第11話 巨大化せずとも待ったなし!⑦
オレに課せられたミッション――
ケガを負った左手を使わずに「女怪人カーマス」と、ヤツが率いる「サイ怪獣」をブッ倒すこと。
そのためには、まず敵を知る必要がある。
オレの目の前に立つ怪獣――こいつの身長は、およそ五十メートル。
ビッグマスクと同じくらいのサイズだ。なので、おそらく強さ的には『脅威レベル中のタイタン級』ってところだろうか。
ちなみに以前、準タイタン級とやり合ったことはあるけど、あのときは民間のヒーローに獲物を横取りされてしまった。素人は引っこんでろ、と怒鳴られて散々だったっけ。
今回は、その準タイタン級を飛ばしてのタイタン級が相手となる。しかも怪獣使いのオマケつきだ。こいつは余計にタチが悪いぜ。
正直、どう考えても不利な状況だったけど……。
もし勝ち目があるとすれば、それは「怪獣の名前」かなァ?
あの怪獣の名は『ライノレスラー』。
ライノはサイ。で、レスラーはおそらくプロレスのこと。レスリングかもしれないが、まあどっちでもいい。
この名前から推察すると、ヤツはなんらかの格闘技を使ってくると考えられる。そうなれば接近戦だ。オレのマスクでも十分に攻撃が届く。
そしてスーツをまとった攻撃なら、相手がどんなに強い怪獣でもダメージは通る……と、一般的には言われている。
つまり、この戦い。オレにも勝つチャンスがあるってことだ。あとは怪人と怪獣の能力とか相性とか、読めない部分も多々あるけど……。まあ、そこは出たとこ勝負でなんとかするとしよう。
さて、オレの考えがまとまると同時に、カーマスがライノの鼻の上で、ごちゃごちゃとこっちに話しかけてきた。
「すっかり黙っちまったねえ。そんなに左手のケガがショックだったのかい?」
「まさか! とんでもない!」
オレは胸を張って言った。
「こいつはわざと治さなかっただけさ。つまり、おまえらにハンデをくれてやったわけだ。せいぜいオレの慈悲深さに感謝するんだな」
「へえ~。じゃあ、遠慮はいらないってことだね。ライノ、手をお出し」
主人の命令にしたがい、ライノが右手を鼻先へと近づける。
するとカーマスは、ベルトのポーチから銀色の水筒のような形の容器を取り出して、そのフタをひねった。
つぎの瞬間、そこから黒い煙が吹き出した。それはライノの右手を包みこむと、今度は手のひらから立ち昇るようにして、グングンと空に向かって伸びていった。
最終的にその黒い煙は、あるモノの形を成して固まった。
あれは――『剣』だ。
怪獣ライノレスラーが『三十メートルほどもある長剣』を手に持って、オレの前に立っていた。
……って、オイオイオイ!
「そんなのありかよー!」
とオレは思わず叫んだ。
「おまえ、ライノレスラーだろ? 仮にもレスラー名乗ってんだから、レスリングとかプロレス技とか、そういうの使ってこいって!」
「ハァ? なにを言ってるんだ?」
カーマスがあきれ顔で答える。
「レスラーとは我々の世界で、戦士を意味する言葉。とうぜん、いろんな武器を使うに決まっている。さあライノ! 遠慮せずに、あのバカをぶった斬れ!」
カーマスの言葉が終わると、ライノが二歩、前に踏み出した。オレの首を狙って剣をなぎ払う。
すんでのところでかわすと、剣はふりまわされる勢いのまま、近くのオフィスビルを斜めにぶった斬った。
すさまじい切れ味だった。まるで日本刀の試し斬りみたいに、建物がきれいにスッパリと切断されている。
もしこいつを一撃でも喰らったら……。
最悪の未来が脳裏をよぎり、オレはゴクリとツバを飲みこんだ。
「右! 左! 右! 突き!」
だが休む間もなく、カーマスの指示が飛ぶ。その声にしたがい、怪獣は手を動かしつづけた。
またたく間に声のテンポが上がり、攻撃が速くなる。オレはかわすので必死だった。いまはまだギリギリ対処できているが、いずれそれも叶わなくなるだろう。
というのも、怪獣使いの真髄は「怪獣を飼いならし、命令を下せること」とは、まったくべつの部分にあるからだ。そんなことは並の怪人にだってできる。
怪獣使いの真の恐ろしさ――
それは、ヤツらが持つ『シンクロ能力』にあった。
ようは、怪獣使いの脳ミソは、怪獣のそれと同期するのだ。時間が経てば経つほど、ライノの行動は、カーマスの思考へと近づいていく。
やがてカーマスは意のままに、あのサイ怪獣を操るだろう。寸分の遅延も狂いもなく、ライノはカーマスの思考をトレースして剣をふるう。そうなったら、オレの負けだ。
怪獣のチカラと、怪人の知能を合わせ持ったバケモノ――そんなものが出来上がった日には、弱小ヒーローのオレには抗う術などなし。コンマゼロ秒で、あっけなくあの世行きは確定に思えた。
「左! 右! 左! 上段ッ!」
――しまった! 上か!
オレが固い建物を踏んづけてバランスを崩したとたん、斬撃の変化球が飛んできた。
不意をつかれ、反応が一瞬遅れる。あの左右への単調な攻撃……。あれはオレの油断を誘うための伏線だったのか。
この一撃は回避できないぞ――どうする?
生存本能にしたがい、自然と身体が動き出す。オレは頭上から飛んでくる長剣に手を伸ばした。
両方の手のひらで(左手は指グニャグニャだけどイケル!)、その剣身をはさみこむ作戦である。
これぞ日本人ならだれもが知る、土壇場サムライの最終手段――
真剣白羽取り、ダッッ!!
「バチンッ!」という音とともに、オレの両手が奇跡的に剣を受け止めた。
……が、実際には剣の刃が、少しマスクに食いこんでいる。
結果マスクにぶつかったあとで、あわててキャッチする形になってしまったけど……。まあ、斬られなかったのでヨシ!
というか、マジであぶなかったぜ! スーツがない箇所を斬られていたら、完全に終わってた! ヒヤヒヤするなァ、もう~!
しかし、こいつは怪我の功名である。これで怪獣との距離がいっきに縮まった。
オレはすかさず、ライノの左足に向けて、右でローキックを叩きこんだ。渾身のチカラをこめて蹴り飛ばす。
だが、ライノはビクともしない。それを見て、カーマスの勝ち誇った笑い声が辺りにひびいた。
「アハハハハッ! たしかにおまえの言うとおりだよ。忘れられないマスクになりそうだねえ。こんなにミジメなザコマスクは、ほかに見たことがない。おまえ以外にいないんじゃないのかい? こんなに弱っちいヒーローはさあ」
ったく、好き放題に煽りやがって。ムカつくぜ。
だが弱っちいのは事実なのだ。やはりスーツなしの攻撃では相当きびしいようである。
まさかダメージがゼロとは……ちょっとヘコむなァ……。準タイタン級のときはもうちょい効いたんだけど……。
おそらくタイタン級以上が相手だと、オレには「マスクを使った頭突き」以外の有効打は存在しないのかもしれない。あとでメモ取っとこうっと……。
そして、さらに……ここで悲しいお知らせがひとつ。
どうやらオレには、もう時間があまりないようである。
オレの頭上で、光り輝くあのランプ――
『ヒーロードームの点滅』が始まってしまったのだ!
あれは、巨大ヒーローに活動限界時間が近づいたことを知らせるサインである。
あのドームの点滅が発光に変わっとき、オレの変身は解除される。
つまり、オレに残された時間はあと――
「あと五分~! さあ、どうするの? どうやって倒す? ひたすら逃げまわるのかい? それともアタシに土下座してみる~?」
「くっ……だれがそんなこと……」
マスクに刃が食いこむ。剣を支える両腕が重い。
物理的な重圧感とカウントダウンの焦燥感。そのふたつがオレの燃える闘魂をジリジリと冷ましていく。
追い詰められたオレを尻目に、カーマスがさらに言葉をつづけた。
「おまえ、地上じゃザコあつかいだろ? そのショボいマスク。きっと周りにさんざんバカにされてきたはず。守られるしか能のない平民どもから、好き放題にヤジられてさあ。ホント、ムカつくよねえ? 許せないよねえ? だったら……」
そこで言葉を切り、カーマスが腰のベルトからなにかを取り出した。
あれは――セルズモッドだ。ヤツが丸いアメ玉を高々とかかげた。
「人間、やめちまいなよ? この薬で怪人になればいい。そうすりゃ新しいチカラが手に入る。おまえを必要としないこの世界を捨てて、地底で尊敬を勝ち取るのさ。この一粒で、おまえの人生は変わる。劇的にねえ」
ったく、またその薬か。芸のないヤツめ。
いままで大勢の人間がセルズモッドの犠牲になった。ヤツら怪人は心の弱った人々を狙い、「地下に行けば勝ち組になれる」とか「怪人になれば寿命が伸びる」などと甘言を弄して、さんざん弱者をバケモノに改造してきた。
しかも、こいつは……。さっき公園で、なにも知らない小学生に薬を飲ませようとしやがった。暇つぶしと称して、子どもで人体実験を……ふざけやがって……。
怒りという名のカンフル剤が――
オレの心に、再び闘志を燃やしていく!
「なにを悩む必要がある? いずれ人類は敗北する。鞍替えするならいまのうちだよ。ほ~ら、飲んじまえ。つよ~い怪人に生まれ変わるんだ。おまえをバカにしてきた連中を見返してやろうよ? ねえ、聞いてるの? ねえってば~」
「――ナメるなよ、外道ッ!」
オレは頭を上に突き上げて、剣を跳ね飛ばした。
そのまま後ろに飛び退り、ヤツらと大きく距離を取る。
「おまえら怪人は! そうやって人の心をもてあそび、非道な実験をくり返して来た! そのふざけた悪巧み! オレのマスクで、粉々に打ち砕いてやる!」
「へえ~、そうかい。アタシの親切を無下にねえ……。そんじゃ、テメーは用済みだ。そのショボいマスクとともに、早いとこ地獄に落ちな!」
ライノが剣を構えた。
オレに残された時間は、あと五分。
いや、ムダに駄弁っちまったから四分未満ってとこか。
残り四分。必死に逃げ回って、ほかのヒーローの到着を待つという手もあるが……。
しかし不確実な希望にすがれば、変身が解けて最悪犬死にってパターンもある。オレはそういうのは嫌いだ。運を天に任せて、後悔するような生き方はぜったいにしたくない。
やはり、ここはオレひとりでやるしかない。
ヒーロー活動を始めて約二年。しょせんオレは、弱小ヒーローのボランティアでしかなかった。
決して戦闘経験が豊富とは、まちがっても言えないけれど……。それでもオレなりに努力してきた。数少ない戦いのなかで学び、成長をつづけてきたはずだ。
その二年間の集大成を、いまここでヤツにぶつける!
残り四分! これまでの戦いで培った戦術のすべてを!
机上の空論もふくめて、全力で、このクズどもに叩きこむ!
その第一弾として、まずは――
と、オレは足もとに目をやった。
ちょうどいまオレの真下には、古い映画館が建っていた。
広守八百木座――旧作映画を中心にリバイバル上映する、いわゆる名画座ってやつだ。オレも何度か訪れたことがあるが、レトロな雰囲気が素敵な味のある映画館だと思う。
今月は怪獣映画特集ということで、店頭には昭和の名作がめじろ押し。入口付近の壁面いっぱいに、ところせましと巨大怪獣が街を襲う類のポスターが並んでいた。
うーん。このたびは、なんとも皮肉な構図になってしまい、たいへん申しわけない。
とオレは心のなかで、そのように謝りながら……。
その映画館を、右手でむんずとつかみ取った!
それを怪獣の顔面に向けて、思いっきり投擲する!
名付けて――
「ビッグマスク奥義その一! ビルディング・スプラッシュ!」




