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3話 突破口

第三話



セラが防護服の手首を引っ張り、留め具を確かめていた。

俺も真似して締め直す。さっき確認したが、人がやっているのを見ると不安になるものだ。


「緩んでた?」

「いや。一応な。」

「ならいいけど。締めすぎて動きにくくならないようにね。」


言われて手首を回す。大丈夫そうだ。

準備を万全にした結果、準備のせいで動けなくなるのは勘弁だ。


「試験は第1組から順番に進めます。前の組が出発したら、次の組の受験番号と名前を読み上げます。呼ばれたら前に出てきてください。」


俺たちは第8組だ。全部で12組だから後半になる。


「課題は、最奥にある箱の回収です。二人とも回収地点に到達し、箱を回収した時点で試験終了となります。制限時間は20分。通路の外へ出て関門を迂回することは認めません。」


二つの関門を抜ける必要がある。相手を倒す必要はない。

そこは間違えないようにしよう。


「終了した組は係員の案内で戻ってきますが、彼らとの会話は禁止です。声をかけた場合、特待生選抜は失格とします。試験を終えた組は防護服を返却し、そのまま会場から退出してください。」


なるほど。まあ質問し放題だと、先に受けた組と後に受ける組で不公平になるからな。


「以上です。質問はありますか。」


誰も手を挙げなかった。


「では、第1組の試験を10分後に始めます。

38番、マーカス・グラント。

112番、ジョエル・デ・ケテラーレ。準備をしておきなさい。」


二人の返事が重なった。

38番か、ずいぶん若い番号だな。ちなみにこの受験番号は最初の魔力測定の受付順に決まる。一週間前から受け付け開始だったが、こいつはいつ行ったんだろうな。


*


その後、試験は順調に進んでいった。

ちょうど今、第6組が係員に連れられて戻ってきたところだ。片方が箱を持っている。


これで箱を持ち帰った組は三組。半分か。

さすがに全員クリアできますよって難易度じゃあなさそうだ。


「では第7組、用意は良いですか。」


二人がうなずく。


「ではカウントの後、試験を開始します。3、2、1、開始。」


合図とともに、第7組が飛び出していった。


「では次の組を読み上げます。

217番、ダニエル・ラトリー。

394番、セリーナ・ヴィヴィアン・リーヴェルト。出発地点まで来なさい。」


ついに呼ばれた。

俺たちは立ち上がって、出発地点まで向かう。


「いよいよだな。」

「ええ。最後に確認をしておきましょう。」


前に出るのは俺。セラは後ろから援護する。

進路を大きく変えるときは声をかける。退く時も勝手に相手を置いていかない。

関門の具体的な内容はまだわからないので、そこは柔軟に行くしかない。


「まずは試験官の動きを見よう。抜けれそうなら抜ける。」

「そうね。無理に倒そうとしなくていいわ。」


それはそうだ。

ただ俺の拳で試験官が吹っ飛んだら、さぞ気持ちがいいだろうけど。アピールにもなるだろうし。


まあ無理に狙うつもりはない。


待っている間に足を軽く動かす。朝はずっと動いていたのに、今度は座りっぱなしだ。足にはまた今から20分全力で働いてもらうからな。休憩終わりの準備運動だ。


やがて20分経過の合図が鳴った。


「第7組の試験は終了しました。次の組は、そのまま待機してください。」


少しして、2人が係員と一緒に戻ってきた。箱はない。

クリアできた組は三組のまま変わらずか。


何があったのか聞きたい。

もちろん聞けない。


「第8組、準備はよろしいですか。」


俺とセラは返事をした。


「3、2、1、開始。」


その合図とともに、俺たちは走り出した。


*


二人とも軽い身体強化を使い、走りながら曲がり角の先へ進む。


まもなく、道を横切る青い線が見えた。

その向こうにも同じ線が引かれている。ここからあそこまでが、第一関門のエリアなのだろう。


道幅が10mないくらい。奥行きは50mくらいか。両側は高いレンガの壁で足元は踏み固めた土だった。これ耐魔レンガかな。


そして、区画の手前寄りに男の試験官が立っていた。

腕が太い。シャツがはちきれそうだ。首も太い。手首と足首には太い輪がはまっていた。

俺の手首なら2本は入りそうな太さだ。


俺たちが線の前で足を止めると、試験官が口を開いた。


「よく来たな。ここは第一関門。私が試験官のボルドーだ。この区画の奥の線を二人とも越えれば通過だ。私は身体強化しか使わない。もちろん固有能力は使わない。」


話しながら右腕を持ち上げる。

ボルドーさんというらしい。


「四肢には重力魔術が施された輪をはめられている。1つにつき私自身の体重と同じ重さがかかる。試験中、輪を外すことはない。」


本人あわせて5人分。

俺なら立っているだけで精一杯になりそうだが、この人は平然としている。やはり肉体からもわかるように身体強化ゴリゴリ系か。


この感じでバンバン魔法を使ってきたら驚くが予想通りでよかった。いや、良かったのかはまだわからないが。まあなんにせよ、このまま外でうだうだ考えていても仕方ない。


「じゃあ様子見だ。」

「ええ。私が後ろにつくわ。」


俺は身体強化をかけ直し、青い線を越える。

ボルドーは通路の奥で待っていた。背後の線までは、六、七メートルといったところか。そこを二人とも越えればいい。

手首の輪を軽く回しながら、こちらを見ている。

俺たちは歩いて近づいた。

距離が十メートルほどになったところで、セラが足を止める。俺もそれに合わせた。


「左から撃つわ。」

「ああ。」


少し右へ寄る。

セラが水弾を放つのと同時に、俺は地面を蹴った。

すぐ後ろから、セラの足音も続いてくる。

水弾が左を抜けていく。今の軌道では当たらない。

ボルドーもそう見たのか、水弾を一瞥しただけで、すぐに俺へ目を戻した。

そこで、水弾(ウォーターボール)が曲がった。

顔の正面へ迫る。

ボルドーが腕を上げた。

水が弾ける。その間に、俺は懐へ踏み込んだ。

速さに寄せていた身体強化を、右腕の力へ振り替える。

狙うのは脚だ。上半身が頑丈なのは、見ればわかる。

こっちなら少しは崩せるだろう。

腰を落とし、拳を打ち込んだ。


当たった。


だが、手応えが浅い。

ボルドーは脚を引きながら一撃を受けていた。さらに後ろの足を踏ん張り、何事もなかったかのように体勢を戻す。


靴の縁で、土がえぐれた。

俺はまだ、右腕を突き出したままだ。


まずい。

掌が脇腹へ伸びてくる。

慌てて身を引こうとした、その目の前に半透明の面が現れた。


物理障壁(フィジカルシールド)。

乾いた音がした。

掌が止まる。

その間に配分を速さへ戻し、俺は後ろへ跳んだ。


障壁が砕ける。

ボルドーの目が俺を離れ、セラへ向いた。


「そっちだ!」

「見えてる!」


セラは既に下がり始めていた。

俺も彼女の前へ回る。二人で距離を取ると、ボルドーは追ってこなかった。

俺たちを見たまま、奥の線の手前へ戻っていく。

こっちを倒しに来る気はないらしい。


まあ、俺たちを通さなければ、それでいいのだからな。

区画の中央あたりで、ようやく足を止めた。


「悪い。止められると思った。」

「ええ。私も、今ので崩れるかと思ったわ。」


右手を開いて、握る。

指は動く。脇腹も無事だ。セラの障壁に感謝しよう。


ボルドーは相変わらず、奥に立っていた。

こちらの打撃を受けても、まともに踏ん張られればあの程度か。

一度くらい吹っ飛ばしてやれたらと思っていたのだが、今のままでは俺だけが吹っ飛ぶ。


「もう少し強い魔術を使う?」


セラが尋ねた。


「いや。先に、足元を狙ってみたい。」

「足元?」

「あの人、俺の拳を受けたとき、後ろの足をかなり強く踏み込んだろ。」

「ええ。」

「そのとき土がえぐれた。あれだけ重くても動きは速いけど、踏ん張る場所は必要だろ。」


さっきまでいた場所には、靴の跡が残っている。

四肢の輪に、自分の体重。身体強化で支えられても、地面まで丈夫になるわけではない。


「泥濘《マッドマイア》を使う。踏み込む瞬間に、足元へ。」

「それで足を取るのね。」

「ああ。ただ、少し沈めるだけじゃすぐ抜けられる。その間に、こっちから崩す。」


俺は肩を前へ出してみせた。


「横から押す。足を踏み直される前に、倒せればいい。」

「その距離まで入れる?」

「さっきも懐までは入れた。顔を狙ってくれ。足元を見られないくらいに。」


セラはボルドーを見てから、うなずいた。


「わかったわ。今度は二発にする。でも、また後ろで待っていればいいの?」

「いや。俺についてきてほしい。崩れたら、そのまま右側から抜ける。俺が仕掛ける前に、抜けるつもりで走り出してくれ。」

「先に行っていいのね。」

「ああ。俺もすぐ行く。」


奥の線は、ボルドーのすぐ後ろだ。

ここを越えれば終わりなら、遠くまで吹き飛ばす必要もない。

地面に一度、手をつかせる。

そのくらいなら、なんとかなるはずだ。


「合わせるわ。仕掛けるときは言って。」

「頼む。」

俺たちは並んで、もう一度歩き出した。


*


ボルドーまで、あと十メートル。

セラが俺の左斜め後ろへ下がる。

俺は泥濘(マッドマイア)の術式を組み始めた。


土と水の混合魔術、 泥濘(マッドマイア)。

地面に浅いぬかるみを作る術だ。


組み上がった術式へ、まだ魔力は流さない。

ボルドーがわずかに腰を落とした。

こちらを迎え撃つつもりらしい。


「行くぞ。」


地面を蹴る。

セラもすぐ後ろについてきた。

水弾《ウォーターボール》が二つ、俺の両側を抜ける。

一つは顔の横へ、もう一つは肩の上へ。

ボルドーはもう、水弾(ウォーターボール)を見落とさなかった。

顔をかばうように片腕を上げ、俺へ踏み込んでくる。


速い。


わかっていても、足が止まりそうになる。

だが、その足を置く場所なら、見える。


俺は地面へ掌を向け、術式に魔力を流した。

踏み込んできた靴の下で、土の色が変わる。

ボルドーの足が、くるぶし近くまで沈んだ。


「むっ。」


同時に、水弾(ウォーターボール)が向きを変えた。

左右から顔へ迫り、上げていた腕にぶつかる。


水が広がった。

その向こうで、セラが右へ走り込むのが見えた。


俺はその脇へ飛び込んだ。

ボルドーの空いている手が、肩をつかもうと伸びてくる。

頭を下げ、腕の外へ抜ける。

指先が背中をかすめ、防護服の布が鳴った。

俺はそのまま、ボルドーの脇へ体を寄せた。


『再配分』。

身体強化の配分を切り替える。

速さを落とし、踏み込んだ脚と上半身の力へ寄せた。

泥に触れていない場所へ足を置く。

ボルドーがこちらを向こうとする。

腰が回る。沈んだ足が、泥をかき分けた。


抜ける。


その前に、脇腹へ肩をぶつけた。


硬い。


人の体を押している気がしない。

それでも、足はもう止めなかった。

肩を当てたまま踏み込み、相手の体が回ろうとする向きへ押し込む。


土が鳴った。

ボルドーが足を踏み直そうとする。

だが、その靴はまだ泥の中だ。

上半身が傾いた。

俺はさらに腰を入れた。

脚から肩まで、力がつながる。

ボルドーの空いた手が地面へ伸びた。


ついた。


重い音がした。

手首の輪が土を削り、片膝が落ちる。


「今!」


セラが俺のすぐ横を抜けた。

もう走っていた。こちらを振り返ってはいない。


俺も肩を離す。

配分を速さへ戻し、彼女を追った。

背後で、土が崩れる音がした。

ボルドーが体を起こそうとしている。

振り返らずに足を動かす。


奥の青い線が、目の前へ迫る。

セラが越えた。

俺も最後の一歩を踏み込む。


「第一関門、通過だ。」


その声を聞いてから、足を止めた。

振り向くと、ボルドーはもう立ち上がっていた。膝と片手が泥に汚れている。

倒れていたのは、ほんの一瞬だった。


それでも、今度は二人とも線の向こうにいる。

息を吐く。

肩がじんじんする。右脚も少し震えていた。

吹っ飛ばせはしなかった。

まあ、手と膝はつかせた。そこは、しっかり見てもらえただろう。



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