御礼SS 1-4. ソフィアの事情④
長めです。
無事に養子先も決まり、夏季休暇が明けた。
立ち位置の変わった私に、露骨に態度を変えた人たちもいたけど、裏庭の友人たちは普段通りでほっとした。……ウルスラとフィフィには「何もできなくてごめん」と泣かれてしまって、宥めるのに苦労したけど。
夏季休暇明け最初の週末、私は再びヘレンを邸に招いた。
「婚約をね?決めないといけないのよ」
私の養子先は、医薬品を扱う商会を経営している、モレノ子爵家だった。
生きるために立ち上げた商会関係で、偶然爵位を得てしまい、扱いに困っていたとのこと。顔合わせの席で、人の良さそうな夫妻はそう言って笑った。
『うちは子どもも領地もないし、小さな商会だから。僕らが引退した後のことは、ソフィアさんに任せるよ』
『継いでもいいし、継がなくてもいいからね。爵位も商会も』
つまり、嫁入りも婿取りも可能になったのだ。当然、両条件からの縁談が来る。
それに、自分で言うのもなんだけど、才色兼備の優良物件。
こんもりと積み上がった釣り書きの山を背に、用件を告げる。
「会う人選ぶの、手伝って」
「帰っていい?」
帰らないで、お願い。
「報酬出すから!」
「色恋結婚関係は管轄外なんだけど?」
そう顰めっ面をするも、釣り書きの中身を確認し、てきぱきと三つの山に分けるヘレン。分け終えると、順に指差しながら解説を始めた。
「私が会ったことあって、雰囲気良かった人」と一番小さい山。
「要検討、もしくは会ったことのない人」と中ぐらいの山。
そして最後、一番大きい山は。
「ゴミ」
「ゴミ!?」
「もしくはカス」
「カス!?」
相変わらず容赦ない。一番低い山にそっと触れる。
「……ありがとう。じゃあとりあえず、『良い感じ』から会ってみて……めぼしい方がいなければ『要検討もしくは不明』にお会いしてみましょうか……」
一番最後の山は……お断りの返事だけ書いて、焚き付けにでもしましょう、うん………。
そうして、「いい感じ」の方と一通り会い、さてどうするかと思っていると、ルーベンス伯爵から滑り込み気味に釣り書きが届いた。
「お相手は……南部守、デメトリオ・オドラン辺境伯?」
我が国の南端に位置する樹海、その開拓を国から任されている家だ。釣り書きをヘレンに見せると、躊躇うことなく「良い感じ」の山に積まれる。
「前に樹海の少数民族についてのフィールドワークで、お会いしたことがあるの。領地が領地だし、お務めが忙しいからそこは難点だけど、真面目で誠実な方よ。文武両道の上、領民の人望も厚い」
「ヘレンの目から見てその評価はすごいわね……」
ヘレンの人を見る目は確かだ。彼女がダメだと言った相手は、どんなに評判が良くても後日大醜聞を引き起こしたり、隠れた問題があったり。
反対に、ヘレンが紹介してくれたオパール・イレーネ・ウルスラは、今やかけがえのない親友だ。もちろん、ヘレン自身も。改めて釣り書きを見て、考える。
(私がオドラン辺境伯家に嫁げば、商会に樹海由来の新素材を卸しやすくなる)
そして辺境伯家は、衣料品や医薬品などの開拓に必須の物資を安く買えるようになる、と。後見人から寄親になったルーベンス伯爵からの紹介なので、上手くまとまればそちらにも良い顔ができるだろう。
たかが子爵令嬢の私にまでお話が回ってきたのは、仕事と異母弟との跡取り問題で、婚約者探しに出遅れたから。こちらで調べた情報とも齟齬はない。小さく頷く。
「……お会いしてみるわ」
「そう」
頼んだ翻訳から目を離さないまま、そっけなく告げる。
「じゃあ、往復だけで最低一週間は潰れるから、気をつけなさいね」
「一週間!?」
忘れていた。南北に長い我が国は、全速力で移動してもそれくらいかかるんだった……。
「ソフィア・オルヴァ・メナード=モレノです」
「デメトリオ・エル・オドランです。本日は遠いところをよくいらしてくださいました」
馬車の旅の末に出迎えてくださったオドラン辺境伯は、華やかではないけど精悍で、誠実さと優しさがお顔に滲み出るような御方だった。
想像通りの第一印象にほっとしつつ、エスコートしてもらおうと手を差し伸べる。辺境伯もそれに応じるように手を伸ばした。
しかし触れた瞬間、ぱっと手を引っ込める。
(え?何?)
何か無礼でもしたかと戦慄するも、彼は顔を耳まで真っ赤にして、ぷるぷる震えながらこう弁明した。
「………ぶ、武骨者ゆえ……御手の柔らかさと滑らかさに、つい、驚いて、しまい………。も、申し訳ない……」
……この時点でかなり絆されたのは認める。何、この可愛い生き物。
(年上の殿方に「可愛い」って感想抱いたの、初めてだわ……)
女性との触れ合い───あくまで常識の範囲内の行為───はこんな調子だったが、彼はおおむね理想的な紳士と言えた。物静かで、穏やかで、こちらのふとした呟きや会話も丁寧に拾い上げてくれる。
女だからと無条件に見下したり、偉ぶったり、横暴な振る舞いもしない。さすが、不在がちな父辺境伯に代わって長年領地を守り、樹海開拓を進めてきた傑物は器が違うわ……。
その後もとんとん拍子に話が進み、私はオドラン辺境伯……デメトリオと婚約した。
結婚後は、王都の商会とオドラン辺境伯領を行き来する予定だ。大変だろうけど、今からワクワクしている。
「ねえ、ヘレン。デメトリオからのプレゼントのお礼、何がいいと思う?」
「知るか」
吐き捨てるヘレン。
時は流れ、学園卒業の半月後。
「お嬢様、お手紙が届いております」
「あら、ありがとう」
私は、王都にいた。本来であれば、今頃はオドラン辺境伯領行きの馬車に乗っていてもおかしくない時期だ。
しかし、デメトリオに我儘を言って、先延ばしにしてもらっている。「友人たちが心配だ」と。
(ヘレン……は何とでもできるだろうけど、ウルスラとフィフィはねえ………)
特にウルスラ。王家の手を借りているとはいえ、やろうとしていることは、侯爵位の簒奪だ。とてもじゃないけど、楽観視なんてできない。
それに、約束したもの。万が一の時は国外逃亡を手伝うって。
最低限、成功の一報が届くまでは安心して嫁ぎ先に行けない。そう思って手紙を受け取ると、見慣れた筆跡が踊っていた。
『親愛なる我が友へ』
(これって……!)
はやる心を抑えつつペーパーナイフを手に取り、もどかしく思いながら封を切る。
内容を確認し、思わず声を上げた。
「まあウルスラ、上手くいったのね!」
手紙には、外部に伝えられるギリギリの言い回しで、ウルスラの父と異母兄、そしてその共犯者が逮捕されたことが記されていた。
今はほとんど形ばかりの捜査も終わり、ヘレンや周囲の人間の手を借りながら家内を立て直している、とのこと。ほっと胸をなでおろす。
(良かった、これで安心だわ)
高位貴族としての権威を振るえなくなれば、あとはもう、ウルスラとヘレンの独壇場だろう。個の武力でウルスラに敵う者はそう多くないし、権力も武力もなしでヘレンをやり込められる者となると、もっと少ない。……どうも、背後に強めのパトロンもいるみたいだし。
懸念していたフィフィの工房も、最近はだいぶ落ち着いた。ほくほく顔で手紙を封筒に戻す。
(今夜はワインを開けようかしら。デメトリオにも良い報告ができそうだわ)
すると、手紙を持ってきた侍女がおずおずと申し出た。
「お嬢様……大変申し訳ありませんが……」
「実は先ほどから、メナード家の方々がいらしておりまして……」
「あら、そうなの」
短く声を上げる。
門番には、事前の連絡なしに元家族が来た場合、追い払って良いと通達してある。それなのにこうして報告を上げてきたということは、よほどのことだろう。手紙を引き出しに片付ける。
───父の遺産と子爵位を継いだ元家族の面々だったが、今彼らは、窮地に立たされていた。原因は、数ヶ月前の夜会での醜聞だ。
現在、我が国では、三王子による王位争いが勃発している。
父は「いくら名門でも、領地すら持たない貴族が参入したらすり潰されるだけ」と、争いから距離を取っていた。しかし、祖父は違った。
どうも、第二王子派閥にすり寄りたかったらしいのだ。デメトリオから贈られた扇子を取り出し、軽く顔を煽ぐ。
(第二王子の派閥は下位貴族も多いし、殿下自身、身分で露骨に態度を変えたりしないものね)
領地を持たないメナード家。お父様の遺産も尽きて、助けてもらえるような繋がりが欲しくなったのもあるんでしょう。
ただ裏を返せば、第二王子派閥は爵位が低くとも十分戦える、敏腕揃いとも言える。
当然、落ちこぼれ気味の従兄弟にも、優秀な跡取りを排除してまで従兄弟を跡目に据えた祖父にも、良い顔はしなかった。その日の夜会でも、どうにか近づいた第二王子殿下の前で、こう聞かれたという。
『孫息子殿にはメナードの名はいささか重いようですが、その点についてはどうお考えで?』
それに対し、祖父は。
「その時は孫娘に継がせる」と答えてしまったのだ。頭痛が再発した気がして、内心頭を抱える。
(バカなの?ねえ、バカなの?)
どうやら、私が既にメナード家の籍から外れていることに、気がついていなかったらしい。「手切れ金」の時点で察しなさいよ……!
当たり前だが、その家の籍にない人間が当主になることはできない。しかも悪いことに、第二王子殿下は南部辺境の視察でデメトリオと知り合って以降、個人的に親交を深めていた。当然、婚約者である私の素性も、婚約の経緯も知っている。
すぐにその発言を不審に思い、「お前の孫娘はとっくにいないはずだが、養子でも取ったのか?」と遠回しに問いかけた。
そこで説明されてようやく、祖父は、私がメナード家から離籍していることを知ったらしい。
連れて来ていた伯父に慌てて確認し、王城からの離籍通知を見逃していたことが発覚。そのまま、第二王子殿下の前で盛大な親子ゲンカを始めたものだから、すり寄るどころか大いに不興を買ったそうな。扇子の裏でため息を吐く。
(恥を上塗りしないで欲しいわ……)
おかげで、こちらの有責でデメトリオとの婚約を解消すべきか、本気で悩んだじゃないの。デメトリオもご家族も同情してくれたけど、小っ恥ずかしいったら!
ついでに、偶然近くで話を聞いていたシュゼイン公爵までも、その驕り高ぶった態度に激怒して。
メナード家は、彼の庇護する中立派にも居づらくなったのだった。そんな経緯を思い出していると、古馴染みの侍女はぐったりした顔でこう続けた。
「どうもそこで、お嬢様の後見人がルーベンス伯爵だったことを思い出したようなのです。『伯爵に頼んで取りなしてほしい』と」
「まあ……なんて図々しいのかしら」
まずは、他家の令嬢を勝手に後継者にしようとしたことを詫びるべきでしょうに。
大体、ルーベンス伯爵が取りなしなんてするはずないわよ。辺境伯領に来ていた私とデメトリオにこの話を教えた時、爆笑してたんだから。
(それどころか、大喧嘩の現場にいて、巻き込まれる前にとっとと帰ったらしいし)
つくづくマイペースな御仁である。
「門番は当然追い払おうとしたのですが、あまりにもしつこくて。門前に座り込んで周囲の迷惑になっているので、『多少手荒な手を使ってしまってもいいでしょうか』というご相談です」
「なるほどね」
正直、あのプライドの高いお祖父様たちがそこまで粘るとは思っていなかったから、そこまで指示は出してなかったわ。苦笑いして頷く。
「いいわ、私は南部守の妻だもの」
しっかりとそう振舞わなきゃね。心の底からにっこり微笑んでみせる。
「南部辺境流に扱って差し上げて?」
「!かしこまりました!」
許可を受けて、こころなしか晴々とした顔で出ていく侍女。あとは報告を待ちましょう。
今回のことで、恐らく爵位は返上になるだろう。もしくは、離籍した私にもう一度話が回ってくるか。
いずれにしても、手放すことになるのは間違いない。王城で財務官を務めるルーベンス伯爵もそう仰っていたし。
扇子を閉じ、独りごちる。
「ざまぁみろ……なんてね」
でもこれで、私もしっかり前に進めそうだ。
窓の外の悲鳴を背に、私は、愛する夫へ送る手紙の文面を考えるのだった。
ソフィアさんですが、拙作「地味令嬢の驀進」の御礼SSにも出てきています。気になる方はぜひ。
お読みいただき、ありがとうございました。




