御礼SS 1-2. ソフィアの事情②
そこからは、時間との戦いだった。
葬儀の手配と同時進行で、両親が生前頼んでいた後見人に連絡を取り、各種手続きの承認・同意を依頼。手続きに必要な書類を掘り出して書類を作成し王城へ申請。その上で追加の書類提出を求められればまた作成して提出、調査に来た王城の方々の受け入れ準備……。
(やることが、多い……!)
書類仕事に慣れていないわけじゃないけど、商会の仕事とはまるで勝手が違う。
ヘレンがいてくれて、本当に助かった。後見人の方が偶然ヘレンの知り合いで、話し合いにも何度かついてきてもらったし……。最低でも向こう十年は、ヘレンに頭が上がらないわね。
他の友人たちも、心の支えになってくれた。
オパールは「万一祖父と伯父家族が乗り込んできた時のために」と、兵士連れでしばらく滞在してくれた。一人、オパールによく似た綺麗なご婦人がいて、「オパールのお姉さんかしら?」と思っていたら、なんとお母様だった。
オパールも含めたあの中では、彼女が一番強い人らしい。顔もそうだけど、どこからツッコんだらいいか分からない辺り、オパールのお母様だなと思う。
イレーネからは、領地からお見舞いの手紙と共に、乾燥させた葉や花を袋に詰めたものが送られてきた。開発中の新製品で、お風呂に入れると薬草湯にできるらしい。疲労回復やリラックス効果があるのだとか。
使ってみたらすごく良い香りで、湯船で寝そうになった。これは危険だわ……。
フィフィも、何もできないけどせめて……と、まめに手紙をくれた。
内容は、「どこそこに花が咲いていた」「雲が綺麗だった」という程度の他愛のないもの。本人にそのつもりはないのだろうけど、読むと両親との温かい記憶を思い出したりして、かなりの癒しになった。
(ありがたいわ……)
今は伝える術がないけど、休みが明けたら、ウルスラにもちゃんと話さないと。そんなことを考えながら、ヘレンと共に奔走する。
そうして、無事に葬儀を済ませた三日後。
ようやく落ち着きを見せ始めた邸に、怒声が響き渡った。
「ソフィア!ソフィアはどこだ!?」
侍女に呼ばれて玄関ホールに向かうと、そこでは、祖父と伯父家族が兵士と押し問答しているところだった。兵が静かに諭す。
「お下がりください、メナード子爵」
「下がれはこちらの台詞だ!ここは私の邸だぞ!!」
……少し前まで、その呼称はお父様のものだった。
今は再継承の処理が済んで、祖父の称号だ。自分に喝を入れ、背筋を伸ばす。
「騒がしいわね」
そう呼びかけると、祖父がはっと顔を上げた。
「ソフィア!」
「まあ、メナード子爵。そんなに騒いで、みっともないですわよ」
澄まし顔で居丈高に告げると、祖父は私を指差して叫んだ。
「みっともないのはお前だろうが!!跡目から外されたからと、こんな子どもじみた嫌がらせをしおって!!」
「そうだよぉ、ソフィアさん」
祖父の後ろで、黄ばんだ歯を見せてにやにやと笑う伯母。
「ウチの子にぜ〜んぶ取られちゃったからってさぁ〜、嫌がらせはまずいんじゃな〜い? 名家のオジョウサマがさー」
伯父もそれに追随する。
「どうせ溜め込んでんだろ、さっさと出せよ!!」
まあ、下品。扇子の裏で、小さく吐き捨てる。
───伯父は若い頃、跡取りとしての責務を嫌って、侍女と駆け落ちした。
そして市井で息子……私から見れば従兄弟を得たが、その時点で平民暮らしに音をあげたらしい。自分に甘い父親に泣きついて、支援を受け始めた。駆け落ちから、わずか一年足らずの出来事である。
そして、貴族令息だった頃と同じように、遊び暮らしだしたのだ。しかも、今度は妻子と共に。
その上、弟である私の父が家を継いで支援が途絶えると、今度は素知らぬ顔で実家へ戻ってきて、「面倒を見ろ」と宣う。恥というものを知らないらしい。
父は当然激怒。叩き出そうとしたが、祖父が選んだのは、長男である伯父夫婦の方だった。
『本来次男など、家にいさせてもらえるだけでありがたく思うべきなのだ』
そう言って、強引に伯父家族を受け入れてしまったのだとか。兄弟喧嘩は親子喧嘩、ひいては現当主と前当主の対立に発展。
最終的に、どうあっても折れない祖父を見限った父が私と母を連れてこの邸に移り、現在に至る。
(伯父様はもちろん、伯母様も元は当家の侍女だったはずよね?)
二人とも、平民生活を続けるうちに貴族の礼儀を忘れたのだろうか。すると、ぽかんとした顔でこちらを見ていた従兄弟が、ようやく声を出した。
「お前、ソフィアか?」
「……そうですけど」
「へえぇ〜」
そう言って、だらしのない笑みを浮かべる。
「前会った時はちんちくりんだったけど、ちゃっかり女になってんじゃねえか。ご主人サマに尻尾を振って服従するなら、愛人にくらいしてやってもいいぞ?」
……コレ、私の後釜よね?
言葉遣いもさることながら、品性下劣にも程があるのだけれど。
(……先行きは暗いわね)
バカな従兄弟は綺麗に無視して、私は祖父の方に目を向けた。
「嫌がらせ……と申しますと?」
扇子で顔を隠しながら、こてりと首を傾げてみせる。すると「女にバカにされた」と思ったのか、祖父は再び怒鳴り声を上げた。
「惚けるな!!『私が』相続すべき金を独占し、従業員や使用人に命じて、『私の』商会や邸への出入りを妨害しているではないか!!」
そう言って、先ほどまで自分たちの行く手を遮っていた兵を手で示す。
「今もそうだ!! ここは『私の』邸なのに!!」
「……何故、ご自分のものだとお思いに?そんな通知は来ていないでしょう?」
両親の遺産の相続は、既に九割がた完了している。
貴族の……まして爵位が絡む相続は、遺産分配や相続人に関して、王家の認定を受ける必要があった。
つまりこれはすこぶる正当で、正式な決定。祖父の元へも、王城法務部から相続分の目録と通知書が届いているはず。
「それに異議があると仰るのなら、その旨を王城法務部へ申し出るのが先でしょう」
まあまず通らないだろうけど、と冷めた目で見下ろす。すると、祖父は「何を言っている」と片眉を吊り上げた。
「貴様は未成年、後見人は私だ。ならば貴様が受け継ぐ物は、私が『管理』する必要があるだろう」
そう言って、下卑た笑みを浮かべる。
「すなわち、私の物も同然。分配も何も関係ない、そうだろう?」
………愚かな。
後見人制度を完全に履き違えている。……いえ、理解した上で踏み躙っている、の方が正しいわね。
本気で分かっていないのは、祖父の後ろで首振り人形と化している伯父家族の方だわ。再び何か言い出そうとするのを、扇子をたたむ音で遮る。
「それは、『事前に指名された後見人がいない場合』のお話ですわね」
指名がなければ、確かに、私の後見人は祖父が務めていただろう。そのように法律で決まっているのだから。
でも、今回は違う。
「私の後見人は別にいらっしゃいます。そしてそれは、皆様のどなたでもありません」
「なんだと!?」
目を剥く祖父。
しかし、すぐに落ち着きを取り戻し、ふんぞり返った。
「嘘を吐け。私たち以外に誰がいるというんだ?」
ふん、とこちらを小馬鹿にするように鼻で笑う。
「あまりわがままを言うと、家に置いてやらんぞ」
「そちらこそ何を言ってらっしゃいますの?」
そんな祖父に、私は侮蔑を隠すことなく吐き捨てた。
「メナード子爵もそちらにおわすご自慢のご長男様も、先代の葬儀の手伝いなんて、少しもしなかったじゃありませんか」
「それがどう……。……?」
はっと息を呑む祖父。気がついたようね。
畳んだ扇子で手のひらを叩く。
「私は『未成年』ですのよ。相続だけでなく葬儀の手配だって、後見人の承認と同意が必要ですわ」
そして、先ほどやられたように扇子で祖父を指し示した。
「貴方、何か一つでも承認されまして?」
「………ッ」
一瞬怯んだように後退し、黙り込む祖父。そうよね。
(父が亡くなってから祖父がこちらにしたことなんて、遺産の催促くらいだもの)
後見人の役目なんて、一つも果たしていない。再び扇子を広げ、顔を隠す。
(……最低)
転がり込むかもしれない財産に気を取られてすっかり忘れていたようだけど、後見人とは、権利ではなくお役目。子どもを守るべき大人の義務だ。
それなのにこの人は、自分の息子とその嫁の葬儀すら孫に任せっきりにして、その事実に今の今まで気がつかなかった。
それこそが、祖父が私の後見人たり得ない証だ。両親に感謝を捧げる。
(良かったわ、お父様たちが別に後見人を指名してくれて)
たとえ一時でも、こんな人に私の人生の決定権を預けずに済んで。本当に、良かった。
お読みいただき、ありがとうございました。




