2話 相棒の実力
俺は門を出たところでセラと別れた。ちなみに彼女の向かう方向には貴族街がある。さすがは王国を代表する名家だ。
俺は今夜、王都の宿に泊まる。これも今回の楽しみの一つだ。
さて、晩飯までまだ時間がある。せっかくなので、少し歩いてみることにした。
王都ヘリフォード。三年前に少し用事があって家族ときたことがあるが、相変わらずの都会だな。道は広いし、建物は大きく、人通りも多い。通りには、地元では見ないようなブランドの店が何軒も並んでいる。
せっかくだし入学試験の合格祝いになにか買ってみようか。あと少しすれば俺もシティボーイになるわけだから、服くらい買いそろえておきたい。
そう思い三軒ほど回った。
何も買わずに出てきた。
別に高くて買えなかったわけではない。いや、たしかに高くて買えないものもあったが、問題はそこではない。種類が多すぎて、何を選べばいいかわからなくなってしまったのだ。
店員に似合うといわれた上着は確かに良さそうだった。ただ、次の店では全く違うタイプの上着に同じことを言われた。俺はどちらも似合うファッションマスターというとらえ方をしてもよかったが、そこまで楽観的ではなかったのでいったん店を出た。
おしゃれであれ、を信条に毎日を生きているつもりだが、王都のレベルを前にすると、おしゃれな服を選ぶ能力はまだまだのようだ。
ただ、せっかく王都まで来たのだから何かは買いたい。お小遣いももらったし。
と、そこで通りの向こうの本屋が目に入った。もしかしたら、混合障壁の理論を解説した本があるかもしれない。俺は昼間のイケメンの顔を思い出しながら、店の扉を押した。
*
店内には、紙と木の匂いがこもっていた。この匂いは結構好きだ。
奥の棚に『魔術・術式』と書かれた札が出ている。どうやらそこにお目当てがありそうだ。
並んだ背表紙を追い、結界魔術の本を一冊抜いてみる。
開いてみると、見知った図が出てきた。物理障壁、魔力障壁それぞれについて解説したものだ。ここまではわかる。俺が知りたいのはその先だ。
目次へ戻る。
混合障壁という文字を見つけ、該当するページを開いた。
「それ、次のページの図を見ながらのほうがわかりやすいよ。」
横から声がした。
振り向くと、背の高いブロンドの髪の青年が別の本を片手に取っていた。イケメンだ。
というか、昼間のイケメン受験生だ。確か名前は、エボガー。
「説明に使っている図が、次のページのものなんだ。最初に読んだとき、僕も途中まで考え込んだよ。」
言われた通り一枚めくると、先ほどの図の続きが現れた。
確かに、こっちまで見れば何の説明なのかはわかる。
できるかどうかはまた別だが。
「ありがとう。助かったよ。」
「今日、特待生選抜の説明会にいたよね。セラ、あー、リーヴェルトさんの隣にいた。」
「ああ。ダニエル・ラトリーだ。ダンでいい。」
「エドガー・ウィリアム・ハリントンだ。僕もエドガーでいいよ、よろしく。」
エドガーだった。惜しい。それにどうやらセラのことを知っているようだ。
「混合障壁の章を見るってことは、二回目の実技試験はほかの方法で切り抜けたってことかな。どうやったの?」
「二枚別々に張ったよ。」
「両方維持できたのかい?」
「いや、十分な大きさと強度の二枚を維持するのはまだ難しいからな。だから、あたる直前に少し調整したのさ。固有能力でね。」
エドガーは得心したような顔をした。
「なるほどね。出した後に変えられるとは、なかなか便利だね。」
「まあ使い道は限られるけど。今日は役に立ってよかったよ。」
そう言うと、エドガーはうなずいた。
「実際、特待生選抜に進めてるわけだしね、十分だと思う。」
悪い奴ではなさそうだ。入学後のことも考えるとぜひ仲良くしておきたい。
「混合障壁っていつから使えるんだ?」
「去年からだよ。でも安定して張れるようになったのは最近さ。張れてもすぐ崩れることがあってね。」
「へえ。でも今は克服したと。」
「あの試験レベルならね。なんでも受けられるわけじゃないけど。」
さらりと言って、彼は自分の本を開いた。
混合障壁をものにしたのは意外と最近だと知り、俺は少し安心した。まあ、俺がまだ使えないことに変わりはないが。
「その本、買うの?」
「迷ってる。混合障壁の章を読みたくて。」
「それならこっちをおすすめするよ。こっちのほうが注釈も丁寧だし、他の結界魔術のことも解説されてる。」
エドガーが棚からもう一冊抜いてくれた。
たしかにこっちには図の横に細かい注釈がついてる。それに他の結界魔術のことも知りたい。
値段を確かめる。安くはないが買えない値段ではない。それにさっきの上着よりも安い。
結局、俺は服の代わりに結界魔術の本を一冊買った。服はまたの機会にしよう。
店の外へ出ると、通りには灯りが点り始めていた。
「明日のペアはリーヴェルトさんだよね。」
「そう。さっきセラって言いかけたよな。仲いいのか?」
「ああ、家同士が仲良くてね。それがきっかけで。」
なるほど。名家同士の繋がりってやつか。せっかくだし、セラについて聞いてみるか。
「彼女、どんな子だ?」
「んー、技術はかなりすごいよ。特に彼女の家の十八番の結界魔術はね。」
やっぱり結界魔術が一番得意そうだ。
「だよな。軽く見せてもらったけど、すごい技術だった。」
「あと、彼女気が強いからもし試験官にアピールするつもりならしっかり自分の意見を通した方がいいよ。」
「なるほど。参考にさせてもらうよ。」
気が強いのか。まあ初対面でも言いたいことははっきり言うやつだったしな。
「ああ、まあ明日はお互い頑張ろう。僕たちはもう入学が確定してるけどせっかくなら上を狙おう。」
「そうだな。」
俺だって、狙えるなら一番がいい。
「じゃあ、明日。」
「ああ。またな。」
エドガーと別れて、俺は食堂を探した。
*
通りを一本入ったところに、焼いた肉の匂いがする店を見つけた。
窓の外に出ている見本の皿には、肉や野菜がかなり気前よく盛られている。値段も悪くない。ここはひとつ、かち込んでおこう。
実際に出てきた皿も、見本に負けていなかった。
しっかり満腹になった。しかも財布にやさしい。たとえ美味くて量があっても、財布を気にしながらだと落ち着かない。その面でみてもここは素晴らしいお店というわけだ。食レポ4.0/5.0としておこう。
場所は覚えた。学院へ通いだしたら、また来てもいい。
*
風呂から上がると、買った本と試験の資料を宿の机に並べた。
この本を今夜読んだからと言って、明日いきなり混合障壁が使えるようになるとは思っていない。今から試すなら、慣れた術の組み合わせのほうがいい。
さっそく混合障壁にチャレンジしたい気持ちを抑えて、まずは目の前の試験だ。
二人で関門を抜け、奥の箱を回収する。
実際のセラの魔術と、エドガーの話を併せるにセラは受験生の中でも相当できる方だろう。
関門の内容がどんなもんかわからないが、そんな奴と組めばおそらく課題の完了はできるはず。
問題は、そこで俺が何をしたことになるかだ。セラの後ろをついていくだけでは困る。
となると前衛を担当するのは幸いだな。
俺は資料の余白へ、使い慣れた術を書きだした。
身体強化、水と土の魔術。それと障壁くらいか。基本4属性のうち、残る火と風も含めすべて中級までは使えるが、対人で火を使う場面はないだろう。それに風はセラが得意との話だから、自信があるわけではない俺がわざわざ使う必要はない。
試験では、相手を倒す必要はない。前で動いて注意を引き、通れるところを作る。足止めだけなら、威力を上げすぎる必要もないだろう。
セラが後ろから防いでくれるなら、俺は接近戦に備えた身体強化や他の魔術に魔力を回せる。
いつもは自分で守っていたところを任せられる。
これは大きい。
セラの『偏向』も相手の横から攻撃したり、かく乱に使える。
明日は、まず動くところを見せよう。
そのあとに障壁。それと使うかもしれない水、土の簡単な初級魔術だな。
よし、ある程度考えがまとまった。というわけで明日に備えて今日はもう寝るか。俺は部屋の灯りを消した。ちなみにベッドのかたさは家の勝利だ。
*
翌朝、7時に目を覚ました。
この宿は、頼んでおけば店主が起こしに来てくれる。昨日のうちに伝えておいたので、そこは抜かりない。
俺はいつも通り洗顔、着替えをすまし軽く走りに出た。
角を曲がるたび、宿へ戻る方向だけは確かめておく。迷子になったら笑えんからな。
しかし知らない道を走るのは、案外面白い。昨日はいった大通りも、店が開く前だと広く感じた。たださすがは王都、こんな朝早くでもすでに人通りが見られる。
そんなこんなでランニングを終え、宿へ戻って支度をし、途中でパンを買って学院へ向かった。
正門をくぐったのは8時半より少し前だった。
今日は試験のために休講であり、受験者も特待生選抜試験の人しかいないから昨日よりずっと静かだ。演習場まで来てもまだ誰の姿もなかった。
よし、一番乗りだ。
俺たちのペアに割り当てられた練習区画に向かう。区画には打ち込み用の的と、魔術を受けるための板が置かれていた。
鞄を端へ置き、準備運動を始める。
そして身体強化をかけ、的の前まで一気に踏み込む。最後の一歩の瞬間に速さへ回していた分を力に寄せ、魔力を腕に集中させて的を撃った。
的は鈍い音を立てて揺れた。
なかなかいい感じだ。朝一番にしては、スムーズに切り替えができた。次はもう少し素早く切り替える。そう思い俺はさっきの位置まで戻り何度か繰り返した。
何度目かの打ち込みを終えたところで、少し休憩しようと身体強化を解除した。
「おはよう」
振り向くと、区画にセラが来たところだった。まだ9時には少しある。他のペアの区画にもちらほら人が見られた。
「おはよう。早いな。」
「あなたもね。先に慣らしておこうと思って。」
彼女は区画を見回し、俺の鞄のそばに自分の鞄を置いた。
「今の、身体強化?」
「ああ。近づく時と、打つ時で配分を変える練習だ。」
「もう一度見せてもらっていい?」
もちろん。そのために来ている。
俺は的から離れ、もう一度身体強化を発動し構えた。
脚を動かすための強化をかけて踏み込む。距離が詰まったところで、配分を変えた。
最後の一歩を踏みしめ、腰を入れる。
魔力を腕に集中させ、配分を速さからパワーに切り替える。
鈍い音がして、的が大きく揺れた。
先ほどよりもいい感じだ。
俺は一歩下がり、息を吐いた。今まで何度も練習した動きだ。ただこうまじまじ見られるのは初めてで緊張した。変なところを見せずに済んでよかったぜ。
セラは的をじっと見ていた。
「なるほどね。この距離なら2歩で踏み込めるのね。そして打つときに配分しなおすと。」
「ああ。」
「本番でもかなり使えそうね。いいスピードと威力だったわ。」
「そりゃどうも。どうだ?障壁や攻撃魔術は合わせられそうか?」
「ええ、問題ないわ。」
問題ないらしい。彼女の基準は満たせたみたいでよかった。
「ほかに見せておくものはある?」
「使うかもしれない水と土の初級魔術くらいかな。障壁も見せた方がいいか?」
「そうね。もしかしたらあなたも障壁を使う場面があるかもしれないし一応見ておくわ。」
彼女の要望に応え、次の術を組み始めた。
*
一通り試して分かったのは、セラの言う「得意」のレベルの高さだ。
手のひらほどの障壁を出す。消す。場所を変えて同じものを出す。
俺が水弾を放つと、彼女はその通るところへ障壁を合わせた。
板みたいに広げる必要はない。そこへ来るとわかっていれば、たとえ小さくても受けられる。
俺も昨日それをやった。
違うのは、俺は一度見て位置を確かめていたのに対し、彼女は飛んできた水弾の軌道をその場で見極め、障壁を合わせたことだ。
恐ろしいセンスと技術だ。味方でよかった。
「もう少し魔力こめていいわよ。それと位置は散らしてお願い。」
言われたとおりにした。
二発目は少し大きくして高く。三発目は大きさを変えずに、左に素早く。
障壁がそれぞれの前に現れ、はじけた水が床へ落ちた。
「あまり大きく出さないんだな。」
「大きく張るほうが楽だけど、今はこれで受け止められるし。本番で目の前に大きい障壁がいちいち出ると邪魔でしょ。」
「たしかにな。」
そこまで考えていたらしい。その思考を反映できる技術も大したものだ。今の障壁役が俺なら一発は防ぎきれずに水浸しになっているだろう。
「次はあなたが前にいるときの援護射撃の練習しましょう。」
「わかった。どこに立てばいい?」
セラは奥の的を指した。
「私はここから援護するわ。あなたはここから的に近づいて。その間に、私が後ろから魔術を打ち込む。」
俺はうなずき的までの道を確かめた。
さきほどよりスタート位置が離れているが、5秒もあれば到達する距離だ。
「先に打つのか?」
「そうね。まずはそうしてみましょう。」
セラが水弾を作り構えた。
「じゃあいくわよ。」
そう言い、彼女は水弾を放った。水弾は的よりも左にそれて飛び出した。
俺はその横を通るつもりで踏みこんだ。
が、あと一歩で間合いに入るというところで思わず立ち止まってしまった。
水弾が急に曲がったのだ。左にそれていた水弾は向きを変え、見事に的に着弾した。
「…悪い。思わず止まっちまった。」
「見せたのは初めてだものね。」
セラは的から視線を戻し俺を見た。
「あれが『偏向』か。」
「ええ。あなたの横を通して曲げれば、真後ろからまっすぐ撃つより動きやすいと思って。」
「そうだな。もう一回頼めるか?」
今度は見るためではなく、合わせるためだ。
「ええ、もちろん。じゃあ行くわよ。」
セラが水弾を放つ。
俺は踏み込んだ。
水弾を見届けながら、身体強化を切り替える。
だが、拳が届くよりも少し前に水弾が当たった。
俺の打ち込みはその後だった。
「もう少し早く入れない?今のだと魔術を受けてからあなたに対応できてしまうと思うわ。」
「ああ。弾が通るのを見届けてからだと遅いか。」
「横を通すから、待たなくていいわ。ただ途中で水弾の進路によられると困る。」
もう一度、立つ場所を確かめた。
*
次は、自分たちに攻撃が来る場合を想定した。
俺は的へ近づく前に、魔力障壁を張った。
セラが横からのぞき込む。
「そのままだと私の魔術も通らないわよ。」
「わかってる。通すときに小さくする。」
「出しなおすんじゃなくて?」
「ああ。それなら魔力を余分に使わずに済むし良いフェイントにもなるはずだ。」
まずは、障壁を縮めるタイミングから合わせることにした。
セラの水弾が後ろから飛んでくる。
障壁に届く前に範囲を縮め、横に通り道を作った。正面に残った小さな障壁は、広さを減らした分だけ強度が増す。
水弾が横を抜けたところで、セラが方向を変えた。
的に当たる。
その直後、俺の拳が的に叩き込まれた。
「なかなかいいわね。」
「だろ。じゃあもう一回やってみるか。」
元の位置へ戻り、同じように構える。
魔力障壁を張り、俺はいったん後ろへ下がった。
障壁は残したまま、セラの弾に合わせて前へ出る。
水弾が俺の横へ並ぶ。障壁に届く前に配分を変え、範囲を小さくする。水弾はその横を通り抜け、セラの『偏向』で的へ向かった。
思ったよりも見るものが多い。
そのまま水弾は着弾し、その一瞬後に俺の拳が叩き込まれた。
的が鈍い音を立てて、大きく震える。
悪くない。
「うん、いい感じね。」
「だな。俺が横に避けたりするときはどうする?」
「どちらへ行くかわかれば私がそれに合わせるわ。曲げる前なら、当てるのを諦めてあなたを避ける方へ曲げる。ただ、一度曲げた後は変えられないから、進路を変えるときは先に声をかけて。」
「了解。こっちも気を付ける。じゃあ少し休憩するか。」
少しの休憩を終えた後も何度か練習した。
縮めるのが遅れた障壁に水弾が当たり、そのしぶきをかぶることもあった。これは水も滴るってやつだな。
しかしセラとの練習はやりやすい。たしかにエドガーの言う通りこちらが意見を言わなければぐいぐい進められてしまいそうな感じはあるが、もじもじされて何も言われないよりマシだ。
むしろはっきり言ってくれる分よくわかるしこっちのほうがいい。
*
この後も休憩と練習を繰り返していたが、気づけば昼が近かった。
周りも昼休憩に向かう姿がちらほら見て取れた。
「そろそろやめておきましょうか。本番前に使いすぎても困るし。」
「そうだな。」
俺は鞄から布を取り出し、顔と頭を拭いた。
「じゃあ俺は売店行くけど。」
「私は自分で持ってきてるから遠慮しとくわ。」
「わかった。じゃあまた後で。」
「ええ。」
そういい俺はセラと別れ売店に向かった。
*
軽く昼食を済ませ、12時半より前に受付へ戻った。
昨日の名簿と同じ番号を確かめられ、2人分の防護服を受け取る。
装着してみると、動きを大きく邪魔するものではなかった。手足を動かし、留め具を締め直す。
待機場所にはすでに何人か集まっていた。
エドガーを見つけ軽く手を振る。向こうも気づいて、同じように返してきた。よかった、無視されたら泣いてしまうところだった。
そういえばこいつは朝の演習場では見かけなかったな。どこにいたんだか。
試験官が受験者を呼び集める。俺は視線を戻し、試験官のほうに向かった。
「これから試験場所へと案内します。ペアごとに離れず、ついてきてください。」
セラと並んで歩き出した。
扉を抜けると、昨日黒板で見た見取り図の出発地点に出た。
その先に道が続いている。
遠くの方に、床の青い境界線が見える。その先に立つ試験官もうっすら確認できた。
ついに始まる。俺は靴底で一度、床を踏みしめた。
「ここを出発地点とします。開始前に最後の確認を行います。」
試験官の声が響く。
セラに目を向けた。彼女はもう、前を見ている。
俺も、前へ視線を向けた。




