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第10話 巨大化せずとも待ったなし!⑥

 オレがビッグマスクに変身するためには――

 オレのヒーロー遺伝子を、強制的に覚醒させなければならない。

 いったいどうすれば、それが実現できるのだろうか?


 じつは、オレにはすでに、ひとつの考えがあった。

 オレの予想が正しければ、案外あっさりと巨大化できるはずだ。

 そのためには、まずヒーローのチカラを借りる必要がある。


 ということで……。

 オレは、目の前に立つワンダフル・ビクトリーの背中に声をかけた。


「なあ、あんた。頼みがある」

「なんだい?」

「オレを……あの怪獣に向けて、ブン投げてくれないか?」

「!?」


 驚いたヒーローが後ろをふり向き、地面に横たわるオレを見つめた。

 オレはさらに話をつづけた。


「じつは、オレは巨大ヒーローなんだ。いまはケガのせいで巨大化できていないけど……。あの怪獣にギリギリまで近づけばうまくいくと思う」


 そう。これがオレの考えた作戦だった。

 あのサイ怪獣にギリギリまで近づく。


 というのも、オレの首の後ろには、変身前に感じる「独特のピリピリした感覚」がわずかに残っていた。

 これは怪獣の接近を感知すると同時に始まる、変身の予兆である。つまり、オレの身体の神経はまだ生きているってことだ。

 そしてこの微弱なピリピリ感は、オレのヒーロー遺伝子が「あの怪獣の存在をかすかに感じ取っている」ということも示していた。


 だから『密着』する。

 オレの身体を、怪獣の皮膚にピッタリとくっつける。

 極限まで距離を詰めて、オレの首の後ろを、もっと強烈にピリつかせてやればいいのだ。

 そうすれば、オレはビッグマスクへと変身できるかもしれない。


 さて、オレの考えを聞いたヒーローの反応やいかに?


「マズいな。ついに正気を失ったか。しっかりするんだ、青年!」


 でしょうねぇ~。

 自分が助けた民間人が巨大ヒーロー? しかもこんなピンチな状況で、都合よくそれを告白? さらには、そいつ曰く「自分を怪獣に向かってブン投げろ」だって?

 バカバカしい。とてもじゃないが信じられない。オレだって、かれと同じ立場だったら、ぜったいにこんな与太話は信じないと思う。


 だが、信じてもらわなければ困るのだ。おたがいにね。

 かれといちいち議論している暇はなかった。


 では、この短時間で人を説得するには、どうしたらいいのか?


 魂をぶつけるんだ。

 かれと同じようにたぎる、オレの熱き魂。

 そこから発せられる、同じ想いを持ったヒーローとしての言霊を。

 そいつを、かれに、思いっきりぶつける!


 オレが導き出した最適解は、これだ。


「オレは正気だよ。正気で狂ったことをやろうってんだ。いまのあんたとなにがちがう?」


 ヒーローは……なにも言わなかった。

 だまってオレを見つめている。


 おそらく想いが通じたのだと思う。

 かれは、オレが本物のヒーローだと直感で理解してくれたはずだ。

 そう信じたいね。


 ふと気づくと、怪獣はオレたちの目の前に迫っていた。

 女怪人カーマスが、怪獣の鼻先で叫んだ。


「またテメーらは! よそ見してんじゃあないよ! さあライノ! 右足を上げな! ヤツらを踏み殺せ!」


 怪獣の右足が地を離れ、ゆっくりと持ち上がっていく。

 だがそれでも、ワンダフル・ビクトリーは怪獣のほうをふり返らない。

 かれはオレを見つめたまま、つぎのように答えた。


「仮にきみの話がほんとうだとして、その身体でどうやって戦う?」

「ヒーローは二度復活する。あんたならこの言葉の意味がわかるはずだ」

「……そういうことか。まったく」


 そう言うとヒーローは、オレの前にすばやくしゃがみこんだ。

 かれは左手で、オレの右腕を持ち上げると、背負投(せおいなげ)のフォームでオレの身体を背中に担ぎ上げた。

 そして今度は右手を、オレの股の下に通して、オレの右側のケツ肉をガシッとつかんだ。


 すべての準備が整うと、かれはため息をひとつ吐いて――

 あきれた口調で、オレにこう言った。


「きみもわたしもどうかしている。失敗しても恨みっこなしだぞ?」

「とうぜんだ。やってくれ」

「いくぞ! うおおおおーーッ!!」


 ワンダフル・ビクトリーが咆えた。

 かれの雄叫びとともに、オレの身体が上空へとブン投げられる。


 身体が縦に回転する。天と地が交互に入れ替わる。

 視界がグルグルまわって、ものすご~く気持ち悪い……。

 おええぇぇぇ……。


 だが、吐き気をもよおす暇もなく、オレの背中が「ビターン!」と音を立てて、なにかに叩きつけられた。

 オレの背中にぶつかったものがなんなのかは、すぐに見当がついた。これはたぶん「怪獣の足の裏」だ。

 オレが投げられる直前、サイ怪獣の足は完全に上がりきった状態だった。あとは踏み降ろされるだけって感じで、空に浮かんでたからね。

 おそらくヒーローは、そこに向かってオレを投げたのだろう。


 うーん……。だけど怪獣の足の裏に、道ばたで吐き捨てられたガムみたいにペタッと貼りつくのはちょっとねぇ~?

 正直、嫌悪感がないというとウソになるけれど……。


 だが、それにまさる喜びが――

 オレの背中を、悪寒とともに駆け上がっていく!


 怪獣の鼻っ面では、カーマスがなにかブツブツとしゃべっていた。

 オレの耳にその声が飛びこんでくる。


「なんだ? ゴミを投げた? バカだねえ。そんなもので、ライノの足を止められるはずが――なにッ!?」


 そうだ。ヒーローは地獄耳なのだ。

 そして、オレの地獄耳が発動したということは……。


 オレのヒーロー遺伝子がッ!!

 覚醒を開始した、ということ示しているッ!!


 かくして、変身は始まった。

 背中の悪寒とピリピリという感覚は、いつにもまして強烈で、目の前がチカチカするほどだった。

 ヒーロー遺伝子の覚醒とともに、オレの頭のなかにある爬虫類脳がわずかに肥大していく。

 すると、そこから無数のヒーロー粒子が放出される。

 その粒子たちがヒーロードームを展開して形作り、オレの顔を特殊なマスクで覆いつくす。

 そしてさらに、その解き放たれたヒーロー粒子は……


 オレの生身の身体を――

 『修復しながら』巨大化させるのだ!!


 これがオレがさっき話していた『ヒーローはニ度復活する』のカラクリである。

 一度目の肉体修復は、いまのように変身時に行われる。

 そしてニ度目の修復は、変身解除時に「オレの体内に残っている粒子」や「ヒーロードームが使い切らなかった余剰分」を使って実行されるのだ。

 このようにオレたちヒーローは、ヒーロー活動に支障をきたさない範囲で、粒子を流用して『復活の機会』を得るのである。


 オレの身体が怪獣の足の裏で、急速に巨大化していく。

 身体じゅうの骨がパキポキと音を立てて、骨折した箇所がつぎつぎに、もとどおりになっていく。

 身長が伸びる。グングンと伸びて、オレの両足が大地を踏みしめた。

 足もとにはヒーローがいたはずだが、正直かれがどうなっているのかオレにはわからない。まちがって踏みつぶしてないといいが……。

 実際そうしたことに気を配る余裕がないほどに、オレの身体は急激にふくれ上がっていった。


 だからこそ――その『勢い』を利用する。

 オレは大地を踏みしめると同時に、背中に貼りついていた怪獣の足に手を伸ばした。

 怪獣の足をつかんで、持ち上げて、オレの肉体が巨大化するその勢いに合わせて……。


 オレは大きく背伸びをした。

 怪獣の足を、空に向かって、思いっきり放り投げてやった。


 怪獣が大きく宙を舞い、のけぞりながらブッ飛んでいく。

 よし、これで少し時間が稼げたはずだ。


 あわてて足もとを見る。

 ワンダフル・ビクトリーは無事だろうか?

 まさかオレの足の裏で、ペシャンコになって貼りついていたりしないだろうな?


 ちなみにヒーロードームを展開しても、近くにいるヒーローは、ドームの外に転送されたりはしない。

 ヒーロードームは、民間人を避難させる機能を持っているが、ヒーロー遺伝子を宿した人間はその対象外となる。

 同様に怪人や怪獣も、とうぜんのことながらドーム内に留まるように機能は調節されている(そうじゃないと意味がないもんね)。

 以上のことから、毎年日本のどこかでは、巨大ヒーローが誤って等身大ヒーローを踏んでしまう事故が年に数件は発生しているという。


 果たして、ワンダフル・ビクトリーの運命やいかに?

 かれは……無事だった!


 オレの両足のあいだで、こっちを見て手をふっていた。

 ヒーローがオレに大声で呼びかけてきた。


「驚いたよ! きみはビッグマスクだったんだな!」


 って、マジかよ! この人、オレのこと知ってるのか!

 うれしくて思わず顔がニヤけてしまった。いまマスクをかぶってなかったらヤバかったな。この顔をネットで拡散されるのはある意味、全裸より恥ずかしいかもしれない。

 さて、オレはそんな俗っぽい喜びをクールに押さえながら、片手を軽く上げて、かれにこう答えた。


「変身遅れて申し訳ない! これでようやく戦える! 全部あんたのおかげだ! 感謝するぜ、ワンダフル・ビクトリー!」

「とんでもない。こちらこそ助かるよ。広守のお騒がせものと共闘できるなんて光栄だ」


 共闘……共闘かァ~……。

 その言葉に、自然と身体の奥が熱くなる。


 そういえばヒーローになってから、だれかと一緒に戦ったことなんて、いままでに一度もなかったもんなァ……。

 怪人にボコボコにされたその日に、等身大ヒーローと共闘する。なんだか急にヒーローらしいイベントが立て続けにやってきた感じだ。

 うれしいなァ……ウフフフ……。


 怪人にボコボコ……。

 怪人……。


 あ、そうだ!

 カーマスのことをすっかり忘れてたァ!


 急いで後ろをふり返る。

 見ると怪獣は、公園から軽く三百メートルは離れた位置で、あおむけになって倒れていた。

 なんだか思ったより遠くに飛んでいるな。巨大化のパワーは恐ろしいぜ。


 怪獣の倒れていた場所は、広守駅近くの八百木商店街の真上だった。

 怪獣は、商店街の天井を覆うアーケードをブチ破って、ひっくり返ったまま目をまわしている。


 だが、怪人の姿はどこにも見当たらない。

 ヤツめ。いったい、どこに消えやがった?


 オレは商店街に向けて、地獄耳を発動した。

 すると、どこからかくぐもった、ブツブツとつぶやく声が聞こえてきた。

 この酒ヤケしたような声は……カーマスのものだ。


「あのゴミが巨大ヒーロー? ……そうか。あいつ、やけに生意気だと思ったら、そういうことか。余裕ぶって、心のなかでアタシを見下して……。気に入らないねえ。じつに気に入らない」


 そのセリフが終わると同時に、突如、商店街の崩れた建物のガレキが空高く跳ね上がった。

 なるほど。妙に声がこもっていると思ったら、倒れてきた壁の下敷きになっていたのか。


「まあ、いいさ! どのみち全員、ブッ殺しゃあイイんだからねえッ!」


 そう叫びながら、はるか彼方へと舞い上がるガレキを見送って、女怪人レディ・カーマスが颯爽と登場した。

 身長が高くてスタイルもいいから、蹴り上げのポーズがバッチリ決まっているぜ。バレリーナも真っ青のI字開脚って感じだ。

 あれで性格が悪くなけりゃなァ……。いや、そもそも怪人に性格のいいヤツなどいないか。


 カーマスは、商店街の通りに散らばるガレキを踏みつけながら、怪獣へと近づいていく。

 ヤツは、寝転がったまま動かない怪獣の頭を蹴り飛ばした。


「おい、ライノ! いつまでボサッとしてんだ! さっさと起きないと飯抜きにするよ!」


 ライノレスラーは不満げにフンと鼻を鳴らすと、めんどくさそうにノロノロと動き出す。


 しかし巨大化の勢いで、あれだけ遠くにブン投げたのに、あいつら両方とも元気そうだな。

 そろそろ怪獣を止めにいかないとマズそうだけど……。

 うーん、どうしよう……。


 ――と、オレは足もとを見た。

 オレの足もとには、武器を構えたワンダフル・ビクトリーと、かれを取り囲む十数名の戦闘員たちが対峙していた。

 戦闘員たちは、いつオレに踏みつけにされてもいいように、バラバラになって距離を取っている。

 よく見ると、戦闘員のなかには、怪人らしきバトルスーツ(怪人の装備は個性的なのですごくわかりやすい)を身に着けた者も何人か混じっていた。


 やはり敵の数が多い。いくら強いヒーローでも、これだけの数を相手に戦えるのだろうか?

 ここでオレが手を出すのは、余計なお世話かもしれないけど……。

 でも、できるだけ、かれが優位に戦えるように手助けをしておきたい。巨大化のお礼だと言えば、かれも納得してくれるのではないだろうか?


 そんなことを考えていると……。

 足もとにいたヒーローは、オレの内心を見透かしたかのように、オレの顔を見てこう言った。


「心配するな。こいつらはわたしが引き受ける。それより、きみはあのデカブツを頼む。どうにかして、ドームのなかに留めてくれ」

「オーケー、了解した。幸運を!」

「ああ。きみも無理はするなよ」


 どうやら本当にいらぬ心配だったようだ。

 怪人は等身大ヒーローの専門。ここはかれを信じて、オレは自分のやるべきことをやろう。


 それにしても「ドームのなかに留めてくれ」か……。まるでオレの役割は、ほかの巨大ヒーローがここに来るまでのお守り役って感じだな。

 やっぱり名前は知られていても、強さの面では信用されてはいないらしい。まあ、こんなに貧弱なスーツじゃしょうがないか。


 怪獣を倒してくれ、と言われなかったのは少しさびしいけど……。

 しかし、そこは新進気鋭のビッグマスク! あの粋なヒーローと世間の度肝をグワッと抜いてやろうじゃあないか!

 あなたの街のお騒がせものは、じつは只者じゃなかったんですよ~ってな感じでね。


 さて、オレが急いで商店街にたどり着くと、怪獣はすでに立ち上がっていた。

 怪獣の鼻先に立つレディ・カーマスは、サイの角に寄りかかって腕を組み、オレを見下すようにこう言った。


「……なんだい、その格好は? まさか、そのショボいマスク一枚で、アタシのライノと戦おうってんじゃないだろうね?」

「そうだ」


 とオレは咆える。


「このたった一枚のマスクが、いまからおまえらにとって悪夢となる。ぜったいに忘れられないマスクにしてやるぜ!」


 そう言ってオレは、右手でグッドサインを作ると、親指で自分のマスクをビシッとさしてやった。

 だが、カーマスは一向に意に介さない様子だ。


「ふーん。威勢がいいねえ。だけど、おまえ。口先だけだな」

「なに?」

「生身でアタシにボコられたときと同じさ。いくら巨大化しても、しょせんゴミはゴミ。その証拠にさあ……。その手は、なんだい?」


 ……手?

 いったい、なんのことだろう?


 あわてて両手を顔の前に持ってくる。

 すると……まあ、なんということでしょう!


 ちょっ! オレの左手ぇー!

 全部の指がグニャグニャに曲がったままじゃないか!


「アハハハッ! やっぱり気づいていなかったねえ! アタシの攻撃、効きすぎちゃったァ? ねえ? 効きすぎちゃったのォ~? アハハハハッ!」


 オレの反応を見て高笑いするバカは放っておくとして、原因はなんだ?

 もしかして、回復に必要なエネルギーが足りなかったのか?


 顔を上げて、周囲を見回す。

 うーむ……。やはりヒーロードームは展開されている。


 ということは、オレのヒーロー遺伝子は、オレの身体の回復よりもドームの展開を優先したってことになるな。

 いったい、なぜそんなことを? 普通なら遺伝子の持ち主であるオレの回復に、最優先でヒーロー粒子を回しそうなものだが……。


 オレが死ねば、体内にあるヒーロー遺伝子も一緒に消えるんだぞ?

 それなのに、ご主人様の生死はどうでもいいってのか?


 ……いや、待て。

 ちがうな。感じるぞ。


 つまり、おまえはこう言いたいんだな?

 このオレと……ビッグマスクのチカラがあれば……。


 初めて対峙するタイタン級。

 それも怪人の指揮下にある怪獣を、左手抜きで撃破できると……。


 オレのヒーロー遺伝子は、この戦いをそう判断したんだな?


 ……いいだろう。ならば、やってやる!

 おまえができると言うのなら、オレはどこまでもそれを体現するのみ!


 右の拳と頭突きがあれば、左手なしでも不可能なし!

 今度はオレがヤツらをボコボコにして、地の底に送り返してやるぜ!

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