1-9. 友人たちの進路
「……う〜〜〜〜ん………」
時は経ち、ウルスラたちは三年生になっていた。
来週提出の進路希望票を前に、唸るフィフィ。イレーネがサンドイッチを片手に、呆れた様子で声をかけた。
「何を悩んでるのよ」
「フィフィは開業希望だから、商業科でしょ?」
「そうなんけどさ」
顔を上げる。
「二年の時から、こうやってみんなと遊ぶようになったでしょ?」
それにより、貴族と平民の違いを痛感することが、度々あったらしい。「みんなといるのが嫌ってことじゃないからね!?」と慌てて否定する。
「ただ、商業科で習うことだけじゃ、貴族相手に商売するのは厳しいかもなーって。だから、淑女科も受講しようかと思ってるの」
そう言うと、進路希望票をくしゃりと抱きしめる。
「でも、そうすると拘束時間がな〜!勉強量も……」
「いいんじゃない?」
いつも通り木陰で本を読んでいたヘレンが、フィフィの考えを肯定した。
「貴族と関わって生きるなら、絶対必要な知識だもの。ぶっちゃけ、淑女科の方は合格できなくても、知識だけ手に入れば良いんだし」
制度上、複数の科に同時に所属することは可能だ。授業の時間も、不都合のないように組まれている。
将来の顧客作りにも繋がるだろう。ヘレンの目が、三日月のように歪んだ。
「ようこそ、こちら側の世界へ」
「うわっ、怖っ!!」
「歓迎の挨拶じゃないの」
「ヘレンは王城文官になりたいんだっけ?」
イレーネが確認を入れると、ヘレンは軽く頷いた。ということは、志望は文官科。
希望する就職先が王城であることを踏まえると、淑女科も選択する必要があるだろう。のんびりとあくびをする。
「読書時間が減ることだけは、遺憾だわ。ギルドの仕事、ちょっと減らそうかしら」
「ヘレンって、見かけによらずタフだよね!」
オパールがいつものようにアップルパイを頬張る。悩むのに飽きたらしいフィフィが、ソフィアの髪に狙いを定めた。櫛を通しながら尋ねる。
「ヘレンっていつ寝てんの? ……実は分裂できる?」
「スライムか、私は。するわけないでしょ」
「でも、教授について学会やら現地調査やらにも顔出してるんでしょ?」
あの教授の講義が面白かったとか、こんな論文を読んだとか、現地民に混ざって踊り狂ったという話をよく聞く。……「踊り狂った」とは?
「普通に考えて、移動時間とかどーしてんのよ」
「時間の捻出方法、教えてほしいくらいだわ」
ウルスラもギルドの仕事は続けているが、お世辞にも片手間でできる状態にない。コクコクと頷く。
これらに加えて、ヘレンはウルスラたちと遊ぶ時間まで確保しているのだ。やはり、身体が三つくらいあるとしか思えない。クッキーをひょいひょいと口に放り込みながら一人確信していると、ソフィアが深くため息を吐いた。
「私も淑女科と商業科の掛け持ちの上、婚約者も探さないといけないもの」
ソフィアは夏休みに少し……否、大いに色々あって、進路を変えることになった。
その関係で、今は婿入り・嫁入り両方を視野に入れて婚約者探しをしている。ちょっと緊張しながら聞いてみた。
「首尾はどう?」
「舐めないでくれる?」
するとソフィアは扇子を広げ、不敵に微笑んだ。
「婿入り・嫁入り共に希望者多数よ。多すぎて、ヘレンに捌くのを手伝ってもらっているくらい!」
「「おお!!」」
思わず拍手をしてしまった。オパールも一緒になって拍手する。
「ソフィアは可愛くて有能だから、モテちゃって大変だね!」
「良いこと言うじゃない、その通りよ」
すると、イレーネが木陰の方に行って、そこで読書に勤しむ人物に耳打ちした。
「実際は?」
「玉石混交」
「ヘレン!」
抗議の声を上げるソフィア。
「まあ、『玉』だけ見ても十分申し込みは多いし、相手の本気度も高い。モテてるってことでいいんじゃない」
「……あんまり興味ない?」
「ないわよ」
そっけない態度に思わず聞いてみると、ヘレンはバッサリとそう答えた。ため息を吐き、本のページをめくる。
「だってフィアったら、『どう思う?』って、わざわざ釣り書き持って聞きにくるんだもの。新しいのが届くたび、毎回!」
侍女のフリをして、顔合わせに同行させられることもあるのだとか。眉を顰めるヘレン。
「人格・能力・その他諸条件良し、家にも本人にも大きな瑕疵ナシときたら、あとは好みと相性でしょ。知らないわよ私、フィアの男の好みなんか」
そう言って、シッシッと追い払う仕草をする。
「モテ自慢なら、他所でやりなさいよね」
「自分で選びなさいよ!?」
「一生を共に過ごす相手なのよ、精査するでしょ!?」
「あっ、ちょっと今動かさないで!」
畳んだ扇子を握って主張するソフィアを、イレーネが叱り飛ばす。ソフィアの髪で新作のアクセサリーを試していたフィフィが、のんきに抗議した。
なんにせよ、順調そうで何よりだ。
「大体イレーネは、どうなの? その辺の話」
ソフィアが水を向けると、イレーネは憂鬱そうに頬杖をついた。
「私は姉が結婚して子どもが生まれるまでは、どうにもし難いわよ」
「あー……」
イレーネの家は、よほどの事情がない限り、長子相続だそうだ。
しかし、病弱なイレーネの姉は領地を管理できる状況になく、当主である母親も──なんというか、あまり頼りにならない。そのため、今は次女のイレーネが、母親の補佐と領地経営を並行して担っているのだ。姉の身体が回復するか、姉の子が跡取りとしてきちんと育てば、その時は全てを明け渡す。
しかし逆に言えば、イレーネが家を継ぐ可能性も、ゼロではないのだ。婿入りと嫁入りでは条件が全く違う以上、相手選びは慎重にならざるを得ない。オパールはしみじみと呟いた。
「その辺落ち着かないことには、おちおち恋人も作れないよねえ……」
「実のない付き合いとまでは言わないけど、時間は有限だわ。そこからご縁に繋げようとしてる人たちからしてみたら、私との恋愛は不毛としか言いようがないもの」
別に気になる人もいないし、と付け加える。教室でイレーネへの想いを語っていた男子生徒たちが聞けば、確実に泣き崩れるだろう大暴言である。
「というか、問題は姉貴より母様なのよ!!姉貴が『体調が不安だから当主辞退したい』って言っても、私が『結婚するならするで相手探しに本腰を入れたい』って言っても、『私でも大丈夫だったんだからどうにかなる』『イレーネちゃんは美人だから大丈夫』ってばっかり!!大丈夫じゃねーーーーわ!!」
ドッ!!と地面を殴りつける。
「父様も父様よ!あっさり滑落事故なんかで死んじゃって!あの砂糖菓子女なんとかしてからくたばりなさいよー!!」
「荒れてるなあ」
「荒れてるねえ」
「そうね」
三年目である。さすがに慣れた。崩れた髪型と化粧を狙って、満面の笑みでコームと手鏡を構えるフィフィ。
一通り怒鳴って気が済んだのか、イレーネは肩で息をしながら話を元に戻した。
「まあでもそうね、いずれにしても領地経営に関われる進路が良いわ。嫁ぐにしても、『女が領地経営なんて』みたいな家は嫌」
だからこそ、イレーネも淑女科と文官科の両方を受講するのだという。片頬に手を当て、ほうとため息を吐く。
「本当は、まだ誰の色もついてない私だけの土地を、一からじっくり育てていきたいんだけど。なかなかねー」
「オパールは?」
ソフィアの「色々」は、機会があれば番外編にでもしようかなーと思っています。ちょっとこの流れで書く感じではなかったので……。
「気になる!」「もったいぶるなよお!!」という方は、☆を塗り塗りしていただけると、作者とソフィアが喜びます。
お読みいただき、ありがとうございました。




