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【完結】嫡出の兄、妾腹の妹  作者: 紅月となり
第四部 嫡出の兄と妾腹の妹の周囲の人々
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御礼SS 1-3. ソフィアの事情③

ちょっと長めです。


 そう思いながら静観していると、祖父は突然、がばりと顔を上げた。



「ならばその後見人とやらを呼んでみろ!!」



 そばにいた伯父家族を振り払い、悪鬼の形相で怒鳴る。

「私に主導権を握らせないために、架空の後見人を偽造したのだろう!! それか、私の後見人署名欄を偽装したか!? どちらにしても公文書偽造だ!!」



 ……そう来るのね。



 あくまで正式な後見人は自分で、「別の後見人」はブラフだと。私の手続きは、実際には後見人の承認のない不正なものだと。なるほど。

 その間にも、唾を撒き散らす祖父。



「こんな横暴は断じて認めんぞ、徹底的に戦ってや……」


「いやあ〜、聞きしに勝るねえ」



 と、横からお気楽な声が横から割り込んできた。

 振り返ると、私の「後見人様」がのんびりとした様子で、歩み寄ってくる。



「ルーベンス伯爵」

「やあやあ、呼ばれたっぽいから来たよ〜」


 綿花のように緩やかな曲線を描く、煌めく淡い金の髪に、同じ色の瞳。



 おっとりした表情と声、強風が吹けば飛びそうな体格。モノクルをかけた男性貴族は、私の呼びかけにひらひらと手を振った。


「というわけで、後見人のフェルディナンド・アクロ・ルーベンスで〜す。拍手〜」

「ルーベンス……?」


 ルーベンス伯爵の従者が無表情で乾いた拍手をする中、誰かが呟いた。


「どこかで聞いた気が」

 そう言って首を傾げる伯父家族に、青ざめる祖父。扇子の裏でほくそ笑む。

(まあ、そういう反応にもなるでしょうね)



 ルーベンス家は、三代王弟殿下の打ち立てた家門である。



 メナード家どころか、建国御三家に次ぐほどの名門。現当主であるこの方自身も、現王妃陛下やソラシオ公爵の再従兄弟で、すこぶる高貴な身の上だ……そうは見えないけど。

(伯父家族が聞き覚えがあるのは……ルーベンス絹かしら?)

 ルーベンス領の特産品である絹は、再現不可能・唯一無二の輝きと着心地を誇る最高級品。

 「ルーベンスの絹を一着は持っていなければ、貴族ではない」なんて嘯く者もいるほどですもの。まともな貴族で、ルーベンス家を知らない者などいない。



 そのルーベンス伯爵は、自領の絹をふんだんに使った衣装をしゃらりと揺らした。


「あんまりうるさいから、出てきちゃった。何だっけ、未成年者のものは後見人のもの、だっけ?」

 笑顔で、祖父たちの方へ向き直る。



「君の理屈で言うと、彼女の資産は彼女を後見している『私の』資産だよね?じゃあ彼女の保有するこの邸は、『私の』邸だよね?ならば当然!私は『私の』邸へ『私に』無断で侵入した賊を、斬り捨てる権利があるよね?」

 その言葉と同時に、階下にいた兵たちが一斉に抜剣の構えを取った。悲鳴が上がる。



 祖父たちは何か勘違いしてそうだったけど、彼らは、ルーベンス伯爵の連れてきた護衛だ。主君が滞在中の邸に、警備を振り切って侵入した不埒者が現れたため、対処を手伝ってくださったに過ぎない。



 一糸乱れぬ動きに、後退る祖父と伯父家族。しかし肝心の伯爵閣下は、どうでもよさそうに欠伸をした。


「くだらないこと言わせないでよね。馬鹿馬鹿しいから」


 その瞬間、構えを解く伯爵家の兵たち。祖父と伯父家族はほっと息を吐く。

「困るんだよ、そういうの。なんかこう、変なの湧いてくるじゃない?面倒なんだよね」

 口調だけは柔らかく、辛辣に告げる。

「で?他に何かある?」



 その一言で、安堵と共に怒りが戻ったのだろう、祖父はこちらを睨みつけ、押し殺した声を出した。



「……お前の後見人がその方であることは、理解した」



 さすがに分が悪いと悟ったのだろう。血走った目で、口調だけは丁寧に続ける。

「しかし、それにしてもこちらの相続分が少なすぎる」

「そ、そうだ」

 すると、呆然としていた伯父が、はっと顔を上げた。



「今は父上がメナード子爵だぞ!?なら、爵位に伴う資産があるはずだ!!」

 そう言って、どすどすと数歩、前に出る。



「エミリアは女のくせに商会なんかやってたんだ、儲けてるはずだろ!俺たちへの遺産があんな小銭だけなんて、おかしい!」

 伯父の言う通り、メナード家の稼ぎ頭は母だった。王都でも、上から数えた方が早い商会を抱えていた母。


 再び伯爵家の兵に牽制される伯父を見つめながら 

扇子の下で、呟くように応える。


「……そうですね。『母が』やっていたのですよ」

「「「?」」」


 伯父家族がきょとんとした顔をした。それを冷めた目で見つめながら、続ける。

「フーロン商会は、母の生家・フーロン家が代々経営してきた商会です。メナード家とは何の関係もない」

 そうして、至極当たり前の事実を告げた。



「ですので、商会自体もそこから生まれた利益も、母の娘である私が相続することになります」

「バカな!!」



 叫び声を上げた祖父は、すぐさまルーベンス伯爵に食ってかかった。

「嫁の財産は、嫁ぎ先のものになるはずです!!」

「何時代に生きてらっしゃいますの?」

「結構前に撤廃されてるよ、その法律」


 ほぼ同時にツッコむ。


「そう主張して、妻の家の爵位を乗っ取ったり、財産を簒奪する輩が続出したからね。ホラ、私、これでも王城財務部財務官だから。関連法には詳しいの」

「……っ!」


 ルーベンス伯爵がのんびりと自分の顔を指差すと、祖父は言葉を詰まらせた。価値観の古い人だとは思っていたけど、ここまでとは………。



「一応、こちらでも商人組合に行って調べた。フーロン商会は確かに、エミリア・フーロン=メナードの個人資産だったよ」



 個人資産と家の資産は扱いが別だ。後者はその家の血筋の者が爵位と共に継ぐが、前者は、子どもや配偶者などに継承されるのが原則。ばさりと扇子で顔を煽ぐ。


「つまり、法定相続人どころか結婚相手の親戚でしかない皆様に、権利はありませんの」

「そんな……」


 会話に追いつけないのか、目をきょときょとさせる伯父家族。対照的に、祖父はなりふり構わず叫ぶ。

「……ならこの邸は!? メナード子爵家の財産のはずだ!」

「あー、それねー」

「確かに、前メナード子爵はこの邸で執務をしておりましたが……」

 まったりと今日の天気でも話すように応じるルーベンス伯爵。私もこてりと首を傾げる。



「ここは、母の家ですよ?」

「は!?」



 パカン、と口を開けるも事実だ。私自身、権利書を引っ張り出して知ったんだもの。

「い、いつから」

「最初からです。母の商会で、母が得た資産から購入した、母の邸です」

 つまりこれも個人資産。

 それを、母が住居兼仕事場所にと父に貸し出していただけで、やはりメナード家には何の権利もない。内心苦笑する。


(まあ、それなりに財産のある貴族なら、大抵当主所有の邸で執務をするものね……)

 祖父が勘違いしていても、まあおかしくはない。「借り物では格好がつかない」という貴族は、存外多いのだ。とかく、一国一城の主になりたがる。

 燃え尽きたような祖父の様子に事態を察したのか、従兄弟がようやく慌て出した。

「じゃあ、じゃあ……俺らは大した遺産は受け取れないってことか!?」


 はっ。


 鼻で笑う。



「メナード子爵位と、それに伴う資産をお継ぎになったでしょう? 十分じゃありませんか」



 先祖代々の財産と、父が母の商会を手伝って受け取った報酬、それらを運用して得た利益。


 できれば取りこぼしたくなかった、でも手放さざるを得なかったものたち。合わせれば、それなりの資産になるはずだ。

(まあ、今までこの人たちが両親から受け取っていた仕送りや、勝手に持ち出したお金に比べれば、小銭だろうけど)

 扇子越しに、ころころと笑ってみせる。


「今皆様がお住まいのメナード子爵邸も、皆様のものですもの。どうぞ、今後もお使いください」

「え……でも………」

 物欲しげに周囲を見回す伯母。


 新品同然の豪奢な邸。一目で高価と分かる調度品の数々。


 手に入ると思っていただけに、惜しいのだろう。扇子の奥で目を眇める。

(渡すものですか)



 全部、両親が私たちのために遺してくれたものだ。



 どうにか結果をひっくり返そうとしているのか、ぎょろぎょろと周囲を見回す祖父と伯父家族。すると、ルーベンス伯爵が手すりから身を乗り出して、おっとりと最後通牒を渡した。

「まあ、どこにでも訴えたければ訴えれば? 僕も彼女も、すこぶる正当な手続きを踏んでここにいる」

 ぴん、と指先で弾くような仕草をする。



「せいぜいが『前当主時代の援助と財産持ち出しについて言及される前に引け』だよ」

「……!!」

 王城財務官である伯爵の言葉に、祖父と伯父家族が息を呑む。



 訴えれば、借金として返済を要求できなくもない。恐る恐ると言った様子でこちらを見るのを、私は扇子越しに見下ろした。


「手切れ金代わりに差し上げますわ。まあ……切れないのであれば容赦はしませんけど」

 受け継ぐものと、返さなければいけないもの。どちらがどれだけ多いか。



 頭の中で素早くそろばんを弾いた祖父は、じろりと上目遣いにこちらを睨みつけた。



「……後悔するぞ」

 その捨て台詞に、手のひらに扇子を打ち付けて吐き捨てる。

「既にしてますわよ。質の悪い寄生虫をさっさと排除するよう、父に進言しなかったことを」


 何を言っても止まらないなら、甘やかすべきではなかった。仕送りも持ち出しも、断固許すべきではなかった。



 当主として、毅然とした対応を取るべきだったのだ。たとえ、血の繋がった家族でも。





 祖父と伯父家族が追い返されると、急に肩の力が抜けた。慌てて背筋を伸ばし、振り返って頭を下げる。

「申し訳ありません、伯爵閣下にお見苦しいところをお見せしまして……」

「いいよぉ、それが僕の仕事だし」

 そう言って、寝癖か癖毛かいまいち分からない髪をふわん、と揺らす。


「それに、うちの絹と一緒に君の商会の小物を持っていくと、トード夫人の機嫌がいいんだよねえ。この前紹介してもらったジュエリーデザイナーの作品にも、喜んでたし」


 さらりと国一番のドレスデザイナーの名を上げる。金に染め抜いた絹糸のような髪の下、同じ色の瞳が蠱惑的な光を帯びた。

「ご両親のことは残念だったけど、君は先代の経営の才に加えて、美的センスもいい」

 薄い唇が、手本のような美しい曲線を描く。



「期待してるよ、ソフィア嬢」

「……ご期待に添えるよう、精進いたします。閣下」



 内心の緊張を押し隠し、微笑んでカーテシーをする。満足げに頷いたルーベンス伯爵は、くるりと踵を返した。

「じゃあ、中断された話の続きをしよっか。君の養子先の話だったよね?」

 そう言って、とことこと来た道を引き返す。



「血縁だと何かの時面倒だから、寄子から良さげなのを引っ張って来たよ。継承権で揉めなさそうなところがいいんだよね?」

「はい」


 そう、私は既に、メナード家の籍にない。



 祖父が爵位を再継承して、跡取りを変更した後───こういう動きだけは早かった───自ら離籍の手続きをしたのだ。笑顔で会話を続けながら考える。


(本当は、ルーベンス伯爵の力を借りて子爵位を争うこともできたけど……)


 長男至上主義で、男尊女卑のあの人たちのことだ。自分たちこそ正当と信じて、簡単に諦めはしないだろう。伯爵がこちらを見ていないのをいいことに、頰に手を当てそっと息を吐く。

(それに、仮に勝てたとしても、逆恨みで商会に嫌がらせされそうだもの)


 ……生家を捨てることに、抵抗がなかったわけじゃない。でも、両親の遺してくれたこの邸と商会、そこに勤める人たちを守れる方が、私にとっては遥かに重要だ。



(そのためなら、二度もあの男(祖父)の手垢のついた爵位程度、くれてやるわ)




 楽しげに歩くルーベンス伯爵の後ろを、私は談笑しながらついて行くのだった。




ソフィア編、次が最後です!


お読みいただき、ありがとうございました。

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