御礼SS 2-1. 王城謁見記録・前編
長めです。
出ない出ないと言っていましたが、結局お呼びすることになりました。
とある秋の日のこと。
謁見室は、厳かな空気に満ちていた。
玉座に座すは、第十四代アロイジア国王、フリード・イクス・アロイジア。数ヶ月前に即位したばかりの、若き王だ。
その右手には、宰相ユラン・ジス・ガラク。
左手には、将軍クレイドル・ヴァン・シュゼイン。
斜め後ろには、専属護衛のミルドラン・ゾーイ・テルセンがそれぞれ控えている。
玉座からまっすぐ伸びる絨毯の先、正面の大扉が開き、一組の男女が現れた。
一人は、角族の美女。真っ赤な髪が炎のように波打ち、瞳は深く鮮やかな萌葱色。額からは、瞳と同じ色の角がまっすぐ伸びている。
その身に纏っているのは、ドレスではなく真紅の軍服とマント。武人としての正装だ。
もう一人は、ダークブラウンの髪のやはり美しい青年。どこか挑発的な鈍い緑の目で謁見室を見据え、口元に不敵な笑みを浮かべている。
こちらも軍服とマントだが、色はサイプレス一族の象徴である夜雪色。差し色として、やはりサイプレスの影氷色が使われていた。
同じ歩速、しかしかたやきびきびと、かたやゆったりと、二人は左右に居並ぶ大臣たちの前を通り過ぎていく。
そのまま歩を進めた二人は、絨毯の中程辺りで跪いた。
「鉱国の至高なる黄金、フリード・イクス・アロイジア陛下に、サイプレス侯爵ジェラルド・フォード・サイプレスがご挨拶を申し上げます」
「同じく、デュボワ侯爵ウルスラ・ユッテ・デュボワがご挨拶申し上げます」
夜雪色のマントの男───サイプレスが恭しく口を開くと、真っ赤なマントのウルスラもそれに続く。
「遅くなりましたが、陛下のご即位を心よりお祝い申し上げます」
「我ら二人、御代に栄光と繁栄があらんことをお祈り申し上げると同時に、心からの忠誠を誓います」
二人の口上に、フリードは穏やかに微笑んだ。
「ありがとう。北の国境を守る新たなる砦主たちに、祝福を」
それを受けて、立ち合いの大臣たちから、拍手が湧き起こる。
「今日はよく来てくれた。お互い急な継承だったが、その後どうだ?」
拍手が鳴り止むと、顔を上げるよう命じるフリード。幾分か和らいだ空気の中問いかける。
「何か、困り事などないだろうか」
「特には」
「陛下や王家の皆様のお力添えもあり、執務の方は二人ともどうにか」
ウルスラが短く答えると、サイプレスが上品に微笑んで言葉を継いだ。
「分家などはまだ少し混乱しているようですが、お務めに差し障りのない範囲です。じき落ち着くかと」
「そうか。それなら良かった」
「陛下のお心遣いに感謝いたします」
フリードの言葉に恭しく礼をしたサイプレスだったが、ふと何かに気がついたような顔をして、顔を上げた。
「困り事といえば、王都に向かう途中、渡ろうとしていた橋が大雨で流されておりました」
「ロッキンド大橋か?」
「ええ」
一般的に「北部辺境」と呼ばれる地域と中央を結ぶ、大きな橋だ。有事の際は、王都から北部辺境への援軍が通過する地点でもある。玉座から軽く身を乗り出す。
「古いが、丈夫で立派な橋だったからな。流されたと聞いて驚いた。貴殿らと伴の者たちに、被害はなかったか?」
「ええ、幸いなことに」
「原因について、現地の者は何か言っていたか?」
「地元住民は『上流の領地で灌漑工事があってから川が荒れやすくなった』と言っているようです」
「……事実なら、二領を跨ぐ問題だな」
顎に手を当てるフリード。仮に事実でなくとも、そう主張している者がいる以上、対応を間違えれば二領の間に遺恨が残りかねない。傍らの宰相や、出席していた工務大臣・財務大臣と目配せし、頷き合う。
「分かった。今後の経過を注視しておこう」
「ありがとうございます」
頭を下げるサイプレス、ウルスラもそれに倣う。
「迂回路の方はどうだった?」
「管理は行き届いている様子でしたが、道幅がやや狭いですね。大軍の移動向きではないかと。必要に応じて拡大か、近くに別の街道を新設した方が……」
その後も、国のためのやりとりが続いていく。
フリードにとっては現場の意見を直接聞ける機会、臣下にとっては国王へ直訴できる数少ない場だ。そのための場でもある以上、無駄にする気は双方ない。
話しているうちに、謁見終了の時間になった。宰相の咳払いでそれを知らされたフリードは、玉座の上で居住まいを正す。
「今日は話せてよかった。これからも、この国のため貴殿らの力を貸してほしい」
「もったいないお言葉です」
「お任せください」
二人の返事に、満足げに頷くフリード。すると、サイプレスがぱ、と小さく挙手した。
「そうだ、陛下。一つ、お願いがあるのですが……」
「どうした」
そう聞き返すと、サイプレスはにっこりと人畜無害な笑みを浮かべた。
「我々は、北の国境の守りを司る者。今日のように自ら王城に参る機会は、なかなかありません」
そして、胸に手を当ててこう願った。
「せっかく登城したのです。後学のため、王城を見学させていただきたいのですが、よろしいでしょうか?」
「無論だ、構わないとも」
そんなことかと、内心胸を撫で下ろすフリード。政務を行う階や棟は、基本的に王族や王城に仕える者たち以外、立ち入り禁止となっている。
しかし、北部三砦のように国から特別に役目を担っている者たちは別だ。重々しく頷く。
「自分たちが何を守り、それがどう運営されているのか。貴殿らには知る権利がある」
「ありがたきお言葉」
「ご高配に感謝申し上げます」
息の合った礼をする二人。宰相と将軍が背後で部下に指示を出し始める中、確認を入れる。
「控えの間までは案内をつけるが、見学の際もつけようか?」
「いえ、それには及びません。お気持ちだけ頂戴したく」
「あいわかった」
フリードの許可を得た二人は退去の礼をし、そのまま謁見室を出て行った。すると、変わり者と評判の資源大臣がぽつりと呟く。
「……意外と普通だったのです」
実年齢よりやや幼く見える外見通りに、むぅ、と口を尖らせた。
「ヘレンとソフィアの友人だというから、期待してたのに。つまらないのです」
「面白くあって堪るか。三砦の主だぞ」
その横で、生真面目な大臣が苦々しく吐き捨てた。
「安定と堅実が最重要だ。というか誰だ、その二人は!?」
「どちらの侯爵閣下もお若いながら、しっかりしておられそうでした」
「あとは分家との兼ね合いですなあ……」
あれやこれやと議論を交わしながら、扉の方へ向かう。
「それでは陛下、また午後の会議で」
「ああ」
そうして立ち合いの者たちも退出すると、フリードはふぅ、と息を吐いた。幼馴染でもある宰相・ユランが恭しく頭を下げる。
「お疲れ様でした、陛下」
「ああ」
気心の知れた者たちだけになった謁見の間。即位したばかりの若き王は、苦笑しながら首後ろをなでた。
「挨拶はともかく、王冠の重さにはまだ慣れないな」
「…歴代国王陛下の方々しか知らぬ重みですな」
将軍・シュゼイン公爵がわずかに目を細める。笑っているらしい。フリードはぽつりと呟いた。
「フロイデンタール侯爵ではないが……確かに、前評判と違う二人だったな」
新デュボワ侯爵と、新サイプレス侯爵。
彼らは、それぞれの一族「らしい」人物であると、フリードは報告を受けていた。
すなわち、ウルスラ・ユッテ・デュボワは快活で聡明、それでいて豪快な人物であると。ジェラルド・フォード・サイプレスは、不遜で気難しい人物であると。
しかし、今日のウルスラは、快活どころか必要最低限しか喋らなかった。フリードとしては拍子抜けである。腕を組むユラン。
「学園時代のデュボワ侯爵と対面した父曰く、あれで存外慎重な質だそうです。貴族的な会話は得意ではなさそうでしたし、無作法を避けたのでは?」
「ああ、なるほど」
うっかりしていたが、ウルスラは十歳まで平民として暮らしていたのだ。加えて、貴族として正式に社交を始めたのは今年から。
デビュタントもやっていないようなので、こういうお堅い場には慣れていなかったのかもしれない。手を組み、残念そうにするフリード。
「デュボワ侯爵領の状況など、もう少し突っ込んで聞いてみたかったのだが。もっと気軽な場を設けるべきか?」
「そっすね。武人だと、礼儀作法はイマイチって奴多いし」
「私は反対です」
乳兄弟で専属護衛のミルドランが頷くも、ユランは眉を顰めた。
「前にいたでしょう、当時第二王子だった陛下の御前で、親子ゲンカを始めたバカ貴族」
「あ……あぁ〜………いたね………」
思わず変な声が出た。
フリードにもパーティーの主催者にも立場というものがあるのだから、勘弁してほしいと思った記憶がある。彼らが何をしたかったのか、いまいち分からない。
「あの家、今どうしてんの?」
「少し前に、離籍したご令嬢のところに押しかけたそうだ」
ミルドランが疑問を投げかけると、件の令嬢の夫と友人であるフリードは、その顛末も合わせて答えた。
「それで門番に近所のドブ池に投げ捨てられて、近隣住民に通報されたって」
「落ちるとこまで落ちてんなー」
「気軽すぎる場だと、あの手の無礼者がのさばりかねません」
袖で口元を隠し、眉間に嫌悪を滲ませつつ苦言を呈するユラン。
「どうしてもと仰るのであれば、この間のようにお忍びでお願いいたします」
「そうだな。やり方は考えよう」
フリードがそう応じると、ユランは満足げに頷いた。
「それと、気難しいかは分かりかねますが、サイプレス侯爵はある意味前評判通りでは?」
そう言って、ころころと笑う。
「徹頭徹尾、謀略を愛する一族の長らしい会話でございましたよ」
「あ〜………」
「…」
ミルドランが何とも言えない顔になる。彼の言葉は一見当たり障りないが、ある程度事情を知っていれば、意味深なものばかりだった。シュゼイン公爵も無言で同意し、フリードはちょっと遠い目になる。
「『分家はまだ少し混乱している』ね……」
するとフリードと同じように宙を見つめるミルドラン。
「サイプレス一族分家の当主たちが、何故か軒並みサイプレスに都合の良い奴に変わってく『混乱』な……」
「『じき落ち着く』ということは、今年中には完遂する腹づもりなのでしょうねえ……」
「…『案内不要』ということは、城内に相当数、手の者が散らばっておりますな。…まあ、どこの家も似たようなものですが」
もう色々とお察しである。ため息を吐くフリード。
「そうだな、確かにすこぶるサイプレス『らしい』人物だった」
そんな中、唯一人、彼の幼少期を知るミルドランはがしがしと頭を掻いた。
(……つーかサイプレスって、あんな感じだったっけ?)
記憶の中の彼は、もっとこう……控えめで物静かな少年だったはずなのだが。
(………まあ、色々あったからな)
心境の変化の一つや二つ、あったところでおかしくない。そう思い、それ以上考えるのをやめる。
ともかく、とフリードは小さく肩をすくめた。
「まあ、『務めは疎かにしないから口を挟むな』とも言われてしまったからな。余程のことない限り、見守るつもりだ」
「…それがよろしいかと」
二人とも、これから長い時間国の重鎮として付き合っていく相手だ。もう少し関係を築いておきたかったが、相手にその気がないのならどうしようもない。
(気長にやっていこう)
そう結論づけたフリードは、「……そういえば」とふと顔を上げた。
「デュボワ侯爵だが、時々、ユランの方を見ていなかったか?」
「あー、確かに」
「…見ておりましたね」
フリードとサイプレスの会話の最中、ふとした瞬間、視線が横に滑る時があった。ミルドランとシュゼイン公爵が同意を示す。
三人の疑問を受けたユランは、平然とこう言い放った。
「私の美しさに、見とれていたのでは?」
日に透けて金に光るサンドベージュの髪、両目は神秘的な紫で、額の第三の目はエメラルドグリーン。
腰まである長い髪を後ろに払い、元王姉である祖母譲りの美貌で微笑む。
「よくありますよ。若い女性だと特に」
極上の美男子にそう断言され、フリードはやや遠い目で「そうか……」と応えた。
「他に思い当たる節がないならいいや………ありがと……」
「どういたしまして」
「そろそろ殴られねえかな〜!コイツ」
「…同感だ」
お読みいただき、ありがとうございました。




