8話
天縫 景瑠が「もうやめてくれ」と口にしてから、四人は一度だけ、きれいに引いた。
少なくとも、景瑠の前では。
表向きには、だった。
教室では以前より距離を守る。
同時に声をかけない。
必要が重なれば、どちらかが譲る。
文化祭準備の場でも、あからさまに景瑠を挟んで火花を散らすことはなくなった。
それを見て、二年A組の空気は少しだけ落ち着いた。
天縫くんもようやく息がしやすくなったかもしれない。
綺月さんたちも、この前はちょっとピリついていただけなんだろう。
そんなふうに、周囲は勝手に納得する。
けれど、その静けさの下では、前よりずっと悪質な戦いが始まっていた。
景瑠に見られない場所で。
景瑠の耳に届かない形で。
景瑠の意思が一切関われないところで。
四人は、ようやく理解していた。
彼の前で争えば、彼は引く。
彼はやさしいまま、きちんと線を引く。
それは思った以上に強く、思った以上に残酷だった。
だから次は、彼を見ないところで殺すしかない。
もちろん、血を流すという意味ではない。
けれど、立場を、評判を、空気を、役割を、ひとつずつ剥いでいくやり方は、それとほとんど同じだった。
最初に標的へ定められたのは、綺月 燦那だった。
理由は単純だった。
燦那は場が強すぎる。
明るく、人懐っこく、誰とでも笑い合える。
そしてその笑顔のまま、いつの間にか自分のほうへ流れを引き寄せてしまう。
景瑠のそばにいて自然なのは誰か。
そう問われた時、燦那は空気そのものを使って「自分」を正解へ近づけていく。
それが、他の三人には耐えがたかった。
皇 冱玻にとって、燦那の明るさは雑音だった。
正しさも手順も関係なく、人を巻き込み、笑わせ、流れで奪う。
ああいうやり方は、理屈を崩す。
景瑠の近くへ立つ資格を、根拠のない親しさで上書きしていく。
雪祇 透禍にとって、燦那は騒音だった。
先輩の周りにいつもいる。
先輩の呼吸へ入り込むみたいに、絶えず声をかける。
しかもあの笑顔のせいで、周囲はそれを警戒しない。
そのことが、たまらなく気持ち悪かった。
夜嶺 玻宮にとって、燦那は毒だった。
人の心の奥へ入るには、静けさが必要だ。
けれど燦那は、そんな深い場所へ届く前に、世界を明るく塗りつぶしてしまう。
景瑠の周囲を軽く、楽しく、わかりやすいものに変えてしまう。
それは玻宮にとって、自分の武器と正反対の厄介さだった。
そして燦那自身もまた、他の三人をひどく嫌っていた。
冱玻は冷たい。
透禍は不気味。
玻宮は底が読めない。
自分のほうが、景瑠を笑わせられる。自分のほうが、景瑠を軽くしてやれる。
それなのに、どうしてあの三人が平然と彼の近くにいるのか、本気で理解できなかった。
だから、落とすなら燦那だった。
しかも、景瑠が知らないうちに。
景瑠が「それは違う」と言えない形で。
きっかけは、文化祭当日の接客シフトだった。
二年A組の出し物は、校内でも目立つ位置に配置されていた。
接客担当は見栄えも重要で、明るく愛想のいい燦那は、自然と中心に置かれている。
本人もそれを当然だと思っていたし、クラスメイトも同じように感じていた。
その「当然」を壊すには、燦那の笑顔へ別の意味を貼りつける必要がある。
まず動いたのは冱玻だった。
放課後の教室で、冱玻は何でもない顔で数人の女子へ言った。
「接客シフト、綺月さんのところだけ少し偏っていないかしら」
声は小さく、確認の形だった。
問いかけられた女子たちはシフト表を覗き込む。
「そう?」
「でも、燦那って接客向きだし」
そこへ冱玻は、あくまで責めるのではなく、困っている顔で言葉を足す。
「ええ。向いているのは分かるの。でも、綺月さんの周辺だけ仲のいい人が固まりすぎると、ほかの子が動きにくくならないかしらと思って」
それはもっともらしい。
そして、最初の違和感としては十分だった。
誰も「綺月さんが悪い」とは言わない。
ただ、「あれ、少し偏っているかも」という小さな認識だけが残る。
燦那は人気者だ。
だからこそ、あからさまに悪く言えば反発が出る。
でも、人気者だからこそ、「身内で固めているのでは」という印象は響く。
その日のうちに、二年A組の女子の間で、そんな小さな話題が二、三度交わされた。
わざとらしくない程度に。
誰の責任でもないふうに。
ただ、気づいてしまったこととして。
次に透禍が動いた。
一年の手伝い組には、接客中の補充と裏方の雑務を担当する女子が何人かいた。
透禍はその子たちへ、必要な手順を共有する途中で、淡々とこう言った。
「綺月先輩の周辺は、指示が変わることがあります。直前で配置が動くと混乱するので、決まった動線は皇先輩か担当表のほうを基準にしてください」
その言い方は、あくまで実務上の注意だった。
でも意味は十分に伝わる。
綺月燦那は、その場の勢いで人を動かす。
綺月燦那の周辺では、指示が変わりやすい。
綺月燦那は、空気で回す。
一年生たちは「分かりました」と素直に頷く。
そのうちの何人かは、前にも燦那の明るさに押されて、気づけば手を貸していたことがある。
だから透禍の言葉は、変に説得力を持った。
そして最後に、玻宮が上から蓋をした。
生徒会室で、当日の混雑対策と接客の安全確認を話していた時のことだった。
「前に出る子って、感情の起伏が表に出にくいほうがいいわよね」と三年生のひとりが言う。
そこで玻宮は、やわらかく微笑みながら答えた。
「そうですね。盛り上げる力も大切ですけれど、混雑時は全体を見て動けるかどうかのほうが大事かもしれません」
それだけなら普通の意見だ。
だが、続けた一言が効いた。
「特定の人のペースで回る接客は、外から見ると少し危うく映ることもありますし」
それを聞いた先生が頷いた。
「たしかに、文化祭って一人のノリで回すと事故るからな」と。
玻宮はそれ以上、誰の名前も出さない。
それでいい。
必要なのは、上の人間に「接客の中心が特定の一人へ寄りすぎるのは危険」という認識だけを持たせることだ。
三つの刃が、別々の場所から同じ一点へ向く。
冱玻はクラスの認識を揺らした。
透禍は実務上の信頼を削った。
玻宮は上の評価を静かに変えた。
そして、燦那はまだ気づかない。
気づいたのは、二日後だった。
文化祭前最後の大きなシフト再調整で、担任が何気なく言う。
「接客の前列、少しバランス変えるぞ。綺月は前半だけ。後半は裏の案内補助回ってくれ」
教室が軽くざわついた。
燦那が笑顔のまま聞き返す。
「え、なんで?」
「人気あるのはいいけど、ちょっと綺月の周辺に仕事寄ってるって話もあってな。全体で回せるようにしたい」
その瞬間、燦那は理解した。
やられた。
誰か一人なら、まだ反論できた。
でも、これはもう違う。
クラスの中に「そうかもしれない」があり、下級生の中に「そうらしい」があり、上には「危ういかも」がある。
それらが全部重なって、「綺月燦那を少し下げたほうがいい」という判断になっている。
景瑠はその場にいた。
けれど、彼は何も言えなかった。
だって担任の言い分は、あまりにも真っ当だったからだ。
「まあ、案内も大事だしな」と男子が言う。
「綺月ならどこでもできるでしょ」と女子が笑う。
その軽い言葉のひとつひとつが、燦那の足場を削っていく。
燦那は笑った。
「そっか。分かった」
笑えたことに、自分で少し驚いた。
怒鳴りたかった。
机を蹴りたかった。
でも、そんなことをすれば、今ここで広がっている印象を自分で証明することになる。
だから笑うしかなかった。
その日の放課後、燦那は一人で旧校舎側の空き教室へ行った。
窓の外は夕焼けで、教室の中は妙に赤い。
使われていない机の列のあいだで、燦那はしばらく立ち尽くしていた。
ふざけるな、と思う。
どうして。
どこで。
誰が。
いや、そんなの分かっている。
冱玻。
透禍。
玻宮。
全員だ。
「最悪」
誰もいない教室で呟く。
それだけで済むはずだった。
けれど、扉が開いた。
「ここにいたのね」
冱玻だった。
艶のある黒髪、整いすぎた顔、いつも通りの静かな声。
赤い光の中でも、その冷たさだけは変わらない。
燦那は振り向きもせず言う。
「何しに来たの」
「話を」
「景瑠に見えないとこで、ちゃんと来るんだ」
冱玻は数秒黙ったあと、否定しなかった。
「あなたもそうでしょう」
燦那はそこで初めて振り向いた。
笑っていなかった。
「冱玻、やったよね」
「何をかしら」
「その顔、ほんと嫌い」
燦那は一歩近づいた。
「直接手を汚さないで、周りに“気づかせる”みたいなやり方するの。あたしを前から下ろしたの、あんたでしょ」
「わたし一人ではないわ」
それは認めたも同然だった。
燦那の喉の奥で、笑いとも怒りともつかない音が鳴る。
「へえ。じゃあ全員なんだ」
「そうね」
冱玻は静かだった。
静かなまま、ほんの少しも目を逸らさない。
「あなたは危ういもの。空気で人を動かす。場を取る。天縫くんの近くにいることまで、軽い冗談みたいに見せてしまう。それがどれだけ厄介か、自分で分からない?」
「分かってるよ」
燦那は低く言った。
「だからやってるんじゃん」
その言葉に、教室の空気がひとつ沈んだ。
燦那は続ける。
「だって景瑠、放っておいたら誰のところにも行くもん。なら空気ごと取るしかないでしょ。あの人、自分が誰を安心させて、誰を勘違いさせてるか全然分かってない。だったら、こっちが周りごと固めるしかないじゃん」
声が震えていた。
怒りだけじゃない。
もっと深くて、情けなくて、止められない何かが滲んでいる。
「ねえ冱玻。景瑠が誰かに笑いかけるたび、胸の中めちゃくちゃにならない?」
「なるわ」
「そのくせ本人は何も分かってないんだよ? あたし達のこと、たぶんみんな同じくらい“いい人”とか思ってる」
「ええ」
冱玻は淡々と答えた。
淡々としすぎて、逆に狂気が透ける。
「だからこそ、ほかを消すしかないの」
燦那は目を見開く。
冱玻の顔は、あまりにきれいだった。
そのきれいな顔で、そんなことを当然みたいに言う。
「……あんた、本当に怖い」
「あなたに言われたくないわ」
そこへ、さらに扉が開いた。
雪祇 透禍が、無表情のまま立っていた。
「やっぱりここでしたか」
燦那は乾いた笑いを漏らす。
「最悪。ほんとに全員来るじゃん」
透禍は教室へ入り、扉を閉める。
夕焼けの赤が、彼女の白い頬に薄く映る。
「綺月先輩」
声は小さい。
だが、その呼び方にはもう何の敬意もない。
「先輩は、少し目立ちすぎました」
燦那が睨む。
「だから落としたの?」
「はい」
即答だった。
そのあまりのためらいのなさに、燦那は一瞬だけ言葉をなくす。
透禍は続ける。
「先輩がいると、先輩の周りの空気ごと先輩のものになる。天縫先輩の近くまで、明るいものに塗りつぶされる。それが邪魔でした」
「邪魔」
燦那は繰り返した。
「そうです」
透禍の目は冷たい。
冷たいのに、底のほうだけが異様に熱い。
「消えてほしかった」
その一言は、冗談でも比喩でもなかった。
燦那の背筋に、ぞくりとしたものが走る。
知っていた。
この後輩が薄い顔でどれだけ深いものを抱えているか、前から感じていた。
でも、こうして真正面から口にされると、やはり寒気がした。
「……そこまで言うんだ」
「言えます」
「景瑠のため?」
「わたしのためです」
透禍は一瞬も揺れない。
「先輩が近くにいるのが嫌でした。笑っているのも、触るのも、名前を呼ぶのも。全部」
燦那はふっと笑った。
笑って、次の瞬間には声が割れた。
「じゃああんたも同じじゃん!」
叫びが、使われていない教室へ反響する。
「冱玻も、透禍も、玻宮先輩も、みんな同じじゃん! 景瑠が好きで、近くにいたくて、邪魔なの消したくて、それで綺麗な顔してるだけでしょ!」
「そうよ」
今度は、扉のところから柔らかな声。
夜嶺 玻宮だった。
誰も驚かなかった。
むしろ、来ないほうが不自然だった。
玻宮は教室へ入り、三人を順に見て、最後に燦那へ目を向ける。
「だから、あなたが落ちるのも当然でしょう」
燦那は唇を噛んだ。
今、この教室には、自分以外みんな敵だ。
「先輩まで」
「ええ。わたしまで」
玻宮は穏やかに微笑む。
その笑みはやさしげなのに、背後に立つ影みたいなものが妙に濃かった。
「綺月さん、あなたは強すぎたの。明るくて、可愛くて、周りまで巻き込める。だから最初に削るべきはあなたになった」
「そうやって言うんだ」
「言うわよ」
玻宮は一歩だけ近づいた。
「だって本当だもの。あなたがいると、あの子の周りの空気があなた色になる。笑って、軽く触って、名前を呼んで、“親しい二人”の形を勝手に作ってしまう。あれ、ほんとうに邪魔だった」
その声音には、はっきりとした憎しみがあった。
柔らかい言葉で包んでいるだけで、中身はほとんど殺意だった。
燦那は三人の顔を見回した。
冱玻は冷たい。
透禍は静かすぎる。
玻宮は笑っている。
ああ、本当に全員、狂ってる。
自分も含めて。
その認識と同時に、胸の奥からどろりとしたものが溢れた。
悔しい。
腹が立つ。
景瑠が欲しい。
他の女なんていらない。
いっそ全員、階段から落ちればいいのに。いっそ教室ごと燃えればいいのに。自分と景瑠以外、きれいさっぱりなくなればいいのに。
そんなことを、燦那は本気で思った。
「……ねえ」
燦那は、少し笑った。
その笑みはもう明るくなかった。
「そこまでしても、景瑠が自分選ぶと思ってる?」
冱玻の目が細くなる。
透禍の指先が小さく動く。
玻宮は笑みを崩さない。
燦那は続ける。
「景瑠、優しいからね。多分、最後まで誰もちゃんと切れないよ。あたしらがここまで汚くなっても、“みんないいところある”とか本気で思うんじゃない?」
それは呪いみたいな言葉だった。
そして、三人とも、その言葉がある程度正しいと知っていた。
景瑠はそういう男だ。
誰か一人へ綺麗に傾けるほど、器用ではない。
だからこそ、ほかを消すしかない。
それがこの戦いの前提だった。
冱玻が静かに言う。
「だから排除するのよ」
その声は冷たく澄んでいた。
「少なくとも、選択肢を減らすことはできるでしょう」
透禍も続く。
「天縫先輩の意思ではなく、環境を変えるんです」
玻宮は微笑んだまま、燦那へ告げる。
「そして、今あなたはその“減らされる側”にいる」
燦那は、自分の指先が震えていることに気づいた。
怒りで。
悔しさで。
そして、ほんの少しの恐怖で。
この三人は、本当に自分を落としにきている。
景瑠の意思とは無関係に。
景瑠に見えない場所で。
景瑠が止めようのない形で。
燦那はそこで初めて、自分が二人目の脱落者になるのかもしれないと、はっきり理解した。
理解した瞬間、胸の奥で何かが切れた。
「ならさ」
燦那は小さく笑った。
「最後に一個だけ教えてよ」
三人の視線が集まる。
「景瑠があたし見て笑うたび、ほんとに死ねって思わなかった?」
沈黙。
そして、最初に答えたのは透禍だった。
「思いました」
次に冱玻。
「何度も」
最後に玻宮。
「ええ。あなたがじゃなくて、あなたごと消えた景色がほしいと思ったわ」
その正直さに、燦那は一瞬だけ笑ってしまった。
もう、どうしようもなかった。
「あーあ」
燦那は目を閉じる。
「ほんと最悪。あたし、こんなのと同類なんだ」
「違うの?」
玻宮が問う。
燦那は目を開ける。
そこにはもう、明るい人気者の顔はなかった。
ただ、恋に狂って削れた一人の女の顔がある。
「同類だよ」
それだけは認めた。
認めたうえで、燦那は冱玻を睨み、透禍を睨み、最後に玻宮を見た。
「でも、あたしは終わらない」
冱玻が返す。
「終わるわよ」
「どうして?」
「もう、クラスの空気が変わったもの」
それは事実だった。
翌日から、燦那の周りには微妙な距離ができた。
露骨に避けられるわけではない。
けれど、接客前列から外されたことで、彼女を中心に動いていた女子たちの何人かは、自然と別の役割へ散った。
担任は「綺月は案内補助の中心で」と言う。
それは表向き、重要な仕事だ。
でも、少なくとも「クラスの顔」ではない。
さらに悪いことに、燦那が何か指示を出すと、一瞬だけ確認が入るようになった。
「それ、皇さんにも共有した?」
「担当表どおりでいいんだよね?」
「雪祇ちゃんが言ってた流れと違くない?」
たったそれだけ。
たったそれだけなのに、場を空気で動かす燦那にとっては致命傷だった。
自分の一言で回っていたものが、回らなくなる。
笑って言えば通っていたことが、一度確認される。
その小さな遅れが、何度も何度も彼女の存在を削る。
燦那は笑った。
笑ってやり過ごした。
でも、その笑顔を見て「やっぱり綺月さんすごいよね」と言う子は、もう前より少ない。
そして文化祭前日、担任が最終調整で告げた。
「綺月、当日の案内補助、外の列整理メインで頼む。人当たりはいいから、そっちのほうが向いてる」
教室の中。
景瑠もいる。
燦那は一瞬、息が止まった。
外の列整理。
つまり、教室の中からほぼ外される。
景瑠と同じ空間を共有する時間が、ごっそり削られる。
「分かりました」
燦那は笑った。
その場では、きれいに。
でも、その夜。
一人になった帰り道の途中で、スマホの画面に映る自分の笑顔を見て、燦那は初めて本気で吐き気を覚えた。
落ちた。
本当に落ちたのだ。
一人目は玻宮。
巡回担当から外され、自由な出入りを削られた。
そして二人目は自分。
クラスの顔から下ろされ、中心の座を剥がされ、景瑠の近くにいる時間を、景瑠の意思と関係なく奪われた。
それでも燦那は、まだ完全には壊れなかった。
むしろ、壊れた先にだけ見えるものがあった。
夜の自室で、ベッドに座ったまま、燦那は思う。
景瑠。
景瑠。
景瑠。
頭の中が、彼の名前で埋まる。
あの人、何も知らない。
自分がどれだけ人を狂わせるか知らない。
どれだけ笑って、どれだけ助けて、どれだけ「大丈夫?」なんて言えば、人がその一言のために全部捨てられるか知らない。
知らないまま、平気な顔で明日も学校へ来る。
そのことが、愛しくて、憎くて、たまらなかった。
「ほんとに」
燦那は暗い部屋で呟く。
「みんな死ねばいいのに」
涙は出なかった。
出る段階なんて、とうに過ぎていた。
翌日、文化祭当日。
景瑠は何も知らないまま、「綺月、外担当なんだな」と言った。
燦那は笑って「うん、頑張る」と答えた。
それだけだ。
彼は、その配置がどれだけの悪意と計算の上に成立しているか知らない。
でも、冱玻は知っている。
透禍も知っている。
玻宮も知っている。
そして燦那自身も、もちろん知っている。
四人のうち、二人がすでに落とされた。
一人は上から切られた。
一人は中心から剥がされた。
どちらも、景瑠の意思とは無関係に。
残るのは、冱玻、透禍、そしてまだ完全には死んでいない玻宮。
けれど、燦那もまた、終わってはいない。
落ちた女ほど、怖いものはない。
失うものが少なくなったぶん、やれることは増えるからだ。
文化祭のざわめきの中で、四人は笑う。
笑いながら、互いの喉元を見ている。
好きで、好きで、好きすぎて、ほかの女の存在が耐えられない。
その愛がもう祈りではなく、刃になっていることを、誰も止めようとしない。
景瑠だけが、相変わらず、何も知らない顔で立っていた。
それが、いちばん恐ろしかった。




