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第05話 お風呂はさすがに待ってくれ!②

「さあこい、バケモノ! その勝負、受けて立つぞ!」


 オレはそう叫ぶと、左足を前に出して前傾姿勢を取った。

 あまり股を開きすぎないように注意しながら、重心を前に移して、両足でしっかりと大地を踏みしめる。

 そしてデーモンゴートの突進を受け止めるため、両手を前に伸ばした。ゴートには二本の角がある。それを手でガッチリと捕まえてやればいいわけだ(もちろんトガッていない部分を、ね?)。

 それで敵の動きを押さえたら、あとはこっちのものだ。相手がブッ倒れるまで、頭をガンガンと打ちつけてやればいい。


 それから事態は迅速に動いた。

 オレの準備が整うが早いか、デーモンゴートは大地を蹴って走り出した。


 路上に散らばる車を蹴飛ばし、道路に隣接する建物を踏みつけて、デカい両角で周囲の電信柱をつぎつぎと引き倒しながらの大狼藉だいろうぜきである。

 まっすぐとオレのほうに向かってくる。多少足もとに障害物があるせいか、ゴートのいきおいは押さえられているような気がするが、果たして……。


 目の前に迫りくる怪獣に手を伸ばす。

 オレの両手がその角をガッチリと受け止めた。


 バチンという大きな音とともに、手のひらに痛みが走る。

 突進の衝撃は、手のひらから腕に、そして肩へと伝わり、鍛え抜かれた体幹と下半身の筋肉がそれを受け止める。

 オレは両足を踏んばって、どうにかヤツのいきおいを殺そうと奮闘した。


 しかしそのとき、道路上に一陣の風が吹いた。

 おっと、これはマズい!


 デーモンゴートの引き起こした突風が、オレの股間に襲いかかる。オレは急いで内股になると、風の衝撃を身体の両サイドへ逃がそうと試みた。

 とっさの作戦はうまくいった。タオルは無事めくれることなく、オレの股間は風の攻撃から守られたのだ。

 ところが、一難去ってまた一難。今度は、足に踏んばりがきかない。

 内股になって体勢が崩れたせいだ。オレの両足がアスファルトの上でザリザリと悲鳴を上げる。

 ゴートの強烈な突進力を前に、オレの身体がどんどんと後方に押しこまれていく。


 そして――なんてこった。

 ここで、さらに残念なお知らせがひとつ。


 腰に巻いたタオルの結び目が――

 いまにも、ほどけそうになっています。


 マジかよ!? こんなときに!!

 うかつだったぜ。戦いを始める前に、もっと強くギュッと締めておけばよかったんだ。なぜこんな大事なことに気づかなかったんだろう? どれだけマヌケなんだ、オレは……。

 このままだと、ビッグマスク最大の秘密が全世界にご開帳されてしまう。早いとこ決着をつけないとヤバいって、これは! いや、マジで!

 だが、デーモンゴートの突進が止まる気配はない。チクショー、マズいぞ。結び目がさらにゆるむ。

 タオルがずりおちて、オレはヒーローとしての威厳を失う。

 ああ、ああああ……。


 いかん。落ち着け、オレ。

 ここはいったん怪獣を脇に逃がそう。オレはいま両手でゴートの角を押さえている。

 だったら、この腕を左か右、どちらか一方に動かして、ゴートの頭をべつの方向に向けるんだ。そしてゴートを見当ちがいの場所に突進させる。

 それですきが生じたら、いったん怪獣と距離を取る。急いで腰のタオルを締め直して、体勢を立て直すんだ。

 それから……。

 …………。

 ……。


 ……いいや、ちがうだろ?

 そうじゃないだろ?


 オレの理想とするヒーローは、だれよりも勇敢で、熱いハートを持った無敵の人物だ。

 そういう破天荒な人間は、どんなに不利な状況にあったとしても決して引かない。バカみたいに突っこんで、活路を切り開いていくはずだ。

 ヒーロースーツのシールド率、たったの9%。周りからは「やめろ」と何度も言われた。「あきらめろ。おまえには才能がない」って……何度も、何度も……。

 だからオレは、そういった周りのクソみたいな決めつけを全部蹴っ飛ばして、オレみたいなヤツでもヒーローになれるんだって証明するために、大見得を切って、肩ひじ張って、いまここに立っているんじゃあないのか?


 だったら退路は必要ない。ひたすら前に進めばいい。

 しみったれた戦い方はするな、ビッグマスク。


 サービス全開、大盤おおばんい。無理を承知で突っこんで、羊野郎の顔面に、道理という名の鉄槌てっついを目いっぱい叩きこんでやれ。

 防御は捨てろ。攻撃あるのみ。タオルを捨てて、勝利を手にする。だけどそれでいて、ヒーローとしての威厳を守る方法……。

 あるじゃないか、ひとつだけ。オレには見えるぞ。そのわがままを成立させる、勝利への道筋が――ッ!


「喰らえ、ビッグマスク奥義! 火事場のカニばさみ!」


 オレはそう叫ぶと、ゴートの両角を持ち上げて、地面を蹴り上げた。

 ゴートの胴体をめがけて股を開く。タオルの結び目がほどけて、どこかに飛んでいってしまったが、そんなの構うものか。

 オレは開いた両足で、ヤツの前足を抱えこむ形で、その胴体をカニばさみ。ガッチリとゴートの身体を拘束してやった。


「どうだ、見たか! 股間を隠すタオルがないなら、怪獣の身体で隠しちまえばいい! なんという賢さ! なんという高IQ! えらいぞオレ! よくやった!」


 ……と、どうせだれも褒めてくれないので、自分で自分を鼓舞する。

 作戦は奇跡的にうまくいったようだ。案の定、ゴートは予想外の攻撃で身動きが取れなくなっていた。

 だが、この体勢はけっこう無理がある。長時間は維持できない。実際、暴れまわるゴートの前足がオレのタマに当たっていた。

 モタモタしてたら、急所を蹴り飛ばされるのも時間の問題だろう。ここは、いっきに畳みかけなければなるまい。

 オレは、目と鼻の先にある怪獣の羊っつらに向かって、ヤツのうなり声をかき消す咆哮ほうこうを浴びせかけた。


「さあ、怪獣め! つづけて行くぞ! さらに追加のビッグマスク奥義! 喰らえ! 恐怖のヘドバン葬送曲レクイエム!」


 さて、ここからはオレの独壇場どくだんじょうだ。

 ビッグマスクをビッグマスクたらしめる、唯一のアイデンティティが羊野郎に襲いかかる。

 恐怖のヘドバン葬送曲レクイエム――名前のとおり、ヘドバンとはヘッドバンギングのこと。ロックミュージックやヘヴィメタルで、ミュージシャンが演奏中に、頭をはげしく前後にゆらす、アレのことだ。

 で、この芸術的行いを格闘技に置き換えると――「連続でバカみたい頭突き攻撃をくり返す」という最高に頭の悪い、ドタマをかち割る打撃技へと見事に昇華されるのである。


「オラ、オラ、オラーッ! 正義のヘヴィメタルをとくと味わえーッ!」


 オレの連続頭突きが、デーモンゴートの眉間にしこたま叩きつけられる。

 ゴートが悲鳴を上げ、口からよだれを垂らしているが、オレは決して手をゆるめることはない。むしろその悲鳴をBGMに、オレのヘドバンは、よりいっそうはげしさを増していった。

 そして十六発目の頭突きがお見舞いされたとき、ゴートの額にヒビが入り始めた。


 十七、十八、十九……。

 ヒビ割れが頭から全身へと広がり……


 そして、二十発目を叩きこんだところで――

 デーモンゴートは、断末魔の声を上げて力尽きた。


 ゴートがひざから崩れ落ちる。その身体が黒い霧となって、空中にブワッと拡散していく。

 オレはその濃い霧が消えないうちに、あわてて地面からタオルを拾い上げると、おのれの腰に巻きつけて、無事に事なきを得た。

 黒い霧が消え去ったあと、その場に残されていたのは、仁王立ちする正義のヒーローがただひとり。


 このオレ、ビッグマスクが!

 腰に手を当て、野次馬どもを指さして、かれらにひと言物申す!


「平和を守って、威厳も守る! これぞビッグマスク流! ヒーローとは、かくあるべしッ!」


 決まったァー!

 さあ、どうだ? ニッポンの警察よ。

 これでなにも文句はあるまい?


 意識を周囲の声に集中する。

 すると、オレの戦いを見守っていた警察官の会話がふたたび聞こえてきた。

 ベテランが新米の女性警官に話しかけている。


「どう、新人くん。ポロリは撮れた?」

「うーん、微妙っスね。でもいい映像が撮れました。署にもどったら、みんなに自慢しましょう」

「なあ、その映像。あとで、オレにもちょーだい」

「いいスけど……。どうしてです?」

「うちの息子が喜ぶんだよ。まったく……。ウンコ野郎のどこがいいんだか」


 どうやら警察官は満足してくれたようだ。とりあえず、今回は逮捕されずにすみそうである。

 オレはほっと胸をなでおろすと、急いで銭湯のほうに引き返した。

 途中で変身が解除されてしまったが、まだ大丈夫だ。住民はドームの外にいる。かれらが転送されてくるまで若干の余裕があるのだ。

 そのあいだに馬の湯にもどり、荷物を回収する。あわただしく服を着て、転がるように店の外へと飛び出した。

 残念だが、もうあの銭湯には通えそうにない。店主のジイさんには、オレの正体がバレた可能性が高いからな。

 いろいろ詮索されるとめんどうなので、今後は店の前を通るのも避けたほうがいいかもしれない。うーん、残念無念。


 さて、こうして広守市にまたも平和が訪れたわけだが……。

 本日の戦い。出だしはかなり最悪だったが、最終的には、なかなかいい形で終われたのではないだろうか。

 ビースト級の怪獣を極限の状態で倒せたし、なによりオレにファンがいることも確認できた。

 あの警官の子どもがオレを好いてくれているという情報はかなり心に響いた。オレは市民に嫌われてばかりいるものだと思っていたが、必ずしもそうではないらしい。

 だれかに応援してもらえるのは素直にありがたい。やはり子どもたちは、ヒーローのよき理解者だ。

 真にカッコいいヒーローとはなにか? かれらは、それを本能的にわかってくれていると思うね、うん。


 ちなみにだけど……。

 この戦いのあと、ネット上の一部の界隈である疑惑が持ち上がったそうだ。


 それは「あの戦いの最中、ビッグマスクのタオルの下からタマがはみ出てなかったか?」というチョーくだらないものだった。どうやらそういう風に見える写真が、どこかのSNSに投稿されたらしい。

 で、この疑惑をめぐって、ネット民は大ゲンカ。「どう見ても影だろ派」と「やっぱりタマだろ派」のふたつに分かれて、壮絶なレスバトルがくり広げられたそうです。

 あげくの果てに、タマだろ派の一部の過激な連中が、オレのMikipediaのページを「ビッグマスク」から「キンタマスク」に書き換えたりとやりたい放題。

 あと生成AIを使って、オレの画像に動物のキンタマを合体させて遊んでいる連中もいると聞いたぞ。まったく、どんな遊びだよ……。


 ということで、暇を持て余すネット民たちよ。

 オレからひとつ言わせてくれ。


 おまえらなァ……。オレの粗探しならぬタマ探しをするくらいなら、もっと有意義なことに時間を使ったらどうなんだ?

 無職なら仕事を探すとか、独身なら相手を探すとか、もっと見つけなきゃならないものがいっぱいあるだろ?

 それなのに、なぜタマなんだ? オレのキンタマに時間を使う? なんで? どうして? おまえらバカなんじゃないのか?


 ……といったことを我慢できずに、ネットの匿名掲示板に――もちろんオレの正体がバレないようにして――書き込んだところ、タマだろ派の住民から、以下のような返信をもらった。

 そこには一行でこう書かれていた。


「なぜって、そこにタマがあるからじゃんw」


 ……まったくもって、度し難い。

 ヒーローにも救えぬ命はあるのである。



 ◇



 さて、つぎのお話は――


 公園で遊ぶ子どもたち。

 そこに混じって、遊具で筋トレする進太郎。

 その平和な日常に、とつじょ地下からナゾの侵略者が!

 はげしくゆれる地面! まさか怪獣の襲来か?

 だが進太郎のヒーロー遺伝子はいっさい反応しなかった。

 それもそのはず!

 大地の底からやってきたのは、怪獣ではなく怪人だった!

 果たして進太郎は、生身で子どもたちを守り切れるのか?


 次回、第6話「巨大化せずとも待ったなし!①」


 つぎはピンチだ! 応援してくれ!

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