第04話 お風呂はさすがに待ってくれ!①
オレの名前は、諸田進太郎。
ここ東京の広守市で、巨大ヒーローを――
って、そんなことはどうだっていい。
いまはそれどころじゃない。今回はマジでヤバい。
街なかで、便器にまたがるのとはわけがちがう。
シャレにならんぞ、今回のこれは……。
事の起こりは、いまから少し前にさかのぼる。
今日、オレは銭湯に行った。
……話の入りからして、もうすでにヤバい気配がビンビンに漂っているが、そこはいったん置いておこう。
オレの住んでいるオンボロアパートは浴槽がひどくせまい。なので、たまに大浴場で羽を伸ばしたくなる日がある。
そんなとき、オレは近くの銭湯に行く。馬の湯という名前のこじんまりとした銭湯だ。
たぶん、オレがいま住んでいる町「馬須江町」にちなんで、この名前になってるんだと思う。
馬の湯は、正直見た目がかなりボロっちい。
店の場所も分かりづらい。民家の路地裏にある、ちょっとした隠れ家的な銭湯で、営業時間は午後二時からスタート。
とうぜんオレは、その時間を狙って店に行く。変身抑制のないヒーローが、銭湯でとつぜん巨大化したら、それこそ大迷惑だからな。
オレが変身時にヒーロードームを展開すると、近隣の住民だけでなく、お湯に浸かっているお客さんも全員ドームの外に転送されることになる。
もちろん、そこはヒーローの能力。「みんなのアレがアレしちゃう!」なんてハレンチな事態は起こらない。
銭湯にいたお客さんは全員、ヒーロースーツに近い素材の衣服を身にまとって外に送られるので、市民のプライバシーは十分に守られる。
なので、そこは問題なし。
だけど、迷惑なものは迷惑だ。
開店前に店に並んで、できれば他のお客さんが入ってこないうちにササッと浸かって退散する。
それがオレの守るべきマナーだと思う。
というわけで、オレは今日も開店時間の三十分前に馬の湯に行って、店の前で待機していた。
とうぜんオレが一番乗りだ。並んでいるヤツはだれもいない。
しばらく待っていると、狙いどおりというべきか、店主のジイさんがオレの姿に気づいて声をかけてくれた(最近ちょくちょく通っているので、オレはもうここの常連なのだ)。
「おや、兄ちゃん。また早く来たのかい?」
「はい。一番風呂が待ちきれなくてつい」
「しょうがないねえ。もう準備できてるから入っていいよ」
「サーセン! ありがとうございます!」
店主のご厚意に甘えてさっそく店に入る。
最近は、けっこう早めに入店させてもらえることが多くなってきた。引っ越してきて二年。オレもだいぶこの町になじんできたのかもしれない。
脱衣所で服を全部脱いで、腰にタオルを巻く。
今日はもしかしたらサウナに入る余裕もあるかもなァ~、なんて期待に胸をふくらませながら、オレは風呂場の戸口をカラリと開けた。
とたんに、首の後ろに違和感を感じた。
ゾワリという感覚……波乱の予兆……。
いやいやいや、ないわー。
よりにもよって、このタイミングで?
ありえねえって……。
いや、マジで……。
「頼むから、なにかのまちがいであってくれーッ!」
思わず、そう叫んでいた。
というのが、いましがたあった出来事。
ここから先の展開は、その辺の小学生にだってわかる。
きわめて単純なことだ。
街にひとりのヒーローが降臨する。
顔だけマスクに覆われたマッチョマン。
全裸にタオル一枚を身に着けた正義の味方。
アイツは、いったいだれなんだ?
そう、オレだ!
オレがビッグマスクだ!
ほぼフルチンで、街にたたずむ巨大ヒーローが、いまここに誕生した。
マジやべーどうすんだこれ人生終わっただろ勘弁してくれ。
聞きました、奥さん? ついに全裸ですよ、全裸!
以前、公園のトイレで巨大化したことがあったけど……。でもそのときは、まだ上着を着ていたし、パンツとズボンも手の届く範囲にあった。
だけど今回は、腰にタオルが一枚。たったのこれだけ。
ほかに手持ちの道具はなし。一応、股間は隠せてはいるけど、しょせんはタオルだ。布は布でしかない。
なので、ちょっとでも強い風が吹いたらペローン。で、ポローン。はい、公然わいせつ罪で人生終了です。ありがとうございました。諸田進太郎先生のつぎの冒険にご期待ください。
……って、ことになりかねない。現に、オレのこの姿をながめている人々のなかには、法の番人である警察官の姿も確認できるのだ。
ほら、あそこ。
オレの右手にある、小高い丘の上の道路。
そこにふたりの警察官が立っていた。
タバコをふかすベテラン風の中年男性と、新米の女性警官のコンビって感じのふたりだ。
ふたりはパトカーを脇に止め、ガードレールの前に突っ立って、こちらをガッツリ凝視していた。
案の定、オレの耳にかれらの会話が聞こえてきた。
新米がベテランに話しかける。
「先輩。あれって逮捕できるんスか?」
「どうだろうなー。きわどいところは隠れてるし、微妙じゃねーか?」
――って、さっそく逮捕しようとしてる!
ちょっと話が早いんじゃないですかね、おまわりさん? オレ、一応正義の味方なんですけどォー?
しかも、こっちは善意のボランティア! 一銭ももらっていません! 政府専属のヒーローや民間で給料を受け取ってる連中とはわけがちがうんです!
それなのに! こんな貧乏ったれの弱小ヒーローを捕まえて満足ですか? ねえ? ねえってばッ!
だが、オレの心の叫びが届くはずもなく……。
新米ちゃんは、スマホのカメラをオレのほうに向けると、無慈悲にもこう言い放った。
「じゃあポロリの瞬間を押さえて、全国に指名手配しましょう!」
ベテランが笑って答える。
「ハハハ。いいね~。でも、できるかなー? ヒーローの指名手配」
――いや、できてたまるかよッ!
こっちは命がけで(しかもフルチンで!)街を守ろうとしてるんだぞ? それをポロリのひとつやふたつで逮捕されたら、オレがあまりにも可哀想だろうがァー!
正直、腹立たしいったらない。
いますぐ警察官のところへすっ飛んでいって、抗議してやりたいくらいだが、あいにくそういうわけにもいかなかった。
だってさァ……。
もういるんだもん、怪獣。
怪獣は、すでにオレの目の前にいます。
目の前といっても、三百メートルくらい先かな?
広守駅に向かう幅広い道路。
そこに巨大な羊っぽい怪獣が一匹、四つ足で立っていた。
見た目は、角の生えた地獄の羊って感じ。オオツノヒツジにも似ているが、あれよりもだいぶ毛深い印象だ。
がっしりとした肩幅のムキムキの肉体。するどくて大きい二本の角。左右に三つずつ、合計六つの黄ばんだ目をもつ巨獣型怪獣。
こいつは前に図鑑で見た覚えがある。
名前は、たしか『デーモンゴート』だ。
脅威レベルは小、ビースト級の怪獣。強さはアニマル級のひとつ上。
データ上は、たいした敵ではなさそうに思えるが……。しかしビースト級は、攻略難易度の幅が大きいことで有名だ。ランク的には、この辺りの怪獣から戦闘が格段に難しくなっていく。
ある意味、ビースト級怪獣との戦いは、駆け出しのヒーローにとっての登竜門のようなものだ。
このランクの大物を単独撃破できるかどうかで、そいつにヒーロー職の適性があるのかどうか、はっきりわかると聞いたことがある。
まあ、とうぜんオレはビースト級を何度も倒したことがあるので、ヒーローには向いているほうだといえるだろう。
しかし今回のこの状況は、かなり特殊である。
全裸にタオル一枚。警察官の監視つき。周りの群衆も興味津々で見守っている。このヤバい条件のもと、オレは怪獣を倒さねばならないのだ。
おそらく世界初だろうな。フルチンの一歩手前で怪獣と戦うバカは……。
この苦難をポロリすることなく無事に乗り切れたら、きっとオレは伝説となるにちがいない。
……いや、無事に乗り切れなくても、それはそれで伝説になるのか。
って、そんなのイヤだよ! だれか助けてくれ~!
だが、デーモンゴートには、こちらの事情などいっさい関係ない。
ヤツはやる気満々のようだ。六つの目でオレをにらみつけ、鼻息を荒くしている。
オレはゴートを刺激しないように、ゆっくりと横歩きで移動を開始した。
馬の湯のあった場所から、カニのように足を動かして、そーっと道路上に立ち位置を変える。
なぜこんなことをするのか?――地の利を得るためだ。
足もとに建物が並んでいたら、戦闘の最中に転びかねない。すべてはポロリを避けるため。
悲しいかな、いまのオレの行動は、腰につけたタオル一枚に支配されているのである。
こうして、えっちらおっちらとカニ歩きしながら、オレは無事に移動を完了させた。
これでオレと羊野郎は、片側二車線の道路上、おたがいに一直線でにらみ合う形となったわけだ。
道路の幅はせいぜい十数メートル。ビッグマスクの身長は約五十メートルなので、この体格だと足もとはけっこうギリギリな感じ。でも両足を踏んばるだけのスペースは確保できている。
一方、デーモンゴートにとっては、この道路は少しせまいようだ。ヤツの身体が道路からはみ出ている。この状況が多少なり、戦闘に有利に働いてくれるといいのだが……どうだろうな……。
道路上で、両者がにらみ合う。
すると、さっそくゴートが前足を踏み鳴らして威嚇を始めた。
四足で角ありの怪獣の攻撃手段は限られている。突進して角を突き立てるか、もしくは後ろ足で蹴っ飛ばすか。だいたいがこの二択だ。
だからこういった怪獣を倒すときは、側面にまわりこんで横っ腹を攻めるのがセオリーなんだが……。いまのオレにはそれができない。
いまのオレがちょこまかと動き回れば、タオルがめくれてチンチラ不可避。「ビッグマスクって、いうほどビッグでもなかったよね~w」なんてあらぬウワサを立てられて、試合に勝って勝負に負けた状態になりかねない。
なので、タオルがめくれるのを気にしながら大立ち回りするくらいなら、このままヤツの突進を真正面から受け止めて、頭突きで勝負を挑んだほうがよっぽど賢いと見た。
幸いオレは「頭突き対決」には、けっこう自信がある。
オレは頭部だけがマスクに覆われた弱小ヒーロー。これをスーツのシールド率に換算すると、たったの9%と我ながら情けない数値になってしまう。
しかし、それがビッグマスクの唯一の長所にして、武器なのである。
特殊なヒーロースーツに覆われた、この頭突きだけは、だれにも負けない、負けてはならない。
このちっぽけなプライドと意地が、オレのチカラを底上げしてくれる!
そこに勝機はある!
「さあこい、バケモノ! その勝負、受けて立つぞ!」




