第06話 巨大化せずとも待ったなし!①
このオレ、諸田進太郎の朝は早い。
今朝も日が昇らないうちに起床すると、外に出てマラソンを一時間。近所の川の土手を周回して、たっぷりと汗を流した。
家にもどったらシャワーと朝食。それから仕事に出かけた。午前中はスキマバイトのビル清掃。それが終わると午後から暇ができた。
「つぎはワーバーの配達でもやろうかなァ~」
なんてことを考えながら自宅にもどっていると、途中で、駅前の八百木公園の前を通りかかった(前にお弁当を食べた場所だ)。
なんの気なしに、なかをのぞく。今日は妙に人が少ないようだ。
天気が曇っているせいだろうか。親子連れもいなければ、散歩している老人の姿も見えなかった。
現在の時刻は午後一時過ぎ。たしか小学校が終わるのって、午後三時ぐらいだったよな?
って、ことは……。
これはひょっとして、チャンスじゃないか?
急遽、予定を変更する。
オレは急いで自宅のボロアパートにもどると、ありあわせの昼飯を胃袋に詰めこんだ。
それからTシャツと短パンに着替える。プロテインパウダーの大袋とシェイカー、スポーツタオルを手提げバッグに放りこんで、またあわただしく家を飛び出した。
向かう先はもちろん、さっきの公園だ。
オレたち貧困ヒーローにとって、公園とは無料で使えるジムのようなもの。
そこに邪魔者……ではなく、ほかの利用者がいないとなれば、これは千載一遇のチャンス!
いまなら公園のトレーニングマシン(つまり遊具のことだ)を目いっぱい自由に使えるってわけ。
ということで、オレはふたたび八百木公園にもどってきた。
園内をざっと見回す。どうやらあやしい人物は、オレを除いてほかにいないようである。
普段、公園をうろついている地元の有名人たちも、今日はどこかべつのところにお出かけ中らしい。
有名人ってのは、たとえば――「平日なのに仕事はどうした?」としつこくからんでくる自称元教諭のジジイとか。人のバッグの上で勝手にカードを広げて、急にタロット占いを始める、野生動物エサやりオバサンなど……。
このように、八百木公園にはユニークな人材が集まってくるのだ。まあ、べつにかれらも悪い人たちじゃないんだけどね。ただ筋トレしてるときに限ってエンカウントするので、オレもときどきあつかいに困っている。
さて、周囲の安全が確認できたところで……。
まずは、どの遊具を使おうかなァ~。
おっと! その前に準備体操をしなければ!
ストレッチで身体をほぐそう。固くなった筋肉をやわらく解きほぐして、身体を温めていく。
アキレス腱はとくに入念に伸ばしておこう。ここはアスリートでも断裂しやすい部位なので慎重に行うこと。
食後すぐに運動するのは、あまり理想的とは言えないけれど(消化のさまたげになるので胃腸に良くないのだ)、タイミングが合わないときはしょうがない。代わりに食べる量を少なく調節したので、そこまで過度な心配はいらないだろう。
身体が温まると、オレは一番大きな鉄棒につかまって懸垂運動を始めた。
オレのアパートにはチンニングスタンドを置くスペースがない。なので、こいつは公園じゃなきゃできない運動なのである。
ちなみにオレは、ジムには極力行かずに、自重トレーニングで身体を鍛える派だ。自重トレは時間はかかるが、全身の筋肉をバランスよく鍛えられるというメリットがある。
とくにオレの場合、怪獣との戦いに使える、より実用的な筋肉を手に入れる必要がある。ゆえに自重トレで、体幹を軸に全身をまんべんなく仕上げていくやり方は、非常に理にかなっているのである。
鉄棒での懸垂が終わったら、つぎは登り棒だ。オレは二本の棒を使って、四肢を鍛える運動を始めた。
戦闘中に手足にダメージを負ったケースを想定して、「両手+片足」「片手+両足」「片手+片足」といろんなパターンで昇り降りをくり返していく。
もちろん、滑って降りるのは禁止ね。最後に両手だけで登りきったら、登り棒の運動は終了です。お疲れさまでした。
んで、このトレーニングにはどんな意味があるのかって? 正直オレにもわからん。
だが、思いつきでなんでもやってみる姿勢がヒーローには大切だ。こうした試行錯誤がビッグマスクの新たな技につながったりするので、一見ムダに見える努力も案外バカにはできないのである。
さて、登り棒が終わったので、今度は雲梯を使って運動しよう。
目の前にそびえ立つのは、大きく弧を描いた、長くて巨大な雲梯だ。身長178cmのオレでも十分に満足のいく一品である。
さすが八百木公園。市内でも有数の公園だけあって、設備が充実している。深夜に不良や酔っぱらいがこぞって遊びに来るわけである。
さっそく雲梯に手を伸ばす。オレは梯子のように連なるグリップバーをひとつつかむと、ぶら下がった状態での移動運動を始めた。
つぎからつぎへとバーをつかみ、雲梯を行ったり来たりする。そして自分自身に言い聞かせる。オレはゴリラだ。ジャングルを我が物顔で飛びまわるボスゴリラなのだ、と。
このように、動物の動きを模倣する手法を「アニマルムーブメント」と呼ぶ。オレはこの独自の「ゴリラなりきり雲梯運動」を通じて、自身の潜在能力を引き出すべく日々努力を重ねているのだ。
まあ端から見れば、小声でウホウホつぶやきながら雲梯を移動する、完全に頭のおかしい人なんだろうけどね。
だが細かいことは気にするな! 強くなるためなら、なんでもござれ! それが諸田進太郎! それがビッグマスクの流儀なのである!
さ~て、あと雲梯を五往復したら、つぎはジャングルジムをエクソシストのポーズで昇り降りしようかな~と考えていたときだった。
突如、公園に子どもたちの集団が入ってきた。ランドセルを背負っているところを見ると学校帰りか?
公園の時計に目をやると、時刻は午後二時四十分を指している。そういえば低学年は下校時間が早かったんだっけ? クソッ! 完全に目論見がハズレたか!
案の定、ガキどもはオレが使っている雲梯の前にわらわらと集まってきた。
まったく……。ほかの遊具を使えばいいものを、なぜわざわざイヤがらせのようにこっちに来るのか。
ほら、オレは不審者だぞ? ずっとウホウホ言ってるし。学校でもあやしい人には近づくなって教わっただろ? だから話しかけてくるなよな? 頼むからオレのことはそっとしておいてくれ。
「ねえ、オジチャン。なにやってんのー?」
ダメだった。子どもたちはオレの奇行に興味津々のようだ。というか、オレはまだオジチャンじゃないぞ。
お肌ピッチピチ、若干二十歳のバリバリ若年層。それをこのガキ。いったいどういう目ん玉してたら、オレのことをオジチャンと認識できるんだ?
オレは少しイラッとしてだまっていた。しかしガキどもは、そんなことなどお構いなしだ。
鼻タレ小僧が雲梯を指さし、またオレに話しかけてきた。
「それ使いたいんだけど、いい?」
「悪いが、いまは使用中だ」
とオレは答えた。
「オレは身体を鍛えなきゃならん。この雲梯をあと五往復はしたい。なので代わってやることはできないのだ。しばらく、ほかの遊具で遊んでくれ」
「えーッ! つまんない! ぼくたちこれで遊びたいんだけど」
「そうか? ならこうしよう。オレの履いている靴。どちらか一方を脱がせることができたら、いますぐ交代してやってもいいぞ。ま、お子さまにはちょいと難しいかもしれないがね」
「靴を取ればいいの? そんなの簡単じゃん!」
「いい意気込みだ、小僧。それじゃあ、いくぞ。よーい、スタート!」
そう言うと、オレは雲梯にぶら下がったまま、両足のふとももを胸の前に引き上げた。
身体をギュッと小さく縮こませて、そのままヒョイヒョイとゴリラ移動を開始する。
その後ろを子どもたちがワーワー騒ぎながら追いかけてきた。オレの靴をつかもうと飛びついてくるが、オレはその攻撃を器用に交わしていく。
フフフ……。単純なガキどもめ。これならガキのお守りをしながら筋トレを続行できるというもの。さすが計略のビッグマスク。我ながら感心するぜ。
ちなみにこれは、オレの高度な運動神経があっての芸当だ。一歩まちがえると子どもにケガさせてしまう恐れがある。良い子のみんなは、くれぐれもマネしないようにしてくれ。
さて、うまいことガキをいなしてオレはご満悦だった。
だから気がつかなかったんだ。
一往復を終えて、二往復目に突入したとき……。
オレの背後に、人間の底知れぬ悪意がヒタヒタと忍び寄っていたことを……。
「えいッ!」
とガキのひとりが叫んだ。
その直後、オレのお菊の門にかつてない激痛がほとばしった。
「――ッ!? おばァァァーーッ!!」
オレは情けない悲鳴を上げながら地面に墜落した。
幸いなことに、雲梯から手を離す際、なんとかガキのいない場所をめがけて方向転換できたので大事にはいたらなかった。
つまり、犠牲者はだれひとりいなかったということだ。
……オレの肛門をのぞいては。
オレは地面にひざをついて、もだえ苦しんだ。
公園の土に額をこすりつけて、両手でケツを押さえる。とりあえず指で探ってみたところ、穴がもうひとつ増えた感じはないので、まあそこはヨシとしよう。ぜんぜんよくないけど!
オレがなかなか立てないでいると、周りに子どもたちが集まってきた。そのなかのひとり、犯人と思しき少年は、竹でできた30cm定規を手に持って申し訳なさそうな顔をしている。
なるほど、それでオレを攻撃したのか……。たしかにオレも小学生の頃、友だちとその竹定規でチャンバラごっこをやった覚えがある。
だがその長い棒で、人のケツにカンチョーをブチかまそうなどとは、だれひとり考えなかったぞ? なぜなら、あまりにも危険すぎるからだ。フツーに考えたらわかるだろうが、くそったれめ……。
オレが地面でうめいている横で、背の高い女子が、竹定規の少年を叱りつけた。
「もう、剣持くん! 定規で遊ぶなって、先生に何度も言われたでしょ!」
「だってこの人、ぜんぜん靴取らせてくれないし……」
「だからって、カンチョーしちゃダメじゃん!」
貴様、剣持くんというのか。
名は体を表すとはまさにこのこと。
じゃあ、刺されてもしょうがねえか。
これもまた運命なり……。
オレの痛みが癒えないあいだ、子どもたちの興味は、オレが最後に発したナゾの言葉「おばァー!」へと移行していた。
協議の結果、かれらが導き出した答えは「たぶん死にそうなほど痛くて、一瞬死んだおばあちゃんの姿が見えたのではないか?」というものだった。
なるほど。それでオレは「おばァー!」と叫んだと。そう解釈したのか、きみたちは……。
だがね、ありがたいことにオレのばあちゃんは、まだふたりともご存命なのだよ。勝手に人の祖母を死なせるんじゃありません。
「おばあちゃんに会えたのなら、逆によかったのかな?」
「ということで、マッチョのオジサン。成仏してください。ナンマイダブー」
「この人まだ生きてるよ。動いてるし」
「ねえ、早く遊ぼうよ。時間なくなっちゃう」
そのうち子どもたちはオレに飽きたのか、みな散り散りになって好きな遊具で遊び始めた。
その場にひとり残されたオレは、ケツに残ったわずかな痛みをこらえながら立ち上がった。
正直、令和キッズをナメていた。まさかこんな手段でこのオレ、ビッグマスクを雲梯から引きずり下ろすとは……。
まったく、末恐ろしいガキどもめ。きっとこのなかから次世代のスーパーヒーローが誕生するにちがいない。
いやァ、ニッポンの未来も明るいねェ~、うん。これは決して負け惜しみ言っているわけじゃあないぞ。おー、イテテ。ケツいてえ……。
いつの間にか、周りに子どもも増えてきたし……。今日はもう筋トレできそうにないな。ここはあきらめて、いったんワーバーに切り替えていくか。
そう思って、オレは雲梯の横に置いてあった自分の手提げバッグに手を伸ばした。
そのときだった。
ズズンという地鳴りとともに地面が大きくゆれる。
一瞬、地震かと思ったが少しゆれ方がおかしい。
案の定、怪獣の接近時に聞こえる、地面を削るようなゴリゴリという音が聞こえてきた。
だが、どういうわけか、オレのヒーロー遺伝子はいっさい反応しなかった。いつもなら首の後ろに感じるピリピリした感覚がないのだ。
ということは、まさか……
これは怪獣ではなく、地底人の襲撃か!?
つぎの瞬間、公園の中央の地面がメキメキと盛り上がった。
地面のなかから出てきたのは、円錐形の尖塔のようなものだった。
……いや、よく見ると、あれはドリルの先端部分だ。
銀色に光るドリルの先端が、大地から顔を出していた。
すると突如――
そのドリルが、ボンという音を立てながら大きく開花した。
ようは、傘が開く感じだ。
オレは、あれがなんなのかをよく知っている。ニュースの映像でも見たことがあるしな。
あれは通称『ドリルパラソル』と呼ばれる代物だ。地底人が地上に侵攻してくる際に使う移動手段のひとつである。
見た目は、オレたちの使う傘にそっくりだ。ハンドルに中棒、その上に傘が乗っている構造。
だが傘の生地の部分がドリルの刃になっていた。また中棒には骨組みがない代わりに、ドリルの刃を回転させるための動力装置が搭載してあった。
地底人は、この特殊な傘を使って、地殻内をモグラのように掘り進んで移動するらしい。
人間の道具で言えば、水中スクーターのようなものだといえばわかりやすいだろう。ヤツらはあの傘で地中を泳ぐのである。
ちなみにだけど――ドリルパラソルは地中を掘り進むとき、傘が鋭角になる(そのほうが土をよく掘れる)。
それが地面から出てくると、地中の摩擦から解放されるので、傘がボンと音を立てて、大きく開くのだとか。
つまりオレは、いま目の前でその現象を目撃したことになるわけだ。
さて、ドリルパラソルの傘がいきおいよく開いて、周囲に土煙が舞った。
煙が晴れると、公園の地面にはクレーターのような穴ができていた。
そこに赤い肌をした、ひとりの地底人が傘をさして立っていた。長い髪をゆらして優雅にたたずんでいる。
胸のふくらんだ長身の姿形。凶悪そうな戦闘服の上で、自信に満ちた顔がのぞいている。
あのガタイに、あのオーラ……
まちがいない。
あれは怪人……
しかも、女の怪人だ。




