1話 第一歩
「計測は以上です。」
試験官はそう言い、手元の用紙に『標準』と書いた。なにかの間違いでとんでもない結果が出ることを期待していた。が、そんな俺の気も知らず、試験官は迷わず最後の一画を書き終えた。
ここはロタール王国の三大名門校の1つ、王立セント・ハーパー学院。今日はその入学試験だ。
俺の目当ては、その先にある特待生選抜だった。
総合上位3人に入れば、3年間の学費が免除される。寮費にも補助が出る。さらに、成績優秀者として入学式で名前を呼ばれ、その一年間は名前が壁に掲げられる。
「固有能力は申告通り『再配分』で間違いないですか」
「はい」
「身体強化や自分が使っている術の魔力配分を変更できる、と」
「そうです」
「魔力そのものが増えるわけではないのですね」
「…はい」
それは今測った結果でわかっていただけると思う。
記録用紙が返ってくる。
改めて、『魔力量:標準』の記載を見る。
地元の診療所に測定器があったため、そこで2度測っている。2度とも標準だった。王立の設備で測れば隠されたヒミツの力が見つかるかもしれないと思ったが、劇的デビューとはいかないらしい。
用紙を鞄に入れる。この鞄は父がくれたものだ。
出発の前夜になって、持っていくつもりだった鞄に資料が入らないと気づいた。丸めれば
入るが、受付で出す書類まで丸まる。
「そういうのは先に確かめるもんだろう」
父は言いながら、戸棚からこれを出してくれた。
「特待生、いけそうか」
「わからん。まだ受けてないしな。」
「まあ学費は用意してあるから、気負いすぎるなよ」
俺が学院へ行きたいと言ったとき、両親は反対しなかった。地元の学園より金はかかる進路だが、通わせられないという話ではない。
特待生になれば、その分を別のことに使える。親にも喜んでもらえるだろう。
「取れたら浮いた金で新しい服でも買ってくれよ。」
「それは成績を見てからだな」
「上位3人に入っても?」
「まず入ってから言え。」
まあ頑張れよと父は言い、部屋を出ていった。
なんだか変なことを思い出してしまった。鞄の口を閉じる。
学校の正門をくぐったとき、俺が最初に見たのは、壁に掲げられた去年の特待生の名前だった。他の受験生は素通りする中、足を止めて、端まで読んだ。
あそこへ、自分の名前を載せたい。
受験を決めた時から、それは変わっていない。
*
筆記試験を無事に終えたころには、指の付け根が痛くなっていた。
覚えていたところはだいたい解けた。見直しの時間も取れたので大きな間違いもしていないはず。
出題範囲は広いが、内容は基礎的なものが多い。術式の読み方、身体強化の注意点、また数学や言語など一般教養だ。
もちろん最後まで書けたからと言ってすべて正しいとは限らない。
昼休みは、売店で買ったパンを食べながら、時間を確認してばかりいた。隣の席では、2人組が答えを確かめ合っている。
*
ついに筆記試験の結果が張り出された。俺の番号はしっかり特待生選抜の参加基準越えの欄に入っていた。
ひとまず、安心だ。
あとは午後の実技でも基準を満たせばいい。
筆記で取った点を無駄にしないためにもここは落とせない。
「受験番号217番、ダニエル・ラトリー」
返事をして、仕切りの向こうに入る。
試験場には、天井から鉄球がつるされていた。床には立つ位置を示す白い円が引かれている。
「ここでは現時点での君の実技能力を確認する。」
午前とは別の試験官が鉄球を引き上げながら言った。
「まずは固有能力を使わずにこの鉄球を受けること。受ける方法は何でも構わない。ただし鉄球を破壊してしまうと減点だ。カウントの後鉄球を振り下ろす。」
「円の外へ出てもいいですか。」
「受け止める過程で出てしまう分には仕方ないが、出てしまうと減点だ。」
「わかりました。」
円の中に入り鉄球を見据える。試験はシンプルで余計なことをする必要はない、と気持ちを落ち着かせる。
俺は物理障壁を準備した。
「準備はよさそうだな。では3、2、1」
試験官が手を離す。
鉄球が下ってきて防御にあたった。低い音とともに表面がたわみ、球が戻っていく。
割れてはいない。
ひとまず一回目は成功だ。
ただ球が戻った後も、障壁の左上だけまだ細かく揺れていた。
均一な障壁を張るのには失敗したらしい。ぜひ手直ししたいが、固有能力は使わないという条件付きだ。
なにもせず、術を解く。
「よろしい。次は鉄球に魔術を付与する。付与する魔術は爆発だ。衝突による衝撃をきっかけに小規模な爆発が発生する。威力はこちらで調節してある。」
そういい試験官は鉄球へ指を添えた。
表面に赤い術式が浮かび上がる。
「受け方は変えて構わない。それと今回は固有能力を使ってもいい。」
俺は鉄球を見た。
物理障壁ならば鉄球そのものは止められる。しかしそれでは鉄球は止めることができても魔術による爆発を受けてしまう。逆に魔力障壁では鉄球そのものを止められない。
魔力と物理、どちらも防げる混合障壁という術式もあるにはあるが、俺にはまだできない。
ならば物理障壁、魔力障壁をそれぞれ張るのはどうだろうか。障壁を張るだけならこれは可能だ。だが十分な大きさと強度を備えた障壁を2枚、鉄球が離されてから爆発が収まるまで維持するのは難しい。
完全にデッドロック状態だ。困ったぜ。
球を横へはじく案も浮かんだが、ここで練習していない受け方を試すより、できることを組み合わせたい。
鉄球が壁に触れる位置とタイミングは一回目で大体つかめた。
鉄球と爆炎が来る時だけ防げればいい。
広い障壁を長く保たせる必要はない。
ここは固有能力の出番だ。
俺は先ほどよりも少ない魔力で物理障壁を張った。そしてその分の魔力を使い今回は、その前に球を包み込める丸い魔力障壁を作った。
どちらもまだ薄い。
「準備はいいか」
「はい」
試験官が鉄球を引き上げる。
家での練習では、配分を変えるタイミングが少しずれることがあった。鉄球が障壁に届くまでに、二枚とも切り替えなければならない。
大事なのはタイミング。
汗がこめかみをつたう。
「ではいくぞ。3、2、1」
鉄球が離された。
赤い術式をまといながら音を立てて迫ってくる。
通る位置を目で追いながら、障壁の魔力の再配分を始める。
物理障壁は範囲を狭め鉄球を受ける面だけに。
魔力障壁は鉄球が入るのを待って、一回り大きいところまで縮める。
そして広さを減らした分を強度へ回す。
普通なら、途中でこんな変更をするには術を組みなおさなければならない。
俺は、今出しているものを変えられる。
鉄球が物理障壁をたたいた。
赤い光が膨らむ。
鉄球の周囲を包んだ障壁がそれを内側へ押しとどめた。
鈍い音がして、鉄球が戻っていく。
炎は外へ漏れていない。
球を受けた面にも穴は開いていなかった。
俺の張った障壁は完璧に受け止めた。
それを確かめてからようやく手を下ろした。
うまくいって良かった。
試験官が驚いたように尋ねた。
「混合障壁ではなかったな。あの薄い障壁では十分な強度がなかった。どうやった?」
「固有能力を使い、範囲と引き換えに一瞬だけ強度を増しました。」
「…ふむ。なるほど固有能力は『再配分』だったな。二枚とも、十分な広さと強度で保つのは難しかったか?」
「はい。なので先に薄く張り、当たる直前に範囲を狭めてその分を強度に回しました。」
「狭めた方の物理障壁を球が外したら?」
「防げません。ただ落ちてくるタイミングと位置は一回目で確認しています。」
「使い道が限られるな」
言い方。
ただ間違ってはいない。
「はい。ただ今回のような場合には有効だと判断してこの方法をとりました。」
そう答えると試験官は一度うなずいた。
そして記録用紙になにかを書き込んだ。
「いい使い方だ。」
思わず用紙へ目が向く。
視力には自信があるが、さすがにこの距離では見えない。
「実技は以上だ。筆記も実技も、参加基準は満たしている。特待生選抜を希望するなら演習場E-1へ。説明は15時からだ。」
そういいながら記録用紙を手渡してくれた。
「ありがとうございます。」
頭を下げて試験場を出た。
今度は、用紙を見る前から悪くない結果だとわかった。
*
演習場に到着すると、20人ほどが待っていた。
黒板には『15:00、説明開始』と書かれている。
とりあえず空いていた椅子に腰を下ろし、鞄を膝へ置いた。周りを見る感じどうやら顔見知り同士もいるようだ。どうやら実技試験について話しているらしい。
少し向こうでは、背の高い青年が3人ほどに囲まれていた。てかイケメンだな。
「エドガー、二回目はどうだった?」
「混合障壁を張ったよ。長時間、高強度は厳しいけどあのくらいならね。」
「混合障壁張れるの、まじかよ。」
まじかよ。思わず同じリアクションしちまったよ。俺がかなり練習してもできなかったのに。どうやらこのイケメンは実力までイケメンらしいな。
俺は自分の実技試験を思いだしながら記録用紙に書かれた講評を読む。
「そこ、空いてる?」
声をかけられて振り返ると、女の子が俺の隣の椅子を指していた。
「どうぞ」
彼女が座ると、少し離れた受験生が隣の相手の袖を引いた。
「あの人、リーヴェルト家の―――」
どうやら有名人らしい。
リーヴェルト家という家名は、俺も知っている。われらが王国を代表する名家の1つだ。国境線の守護に使われる大規模結界魔術は彼女の家の者がくみ上げたらしい。
俺が使った障壁もこの結界魔術に含まれる。
横顔をちらりと見る。
髪は後ろでまとめられ、背筋が伸びている。特待生選抜だというのに全く緊張せずむしろリラックスしているようだ。
膝に置かれた記録用紙には、細かな講評が書かれている。
彼女はそれを読み終えたのか用紙を裏返した。
そして指の先に手のひらほどの小さな障壁を出す。
四隅まで形がそろったきれいな薄い正方形。
しばらく眺めてから消し、もう一度同じ場所に作る。
二枚目もほとんど同じ障壁だった。
小さく作るのは俺でもできる。
だがあの薄さで角まで同じ形にそろえるのは簡単ではない。俺なら途中で縁が揺れる。
「それ、何を変えたんだ?」
気づいたら声に出ていた。
彼女が顔を向ける。
「今の?出すまでの時間を変えたのよ。二枚目のほうが少し早い。」
「まじ?」
「形は同じだから、見てるだけだとわかりにくいかも」
なるほど発動時間を確かめていたのか。
「形をそろえる練習かと思ったよ。」
「それも前提として含めてるけどね。」
うんだとかふんだとか曖昧な返事しかできなかった。
俺が難しいと感じたところはもう最低条件になっているらしい。
「あなたは障壁を使うの?」
「使うよ。今日の実技でも使った。」
「あら。なら二回目はどうしたの?」
まあ隠すことではないかと思い、途中で範囲を削って二枚を使ったと説明すると彼女は少し顔を近づけた。
「出してから、変えたの?」
「そう。そんな感じの固有能力でね。」
彼女が詳しく聞こうと口を開きかけたが、そのとき演習場の扉が開いた。
時計は15時を指している。
*
試験官が黒板の前に進んだ。結局あれから増えたのは3人だけで特待生選抜の受験者は全部で24人だった。
「まずはここまでの試験、お疲れさまでした。ここに集まった皆さんには、特待生選抜の特別試験を受けていただきます。」
試験官は歩きながら説明を続ける。
「特待生は、先ほどの筆記、実技の点数に加えて明日行う特別試験も加味した総合成績で選抜します。なお、魔力量そのものは加点の対象にはなりませんが総合成績が近いもの同士だと魔力量が多いものを優先します。」
俺の用紙には、あの見慣れた二文字が書かれている。
このルールは俺には有利に働いてくれないらしい。
「では試験の内容を説明します。」
黒板に簡単な見取り図が描かれる。
出発地点。曲がりくねった道。その先に小さな四角。
「試験は明日の13時から。12時半までに受付を済ませ集合してください。二人一組で行いますが、採点は個人ごとです。」
試験官が、奥の四角を指した。
「試験内容は、ここにある運搬箱を二人そろった状態で回収するというものです。制限時間は20分。課題の達成状況に加え、各自の技術と判断力を見ます。」
試験官は通路の途中に2本の線を引いた。
「関門には試験官が立ちます。それぞれ担当範囲が決まっており、範囲の外までは追いません。ただし、退いたところで時計は止まりません。また試験官は固有能力を使いません。以上ですが、なにか質問はありますか。」
誰かが手を挙げた。
「試験官を倒す必要はありますか。」
「ありません。箱をもって出発地点に帰ってくることができたら完了です。ただし、相棒を置いて一人でゴールしても完了にはなりません。」
俺の隣の彼女も手を挙げた。
「試験官の担当範囲には何か目印がありますか。」
「床に青い境界線を引いてあります。試験官は、その線を越えての追跡や攻撃を行いません。」
なるほど。
俺は図を見ながら作戦を立てる。
20分。行って箱をとって戻る。
相手を倒さなくていいならやりようはある。
「他に質問はなさそうですね。防護具はこちらで用意します。使用を禁止する術などの詳しい条件はこのあと配る資料を読んでください。疑問があれば試験までに確認を。ただし各関門の具体的な内容はお伝えしません。明日の午前中は、指定された相手と練習場を使えます。」
試験官が黒板の下に名簿を張った。
「では組み合わせを確認できたら解散になります。」
人の肩越しに自分の番号を探す。
217番ダニエル・ラトリー。
そのペアは394番、セリーナ・ヴィヴィアン・リーヴェルト。
第8組らしい。
まさかの彼女だった。
名簿を見終えた彼女が近づいてくる。
「あら、あなたがダニエル・ラトリー?」
「ダンでいいよ。まさかペアとはね。ミス・セリーナ?」
「私もセラでいいわよ。よろしく。」
「ああ、よろしく、セラ。」
差し出された手を握る。
細い手だったが、指先は硬かった。
「じゃあ早速確認するわね。私は魔術全般が得意だけど、特に得意なのは風に水それと結界魔術ね。接近戦もできはするけど得意じゃない。」
やっぱり結界魔術は得意らしい。
「それと固有能力は『偏向』ね。自身が発動した魔術一発につき一度だけ、その方向を変更できる能力よ。あなたは?」
固有能力『偏向』か。なかなか便利そうな能力だな。
「俺は水と土が得意だな。それと身体強化も少し。固有能力は『再配分』。」
「範囲以外には、なにをかえられるの?」
「一度発動した魔術の速さに回していた分を威力に回したり、持続時間を削って強度を上げたりできる。」
「魔術以外もできる?」
「俺自身の身体強化になら一応。他の人の魔術とかには干渉できない。」
「なるほどね。」
理解が早い。
「セラは近距離が苦手で結界魔術は得意なんだよね。なら俺が前衛、セラがサポートの形がいいかな。遠距離手段がある風魔術も得意みたいだし。」
風に水、それに結界魔術。後ろにいてくれるならかなり助かる。
相手の攻撃をすべて自分で受ける必要がなくなれば、その分攻勢に出れる。
それと前に立てば、試験官にはわかりやすいアピールができる。
そこは口には出さないが。
「そうね。ただあなたが近づいたあと私も攻撃するつもりだから。どのくらい動けるかは明日確認しましょう。」
そういいながらセラは資料を鞄にしまった。ブランド品の高いやつだ。ほしい。
「そうだな。関門の内容も当日その場に行かないとわからないみたいだし、演習場も明日しか使えないしな。」
そういい俺も資料を鞄にしまう。
「さて、集合は何時にする?」
「9時でどう?」
「わかった。じゃあここに集合で。」
セラは立ち上がると、俺をまっすぐ見た。
「明日、楽しみにしてる」
「俺も」
そう答えたあと、俺は明日の練習で何を見せるか考えた。
とりあえず身体強化は見せる必要がある。あとは今日の障壁か。
どちらから見せるか順番を考えているうちに、セラは扉の所まで歩いていた。
「帰らないの?」
「帰るよ。」
鞄を持ち直して彼女の後を追う。
せっかく組むのだ。こいつと組んでよかった、くらいは思ってもらいたい。
集合は9時。少し早めに来て、一度練習しておこう。




