御礼SS 2-2. 王城謁見記録・後編
長めです
一方、その頃。
謁見室を辞したウルスラとサイプレスは、案内役について、控えの間へ移動中だった。ふと、案内役から提案がなされる。
「見学中のご案内は不要と伺っていますが、この先の外廊下から、文官棟の外観をご覧いただけます。そちらを見ながら、軽く説明などさせていただいても?」
「ああ」
「任せる」
「ありがとうございます。ではこちらへ」
そう言いながら角を曲がると、人の多い廊下に出た。誰かがぽつりと呟く。
「角族だ」
「新しい軍部の幹部か?」
「知らないのか、先日襲爵したデュボワ侯爵だよ」
「え!?」
騒めきが広がる。
「まあ、では娼婦の」
「おい、聞こえるぞ」
制止の声がしたが、それで止まるほど賢い者たちではない。扇子の裏、柱の陰で続ける。
「何故卑しい庶子風情がデュボワ侯爵に?」
「なんでも、父侯爵と後継の兄が、揃って急病で引退したそうですわよ」
「それで当主の座が転がり込んできたわけか。運が良いな」
さざなみのようにくすくす笑いが広がる。
「隣は……サイプレス侯爵、か?」
「学園時代に何度か見かけたことがあるな」
「相変わらず麗しいわあ……」
「おいっ、あんまり見るなよ」
女のうっとりした声を、鋭い男の声が諌める。
「あの御仁の卒業直後、前当主と使用人多数が『病死』したのは、有名な話なんだぞ」
「邪魔な異母妹を『あの』ガーデロン子爵に売り払ったとも聞いたわ。なんて恐ろしい」
恐れと好奇の目がサイプレスに注がれる。
止まぬひそひそ声に、案内役の男が苦虫を噛み潰したような顔で背後に謝罪をした。
「……申し訳ありません、次の角で迂回致します」
「構わんが、彼らは王城に仕えている者たちなのか?」
ウルスラの王城人事への憂慮とも取れる発言に、案内役は感情を押し殺した声で答える。
「………いえ、恐らくその身内です。従者や近しい家族が、忘れ物を届けたり家からの連絡のために登城することは禁じられておりませんので」
「なるほど」
その中でも特に物見高い連中が、珍しい顔がいると聞きつけて、野次馬に来たのだろう。
国防の重鎮相手にこの有り様では、今後は禁止になるかもしれない。内心毒づきながらの返事に、肩をすくめるサイプレス。
「身内ってのは、なかなかどうして、足を引っ張ってくれるもんだな」
「全くだ」
「………………………」
あらゆる意味で何も言えない案内役。
当人たちがそんな風に囁き合う間にも、噂話は続く。
「それにしても、お二人とも実に美しい」
「デュボワ侯爵は燃えたぎる炎のような美姫で、サイプレス侯爵は艶やかな花のような美男だ」
「婚約者はいらっしゃるのかしら? ぜひ立候補したいわあ」
「どちらもいないはずだ、チャンスだぞ、これは」
すると、女性の声が一石を投じた。
「あら?お二人が婚約者同士ではないの?」
「社交の場ではいつも一緒におられると聞いたわ」
「なるほど、確かにお似合いの美男美女だ」
「まさか!当主同士だぞ」
「いやあ、分からんぞ」
嘲笑混じりの声が応える。
「意外と父親同様、下賎な娼婦の娘が好みなのかも───……。ッ!?」
するとその時、サイプレスがぐるんとそちらを振り返った。息を呑む音がして、囁きが止まる。
「……よーぅ、モーガン・ジャック・アギレス子爵第二令息」
微笑みと共に口を開く。名指し、しかもフルネームで呼ばれた令息は、一瞬で青ざめる。
「さっきから、ずいぶん愉快な話をしてるじゃねェか。ん?」
「あ、い、いや……」
「俺も混ぜてくれよ」
ニコニコしながら歩み寄るサイプレスに、わずかに後ずさる令息。
しかし、後ろは壁だ。あっという間に距離を詰められる。
「田舎者なもんでなァ、王都の話題にゃ疎いんだわ。教えてくれよ、な?」
「お、俺、いやっ、私だけじゃっ」
「そうだなァ、運が悪かったなァ、それで?」
手を伸ばし、ネクタイを掴んで引っ張る。首を絞められて呻く令息、ひっ、とかすかな悲鳴が上がった。
「誰が、なんだって?」
案内役が割って入ろうとしたその時、ウルスラが口を開いた。
「やめろ、サイプレス」
「あァ?」
冷めた横顔と、淡々とした声。
その様子に制止を期待した者たちが、ほっと息を吐く。しかし、続く一言に凍りついた。
「名前が分かっているなら、後から如何様にもできるだろう。抗議でも、制裁でも」
そして前を向いたまま、真顔で続けた。
「それより、案内の方を困らせるな。青い顔をしているぞ」
「……なるほど? 確かに、国王陛下とその命を受けた方にご迷惑をかけるわけにゃいかねェなァ?」
そう言って、ぱっとネクタイから手を離す。肩に手を置いて、囁いた。
「また、後で。ゆっくり話そうなァ、モーガン君?」
そのままフン、と鼻を鳴らして突き放し、踵を返すサイプレス。案内役の方を向き、何事もなかったかのように柔らかく微笑む。
「悪いな、案内を再開してくれるか?」
「はっ、はいっ!!」
二人が去った廊下、咳き込む子息を心配する者は誰もいなかった。
用意された部屋に着き、平謝りの案内役を帰したサイプレスは、控えていた王城の使用人に声をかける。
「悪いが、下がってもらっていいか? 長旅で、少し疲れていてな」
すると、控えの間の責任者らしい年嵩の侍女は、動じることなく頭を下げた。
「かしこまりました。では扉の前で控えておりますので、いつでもお呼びください」
「ああ」
王城の使用人たちが下がる。そうしてデュボワ家とサイプレス家の使用人だけになった控えの間で、配下たちに部屋の安全確認をさせる。
報告を受け、軽く頷いた。
「問題なし、喋っていいぞ」
「……ップハッ!」
その言葉に、ウルスラは息継ぎをするように声を上げた。
「緊張!した!!」
「そうは見えなかったがな」
そう言いながら、自身も襟元を緩める。マントを侍女に預けると、ウルスラはわたわたと手を動かした。
「イヤだって……あの宰相の派閥だぞ!? 何か変なことを言って揚げ足を取られたらと思うと……!!」
「テメェの心情はどうでも良いわ、嘘でも堂々としてなけりゃ、それこそ足元見られるだろォが」
今日の謁見は、サイプレスが主導権を握り、ウルスラは最低限の受け答えのみと決めていた。北部辺境貴族だけのパーティーならいざ知らず、国王や国の重鎮相手に下手な発言をすれば、命取りだ。
事前に決めた口上を述べるだけでも、冷や汗ものだった。椅子に腰掛け、狼狽えるウルスラの正面で、優雅に脚を組む。
「そんなことより、早く謁見室でのやりとりを書き起こせ。次会話する時、今日話した内容くらいは覚えてないと不味いだろォが」
「そうだった」
ハッとして、素直に書き出しを始めるウルスラ。
己の配下が紅茶を淹れるのと共にそれを眺めながら、サイプレスはぽつりと呟いた。
「……クォルナの報告通りだな。……あの王はやばい」
何か、問題があるというわけではない。柔らかな表情、穏やかな口調、丁寧な言葉選び。
だが、あの凪いだ湖水のような目。
好意があれば、喜べる。敵意があれば、警戒できる。だがあの王は、それすらなかった。
ただただ、慈しむような眼差し。
どんなに澄み渡り、美しい色をしていても、深すぎる湖の底は見えない。それを体現するような男だった。顔を上げるウルスラ。
「よく分からんが、ヘレンと貴殿が同じ見解ということは、相当やばいのだろうな、あの王は」
そうして、再び書き起こしに戻る。
「私としては、あの武人二人が気になったが。黒髪と茶髪」
「将軍のシュゼイン公爵と……テメェの目に留まったなら、専属護衛か?」
「多分」
黒髪……剣聖と名高いシュゼイン公爵は、前にイレーネに絵姿を見せてもらったことがあるので、知っている。
調度品の一つのように気配が希薄なのに、一度気がついてしまうと目が離せない、独特の存在感。
恐らく、とんでもなく強い。武人として戦ってみたい気持ち半分、生物として恐れる気持ち半分だ。茶髪の方も、よく鍛えられた身体と鋭い眼差しをしていたので、名うての武人だろう。
なんとなくセルドラン・テルセンに似ていた気もする。そう言うと、サイプレスはフンと鼻を鳴らした。
「良い勘してるな。あれがミルドラン・テルセン、セルドラン・テルセンの弟で、王の専属護衛だ」
「おお!」
目を輝かせる。
「強いか?強いか!?」
「王の専属護衛が弱いわけねェわ」
「おお〜!!」
再び歓声を上げるウルスラ。表情だけは少女のそれで、うっとりと呟く。
「いいなあ、ぜひ手合わせしてみたいなあ。兄君のテルセン辺境伯第一令息に言えば、繋いでもらえるだろうか?」
「おい。俺は嫌だからな。やるならお前一人でやれよ」
「何故だ」
はっきりと嫌悪を滲ませた返事に、口を尖らせるウルスラ。短く吐き捨てる。
「そんなもん、奴がミルドラン・ゾーイ・テルセンだからだよ」
テルセン家は防御、防衛……兎にも角にも「守る」ということに特化した一族だ。
その中でもミルドランの戦い方は、一族の在り方そのもの。堅牢で、揺らがず、絶対に「負けない」。
そのくせ、攻撃も基本に忠実で隙がなく苛烈ときた。幼い頃一度だけ戦ったことがあるが、サイプレスはあの牙城を一度も崩せず、時間切れとなった。苦い思い出である。
(あれがもう一度、しかもあの頃より磨き抜かれた状態で立ちはだかるなど)
冗談ではない、と舌打ちする。すると、正面から低い声が聞こえた。
「……まあ、その辺りはさておいて、だ」
声のした方を見ると、書き起こしを終えたウルスラが、悪鬼の形相でペンを握りしめていた。
そのままぐしゃり、と握り潰す。
「あの三つ目長髪男が、ヘレンに求婚している輩だな!?」
「おぉ、現場を見たのは初めてだな」
なるほど、確かに「握り砕く」の形容に恥じない壊しっぷりだと呟く。聞こえてはいないと思うが、念の為廊下の様子を見に行かせた。
「あと、問題の三つ目長髪男、宰相な? ガラク侯爵第一令息、元王姉陛下の孫で、現国王陛下の幼馴染兼側近」
「知っている!!」
ウルスラたちが爵位継承後のあれやこれやでバタバタしている間に、あちらも代替わりしたのだ。今の宰相は、ウルスラが学園時代に会った宰相の息子。
もっとも、あちらは主君の王位継承に伴う代替わりだ。親世代がまだ助けられるうちに……ということなのだろう。オヤゴコロというやつだ、多分。
まあ、ウルスラたちにはどうでもいいことだが。再び吼えるウルスラ。
「あんなひょろひょろの軟弱者に、親友を任せられるか!先日も言ったが、断固反対!!だ!!」
そう、ウルスラが謁見中宰相……ユランを見ていたのは、親友の求婚者を見極めるためだった。
間違っても、見惚れていたわけではない。むしろ、敵意バチバチである。
確かに、国内で十指に入る美貌と謳われるだけはあったが、それだけでは親友の相手に到底足りない。
「最低限、私やサイプレスと対等に戦える強者で、ヘレンと話が弾むほど博識で、かつヘレンを全力で愛し尊重できる男でなければ!!」
「一応言っておくと、俺とお前、同年代の貴族じゃ十指に入る剣の腕な?」
最初の条件で、もうほとんど残らない。
若手とはいえ、学者に知識で張り合うのも無謀すぎるだろう。そう言うと、ウルスラはじ……とサイプレスの顔を見つめた。
「というか、アレならサイプレスでも良くないか?」
「おい、こっち見んな、俺にも選ぶ権利はあるわ」
あんな女と生涯同じ屋根の下、まして子作りなど、心底御免被る。
すると、ウルスラは憂げに窓の外を見つめた。
「ヘレン……知らない男から突然求婚されて、困っているだろうな………」
そう言うと、がばりと椅子から立ち上がる。
「今こそ、親友の私が力になる時!というわけで、先に行っているぞ、サイプレス!」
「テメェ、アイツの居場所、知………速いな、オイ」
火球の如く控えの間から飛び出していくウルスラ。サイプレスはやれやれと足を組み換えると、背後に声をかけた。
「……それで?」
「は。クォルナ伯爵令嬢ですが、今は執務の時間です。与えられた仕事部屋か、所属先の宰相室にいらっしゃるのではないかと」
恭しく首を垂れ、集めた情報を元に作られた王城内の見取り図を差し出すサイプレスの配下。シュゼイン公爵の言うところの「手の者」である。詳細な場所を説明したのち、彼は口惜しそうに顔を顰めた。
「ただ、彼女の執務室は機密を扱う高位文官エリアで……我々では入り込めず」
「これだけ分かれば十分だ、御苦労」
地図を返し、毒味の済んだ紅茶を一口飲む。
「やるんなら、ここまでやれよなァ」
そう言って軽く肩をすくめ、ぐいと一息に飲み干した。
「さーて、じゃあ俺も行こうかね」
生まれ、育ち。身分、立場、見目。
あの冷たく澄ました女が、誰もが羨む最高の美男に求婚されて、どんな顔をしているのか。
「せいぜい、揶揄ってやろう」
サイプレスは、小回りの利いたトリッキーな立ち回りが得意なので、大振りのウルスラにとっては相性の悪い相手です。
ミルドランは、小手先の技術や生ぬるい攻撃ではびくともしないので、サイプレスでは押しきれません。
ウルスラは、正攻法ではほぼ負けなしの戦闘センスと膂力の持ち主で、ミルドランの守りをぶち破れます。
つまりは、そういうことです。
フリード「なんで謁見室から控えの間に移動するだけの距離で揉めるの……本当にやめて………」
ミド「がんば」
お読みいただき、ありがとうございました。




