第07話 巨大化せずとも待ったなし!②
怪人――
それは地底人のなかでも、特殊なチカラを持つ者たちを指す。かれらは人間界でいうところのヒーローのような存在である。
だがオレたち人類にとって、ヤツらは天敵だ。武装した地底人や怪獣を率いて世界じゅうの国を襲う、地下帝国からの侵略者……。
それが怪人の正体なのである。
公園に現れた女怪人は、ドリルパラソルを差して悠然と立っていた。
見たところ身長2mを超す巨体の持ち主。とうぜん差している傘もデカい。ビーチパラソルと見まがうサイズ感だった。
オレや子どもたちがあっけにとられるなか、怪人がそのデカい傘をゆらした。傘についた砂を払い落とす。それから柄の部分のボタンを押した。
どうやら、あれは折りたたみ式の傘のようだ。傘が自動でどんどんと小さくなっていく。
傘の生地の部分。そこに広がっていた銀色のドリルの刃が細かく分解されていき、ひし形の小さな金属板が無数にできあがった。
その金属板が骨組みのない中棒(ようするに、ただの棒だ)にグルグルと、螺旋を描くように巻きついていく。
動力装置のついた中棒がすっかり覆われてしまうと、最後は中棒も短くなって、ドリルパラソルは小さくコンパクトにまとまった。
いったいどういう仕組みなのかは、わからないが……。
なんというか、折りたたみ傘の未来バーションって感じだ。地底の世界には、オレたちの使っているものよりも便利な道具が存在するらしい。
あれだけ大きかった傘が、いまやスーパーで売ってる皮付きトウモロコシぐらいのサイズになってしまったのだから驚きである。
まあ見た目はトウモロコシというより、稲の穂に近かったけど。わりと表面がトゲトゲしている。あれでブン殴られたら相当痛いだろうなァ……。
女怪人は、折りたたんだ傘を腰のベルトに吊るすと、するどい目つきで周囲を見回した。
一瞬警戒しているのかと思ったが、どちらかというとなにかを探している目つきだった。一方で、周りにいる人間にはいっさい興味がないように見えた。
怪人は周囲の光景をひと通りながめると、不満げな声を上げた。
「これが都会? ずいぶんとシケてるねえ。ニホンってのは思ったより、たいした国じゃなさそうだな」
なんとも失礼でノーテンキなセリフである。
侵略者の第一声にしてはマヌケというか……。事前に調査してないのか? 計画性がなさそうなヤツだな。
意外にも、ヤツのほかに仲間が出てくる気配はなかった。もしかすると、単独で地上で乗りこんできたのかもしれない。
となると、目的はヒーロー狩りか? 以前、腕試しや昇級を目当てにヒーローを襲う怪人がいるという話をテレビで見たことがある。
たぶん、あの女怪人もその類だな。きっとそうにちがいない。
……って、余計なことを考えている場合じゃなかった。それよりも、まずは子どもたちの避難を優先しなければ!
ヤツの関心が市民に向いたら、子どもを人質に取る可能性もある。最悪のケースを避けるためにも、いますぐ行動に移るべきだろう。
オレは我に返ると、後ろにいた少女に声をかけた。
オレにカンチョーした剣持を叱ってくれた背の高い女の子だ。この子はしっかりしている。たぶん頼りにできるだろう。
「ねえ、きみ」
とオレは少女のほうに顔を向けて、怪人の立っていた場所を指さした。
「オレがあの怪人を引きつける。そのあいだに、ほかの子を連れて逃げるんだ。そして外へ出たら、すぐに警察に連絡を――」
「ヒーローごっこかい? 気に入らないねえ」
頭上からひびく声に、ゴクリと生つばを飲みこむ。
バカな……ありえない!
目を離したのは、ほんの一瞬だったはずだ。
足音も聞こえなかったし、気配も感じ取れなかった。
それなのに、ヤツはいま――
オレの背後にいる!
首筋に熱い風を感じた。
これが吐息なのか、鼻息なのか、正直いって考えたくもないが……。その呼気の熱さは、相手が人間でないことを十分に物語っていた。
恐る恐る、後ろをふり返ると……目が合った。赤い肌をした地底人の女が、前かがみでオレの顔をのぞきこんでいる。
近くで見ると……やはりデカい! 身長は、オレよりも頭ひとつ分くらい大きい。いや、それ以上かも知れない。
肌の色は、原色に近い赤。でも顔つきは人間に似ていた。美人だけど性格がキツそうな顔だ。髪の色は濃いグリーン系。ドレッドヘア並に太くて、長い髪の毛が、ヘビのようにうねっていた。
身体を覆うバトルスーツは、赤と黒のカラーリング。地下に住む巨大な爬虫類の鱗を思わせる質感でテカっている。
スーツの表面はツルッとしてそうだ。しかし全体を見ると、細かい突起部がスーツの各所からせり出していて、雄々しい感じを醸し出している。
このトゲは、人類に対する敵意を表現しているのか? それとも機能的になにか意味があるのかな?
――と、オレの脳が怪人の外見をおおよそ理解した瞬間だった。
まばたきをする間もなく、ヤツの手が、オレの首を絞め上げていた。
怪人の大きな右手がオレのノドを覆っている。太くてゴツゴツした指は、首の筋肉に喰らいついて離そうとしない。
気づけば、身体が宙に浮き上がっていた。オレは、赤ん坊が高い高いであやされるように、やすやすと宙吊りの状態にされてしまった。
空中に掲げられることで、より強く首が絞まる。「ぐっ」という、くぐもったうめき声が自然とノドからあふれ出した。
チクショウ! 先手を取られた。
どうにかして、このくびきから逃れなくては……。
オレは怪人の指を開こうと、両手でヤツの右手につかみかかった。
だが怪人のチカラは想像以上だった。オレの首を万力のように絞め上げている。
指をピクリとも動かせない。いっさい微動だにしない。
ならば!――とオレは、怪人の身体に向かって蹴りをくり出した。
怪人の右腕をつかみ、左足でヤツの腹を踏んで身体を固定する。そして渾身のチカラをこめて、右足で蹴りを入れてやった。
肋骨、脇腹、ふともも、股間……と順番に届く範囲で蹴りつづけ、最後にはヤツの顔面――そのふてぶてしい横っ面――に向けて、全力で蹴りを叩きこんだ。
……が、ダメだった。
オレのチカラでは、ヤツの身体に傷ひとつつけることもできない。
なぜなら、オレは怪獣専門の巨大ヒーロー。
怪獣の存在なしでは変身できない男なのだ。とうぜん生身で怪人に立ち向かうのは無理があった。
現に女怪人は、オレの攻撃を防ごうともしなかった。なぜなら防ぐ必要がないからだ。オレの蹴り技はそよ風と同じで、ヤツの髪をゆらす以外になんの効用も発揮しなかった。
怪人の口もとに浮かぶ気味の悪い笑みが、ヤツの顔じゅうに広がっていく。格闘マンガに出てくる圧倒的強者の破顔って感じで、完全にオレのことを見下し、面白がっている様子だった。
ヤツが口を開く。ギザギザした歯のあいだから、酒ヤケしたような乾いた声が聞こえてきた。
「へえ~。人間にしては、なかなか力の強い個体だねえ。だけど、どんなに身体を鍛えても、しょせんは下等生物。偽りの楽園で甘やかされたクズどもに勝ち目はない。人の姿に生まれたことを後悔するといいさ」
怪人の右手に、さらにチカラがこもる。
オレの首筋が体内でメキメキと音を立てた。
首の血管が絞まる。徐々に意識が遠のく。
このままだと、オレは確実に殺される!
「や、やめろー! その人を離せー!」
ふと声が聞こえた。
目の端に映ったのは、子どもの姿だ。
バカなマネを……。
こんなときに勇気を見せるんじゃあないぞ、剣持少年!
それは蛮勇にもほどがあった。
竹定規を構えた小学生が、身長2m超えの怪人に挑もうとしていた。
だが意地の悪い怪物は、そういう無垢で無謀な挑戦が大好きだ。
この怪人のようにサディスティックな性質の持ち主は、平気で人の心を踏みにじる。相手の鼻をへし折ることに最高の愉悦を感じるのだ。
最悪、事態が悪化しかねない。現に女怪人は、剣持少年を一瞥して、心底悪意にまみれた感じの笑いを浮かべていた。
「へえ~。人間ってのは、身のほどをわきまえないねえ。ガキでもこれかい。あっ、そうだ。いいことを思いついた」
そう言うと、怪人はオレの身体を地面に叩きつけた。
背中が地面に激突する。だがオレには、その衝撃を感じる暇も与えられなかった。
地面に叩きつけられると同時に、オレの胸に怪人の右足がのしかかってきた。
チカラ強く踏みつけられて、肋骨がにぶい悲鳴を上げる。
痛みに耐え、声を上げないように低くうなるオレの上で、怪人は楽しそうに、周りにいた子どもたちに声をかけた。
「ねえ、ぼうやたち。ひとつゲームをしよう。きみたちが勝てば、このお兄さんを解放してあげるよ。さあ、みんな。こっちへおいで」
「おまえら来るな! 早く逃げr――ガハッ!」
「うるさいねえ。ザコは黙ってな」
しゃべり終わらないうちに、怪人がオレの胸をさらに強く踏みつけた。
骨の折れる音がした。気のせいじゃない。いまので確実に肋骨が何本か逝った。
幸い、いまのオレはアドレナリンがドバドバ出ている。おかげで痛みをさほど感じずにすんでいるが、下手をすると肺に骨が突き刺さっているかもしれない。
実際、かなり息がつまっていた。声が出せない。これじゃ助けも呼べない。どうにかして、この怪人の足をどかさなければ……。急がないと、子どもたちの命があぶない!
必死にもがくオレを無視して、怪人が子どもを手招きする。
「ほら、ガキどももさっさと集合。アタシは気が短いんだ。早くしないと、このお兄さんを殺しちゃうよ~?」
「ほんとうに……」
と剣持少年がおずおずと声をしぼり出した。
「ゲームで勝ったら、その人を助けてくれるの?」
怪人がニタァ~と笑う。
「もちろんさ。ウソはつかない。ゲームの内容も超シンプル。わかりやすくて簡単。だから子どもにだって勝ち目はあるよ。もっとも勝ち目があろうとなかろうと、おまえたちはゲームを断れないけどね」
「なんで断れないの?」
「立場の違いってやつさ」
そう言って、怪人が背筋をグイッと伸ばした。
なんだかイヤな予感がする。
「おまえたちがゲームを拒否すれば、アタシはこの男を殺す。そしたら、つぎはおまえらの家族の番だ。おまえらの家族をひとりずつ見つけ出して、殺していくよ。こんな風にねえ!」
怪人は、自身の右足にまとわりつくオレの手をふりほどいて、足を上げた。それから即座に踏み下ろした。
オレの左の前腕が踏み砕かれる。ヤツはオレの両手と両足を狙って、つぎつぎと踏みつけ攻撃をくり返した。まるでダンスでもおどるように、オレの身体の上で暴れまわる。
怪人はその攻撃に合わせて、歌うようにセリフを吐き出した。
「おまえらの父親、母親ッ! 兄弟、友だち、親友、親戚ッ! 全部、全部、全部ゥーッ! このアタシがッ! いたぶって殺すッ!」
「がああああーーッ!!」
畳みかけるような連撃に、口から血があふれる。痛みの総量が脳内のアドレナリンを上まわり、気づけばオレは叫んでいた。
怪人はボロ雑巾のようになったオレにツバを吐きかけると、ふたたび子どもたちに目を向けた。冷たい凍りつくような目だった。
「わかったかい? アタシはやるといったら必ずやる女だよ。家族を助けたければ、おまえら全員! さっさとアタシの前に並ぶんだ! 早くしな!」
子どもたちには逆らう術などなかった。
目の前でマッチョな大人がいたぶられ、なにもできずに横たわっているのだ。
であれば、怪人の言葉に従うよりほかにない。
オレは無力だった。変身ができなければ、オレにできることなどたかが知れている。
せめて、他のヒーローが来るまでの時間を稼げればと思ったが……。
いまのオレでは、それすらも叶わないのか……。
失意の底にあるオレを放置して、怪人は集まってきた子どもたちの数を数え始めた。
「ひぃ、ふぅ、みぃ……全部で七体か。こっそり逃げたヤツもいるが、まあいいさ。これだけいれば十分にお釣りがくるだろうしねえ」
そう言うと、ベルトのポーチから小さな袋を取り出す。そして袋に手を突っこんで、そこから小さな球体をひとつ、つまみ上げた。
表面にマーブル模様のついた丸い玉だ。大粒のアメ玉くらいの大きさで、太陽の光にさらされて虹色にかがやいていた。
オレはその物体に見覚えがあった。
あれはたしか――『セルズモッド』!?
怪人がつまんだ指のあいだで、その玉をコロコロと動かしながら、子どもたちに語りかけた。
「いまから、おまえたちにこのアメ玉を配る。とてもニガ~いアメ玉さ。こいつを吐き出さずに飲みこむことができたら、おまえたちの勝ちだ。アタシはこれ以上だれも傷つけない。おとなしく地下にもどるよ。そしたら、おまえたちも無事に家に帰れるってわけ。さあ、順番に手をお出し」
そう言って、おびえる子どもたちの手につぎつぎとアメ玉を乗せていく。
だが、あれはアメ玉などという生やさしい代物じゃない。
あれはセルズモッド。人間を怪人に変える悪魔の丸薬だ。
あの薬を口にした者は、そのほとんどが死ぬか、自我のないバケモノになってしまうと聞いたことがある。というか、一時期ニュースで注意喚起をしていた。
それをこいつはッ! 子どもたちに食べさせようというのかッ!
オレはボロボロになった身体から、なんとか声をしぼり出した。
「ダ……ダメだ……それを……口にするな……」
その言葉をかき消すようにして、怪人が子どもたちの頭上でまくし立てた。
歌うような調子で、恐怖で心を上書きしていく。
「飲まなきゃお家には帰れな~い! 飲まなきゃ、だァ~れも助からない! さあ、おまえたち! 早くそれを飲みこむんだ!」
「よ……よせッ……!」
七人の子どもたちは、顔にとまどいの色を浮かべたまま、ゆっくりとアメ玉を持ち上げた。
先陣を切って、剣持少年がアメ玉を口もとに近づける。手に持ったそれを口に放りこもうとした。
そのとき、風を切る音とともに――
金色にかがやくナゾの飛翔体が、子どもたちの前を横切った。
回転する飛翔体は、子どもたちの手からつぎつぎとアメ玉をたたき落としていく。
間一髪だった。セルズモッドはいまや地面の上だ。だれひとり口にすることなく、土にまみれている。
オレはその飛翔体がなんなのか、即座に理解した。
あれはブーメランだ。
しかも、ただのブーメランじゃない。通常とはちがう、物理法則にしたがわない複雑な軌道を描くブーメラン。
そんなものを持っているとすれば、それは普通の人間ではない。どうやらオレの望んでいたものが、ようやくここにたどりついてくれたみたいだ。
ブーメランは立派に仕事を終えると、弧を描いてジャングルジムのほうに飛んでいった。
ジャングルジムの上には、ナゾの人影があった。
そこに立つ人物は、飛んできたブーメランをつかみ取ると、心底ほっとしたという風に息を吐き出した。
「ふう……。やれやれ。どうにかパーティーには間に合ったようだね」
「……だれだ、おまえ」
女怪人の問いに、その人物が答えた。
「わたしかい? わたしは広守に暮らす人々と、動物を愛する、正義の味方! 頭にW、胸にはV! 人呼んで、ワンダフル・ビクトリー! ここに参上!」
それは、怪人に対抗できる唯一の存在――
等身大ヒーローの登場である。




