第09話 巨大化せずとも待ったなし!⑤
「来い! ライノレスラー!」
女怪人が声を張り上げる。
その呼び声に応えるようにして、大地の底からゴリゴリと土を削る音が聞こえてきた。
音はどんどんと近づき、地面が徐々に盛り上がる。怪人を中心として、大地にヒビ割れが広がっていく。
あまりの急展開に、オレはその光景をただ呆然とながめていた。
ふと気づくと、ワンダフル・ビクトリーがオレの前に立っていた。
「逃げるぞ、青年! 痛むが我慢してくれ!」
そう言って、かれはオレを肩の上に担ぎ上げると、一目散に駆け出した。
消防士搬送の体勢で運ばれながら、オレは怪人のほうに目を向けた。
ヤツは上機嫌だった。
逃げるオレたちを見て、高笑いが止まらないって感じだ。
すると、とつぜんヤツの足もとから、先のトガった白い岩のようなものが顔を出した。
その白い岩は、地面に埋まっていたドリルパラソルを宙に跳ね上げると、そのまま上に向かってグングンと伸びていく。
怪人は落ちてきたパラソルをうまくキャッチすると、岩の側面につかまって、そこに体重をあずけた。
大地がさらに割れて、白い岩の下に埋まっていたものが姿を現した。
巨大な怪獣の頭である。
それをひと目見た瞬間、オレにはその正体がわかった。
あれはサイの頭だ。ヤツは『サイの怪獣』を召喚したんだ。
最初にオレが白い岩と思ったものは、巨大なサイの角だった。
ヤツら地底人は、しばしば地上の生き物をモチーフにした怪獣を送りこんでくる。怪獣の名前に「ライノ(英語で動物のサイを意味する)」という単語を使ったのも、そのためだろう。
となると、あの怪獣の名前『ライノレスラー』の「レスラー」ってなんだ? レスリングのことか? それともプロレスラーかな?
そんなことを考えているあいだにも、怪獣は、大地に空いた大穴から徐々に地表へと這い出してきた。
怪獣の鼻先には、女怪人レディ・カーマス(たしかそう名乗っていた)が立っていた。サイの角につかまり、うまいことバランスを取っているようだ。
ヤツは、そこでオレたちを見下ろしながら、大声でわめき散らしている。
「みじめだねえ! 形勢逆転とはこのことさ! アタシをナメ腐った罪! その血で贖わせてやる!」
その様子をぼんやりとながめながら――
オレは、いままで味わったことのないタイプの違和感を感じ始めていた。
なんだろうな、この感じ……。
オレはいま怪獣を見ている。こんな風に怪獣をながめるのは、かなりひさしぶりな気がするけど……。たぶん高校生のとき以来かもしれない。
いま目の前で起きていることは、すごく迫力があった。このスケール感で、怪獣が地面からせり上がってくる様は圧巻だ。
この人智を超えた生物の存在には、おかしな話だけど、畏敬の念すら湧き上がってくる。
でも、ホントになんだろうな。この妙な違和感。
オレの心の奥底で、気持ちのざわめきがぜんぜん収まらない。
っていうか、どうして……。
どうして、オレは――
いまだに――
身体が『巨大化していない』んだろう?
その事実に気づいたとたん――
オレの額に、冷や汗の粒がポツポツと浮かび始めた。
なんてこった! オレは『巨大化していない』んだ!
変身抑制のないオレが! どういうわけか変身していない!
そういえば、さっきから首の後ろの感覚がおかしい気がする。
いつもならゾワゾワとか、ピリピリといった、全身が総毛立つような感覚が襲ってくるはずなのに……。
いまはそれがひどくうすれている。ちょっぴりしか感じないぞ。まさか首の神経をやられてしまったのか?
それともアレか? オレのヒーロー遺伝子がビビっちまったとか? 身体じゅうの骨をバキ折られて、ビビり散らしたあげく変身を拒絶しているのかも?
いろいろと憶測を巡らせていると、とつぜんオレを担いでいたヒーローの足が止まった。
ワンダフル・ビクトリーは、ちょうどバスケットコートを走り抜けて、公園の裏手の出入り口付近に差しかかったところだった。
つぎは、いったい何事だ?――とオレは、かれが立ち止まった先に向けて、視線を走らせた。
見ると、オレたちの前方。
十五メートル前後のところに、何人かの人だかりができていた。
ただし、かれらは人間ではない。
武装した地底人。怪人をサポートする戦闘員たちだ。
全員が手にドリルパラソルを持っている。どうやら敵の援軍が地下からあわてて登ってきたらしい。
援軍は目の前にいた数名にとどまらず、追加でどんどんと現れだした。
オレとヒーローを囲むようにして、そこらじゅうの土がボコボコと盛り上がり、大地の穴からつぎつぎに戦闘員が飛び出してきた。
それからオレたちは、あっという間に包囲されてしまった。
前方では、戦闘員十数名が円を描くようにして道をふさいでいる。後方からは、上級怪人が率いる怪獣が迫りつつある。
これぞまさに「前門の虎、後門の狼」の豪華バージョン。「前門には狼の群れ、後門にはサイの化け物」って感じだ。
そこにオレのケガも合わせたら、中国の故事も真っ青の、災害フルコースの完成ってわけだな! まったくもって贅沢な状況だぜ、クソッタレ!
「マズいな。囲まれてしまったか」
ヒーローがポツリとつぶやく。
後方から女怪人カーマスががなり立てた。
「逃がさないよ! アタシにライノを使わせたんだ! とうぜん部隊も展開する! おまえらは袋の鼠さ!」
サイ怪獣ライノレスラーは、すでに穴から這い出して、全身を顕にしていた。
見たところ、ヤツは人型の怪獣だった。頭がサイで、二足歩行。身長およそ五十メートル。強さのランクでいえば、おそらくタイタン級。
パッと見た感じ、一番特徴的なのは『手』だな。怪獣の手の形は、人間と同じで五本の指が生えそろっていた。
だがいったい、あの怪獣のどこにレスラー要素が?
……と思ったら、なるほど。怪獣は、プロレスラーが履くようなブリーフ型のショートタイツを着用していた。
その黒の布地には、燃え盛る炎をイメージした「ゆるキャラ」のような絵柄が白い色でプリントされている。
まったく、あの野郎。見た目に似合わず、かわいらしいパンツ履きやがってチキショーめ。
さて、怪獣が完全に姿を現した以上、オレたちには、もはや一刻の猶予も残されていなかった。
それにしても理不尽な話だよな。変身抑制なしで生まれて、いつもは望まずとも巨大化するくせに……。こういう肝心なときには、役に立たないなんて……。
だが、おのれの運命をなげいたところで、状況が変わるわけでもなし。
悲しいが決断のときだ。
いまのオレにできることがあるとすれば――
それは……
「オレを……ここに置いていってくれ」
ボコられてから時間が立っているせいだろうか。自分でも驚くほどスムーズにノドから声が出てきた。
ヒーローはオレの言葉を聞くと、静かにうなずき、オレの身体を地面の上にそっと寝かせてくれた。
「たしかに、きみの言うとおりだ。きみを背負っていたら、わたしは十分に戦えない。この包囲網を抜けることも不可能だろう」
そうだ。それでいい。なにもここで、ふたりとも無駄死にする必要はないのだから。
さあ、オレのことは放っておいて、早くこの場所から――
「だがね……」
とヒーローはつづけた。
「真のヒーローは、どんなに不利な状況でも、決して市民を見捨てないものだよ」
そう言うと、ワンダフル・ビクトリーは後ろをふり返った。
そして自身のシンボルを外し、怪獣に向かって、両手でふたつのブーメランを構える。
「あの怪獣を見て、ほかのヒーローもここに向かっているはずだ。だからわたしは、かれらが到着するまで――ここで、きみを守り抜くッ!!」
って、オイオイオイ!? 正気か、この人?
いくらなんでも、そいつはムチャが過ぎるっつーの!
第一、怪獣は巨大ヒーローの専門分野だ。等身大ヒーローでは、あいつの攻撃を受け止めきれない。
仮に怪獣の攻撃に耐えられたとしても、おそらく一、ニ発が限度だと思う。ここに巨大ヒーローが到着するまで、かれは持ちこたえられない。このままだとオレたちは確実に殺されてしまう。
だが、かれの言葉は、どこまでもまっすぐで、勇気に満ちあふれていた。つまり、この人は正気なんだ。
これから先に起こることがすべてわかっている。その悲惨な結末を理解していながら、それでもなお……。
そんなヒーローの様子を見て、怪人カーマスは笑いが止まらないようだった。
ヤツは怪獣の鼻先で両手を広げて、楽しそうに声を張った。
「アハハハッ! こいつは見ものだねえ! ザコが意気がってどこまでやれるか、試してやろう! さあいけ、ライノ! ヤツらを踏みつぶしてしまえ!」
その命令を受け、サイ怪獣は鼻をフンと鳴らすと、一歩、また一歩と、ゆっくりと足を動かし始めた。
ほんとうに絶体絶命、待ったなしの状況だった。オレたちは助からない。あと一分も持たずに殺されてしまうだろう。
それなのに……なんだろうな……。
この胸の高鳴り……オレのなかで熱くたぎる、この想いは……。
不思議とオレの脳裏に、幼少期の思い出が浮かび上がってきた。
幼い頃、オレはアニメやマンガ、特撮番組を夢中になって見ていたっけ。
……そうか。思い出した。
ワンダフル・ビクトリーがいま見せている勇姿。
なにかと思えば、あいつらにそっくりなんだ。
フィクションの世界に出てきた、数多のヒーローたち。
オレが理想とする真のヒーローに。
いまのかれの姿は、あいつらと同じだった。
あいつらはいつだって、冷静沈着で、頭が良くって、頼りになって……。
だけど、いざというときは、全員が脳ミソ丸ごと、全部ブッ飛んだんじゃないかってくらいのムチャをやるんだよなァ……。
ほんのわずかな可能性を信じて、目の前のだれかのために、平気で自分の命を賭ける。
ほとんど不可能だとわかっていながら、理屈を超えて、ハートが熱く燃えたぎっている、あの感じ……。
いうなれば、真のヒーローは皆――正気でいながら狂っている。
ようはそれと同じだよ、ワンダフル・ビクトリー。
つまり、あんたは……。
あんたは徹頭徹尾! トコトン!
オレが大好きなタイプのヒーローってことじゃあないか!
ならば、この諸田進太郎!
全身全霊をもって、かれが見せた漢気に応えなければなるまい!
たとえ、どんな手段を使ってでも!
ビビっちまったオレのヒーロー遺伝子を、この場に引きずり出してやる!
ビッグマスクの誇りにかけてッ!
オレはこの人を、ぜったいに死なせてはならないッ!




