御礼SS 1-3. ソフィアの事情③
ちょっと長めです。
そう思いながら静観していると、祖父は突然、がばりと顔を上げた。
「ならばその後見人とやらを呼んでみろ!!」
そばにいた伯父家族を振り払い、悪鬼の形相で怒鳴る。
「私に主導権を握らせないために、架空の後見人を偽造したのだろう!! それか、私の後見人署名欄を偽装したか!? どちらにしても公文書偽造だ!!」
……そう来るのね。
あくまで正式な後見人は自分で、「別の後見人」はブラフだと。私の手続きは、実際には後見人の承認のない不正なものだと。なるほど。
その間にも、唾を撒き散らす祖父。
「こんな横暴は断じて認めんぞ、徹底的に戦ってや……」
「いやあ〜、聞きしに勝るねえ」
と、横からお気楽な声が横から割り込んできた。
振り返ると、私の「後見人様」がのんびりとした様子で、歩み寄ってくる。
「ルーベンス伯爵」
「やあやあ、呼ばれたっぽいから来たよ〜」
綿花のように緩やかな曲線を描く、煌めく淡い金の髪に、同じ色の瞳。
おっとりした表情と声、強風が吹けば飛びそうな体格。モノクルをかけた男性貴族は、私の呼びかけにひらひらと手を振った。
「というわけで、後見人のフェルディナンド・アクロ・ルーベンスで〜す。拍手〜」
「ルーベンス……?」
ルーベンス伯爵の従者が無表情で乾いた拍手をする中、誰かが呟いた。
「どこかで聞いた気が」
そう言って首を傾げる伯父家族に、青ざめる祖父。扇子の裏でほくそ笑む。
(まあ、そういう反応にもなるでしょうね)
ルーベンス家は、三代王弟殿下の打ち立てた家門である。
メナード家どころか、建国御三家に次ぐほどの名門。現当主であるこの方自身も、現王妃陛下やソラシオ公爵の再従兄弟で、すこぶる高貴な身の上だ……そうは見えないけど。
(伯父家族が聞き覚えがあるのは……ルーベンス絹かしら?)
ルーベンス領の特産品である絹は、再現不可能・唯一無二の輝きと着心地を誇る最高級品。
「ルーベンスの絹を一着は持っていなければ、貴族ではない」なんて嘯く者もいるほどですもの。まともな貴族で、ルーベンス家を知らない者などいない。
そのルーベンス伯爵は、自領の絹をふんだんに使った衣装をしゃらりと揺らした。
「あんまりうるさいから、出てきちゃった。何だっけ、未成年者のものは後見人のもの、だっけ?」
笑顔で、祖父たちの方へ向き直る。
「君の理屈で言うと、彼女の資産は彼女を後見している『私の』資産だよね?じゃあ彼女の保有するこの邸は、『私の』邸だよね?ならば当然!私は『私の』邸へ『私に』無断で侵入した賊を、斬り捨てる権利があるよね?」
その言葉と同時に、階下にいた兵たちが一斉に抜剣の構えを取った。悲鳴が上がる。
祖父たちは何か勘違いしてそうだったけど、彼らは、ルーベンス伯爵の連れてきた護衛だ。主君が滞在中の邸に、警備を振り切って侵入した不埒者が現れたため、対処を手伝ってくださったに過ぎない。
一糸乱れぬ動きに、後退る祖父と伯父家族。しかし肝心の伯爵閣下は、どうでもよさそうに欠伸をした。
「くだらないこと言わせないでよね。馬鹿馬鹿しいから」
その瞬間、構えを解く伯爵家の兵たち。祖父と伯父家族はほっと息を吐く。
「困るんだよ、そういうの。なんかこう、変なの湧いてくるじゃない?面倒なんだよね」
口調だけは柔らかく、辛辣に告げる。
「で?他に何かある?」
その一言で、安堵と共に怒りが戻ったのだろう、祖父はこちらを睨みつけ、押し殺した声を出した。
「……お前の後見人がその方であることは、理解した」
さすがに分が悪いと悟ったのだろう。血走った目で、口調だけは丁寧に続ける。
「しかし、それにしてもこちらの相続分が少なすぎる」
「そ、そうだ」
すると、呆然としていた伯父が、はっと顔を上げた。
「今は父上がメナード子爵だぞ!?なら、爵位に伴う資産があるはずだ!!」
そう言って、どすどすと数歩、前に出る。
「エミリアは女のくせに商会なんかやってたんだ、儲けてるはずだろ!俺たちへの遺産があんな小銭だけなんて、おかしい!」
伯父の言う通り、メナード家の稼ぎ頭は母だった。王都でも、上から数えた方が早い商会を抱えていた母。
再び伯爵家の兵に牽制される伯父を見つめながら
扇子の下で、呟くように応える。
「……そうですね。『母が』やっていたのですよ」
「「「?」」」
伯父家族がきょとんとした顔をした。それを冷めた目で見つめながら、続ける。
「フーロン商会は、母の生家・フーロン家が代々経営してきた商会です。メナード家とは何の関係もない」
そうして、至極当たり前の事実を告げた。
「ですので、商会自体もそこから生まれた利益も、母の娘である私が相続することになります」
「バカな!!」
叫び声を上げた祖父は、すぐさまルーベンス伯爵に食ってかかった。
「嫁の財産は、嫁ぎ先のものになるはずです!!」
「何時代に生きてらっしゃいますの?」
「結構前に撤廃されてるよ、その法律」
ほぼ同時にツッコむ。
「そう主張して、妻の家の爵位を乗っ取ったり、財産を簒奪する輩が続出したからね。ホラ、私、これでも王城財務部財務官だから。関連法には詳しいの」
「……っ!」
ルーベンス伯爵がのんびりと自分の顔を指差すと、祖父は言葉を詰まらせた。価値観の古い人だとは思っていたけど、ここまでとは………。
「一応、こちらでも商人組合に行って調べた。フーロン商会は確かに、エミリア・フーロン=メナードの個人資産だったよ」
個人資産と家の資産は扱いが別だ。後者はその家の血筋の者が爵位と共に継ぐが、前者は、子どもや配偶者などに継承されるのが原則。ばさりと扇子で顔を煽ぐ。
「つまり、法定相続人どころか結婚相手の親戚でしかない皆様に、権利はありませんの」
「そんな……」
会話に追いつけないのか、目をきょときょとさせる伯父家族。対照的に、祖父はなりふり構わず叫ぶ。
「……ならこの邸は!? メナード子爵家の財産のはずだ!」
「あー、それねー」
「確かに、前メナード子爵はこの邸で執務をしておりましたが……」
まったりと今日の天気でも話すように応じるルーベンス伯爵。私もこてりと首を傾げる。
「ここは、母の家ですよ?」
「は!?」
パカン、と口を開けるも事実だ。私自身、権利書を引っ張り出して知ったんだもの。
「い、いつから」
「最初からです。母の商会で、母が得た資産から購入した、母の邸です」
つまりこれも個人資産。
それを、母が住居兼仕事場所にと父に貸し出していただけで、やはりメナード家には何の権利もない。内心苦笑する。
(まあ、それなりに財産のある貴族なら、大抵当主所有の邸で執務をするものね……)
祖父が勘違いしていても、まあおかしくはない。「借り物では格好がつかない」という貴族は、存外多いのだ。とかく、一国一城の主になりたがる。
燃え尽きたような祖父の様子に事態を察したのか、従兄弟がようやく慌て出した。
「じゃあ、じゃあ……俺らは大した遺産は受け取れないってことか!?」
はっ。
鼻で笑う。
「メナード子爵位と、それに伴う資産をお継ぎになったでしょう? 十分じゃありませんか」
先祖代々の財産と、父が母の商会を手伝って受け取った報酬、それらを運用して得た利益。
できれば取りこぼしたくなかった、でも手放さざるを得なかったものたち。合わせれば、それなりの資産になるはずだ。
(まあ、今までこの人たちが両親から受け取っていた仕送りや、勝手に持ち出したお金に比べれば、小銭だろうけど)
扇子越しに、ころころと笑ってみせる。
「今皆様がお住まいのメナード子爵邸も、皆様のものですもの。どうぞ、今後もお使いください」
「え……でも………」
物欲しげに周囲を見回す伯母。
新品同然の豪奢な邸。一目で高価と分かる調度品の数々。
手に入ると思っていただけに、惜しいのだろう。扇子の奥で目を眇める。
(渡すものですか)
全部、両親が私たちのために遺してくれたものだ。
どうにか結果をひっくり返そうとしているのか、ぎょろぎょろと周囲を見回す祖父と伯父家族。すると、ルーベンス伯爵が手すりから身を乗り出して、おっとりと最後通牒を渡した。
「まあ、どこにでも訴えたければ訴えれば? 僕も彼女も、すこぶる正当な手続きを踏んでここにいる」
ぴん、と指先で弾くような仕草をする。
「せいぜいが『前当主時代の援助と財産持ち出しについて言及される前に引け』だよ」
「……!!」
王城財務官である伯爵の言葉に、祖父と伯父家族が息を呑む。
訴えれば、借金として返済を要求できなくもない。恐る恐ると言った様子でこちらを見るのを、私は扇子越しに見下ろした。
「手切れ金代わりに差し上げますわ。まあ……切れないのであれば容赦はしませんけど」
受け継ぐものと、返さなければいけないもの。どちらがどれだけ多いか。
頭の中で素早くそろばんを弾いた祖父は、じろりと上目遣いにこちらを睨みつけた。
「……後悔するぞ」
その捨て台詞に、手のひらに扇子を打ち付けて吐き捨てる。
「既にしてますわよ。質の悪い寄生虫をさっさと排除するよう、父に進言しなかったことを」
何を言っても止まらないなら、甘やかすべきではなかった。仕送りも持ち出しも、断固許すべきではなかった。
当主として、毅然とした対応を取るべきだったのだ。たとえ、血の繋がった家族でも。
祖父と伯父家族が追い返されると、急に肩の力が抜けた。慌てて背筋を伸ばし、振り返って頭を下げる。
「申し訳ありません、伯爵閣下にお見苦しいところをお見せしまして……」
「いいよぉ、それが僕の仕事だし」
そう言って、寝癖か癖毛かいまいち分からない髪をふわん、と揺らす。
「それに、うちの絹と一緒に君の商会の小物を持っていくと、トード夫人の機嫌がいいんだよねえ。この前紹介してもらったジュエリーデザイナーの作品にも、喜んでたし」
さらりと国一番のドレスデザイナーの名を上げる。金に染め抜いた絹糸のような髪の下、同じ色の瞳が蠱惑的な光を帯びた。
「ご両親のことは残念だったけど、君は先代の経営の才に加えて、美的センスもいい」
薄い唇が、手本のような美しい曲線を描く。
「期待してるよ、ソフィア嬢」
「……ご期待に添えるよう、精進いたします。閣下」
内心の緊張を押し隠し、微笑んでカーテシーをする。満足げに頷いたルーベンス伯爵は、くるりと踵を返した。
「じゃあ、中断された話の続きをしよっか。君の養子先の話だったよね?」
そう言って、とことこと来た道を引き返す。
「血縁だと何かの時面倒だから、寄子から良さげなのを引っ張って来たよ。継承権で揉めなさそうなところがいいんだよね?」
「はい」
そう、私は既に、メナード家の籍にない。
祖父が爵位を再継承して、跡取りを変更した後───こういう動きだけは早かった───自ら離籍の手続きをしたのだ。笑顔で会話を続けながら考える。
(本当は、ルーベンス伯爵の力を借りて子爵位を争うこともできたけど……)
長男至上主義で、男尊女卑のあの人たちのことだ。自分たちこそ正当と信じて、簡単に諦めはしないだろう。伯爵がこちらを見ていないのをいいことに、頰に手を当てそっと息を吐く。
(それに、仮に勝てたとしても、逆恨みで商会に嫌がらせされそうだもの)
……生家を捨てることに、抵抗がなかったわけじゃない。でも、両親の遺してくれたこの邸と商会、そこに勤める人たちを守れる方が、私にとっては遥かに重要だ。
(そのためなら、二度もあの男の手垢のついた爵位程度、くれてやるわ)
楽しげに歩くルーベンス伯爵の後ろを、私は談笑しながらついて行くのだった。
ソフィア編、次が最後です!
お読みいただき、ありがとうございました。




