年齢を初めて知った」


そして楓さんは、私を見つめた。


「綴君が二十歳の女の子のアルバイトを雇った」


「私の目線なら、彼が無意識に娘と君を重ねていると思うのが普通じゃないかな?」


私は、今までのことを振り返る。


店長はずっと優しかった。


テレビも、絵も、私のために買ってくれた。

家族のことも、仕事のことも、ずっと優しく見守ってくれていた。


私には分からない。


これが元の店長なのか。

娘さんと私を無意識に重ねていたからなのか。


記憶を読んだ今、私にはそれがわからない。


「……重ねていたのかもしれませんね」


楓さんは、俯く私の顎をぐっと持ち上げた。

「違うね。少なくともそれだけじゃない」

逃げられないほど近くで、真っ黒な瞳が私を捉える。


「きっかけは無意識に娘と重ねていたのかもしれないが、綴君は元から病的に優しい」


「それに」と楓さんは続けた。


「私から見て、君は立派なこの書店の店員だ。綴君は君を、美咲君の代わりではなく、一人の『店員』として見守っていたんだろう」


「……そうですかね」


楓さんは、大きくため息をついた。

「こうなるだろうと思って、本を回収しに来たんだ。二人にとってあまり知らないほうがいい内容だからね」


「じゃあなんで、読むかどうか選ばせたんですか?」


「もう見つけてしまったのなら選ばなきゃいけないだろう。その権利を私は奪えない」


ここまで聞いて、この人の行動はよくわかった。


この人が何を考えていたのか。

なぜあんな回りくどいことをしたのか。

ようやく全部、繋がった。


「他になにかあるかい?」


「いいえ」

きっとまだ聞かなきゃいけないこともあるだろう、でも今は一人で考えたい。



「そうか。それでは、私も帰るとしよう。正式にスタッフになるかは、ゆっくり決めればいい。返事は綴君を通してくれれば私に届く」


楓さんは、話すことは終わったと言わんばかりに、そそくさと帰る準備を始めた。


「わかりました」


店長の過去。

正社員。

思考が追いつかない。


「君が綴君をどうにかしてやらなきゃ、と気負う必要はない。ただ知ってしまったことをどうするかはちゃんと決めなくてはいけない」


「……わかりました」


わざわざ言われなくてもわかってる。


店長の過去を知って、私にできること……。


-辻家夕食-

3月6日19時

三人での夕食。

あの本を読んでからというもの、私の気持ちは晴れなかった。

「桜、最近元気ないな。なにかあったか?」


特段なにかが『起こった』わけではない。

私に対して店長が変わることもない。

ただ私が『知ってしまった』それだけ。


「別に、本当になにもないよ」


「そうか、もうすぐ誕生日だな!なにかほしいものとか出かけたい場所とかあるか?お父さん仕事休むから」


「あなたがそんなこと言うなんて珍しいわね」

と母はくすくす笑う。


なにかほしいものか……。

そんなことを考えていると店長の娘さんの言葉をふと思い出す。

「……お買い物、遊園地」

ボソッとそう呟く。

そんな言葉を父は聞き逃さなかった。

「そうか!分かった!どこに行こう!お父さんちゃんと調べてやるぞ!」


嬉しそうな父を横目に私は立ち上がる。


「……それだ!」


娘さんと過ごした最後の一日を、もう一度辿ってみよう。


もしその場へ行けるなら。

今のままだと、私が納得できない。


楓さんは、私が娘さんの代わりというわけではないと言った。


だけど私は不安でたまらないのだ。


今までの優しい店長は私じゃなく娘さんを無意識に追いかけているような気がして。


だけど、

もしかしたらそれでもいいのかもしれない。

店長が娘さんに、最後まで伝えられなかった『ありがとう』を。

店長の心残りを少しでも軽くしてあげたい。


今度こそ、店長に『ありがとう』を置き去りにさせたくない。


「……桜?」


「ごめん!お父さんとじゃない!」


「!?待ってくれ。少し話を……」


「あなた、これ以上踏み込んだら私が怒るわよ」


ナイスお母さん!


それからすぐに、店長が娘さんと行ったであろう場所を調べた。


-書店-

3月7日3時

「桜さん、大丈夫ですか?」

いつも通り店長は優しい。


でもどっちだろう、この言葉は。


私に対して?娘さんに対して?

そんな事を考えてしまうと店長の顔をちゃんと見れない。


限界だ。メンタルもだが体調も悪い。

店長の本を読み終えてから、一睡もしていない。


「大丈夫です」


うー。ふらふらだ。

だけど、できるだけ早く伝えておかないと。

店長も予定を作ってしまうかもしれない。


「店長、この間の誕生日のことなんですけど」


「なにかほしいものは決まりました?」


「お出かけに行きたいです」


「お休みということですか?それくらいなら誕生日じゃなくても」


「違います!店長とお出かけに行きたいんです!」


店長は少し驚いたような顔をした。

「私とお出かけですか?」


「はい!」


「私と出かけてもつまらないと思いますが……」


「私が店長と一緒にお出かけしたいんです!」


「わ……わかりました。四月二十日ですね。空けておきますね」

圧に押されてか、店長は少したじろいだ。

かなり強引だったが約束は取り付けることができた。


店長が娘さんと出かけた場所は、だいたい調べがついていた。


洋服屋さんやカフェなどは、少し変わっていた。

花屋さんと遊園地は変わらずにあった。

「ここに行きたいんですけど」


スマホで調べた場所を店長に見せる。


「ああ、ここですか。私の家からかなり近いですね。当日は書店に来てください」


書店?

「はい、わかりました」


なんとか予定は取り付けた。


……自分でも分かる、私無理してる。


-書店-

4月20日10時

とうとうこの日がやって来た。

ちゃりん。ちゃりん。

乾いた鈴の音が、書店に響き渡る。


「桜さん、誕生日おめでとうございます」

書店には店長が先に待っていた。

「プレゼントです」

小さな細長い小包だった。

自分がやることで手一杯だったせいで、私自身の誕生日のお祝いだということを少し忘れかけていた。


「わぁありがとうございます。開けてもいいですか?」


「荷物になってしまうので、帰りにしましょう。それまではここに置いておいて大丈夫ですよ」


店長は「それでは」と言って、私が今入ってきたばかりの扉を開けた。


「行きましょうか」

店長がにこりと笑った。


扉をくぐるとなぜか目的地はほぼ目の前だった。


「え?」

私がいつも帰る商店街ではなかった。

「驚きました?私が扉を開けたからです」


そういえば、この書店の扉は、そんなふうに全国各地に繋がっているという話だった。


そんな便利なことあるのか。


-繁華街-

4月20日10時30分


移動時間を見込んで待ち合わせ時刻を決めていたため、だいぶ早く目的地に着いてしまった。


正直に言うと、夕方まではほぼノープランだ。


ただ初めての店長とのお出かけ。

しかも、私の誕生日だ。たくさん楽しもう。


「店長はどんなものが好きですか?」


「花や和風な小物などは好きですよ」

花は後で良いとして、和風な小物ってなんだ……?


「桜さんの誕生日なんですから、桜さんの好きな場所から行きましょう」


「わかりました」


まずはカフェ。


店長が和服でも浮かないように、抹茶をメインとした和風スイーツで小腹を満たす。


店員さんが、なぜか店長をちらちら見ている。

「なんか、少し視線を感じますね」


店長もそう感じていたらしい。

まぁ和服を普段着にしてる人は珍しい。


「店長、外でもいつも和装なんですか?」


「はい、なぜかこの格好が落ち着くので」


「もしかしたら、その服のせいで見られてるのでは?」


「ははは、どこかの和菓子の先生みたいに見られちゃいますかね」


「店長、貫禄ありますからね」


「そうですかね」

少し困ったような店長。

二人して笑顔で話す。


仲のいい歳の離れた、知人同士。

ぎこちなくなると思っていたけれど。

あまりにも普通だった。


普通に楽しかった。


4月20日12時

繁華街には、小物屋さんもたくさんある。

店の中を外から眺めていると、店長が足を止める。


ガラス細工のお店だ。

中には動物の形をしたガラスや風鈴など、色とりどりのガラス細工があった。

「店長、中を少し見てみましょうか」

さっき話してた和風な小物でもあるのだろうか?


「ありがとうございます。私も少し気になってました」


店に入ると店長は一つの瓶のようなものを手に取った。

「なんですか?これ?」

「一輪挿しですね。花を一輪だけ飾るんです」

「一輪だけ?」

「花束もいいですけど、一輪も綺麗に映えるんですよ」


過去の店長は華道の先生だった。

「素敵ですね」

何かを押し殺すように私は呟いた。


「私もそう思います」

そんな話をしながら、店長はその一輪挿しを購入した。


包んでもらった小さな一輪挿しを、和装の内側へすとんとしまう。

「店長、服の内側どうなってるんです?」


「服の内側?裸ですが?」

思わず吹き出しそうになってしまった。

「ち、違います!内ポケット的なものがついてるのかって話です!」

「ああ、ありますよ。結構広いのでたくさん入ります」

突然店長にセクハラしたみたいになってしまった。

「びっくりしました。なんの話をしてるのかと」

笑う店長。


この人は普通にお出かけして。

こんなに笑ってくれる。


一年も一緒にいたのに初めて見る店長がそこにいた。


……初めて。


本を読んでから自信がなかった。

娘の代用品かもしれないと自分を卑下していた。


だけど娘さんと重ねていたのなら、店長はもっと違う関わり方をしてたのではないのか?


今の笑顔をもっと早く見れたのではないだろうか?


もし私を娘さんと重ねてたら、と考えると色々と違和感がある。


なら店長は私のことをちゃんと……。


「なんか外だと桜さん元気ですね」


「いつも通りだと思いますけど?」


「仕事中より少し明るく見えます」


「今日が楽しいからじゃないですかね」


私なりの今日という日の気持ちの表し方だった。


少しだけ気恥ずかしい。


けれど、素直になるというのは、こんなにも気持ちのいいものなのだと私は初めて知った。


4月20日14時30分

ぶらぶらと歩いていると、また店長が足を止める。

楽器屋の前だった。

ガラス越しにさまざまな楽器が並べられている。

トランペット、ギター、ピアノ、そしてフルート。


胸がざわつく。


「店長は楽器とかやっていたんですか?」


店長が止まった理由はわかってる。


「いえ、全く。だけど、少し懐かしいような、昔からそばにあったような不思議な感じがして」


私だけその懐かしさの訳を知っている。


「もしはじめたら案外上手くなったりしますかね」

なんてことない笑顔を向けてくれる。


ダメだ。堪えなきゃ。

俯いてしまいそうなほどの悲しみが、突然襲ってきてしまう。

「見てくださいよ、店長。二十万円ですって」


「高いですね……これはちょっと……」


「……すみません。少しお手洗い行ってきますね」


「わかりました。ここで待っていますね」


私は逃げるようにトイレへ駆け込んだ。

嗚咽が少し漏れた。


分かってる。

大丈夫、大丈夫。


店長の無意識に私の心は揺れてしまう。


今さっき娘さんじゃなく、自分を見てくれてるような気がして嬉しかった。


だけど今も店長は過去を無意識に追いかけてしまっている。


店長は私を見てくれている?

……分からない。


4月20日15時

「そろそろお昼にします?お腹大丈夫ですか?」

変な時間にカフェに行ったせいで、私たちはお昼を取り損ねていた。

「はい。桜さんはなにか食べたいものはありますか?」


食べたいもの。

「肉まんでもいいですか?」


でっか!

一個五百円。ちなみに私は少食である。

店長はやっぱり男性だから食べれるのだろうか?

「店長すみません、食べきれなかったら……」


「いいですよ。無理しないでくださいね」


肉まん片手に二人並んで歩く。

傍から見れば、歳の離れた親子に見えるのだろう。


「店長は他に見たいものとかありますか?」


肉まんを頑張って頬張る。

店長はああ言ってくれたけれど、自分から言った手前残すのは忍びない。


「とりあえず今は大丈夫です」


「そうですか。では、この先を真っすぐ歩くと遊園地に着くんで、そこに行きたいです」


「遊園地ですか?おじさんと二人で遊園地は流石に……」

断りを入れようとするところを間髪入れずに止めに入る。

「私、今日誕生日です」

「わかりました……」

まるで魔法の言葉だ。


さらに肉まんを頬張りながら少し考える。


店長の記憶は戻らない。

だけど、微かな違和感は消えない。


花、フルート。

記憶を消しても消えない『なにか』が店長の足を止める。


理由も分からず足を止めるたび、店長は一体何を感じているのだろう。


4月20日17時30分

小さな遊園地に着いた。

「私と二人で遊園地ならもっと年の近い子と遊んだほうが……」


流石に三十も下の子と遊園地というのは抵抗があるのだろう。


「私が行きたかったんだから、店長は気にしないでください!」

少し大袈裟に明るく振る舞った。


ここからは、店長が娘さんと過ごした最後の一日を辿る。


「店長、目を閉じててください」


「な、なんでですか?」

明らかに不安そうである。

「いいから閉じてください」

普段は店長と店員だが今日くらいは無礼講ということで。


花屋には小さな花束を頼んでおいた。

この遊園地は十八時閉園だ。

きっと、観覧車が回るのはこれが最後。


目を閉じさせた店長を、観覧車に押し込んだ。


-観覧車-

夕焼け。

橙が溢れそうな春の空に、今日の終わりを感じる。


今日一日、私はなにをしていたのだろう。

店長の記憶を知ってしまい、娘さんとのお出かけを再現した。

私は『ありがとう』を聞くためと言いながら、娘さんと私の違いを探していた。


「目開けていいですよ」


白い花束を店長に渡す。


馬酔木の花は花屋さんになかった。

だから、私なりに綺麗な花を選んだつもりだ。


「なんの花束でしょう?」

不思議そうにする店長。


「今までのお礼です」


「そうですか……」

「ありがとうございます」


言ってくれた。


でも違う、きっとこれじゃない。


静かに上る観覧車。

何か話そうにも言葉が出ない。


「不思議ですね。こうして書店の外に出かけて。ましてや観覧車なんて、私一人じゃ絶対出来ない経験でした」


「私も初めてです、誰かと観覧車に乗るなんて」


「不思議と心地良く感じます」


花の香りが、観覧車の中いっぱいに広がる。

柔らかく、そして少し甘い。

不思議な時間が過ぎてゆく。


「桜さん、誕生日は楽しかったですか?」


「すごい楽しかったです」


ゆっくりと回る観覧車。

てっぺんを過ぎ、少しずつ降りていく。

今日という日が落ちて行く。


「良かった」

「でもなぜか、このまま帰ると桜さんがいなくなってしまうような気がして、少し寂しくて」


思いもしなかった言葉に私は俯いてしまった。


……私がいなくなる。

店長はこの後、娘さんを亡くしてしまった。


私がまた店長を苦しませてしまった。


「………。」


「ごめんなさい。ただの店長と店員なのに変なこと言ってしまって!」


違う。変なことなんて……。


謝らなければいけないのは私の方だ、今日のお出かけは私のわがまま。


店長の心を軽くしたいと言っていたが、本音は分からない。


店長のためと思っていた。

でも私の本心はきっと娘さんと私を重ねていないと、そんな確証が心のどこかで欲しかった。


しかし、店長の無意識はところどころ私と娘さんを重ねていたのだろう。

今の言葉がその証拠のような気がしてしまった。


きっとこれからも無意識に娘さんと私を重ねてしまうだろう。


でも

「桜さんは人の心をよく見送ってくれている」

そんな店長からの過去の言葉を思い出す。

あの言葉は、私が店員として働いてきた姿を見てくれて、店長がくれた言葉だ。


例え娘さんと重ねたとしても、店長は私のことを見てくれている。


だから。

「……大丈夫です」


「え?」


それでも。

「大丈夫です!私いなくなりませんから!」

「記憶屋書店にずっとずっと!店長と一緒に働いていたいです!私この書店の正社員になります!」


少しの沈黙。


「そうですか」


ゆっくりと店長は目を閉じた。

すると一筋の涙が頬を伝う。

「私は、どこか寂しかったんですかね?」


店長は笑ってる。


「ありがとうございます。嬉しいです」


店長の涙は止まらない。

「不思議ですね。今までずっと、誰かにちゃんと『ありがとう』と言えなかったような気がして」


「桜さん、本当にありがとうございます」


良かった、店長がやっと言えた。


こんなわがままな私に。


そんな店長を見て私も泣いた。


降りて行く観覧車と共に、夕陽が沈む。


無言の観覧車。


きっとこれからは、大丈夫。

二枚の花びらが静かに落ちる。


-書店-

4月20日19時30分


ちゃりん。ちゃりん。

いつも通りの鈴の音が、私たちを迎えてくれる。


「すいません。変な空気にしちゃって」

店長は泣いたことを気にしていた。


「大丈夫です。楽しかったので!」


私の中のなにかが吹っ切れた。

そんな爽やかな気持ちだった。


「楓さんには私から伝えておきます」


「はい!」


「これからもよろしくお願いしますね」


「こちらこそ、お願いします!」


今までと何も変わらない。

これまでも、これからも。


だけど大きななにかが変わったような。

そんな不思議な気がした。

「店長!開けてもいいですか!」

書店に置いてあった小包を見せる。


「いいですよ」


小包を開けると、そこには桜柄の黒いお箸があった。

「ありがとうございます。嬉しいです」


「漆塗りのお箸です。桜さんだから桜柄なのも安直かと思ったんですけど、喜んでもらえて良かったです」


「大切にしますね」


「はい」

嬉しそうに店長は笑う。

こんなにたくさん笑う人だったっけ?



-書店-

4月27日3時

あれから少し時間が経った。

店長が楓さんへすぐ連絡してくれた。


晴れて私も正社員だ。

去年の今頃は引きこもっていたのに、素晴らしい成長である。


今日の仕事も、もう終わり。


書店を見回す。

私が来てから、少しだけ店内は変わった。


テレビ、東山先生の絵、一輪挿し。

少し増えた記憶の本、そしていつのまにか無くなった店長の本。


ほんの少しだ。


店長が閉店作業をしている。


ふと客間の壺が目に映る。


「店長、壺借りてもいいですか?」


「……?なにか消したい記憶でも?」


「違います、確認です」


少し緊張する。

壺の中に手を入れる。

去年、この壺に手を入れたときは、私は自分の本をダメだと思った。


でも、もしかしたらあの本もダメじゃなかったのかもしれない。


辛いこと、迷ったこと、嬉しかったこと。

父と仲直りしたこと、友達ができたこと。

店長に会えたこと。

悪かったこと、良かったこと。


今までの私の想いを込める。


ありがとう。


そう思いながら壺から本を取り出す。


あんなにみすぼらしいと思っていた私の本に、

それは美しい桜が咲いた。


私はこの本を誇りに思う。


「その本を売りますか?」

いたずらっぽく店長が聞く。


「絶対に売りません!これは私の宝物ですから」


[桜咲く]終

挿絵(By みてみん)

最後までご視聴ありがとうございました。

無事完結までやりきる流れとなりました。


ここからは作者のメタ的視点での解説になります。

苦手な方はここで終わり。


最後までご視聴本当にありがとうございました。


最終話の結末ですが、桜が仮に店長の記憶を知らなくても。

二人の関係は変わりません。


しかし、本を読んだことで店長は長年の後悔を少しだけ解きほぐすことが出来ました。


自分が一番好きな登場人物は

すみれ、次点で桜の父です。

二人とも登場が後半になってしまった為あまり沢山作品に出すことができなかったのが残念です。


二話初期まではスカッとジャパンのような展開を考えていましたが、三話にて店長の過去が決まりこのような物語となりました。


また一話毎に、その季節の花をモチーフにしていた為

話だけは思いつき没にしたストーリーはいくつかあります。


没タイトル[神様を忘れたい] [夏休みをもう一度] [この子は誰の子?不思議な子]


ラストの没タイトルの物語に関してはかなり胸糞でした。

托卵をした妻が托卵をした事実を忘れる物語です。


二話目で既に女性が浮気をしていたので、

次は男性に浮気をさせようと思い十一話が生まれました。


こんなところですかね?


最後までお付き合い頂き。

本当に、本当にありがとうございました。


次回作は恋愛長編ものを描く予定です。

もしよければそちらも宜しくお願いします。


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