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第01話 トイレ中でも待ったなし!

 オレの名前は、諸田もろだ進太郎しんたろう

 東京の広守市ひろもりしで、巨大ヒーローをやっている者だ。

 首から下は私服、頭の部分だけがマスクに覆われた奇妙なヒーロー。

 人はオレのことを『ビッグマスク』と呼ぶ。


 さて、軽く自己紹介がすんだところで……

 オレはいま、とんでもない事態に直面していた。


 遠く離れたビルの屋上で、制服姿の男子中学生がふたり立っている。

 かれらは巨大化したオレの姿(つまり、ビッグマスクのことだ)を遠目にながめながら、つぎのような会話をしていた。


「ウソだろ……」

「ヒーローが……ウンコしてる!」


 いかにも、そのとおりである。

 それ以外に表現のしようがない。いまのオレは、人生で一二を争うほど最悪な状況に置かれていたのだ。

 白昼堂々、住宅街のド真ん中で、身長約五十メートルの巨大ヒーローが、これまた巨大な洋式便器に腰を下ろして用を足している。

 とうぜん、ズボンもパンツも履いてない。足もとに下ろしたままだ。


 どうして、こんなことになったのか……。


 簡単に説明すると、オレには『変身抑制』がない。

 オレのヒーロー遺伝子は、近くに怪獣の出現を感知すると、強制的にヒーローへの変身を開始する。

 だからオレは怪獣と遭遇するたびに、いつでもどこでも、身体が勝手に巨大化してしまう症状に悩んでいた。


 で、今回は公園のトイレで用を足していたところ、この始末ってわけだ。

 幸いなことにヒーローは巨大化するとき、身体に触れている物も同じスケール感で大きくなるという特性を持っている。

 その結果、便器も大きくなった。

 おかげでオレは、おのれの一番汚いところ――この際だから、はっきり言う。ケツだ。用を足したてのケツのことだ――を世間にさらさずにすんだわけなのだが……。


 と、ここで、ビルの屋上にいる中学生の会話がふたたび聞こえてきた。

 ふたりともスマホをオレのほうに向けて(オイやめろ!)、なにやら話しこんでいる。


「あの人……。さっきから、考える人のポーズで固まってる」

「そりゃ固まるだろ。どうやってパンツ履くんだろ?」


 素晴らしいご指摘をありがとう、クソガキども。

 ヒーローは地獄耳だ。こうして聞きたくない会話も、勝手に耳に入ってきてしまうのである。

 コンチクショーめ。まったく、イヤな能力だよねー。


 だが悲しいかな。少年たちの言うとおりだった。

 いったいこんな状況で、どうやってパンツを履けというのか?

 中学生だけじゃない。大人も子どもも老人も、大勢がオレを取り囲んで見つめているんだぞ?

 この衆人環視のなかで、もとどおりパンツを履くのは至難の技に思えるが……。


 なにか妙案はないだろうか……。

 考えろ、オレ……なにかあるはずだ……。

 オレの脳みそのどこかに隠れてないか?

 なにか素晴らしいアイデアが……。

 ………………。

 …………。

 ……。


 あーダメだ。

 なにも思いつかない。

 こうなったらイチかバチか、わずかな可能性にかけるしかないか。


 オレは考える人のポーズを解除すると、半ばヤケになって天を仰ぎ見た。

 そして空の彼方を指さして、周りに聞こえるよう大げさに声を上げた。


「ああ~~ッ!! アレはなんだァ~~ッ!!」


 ここで一瞬の間を置いて……

 よし、いまだ!


 オレは便器の上で身体を前に傾けると、足もとにすばやく手を伸ばした。

 パンツとズボンを引っつかんで、瞬時に上へと引きもどす。


 ミッションコンプリート!

 やった! これで見事にズボンが履けたぞ! 一瞬のスキを突いて、市民の目をあざむいてやった!

 まあ、ケツが拭けなかったのは残念だが、しかし不始末のケツは拭けた! 今日のオレに運はなかったが、でももう一方のウンはなかったことにできた……はず!(ホントかなァ?)


 どうだ見たか、市民ども! これぞ、ビッグマスクの実力よ!

 どいつもこいつも、スマホ片手にご苦労なこって! だが本日のサービスショットはなし!

 オレのすばしっこさの前では、お前ら凡人の動体視力などナメクジ同然! 到底とうていついてはこられまい!

 この勝負、オレの勝ちだ! 残念だったな! わーはっはっは!


 ――とここで、ふたたび中学生の会話。

「……さっき一瞬見えたな」

「見えた!」


 ガッデム! チキショー! なんという屈辱! なんという独り相撲! バカ、バカ、バカッ! オレのバカーッ!

 オレの浅はかな企みは失敗した。しかも相手は野次馬の中坊って、おまえ……。あまりの情けなさに、くやしくて涙が出そうになる。

 だが、ヒーローは泣かない。こんなことではヘコたれないのである。なぜならオレには、まだとっておきの大一番が残っているからだ。


 それはヒーローとしての大事な役目――

 怪獣退治である。


 こうなったらオレのこの怒りは、怪獣の野郎に思っきりぶつけるしかない。

 オレは便器から立ち上がると、ファイティングポーズを決めて、周囲に声を張り上げた。


「さあ、いつまで隠れている! 出てこい、くそったれ怪獣め! オレのこの手で、ボッコボコのギッタンギッタンにしてやるぜ!」


 すると、オレの近くにあった道路がモコモコと動き出した。

 アスファルトにヒビが入り、そこから路面をブチ破って、本日の怪獣がオレの前に姿を現した。

 怪獣の見た目は、ひと言で言えばヘビだ。土でできたヘビ。それがトグロを巻いて、オレの腰くらいの高さで首をもたげて、こちらを威嚇している。

 見た感じ、脅威レベルは小。アニマル級の怪獣だ。

 こんなヤツは怪獣図鑑でも見たことがないが、たぶん載せるほどのタマじゃなかったんだろう。それか新種の怪獣かな? まあどちらにしろ、たいした敵じゃないのは明らかだった。

 しかし、問題はこの見た目だな。

 こいつの見てくれは……まるで……。


 オレの耳に、また例の中学生の会話が聞こえてきた。

 かれらはオレの思っていたことをズバリと代弁してくれた。


「いや、アレはどう見ても……」

「ウンコ……」


 まったくもって、そのとおりである。

 オレにもこいつの姿がまるっきりウンコにしか見えない。

 なんとも見事な巻きグソ怪獣……。ってか、なんでわざわざ直前の行為を連想させるような怪獣が出てくるんだよ。

 まさか新手の嫌がらせか?


 オレが内心毒づいていると、中学生がさらに会話をつづけた。


「ねえ、アレってさ」

「なに?」

「もしかして、ヒーローの出したブツが地中からもどってきたんじゃね?」

「マジで? めっちゃ自作自演じゃん!」


 ふむふむ。なるほど、なるほど~。

 つまり、アレか。オレの産み落としたウンコが怪獣となって、地の底から舞いもどってきたと……。

 これはそういうことか~。


「って、んなわけあるかーい! 喰らえ、ビッグマスク奥義! 愛と悲しみの右ストレート!」


 オレのくり出した鉄拳が、ヘビ怪獣の頭をとらえた。

 ヘビの頭がパーンとはじけ飛ぶ。ヘビ怪獣の肉体は、飛び散った部分もふくめ、黒い霧となって空中にかき消えていった。


 こうして無事に怪獣は退治された。

 ビッグマスクのおかげで、今日も広守市の平和は守られたのだ。

 かれの活躍は、目撃者の中学生によりSNSで拡散され、語り継がれるだろう。

 少年たちの授けた新たなヒーローネーム『広守の自演ウンコマン』とともに、永遠にネットの海を彷徨さまようのだ。

 ……って、勘弁してくれ~ッ!!



 ◇



 さて、つぎのお話は――


 貧困ヒーローの楽しみは、バイトの合間のお弁当。

 今日は月に一度のチートデイ。脂ぎった唐揚げ弁当が、進太郎の胃袋を背徳的な喜びで満たしてくれる……はずだった。

 しかし怪獣は、いつ何時なんどきでもやってくる。それはもちろん、お昼時でも関係なし。

 巨大化した進太郎。さらされる唐揚げ弁当。広守のマダムたちのきびしい視線が不健康な弁当に突き刺さる。


 次回、第2話「お食事中でも待ったなし!①」


 つぎもぜったいに見てくれよな!

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