婚約破棄サーガ(下)
ようやくタグの忍者要素登場です。
「ド、ドグマ?!ドグマの忍びだって?!」
「忍び・・・つまりは忍者!」
「忍者?!忍者がここにいるのか?!怖い!」
会場が騒然とするのも無理は無い。
ドグマ・・・それは、歴史の影で暗躍する悪の秘密結社である!
彼らは巧みなねずみ講と草の根運動により着実に構成員を増やし、現在その規模は全世界で100万人を超えると言われている。
強盗、殺人、放火、恐喝、詐欺、共同馬車を待つ行列への割り込み等、現在起こっているあらゆる悪徳犯罪はすべて「ドグマの仕業」とされているのである!
そして、ドグマの中でも忍者と言えば、最も凶悪な刺客として世界中から恐れられているのだ!
「ククク・・・ただの忍びじゃあないよ。ドグマの忍びの中でも認められた者のみ受ける事が出来る強化手術、その名誉に選ばれた―」
突如、偽ネフィリアは顔の皮を引きはがした!そこに現れたのは―
「ドグマ改造忍者兵 『素夢離絵』とはアタシの事さぁ!」
黒い忍者装束を身にまとった般若の如き顔をした怪人だった!
紫色の肌に鬼のような角を2本頭に生やした異形、その背中には、白字で『怒具魔』と書かれており、表の胸元にはブドウのアップリケが縫い付けられている!
「ヒ、ヒイィィィィーッ!!!」
傍にいたクラトンは余りの衝撃に腰を抜かして床にへたり込み、あまつさえ公衆の面前だというのに失禁した!
無理もない。先程まで甘い言葉紡いでいた相手が、実は秘密結社の殺人兵器とも言うべき怪人だったのだから。
「ククク・・・よもやこんなに早く正体がばれるとはねえ・・・まあ、大体そこの太っちょの言ったとおりさあ。この王子様をちょっとたらしこんで、ゆくゆくはこの王国をドグマの楽園に改造しようと計画してたんだがねぇ・・・しかしまあ、隙のない第一・第二王子とは違って、この甘ちゃん達はちょっと優しくしたらすぐコロッといっちまったから、始めは楽勝だと思ったんだが、ねえ。ボンボン共を焚き付けて、ちょいと最大の障害となるであろうそこの嬢ちゃんをどかそうとしたんだけど、まあ、思うようには行かなかったねえ。ヒッヒッヒッ。」
「・・・さすがにドグマの忍者と言えど、この国の騎士団は精鋭揃い。包囲されてはただでは済みませんわよ。」
日常とかけ離れた怪異を目前にしながら、メアリは気丈にも素夢離絵に対峙する。
「包囲?包囲だってえ?・・・ヒッヒッヒィ。それは普通の人間の話さあ。私らドグマの忍びにとっては、騎士団なんぞカカシ同然よお。まばたきする間に全員あの世行き、戦いにもなりゃしない。」
クックックッ、と素夢離絵はさも可笑しそうに嗤う。
「・・・まあ、とはいっても、今回はとちっちまったからねえ。そろそろお暇するとするかい。・・・ああ、心配しなくていいよ。行きがけの駄賃にこの会場の人間は全員ぶっ殺していくからねえ。」
「!!」
「そ、そんなっ!」
死刑宣告とも言うべき素夢離絵の言葉に、メアリ達主従は青ざめる。
「楽しかったよお・・・クラトン様ぁ♪アタシの手の平でコロコロ転がるアンタ達は滑稽で、傍から見ていて爆笑もんだったよぉ。まあ、アンタの間抜けなツラ、時々思い出して笑ってあげるからさあ♪」
「ヒイイイ・・・こんなの聞いてないよお・・・スーザン、スーザンはどこにいるんだあ・・・」
弱々しい声でクラトンが幼い頃からの乳母の名を呼ぶ。
ちなみにスーザンはクラトンが素夢離絵が化けたネフィリアにたらしこまれた当初、彼に苦言を呈していたが逆鱗に触れ半ば強引に解雇されている。その後は不憫に思ったメアリがこっそり手を回して自分の家で再雇用しているが、当然ここにいるわけもない。
「・・・と、その前に」
ジャキッ、と素夢離絵の右手の爪が針の様に伸びる!
「せっかくの楽しみをぶち壊してくれたアンタは、真っ先に殺してやるよぉ!」
突然、目にも止まらぬ速さで素夢離絵はガンガルに襲いかかる!
「危ないッ!」
「キャッ・・・!」
思わず叫び声を上げるメアリ達。
もはやガンガル男爵の命は風前の灯!
ガキィィィン!!!
「な、何ィッ!」
しかし、返ってきたのは肉を裂く音ではなく、何かを弾き返した硬質音だった!
見よ!素夢離絵の必殺の爪を、ガンガルがフォークで受け止めているではないか!
「やはりドグマの忍び、しかも改造忍者兵とは―」
ピキィッ、とガンガルの顔に縦に亀裂が走る。
「だが正体を現した以上、悪はここで滅び去るのみ!」
次の瞬間、ガンガルの体が左右に割れ―そこに現れたのは、赤い忍者装束で身を包み、金髪を後ろで束ねた一人の女性だった!
「ゲェーッ!!!き、貴様は!!!もしや国際平和機構の!!!」
「ア、アリーシャ様?!あなたはゼナム王国のアリーシャ・コーダンテ様ではありませんか?!私です!以前ゼナム王国に視察した際お会いしたメアリです!」
「いいえ。私は国際平和機構の特殊工作員『緋刃那』。決してゼナム王国の宰相の娘、アリーシャ・コーダンテなどではないわ。」
「そ、そうですか。他人の空似なら仕方ありませんわね。」
「お、お嬢様・・・あのお顔、どう見てもあの方はアリーシャ様なのでは・・・?」
「マルメ、世の中には知っていても黙っていなくてはいけない事があるのよ。」
「あ・・・はい。」
「き、貴様!いつからアタシの計画に気付いていた!」
「半年前にあなたがクラトン王子に近づいてから後、御付きの乳母であるスーザンを解雇したわね?恐らく計画の邪魔になると思って王子をそそのかしたのでしょうけど、極秘裏に彼女から国際平和機構へ調査の依頼が出されていたのよ。」
「・・・チッ、そういう事かい。やっぱり抜け目ない女だったよ。」
「ウ、ウェェ・・・ぼく、何にも聞いていないよぉ・・・」
ショックで一時的に幼児返りしたクラトンを脇に、対決は続く。
「指令を受け調査を始めた私は、しばらくしてこれが秘密結社ドグマの仕業だと確信したわ。そして、今回の舞踏会の開催を突き止め、あなたの正体を白日の下に引きずり出すチャンスだと思ったの。その為一番警戒されていないガンガル男爵の屋敷に潜入、メイドに変装して本日のおやつステーキ1kgに睡眠薬を混ぜ込んで本人とすり替わったのよ。もちろん睡眠薬の過剰接種による後遺症は心配ないわ。」
ちなみに本物のガンガルは、現在物置に縛られて絶賛爆睡中である。
緋刃那手製の睡眠薬の半分は、優しさで出来ているのだ!
「さあ、おとなしく縛につきなさい。さもなくば・・・ここで滅するのみ。」
「ククク・・・あんたが国際平和機構の犬とはいえ、お互い忍びの者。答えはわかりきってるはずだよ。・・・こんな風にさあ!キェェェイ!!」
言うや否や、素夢離絵の手から八双手裏剣が放たれる!
「!!ティッ!」
音速の速さで飛来したそれらを苦無ですべて撃ち落とす緋刃那。
―しかし次の瞬間、素夢離絵は大きく後方に飛び下がり間合いを大きく開けていた!
忍者の闘いにおいて、この距離の差は致命的!
「こうなればまとめてお陀仏だよぉ!ドグマ忍法『慕叙礼柔紡』!!!」
プシャアアアアッ!!!
次の瞬間、素夢離絵の全身から紫色の霧が大量に吹きだした!
霧はあっという間に会場全体を覆い尽くしていく!
「クッ・・・!これは毒霧!しかし、この芳醇で濃厚な香りは・・・!」
口元を覆いながら辺りを見回す緋刃那。するとそこには・・・凄惨な光景が広がっていた!
会場にいた参加者達が、顔を赤らめながら歓喜に満ちた表情で床に倒れているのだ!
「ウヒヒィ・・・ネフィリアァ・・・そこにいたのかあ・・・」
「おれのぉ・・・おれの出番がこんなにもぉ・・・」
「これでぇ・・・私の存在感も不動のものにぃ・・・」
涎を垂らしながら心底楽しそうな表情を浮かべるクラトン達一同。
いったい、何が起こったというのだろうか?
解説せねばなるまい!
ドグマ忍法『慕叙礼柔紡』とは、ドグマの改造忍者兵のみ使う事ができる恐るべき忍術である!
広域での無差別殺傷を目的としたこの術は、まずワインの名産国で知られるフラン公国でも特に名高い慕叙礼地方で生産された上質なブドウをドグマの力で大量に密輸入し、それを素夢離絵がすべて摂取するのだ!
素夢離絵の体内で瞬時に醸造されるそれらは、上質なワインの性質を併せ持つ猛毒へと変化する!
そして素夢離絵の体外へ噴出されたそれを吸い込んだ人間は、強烈な酩酊感と幸福感を味わいながら死に至るのである!
「ヒヒヒ・・・どうだい、今年の出来は。なかなかの上物だろおぉ?」
「・・・たしかにこれは当たり年・・・ですが、このままでは・・・」
口元にハンカチを当てながら、気丈にも耐え続けるメアリ。しかし、いくら毒に耐性を持つのが淑女の嗜みとはいえ、このままでは彼女の運命は風前の灯!
「テイヤッ!!」
突然、緋刃那は天井に向かって苦無を打ち込む!
ドゴォッ!!
衝撃で天井は破壊され、わずかに穴が開いた!
「ヒヒヒィ・・・霧を外に出そうって魂胆だねえ?残念ながら、この霧は私の意思で自在に操れるのさぁ。換気など無駄だよぉ♪」
「―『燻す煙が煙たければ、自ら穴を作れ』。師匠の言葉よ・・・テイヤァーッ!!!」
見よ!その場で緋刃那が高速回転を始めたではないか!
回転は徐々に速くなり、やがて赤い竜巻として周りの空気を吸い上げる!
「ウ、ウワアーッ!」
「キャーッ!」
荒れ狂う空気に床に伏せたまま悲鳴を上げる観客達。
しかし、不思議にも竜巻に巻き取られる者はいない。
吸い寄せられているのは・・・・素夢離絵が放った紫の毒霧!
会場を覆っていた霧はどんどん薄くなり、やがて竜巻と共に外へすべて排出された!
そう、緋刃那は自らが竜巻となる事により、先程あけた天井の穴より毒霧をすべて吐き出したのである!
「ゲェーッ!!!ば、馬鹿なッ!!!」
ジャリィィィッ!!
驚愕する素夢離絵に、突如竜巻の中を突き破り、一直線に伸びた鎖が絡みつく!
まばたきする間に、それは素夢離絵共々渦の中心に引き込まれた!
当然、待ち構えているのは緋刃那。そして、
ガシイィッ!!
素夢離絵を後ろから羽交い絞めにする!
「な、何をするーッ!!」
「今夜は舞踏会。最後を飾るのは主役の踊りと決まっている!テェイヤァーッ!!!」
渦の中心で、緋刃那は素夢離絵を頭上高く放り投げた!
紫の怪人は、成すすべもなく回転しながら天を目がけて上がっていく!
「ギ、ギエエーッ!!」
ついに会場を突き破り、空高く舞い上がる素夢離絵!
その影を、地上から赤い稲妻が打った!
緋刃那の忍刀が、素夢離絵の胸を深々と刺し貫いたのである!
「ギャアアアーッ!!!こ、今年も新作できましたァーッ!!!」
ドゴォォォォン!!!
素夢離絵は空中で爆発四散した!
「四十八の殺人技が一つ、『暴独楽』。冥途の土産とするがよい―」
音も無く会場の床に着地した緋刃那は、呟くように言った。
「終わった・・・」
ひとり呟くメアリ。彼女は今、大きな徒労感を感じていた。茶番は閉幕したが、すべてが終わった訳では無い。
恐らくクラトンはこの騒動を名目に廃嫡、療養と言う名目で僻地に島流しになるだろう。とっくに愛想は尽きているとはいえ、一度は婚約を交わした仲。メアリの胸中は複雑であった。
―それに、自分も無傷では済まない。
今回の件で、『愛人の暴走を抑えられなかった婚約者』として、長らく宮廷雀のゴシップ供給源になる事は間違いない。再度婚約者を募るとして、こんな傷物物件に、誰が好き好んで婚約しようというのか―
(・・・いっその事、何もかも放り出して旅にでも出ようかしら。)
ふう、とため息をついたその時、彼女は近づいてくる者に気付いた。
緋刃那である。
彼女の腕には、無理やり連れてこられた白い子猫が何時の間にか抱きかかえられていた。
「かように美しい獣は、あなたの様な方の傍にいるのがふさわしい。」
そう言いながら、そっ、と子猫をメアリに渡す。
あれほどの騒動があったにもかかわらず、現在すっかり夢の中の様子である。
「・・・柔らかい。」
目を閉じて、寄り添う様に子猫に頬擦りするメアリ。
「・・・未練が、あるのですね。」
子猫の感触を確かめるかの様に、しばらく微動だにしないメアリへと声をかける緋刃那。
その声には、幾分かの憐憫が込められていた。
「・・・未練、ですか・・・そう、かもしれませんね・・・」
ゆっくりと顔を上げた彼女は、疲れた様に笑った。
「あれでも、初めて顔を合わせた時はときめいたものです。『ああ、こんな素敵な方と将来添い遂げるのだ』と。思えばそれから長い付き合いですから。そう、本当に長い・・・」
そう言いながら、彼女は未だ床にへたり込んで何事かをわめいているクラトンへ視線を向ける。
恐らく彼は彼なりに、今後の自分の運命を予感しているのだろう。
「―でしたら、こう言ってやればいいのですよ。例えば―」
と、メアリの耳元に顔を近づけると、緋刃那は何事かをささやいた。
「―という様な。」
それを聞いたメアリは、顔を真っ赤にする。
「そ、そんな下品な言葉・・・」
「まあまあ、たまには大声で叫ぶのもすっきりしますよ。それに・・・」
ニコリ、と緋刃那は微笑んだ。
「あの様な輩を公衆の面前で罵倒すれば、踏ん切りも付くというものです。」
「そう、ですね・・・体面を気にするのもいまさらですし・・・物は試し、ですわね。」
メアリはそう言うと、傍に控えていたマルメに子猫を託し、ツカツカとクラトンの傍へ詰め寄る。
床にへたり込んだ彼の傍には、今や誰も近づく者はいない。先程から、「私は悪くない」「早く王宮へ戻せ」などと大声で一人わめいていたが、近づいてくる者がメアリだと認めると、さも安心した様に満面の笑みを浮かべる。
「おお、おお!メアリ!よくぞ無事だった!・・・まったく、あの売女にはまんまと騙された!あろう事か私を騙そうとしおって!犯罪組織の一員で無ければ、私自ら成敗したものを!・・・やはり、信頼できるのは昔からの付き合いがあるお前だけだ!お前こそが私の伴侶にふさわしい!さあ、今から王宮に戻り二人きりで舞踏会をやりなおそうではないか!・・・どうした?何を黙っている?」
怒りでプルプルと震えていたメアリは、次の瞬間、顔を真っ赤にしながら会場中に響き渡る音量で目の前のダメ男に言い放った。
『お前なんか竜にでも食われてしまえッ!この全身下半身男ッ!』
~・~・~・~・~
「・・・思えば、あんな言葉を口にしたのはあの時が初めてでしたわ。」
膝に乗せた白猫を撫でながら、懐かしむようにメアリ女王は語った。
その顔は、はにかみながらも嬉しそうだった、という。
これにて完結。
ご拝読、ありがとうございました。