第08話 巨大化せずとも待ったなし!④
怪人は、すべり台のひしゃげたスロープから、背中を引きはがすようにして身を起こした。
ダラリと垂れ下がった顎に手を伸ばす。ゴキンとにぶい音がして、顎がもとにもどった。
ヤツは切れたくちびるの血を舐め取ると、地面にツバを吐き捨て、ヒーローをにらみつけている。
一方、ワンダフル・ビクトリーは、すぐには動かなかった。
かれは怪人が体勢を立て直すのを待って、それから声をかけた。
「どうだい? 広守育ちのヒーローは? 少しは期待に応えられそうかな?」
「……おまえ、殺すわ」
「いいね。ムダ口が減った。やはり怪人はこうでないと。あんまりおしゃべりされたら、こっちも情が湧いて本気を出せなくなる。実際さっきの蹴りも、かなり手を抜いてしまったけど……気づいてもらえたかな?」
わざと煽るようなことを言って、相手の激昂をさそう。
昔からよくある手法だ。
でも最近は、怪人側も人間の心理を知って、ずいぶん賢くなったと聞く。
正直こんな単純な手に引っかかる怪人が、いまどきいるかどうか……。
「殺す……ころす……コロス……コロスッ!!」
――って、いましたよ! ここに!
女怪人は完全に冷静さを失っていた。
ヤツは一直線に、ワンダフル・ビクトリーに飛びかかった。
ヒーローもすぐさま応戦し、ふたつのブーメランが空中を飛びまわる。
かくして両者の攻防が始まった。
女怪人の持つするどいツメと、ふたつの黄金のブーメランが火花を散らす。
怪人の両ツメが、全方位から襲い来るブーメランを弾き飛ばす。
ヒーローも負けじと、自身の急所を狙うツメをブーメランで弾き返した。
すさまじい迫力ッ! 全身の痛みを忘れるほどの興奮ッ!
やっぱり等身大ヒーローの戦いは、スピード感が段違いだよね!
普段オレがやっている「巨大ヒーローVS怪獣」の戦いは、重量感やスケール感は大きいけど、いまいち動きがモッサリしている。
それに戦場のシチュエーションも、街とか山とか、わりとざっくりとした区分でバリエーションにとぼしい感じ。
なので基本オレの戦いは、だだっ広い土地でシンプルに殴り合うという、大味なバトルになりがちなのだ。
まあ某巨大ヒーローみたいに空を飛べたり、光線技を使えたりしたら、話はべつなんだろうけどさァ……。残念ながらビッグマスクには、そんな贅沢な能力はないのである。
さて、その一方で「等身大ヒーローVS怪人」の戦いは、(正直くやしいけど)前者よりもよっぽど華があった。
等身大ヒーローは人間サイズだから、とうぜん戦いのスケール感も小さい。だけどその代わり、スピードのほうはマシマシになる。
んでもって、戦場の種類も多種多様。同じ街が舞台でも「建物の内部や屋上、コンビニ、公園、工事現場、駅前の繁華街……」など、とにかくロケーションには事欠かない。無限の可能性に満ちていた。
おまけに戦いの内容も、環境を利用した能力バトルに発展したりと、こっちは変化に富んでいて、とにかく見ていてすごく面白いんだよね。
おっと! ホントはあまり面白がっちゃいけないんだった。
だって、これは人類を守るための戦いなんだから。
さてと……。いいかげん、オレの心のなかにいる小学生を押さえこまないと。童心に返るのはあとまわしだ。
いまは、生の戦いから学びを得ること。それがもっとも重要なのである。
というわけで、気を取り直して、かれらの戦いをじっくりと観察してみる。
ふむふむ。なるほど、なるほど……。
両者のぶつかり合いを見て、わかったことがひとつ。
それは「スピードは怪人のほうが上だ」ってこと。
実際、ヒーローは防戦一方だった。ブーメランの操作に意識を集中しているせいか、相手の攻撃をかわすか、防御することで手一杯な感じだ。得意の体術は鳴りを潜めている。
じゃあ怪人のほうが有利なのかというと、意外とそうでもない。ヤツはヤツで、ヒーローに対しての決定的な一打が出てこなかった。あれだけ怒り狂って斬撃を浴びせているのに、それをすべて防がれてしまっていたのだ。
あの感じだと、ヒーローは完全に相手の攻撃を読んでいると思う。しかもかれには、宙を舞うふたつの武器とおのれの手足があるのだ。単純に手数が多いので、自身のスピード不足も十分にカバーできているのだろう。
つまり、攻撃のスピードは怪人のほうが上だが、ヒーローは本人+武器ふたつで、怪人のアドバンテージを完封することに成功していた。
以上の分析を踏まえると――
現在おたがいのチカラは、ほぼ拮抗しているように見えた。
だけど、オレにはわかるぜ。
この戦いの結末……確実にワンダフル・ビクトリーの勝ちだ。
かれは賢い男だ。体力を温存している。実際、手を出せそうな場面でも後ろに引いて、無理には攻撃に転じない。そういう動きを見せていた。
対して怪人のほうは、冷静さを失い、動物的本能に任せて暴れまわるのみである。たしかにあのすぐれた身体能力なら、こういった脳筋ムーブでも幾多の敵を葬り去ることができたのだろうね。
だけど今回は相手が悪かった。かれにはその手が通じないぞ。いずれ怪人が疲れ果てて、その動きがにぶったとき、ワンダフル・ビクトリーが反転攻勢に出ることは目に見えていた。
それからほどなくして、オレが予想したとおりの展開がやってきた。
女怪人の動きがにぶくなり、おたがいの攻防の合間をぬって、ヒーローの打撃がヤツの身体に通り始めた。
しかもワンダフル・ビクトリーがくり出す攻撃は、怪人のスピードとの相乗効果で、重たいカウンター攻撃へと昇華される。
ただでさえ体力がなくなってきた身体に、その重たいダメージが蓄積されていくのだ。これはもう長くは持たないだろう。
やがてヒーローの蹴り技のひとつが、怪人の足をとらえた。
ヤツが思わずバランスを崩す。
「隙あり! ワンダーシザーズ!」
ワンダフル・ビクトリーはそう叫ぶと、飛んできたふたつのブーメランをひっつかんで、怪人の右手のツメを両方の武器ではさみこんだ。
ブーメランの内側――つまり『くの字』の角度のせまい側――が、怪人のツメにガッチリと噛みつく。
上下から圧がかかり、怪人の長くてするどいツメは、あっさりと砕けてしまった。
ヒーローのチカラに圧倒されて、怪人はすばやく後ろに飛び退いた。
ヤツはなかば呆然としながら、ツメのない右手を見つめている。
ワンダフル・ビクトリーはそれ以上の追撃をしなかった。
かれは構えていた武器を下ろすと、静かに語りかけた。
「これがおたがいの実力差だ。いまのきみでは、わたしを倒すことはできない」
「…………」
「きみは下級怪人なんだろ? なら、これ以上の戦いは無益だ。ここはおとなしく引き下がってくれ。わたしもあの青年を早く病院に連れていきたい。かれはかなり重症なんでね。おたがい命をムダにすることはないさ。ちがうかい?」
どうやらこの人は、オレのことを気にかけて、戦闘をいち早く切り上げてくれるつもりらしい。
さっきの武器技で、怪人の手を切断できたのにしなかったのも、これ以上争いが激化するのを避けるためだったのだろう。
ほんとうにどこまでもやさしいヒーローだなァ、この人は……。
ちなみにオレのケガは、見た目ほど重症ではないので大丈夫だ。
オレだってヒーローの端くれである。ゆえに骨折しても、早いと数日でケロッと治っちゃったりするのだ。
こんだけボコボコにされても意外とたいしたことないからすごいよね~。ヒーロー遺伝子のパワーってさァ。
さて、怪人はヒーローの言葉を聞いても返事をしなかった。
その代わり、自身の右手を見つめたまま、下を向いてブツブツとなにかをつぶやいていた。
その手がわずかに震えている。よく見ると、怪人の顔は――はげしい怒りによって、醜くゆがんでいた。
「下級だとォ? このアタシが下級怪人? ずいぶんとナメてくれるねえ……」
怪人の震えが止まった。背筋がグイッと伸びている。
なんだろう。すごくイヤな予感がする……。
ヤツは、さらに言葉をつづけた。
「今日は遊びのつもりだったけど、気が変わったよ。もう出し惜しみはなしだ。せっかくだから見せてやろう。このアタシ、上級怪人レディ・カーマスッ! その真の実力をッ!」
そう言い終わるや否や――
女怪人が腰のベルトに、すばやく手を伸ばした。
ヤツは、小型化したドリルパラソル――稲の穂のようなギザギザした形のやつだ――を取り出すと、それを目の前の地面に向かって投げつけた。
ドリルパラソルの先端が地面に突き刺さる。ドリルのついた部分が高速回転して、土のなかに潜り込んでいく。
一歩遅れて、地面に刺さった傘を狙い、ヒーローがブーメランを投げつけた。
だが、すんでのところでヤツに弾き返されてしまった。やはり単純なスピード勝負では、怪人に分があるようだ。
そのあいだにドリルパラソルは、ほぼ完全に地中に埋まってしまった。地面の上には、傘の柄の部分だけがポツンと残されている。
つぎの瞬間、その残っていた柄が高く持ち上がった。傘の中棒が長く伸びて、柄が跳ね上がる。
そしてふたたび棒が短くなって、今度は柄の底面が、ドリル部分の上面に向かって、はげしく打ちつけられた。
それと同時に、周囲に「ガギィィィン」という不快な重低音が鳴りひびいた。
柄は何度も打ちつけられて、そのたびに音が地面を伝わっていく。
オレはたぶん、あの道具の正体を知っている。
あれは『地搗鐘』だ。いや、前に実物を見たときは、もっと杭のような形をしていたはず。だから実際にはちがうんだけど……。
でも、やってることはそっくりだった。ドリルパラソルって、あんな機能もってたっけ? もしかして新製品とかかな?
っていうか、それよりも……。
あの鐘を使ったってことは、あの怪人――
「まさかッ! 怪獣使いかッ!」
と、ヒーローが叫んだ。
それと同時に――
「来い! ライノレスラー!」
女怪人が声を張り上げる。
その呼び声に応えるようにして、大地の底からゴリゴリと土を削る音が聞こえてきた。




