第02話 お食事中でも待ったなし!①
オレの名前は、諸田進太郎。
東京で暮らす、ごく普通のアルバイター。
弱冠二十歳のちょっぴりマッチョな好青年。
というのは、仮の姿で――
その正体は、ここ広守市で怪獣と戦う正義のヒーロー。
人呼んで『ビッグマスク』とは、オレのことだ。
頭の部分だけがスーツに覆われた巨大ヒーロー。
だから、この呼び名がついたらしい。
「ふう。配達完了っと。そろそろ昼飯にするか~」
初めて訪れたマンションのエントランスから外に出る。
背中には、ワーバーイーツの配達バッグ。こいつは、オレのビンボー生活を支えてくれる大事な商売道具のひとつだ。
スマホ片手にポチポチと、フードデリバリーやスキマバイトで食いつなぎ、その合間にボランティアでヒーロー活動をする。
それがオレのような弱小ヒーローの現実。正義のヒーローを気取りつつも、その実態は、ほとんど売れない芸人と同じなのである。
ツラいよなァ、フリーのヒーローって……。
だけど、オレは負けないぞ!
マンションの外に停めてあったクロスバイクにまたがると、オレは颯爽と走り出した。
目指すは広守駅方面。駅の近くには、オレのお気に入りのスポット「八百木公園」がある。
自然の多い場所で食べる弁当は最高だ。ちょっとしたピクニック気分を味わえる。おかげで、より飯をウマく感じるのだ。
公園に着くと、オレは駐輪場にチャリを停めて、さっそく園内をうろつき始めた。どこか良さげなベンチが見つかるといいなァ……。
公園はすっかり春めいた景色。まさに絶好のお散歩日和って感じ。周りには、お年寄りや親子連れの姿も確認できた。
なるべくほかの人の迷惑にならないよう食事しなきゃな~、なんて考えていたら、公園の一角で空きのベンチを発見!
陽に当たっていてポカポカと暖かそうな場所にあった。周りにはだれもいない。ここなら子どもの蹴ったサッカーボールが飛んでくる心配もないだろう。
オレはベンチに腰かけると、脇においたバッグの口を開いた。なかに手を突っこみ、念願の弁当を取り出す。
さて、本日のオレの昼食は……ジャジャ~ン!
ボリューム満点の唐揚げ弁当!
これは駅前の商店街で入手したもの。SNSで話題のコスパ最高のお弁当屋さんで購入した。
実際、手に持っただけでそのスゴさが伝わってくる。
ずっしりとした重み。弁当のプラ容器のフタが中身の唐揚げに押し上げられて、茶色いドームを形作っている。
このボリュームで七百円? 信じられない! どうやって利益を出しているんだろう? ナゾだ……。
お店の人の営業努力に感謝しつつ、さっそく弁当のフタを開ける。
弁当の中身は、ギュウギュウに詰めこまれた白米の上に、唐揚げがボコボコ乗せてあるという、じつにシンプルな内容。
まさに、肉体労働者向けのドカタ飯といった感じだ。
「それじゃ、いっただきま~す!」
と、オレが割りばしで唐揚げをひとつ持ち上げて、口に運ぼうとした。
その瞬間だった。
首の後ろにゾワリとした悪寒が走る。
心臓がドクンと高鳴り、身体じゅうの血管がブワーッと広がっていくようなイヤ~な感覚が全身を支配していく。
おいおい、マジかよ……こんなときに……。
勘弁してくれ……。
周囲を見渡すと、すでにドームは展開されていた。
始まったのだ。変身抑制のないヒーローの変身がいま始まった。
さて、オレの変身プロセスは、つぎのような工程をたどる。
まずオレの爬虫類脳に眠る『ヒーロー遺伝子』が、近くにいる怪獣の存在を感知。
すると、ヒーローとしての覚醒が始まり、オレの頭部が特殊な素材でできたマスクで包みこまれていく。
それからオレの身体と、身体にふれている物に対して巨大化の魔法がかかる。
オレの私服や靴、手に持っている弁当はもちろんのこと、片ひじを置いているワーバーのバッグ、いま座っている公園のベンチもまとめて、まばゆい光を放ちながら大きくふくれ上がる。
この一連のプロセスには、三秒とかからない。
本当にあっという間の出来事なのである。
こうしてビッグマスクは街に降臨する。
半壊した公園の上で、バカでかいベンチに座って、のんびりと街を見下ろしながら弁当を食うマヌケなヒーローがいま誕生した。
近隣の住民にとっては、オレの存在は迷惑きわまりないだろう。
だって巨大化したベンチは、公園のとなりにあった建物にガッツリめりこんでいたし……。
オレの右足は、子どもたちが遊んでいた砂場を完全に踏みつぶしていたからね。
ということは……
オーマイガーッ! なんてこったッ!
オレは幼い子どもたちを、無惨にも踏み殺してしまったのかッ!?
な~んてことにはならないので、ご安心を。
オレたち巨大ヒーローは変身するとき、まず最初に、周囲の空間に『ヒーロードーム』と呼ばれるドーム状のバリアを広く展開する。
これはオレの近くにいる住民を、瞬時にドームの外へ転送して、避難させる役割を持っている。
じゃあ、巨大化の際に壊れた建物はどうなるのかって?
もちろん、それも問題なし。
ヒーロードームは怪獣との戦闘が終わると、ドーム内の環境を自動で修復する機能も備えているのだ。
だからヒーローの出現時や戦闘中に壊れたものは、あとでちゃ~んと全部もとどおりになるってわけ。
「ふーん。ずいぶんと都合のいい能力もあったもんだねぇ~」と思うかもしれないけど、このヒーロードームのおかげで、巨大ヒーローは世間にその存在を許されている部分がある。
なので「社会に適応するために、巨大ヒーローはいまの形に進化したんだろうなァ」とオレは考えている。
さて、労働後の遅めの昼食に、巨大化というありがたくないスパイスが加わったところで……。
変身直後の恒例行事。本日の野次馬、その第一号の会話がオレの耳に飛びこんできた。
ドームの外、駅前のタワーマンションの上階。
そこのカフェスペースでお茶会を楽しむ、お金持ちのご婦人が三人。
彼女たちは窓辺で街を見下ろしながら、つぎのような会話をしていた。
「やだわ。なにかしら?」
「きっと怪獣が出たのよ。ほら見て。あそこにヒーローが」
「あれはたしか……トイレットマスクさん、でしたっけ?」
ビッグマスクだ、マドモアゼル。
と訂正したくなるが、まあ以前の便器事件の影響だろうな。
『広守の自演ウンコマン』と呼ばれないだけマシか。
ここは我慢、我慢っと……。
そして、さらにご婦人方の会話がつづいた。
「見て、あのお弁当。ずいぶんと茶色が多いわね」
「ワーバーのバッグを持ってるってことは、肉体労働者でしょ。だから、ああいう脂っこいお弁当ばかり食べてるんじゃないかしら?」
「ね~。若いうちはいいけど、あれじゃ将来ブクブク太りそう」
まったく、広守のマダムときたら……。
いいか? オレは仮にもヒーローだ。
だから、とうぜん普段から筋トレで身体を鍛えているし、もちろん食事にも気を使っている。
脂質を抑えて、タンパク質と炭水化物を重視したメニュー。鶏の胸肉を軸とした、PFCバランスの良い献立を心がけているのだ。
あ、でも今日のお弁当は別ね! これは普段がんばっている自分へのご褒美なので、こうなっています。
そう、今日はなんといっても、月に一度のチートデー。好きなものを食べるって決めて、超ハイパーカロリーな弁当を買ってきてしまったのだ。
オレだって、たまにはこういうの食べたいしね。でも、めったに食べないよ。ホントだよ。
……ということで、ご婦人方。普段の人の食生活を、勝手に決めつけないでいただきたい!
以上、ビッグマスクの反論でした!
「たぶん、かれ独身ね。栄養管理できてなさそうだし」
「野菜も食べなきゃダメよ~」
「ね~」
いや、食ってるし! 野菜食ってますから!
市民様の高みの見物に若干ピキリつつ、弁当をバッグにしまう。
こんなことでいちいち腹を立てていてもしょうがない。
こっちはお腹がペコペコなのだ。
さっさと怪獣を片づけてしまおう。




