御礼SS 1-1. ソフィアの事情①
ウルスラの友人の、彼女の話。
本編でちらっと言及されていた、ソフィアの「色々」。ちょっと長めです。
私、ソフィア・オルヴァ・メナードは、メナード子爵家の長女、そして跡取りとして生まれた者だった。
メナード家はかつて功績を上げたとかで、王家からお褒めの言葉と希少な呪具を授かっていた。いわゆる、「名門」と言われる家柄である。
最近は特に何か成果を上げたわけではないけれど、「『名門』の看板を背負う以上は」と礼儀作法は特に厳しく躾けられた。その一方で、嫁いできた母は商会を持っていたので、その後継者としての勉強も求められた。現場主義の母には、幼いうちから仕入れに視察にと、あちこちに連れ回されたのを覚えている。
けれど、辛いと思ったことはなかった。両親は厳しい以上に優しかったし、学んだことは楽しかった。成長し、通い始めた学園でも、友人に恵まれた。
ヘレン、オパール、イレーネ、フィフィ。そして、ウルスラ。
彼女たちと切磋琢磨しながら、父の跡を継いでメナード子爵に、母の跡を継いで商会を経営していく。
そんな未来を、疑ってもいなかった。
そんな「当たり前」が崩れたのは、十四歳の夏。
両親が、馬車の事故で亡くなった。
悲しみより先に「どうしよう」が先に来た。我が国において爵位の継承資格は、「満十五歳以上であること」「学園を卒業している正式な貴族であること」。
現在、私はどちらの条件も満たしていない。
その場合、条件を満たした成人の貴族が中継ぎに入り、跡取りの後見を務めることになっている。我が家の場合、それは恐らく祖父なのだけれど……。
(お祖父様は、女の私を跡取りとして認めていない)
「子を産むことと男を癒すことこそが女の務め」。それが、祖父の主張だ。
すなわち、平民の主婦や貴族夫人としての生き方だけが、祖父の正解。女性当主やそれ以外の働く女性も、祖父にとってはただ「はしたない女」だ。早くから女性当主を認めていて、女王が即位したこともある我が国だけど、曽祖父の世代まではそういう考えの人が多かったらしい。商会の仕事で日々忙しくしている母のことも、毛嫌いしていた。
父が私を跡取りに指名した時などは「女を当主に戴くくらいなら平民を据えた方がマシだ」と怒り狂っていた記憶がある。使用人を下げた自室、震える指先でテーブルをなぜる。
(お祖父様が中継ぎとして当主に復活したら、きっと私を跡取りから外すわ)
代わりに次期当主として立つのは、伯父か伯父の子である従兄弟だろう。この父子も、私と相性が良いとは言いづらい。傲慢で強欲な伯父家族。
(あの人たちが当主になったら、私は……?)
この邸は?商会は?
血の気が引いていく。
(どうしよう)
堂々巡りの中途方に暮れていると、ふと両親の言葉を思い出した。
「あ、手紙……手紙読まないと……」
「万が一の時は見るように」と、金庫に入れていたはず。フラフラと金庫のある執務室に向かう。
何度も鍵を差し損ねつつ、どうにか扉を開け、中身を検めた。
───手紙には、二人に何かあった時、私が取るべき動きについて記されていた。
私が何を望み、どうしたいか。それぞれの状況に応じた利点や、被る損害・問題、必要な手続きなど、たくさん。
そして最後には、短くこう添えてあった。
『ソフィア、私とエミリアのたからもの。心から愛してる。
何があっても私たちは、君の人生に幸多からんことを願っている』
大半が事務的で、私信らしき部分はほんの数行。それでも。
「お父様、お母様……ッ!」
こんなに愛情あふれる手紙が、今まであっただろうか。
溢れる涙を止める術を、私は知らなかった。
ひとしきり泣いた後、父が使っていた執務机に向かい、やるべきことを書き出す。
(ぐずぐずしていられないわ)
悲しくても何でも、手を動かさないと。両親の遺した備えまで無駄になる。
(まずは、後見人に連絡を取らないとね。それと……)
そうしてしばらくの間、黙々と机に向かっていたが、リストが三枚目に突入した時点でふと気がつく。
(……これ、私一人でやるの?日常業務もこなしながら?)
無理だ、と即座に結論づける。
作業量自体が膨大な上、今回初めてで、勝手がいまいち分からないものが多い。親の死なんて、大体の人が人生に二回までなんだから、当然と言えば当然なんだけど。
頭を悩ませる。
(後見人に頼めば人手を貸してくれるでしょうけど……)
両親は祖父以外の方を後任人に指名して、王城に登録してくれたようだけど、私はまだその方と会ったことすらない。「初めまして」から開始だ。
やりとりには時間がかかると思った方がいいだろう。その上さらに人員の派遣を待っていたら、確実に出遅れる。
貴族法に詳しい法律家は多くないし、依頼料も高い。信用できるかも分からない。王城窓口に相談すればその点確実だけど、確か事前申請が必要だったはず。
我が家の使用人は家事と母の手伝いが主な仕事で、法律関係は専門外。手間取ることが目に見えている。
そこまで考えて、ふと思い出す。
「……いえ、一人いるわ」
専門家ではないけど、家政や領地経営の一端を担えるほど、貴族法に詳しい人物。
事務仕事ができて、今王都にいて、何より、信頼できる人。
すぐにベルを鳴らして使用人を呼び、その名を告げる。
「……クォルナ伯爵家へ、使いを出してちょうだい」
使いを出して、わずか半刻。
「急に何?」
呼び出されたヘレンは、言葉の鋭さほど不機嫌ではなかった。
それを少し意外に思いながら、重い口を開く。
「両親が……メナード子爵夫妻が亡くなりました。商談の帰り道、馬車の事故に巻き込まれて」
その言葉に、わずかに目を瞠る。目を伏せて、短く哀悼の意を表した。
「……そう。残念なことね」
しかし、すぐに顔を上げる。
「それで?私が呼ばれた理由は何?」
……出迎えに出ていた使用人たちが、わずかに息を呑んだのが分かった。構うことなく淡々と続ける。
「まさか、弔問を受けたかったわけじゃないでしょ?」
「っ、なんだその言い草は!!」
ヘレンの無機質な口調に、真っ赤な目をしていた若い執事がばっと顔を上げた。止める間もなく猛然と食ってかかる。
「お嬢様は、ご両親を亡くされたばかりなんだぞ!? それ、をっ!?」
早足で詰め寄った彼の前に、ヘレンの後ろにいた大柄な男の使用人がひょいと片足を出した。「うわっ!?」と悲鳴を上げ、つんのめるように転ぶ若い執事。
それを冷めた目で一瞥したヘレンは、淡々と続けた。
「分かるわよ。フィアが悲しんでることも、それでも動かなきゃいけないってことも」
そう言って、感情の見えない目をこちらへ向ける。
「ぶっちゃけ、私一人がこのタイミングで呼ばれたのって、そういうことでしょ?」
「……ええ」
ヘレンには、少しだがうちの事情を話していた。私以上に複雑な家庭に生まれた彼女のことだ、問いかけはしたものの、状況など説明するまでもなかったのだろう。
頷くと、靴先を睨むようにして言葉を重ねる。
「なら私は、この場の誰よりも冷静かつ迅速に判断を下すことを期待されて、ここにいるということ。その私が情で止まって、フィアの両親が遺したかったものを取りこぼすことだけは、絶対にあってはならない」
顔を上げた親友は、いつもと同じ、静かで、意志の強い目をしていた。
「ソフィア・オルヴァ・メナード。指示を出しなさい。私を使うのか、追い出すのか。使うのであれば、何をさせたいのか」
そう言うと、冷徹とも取れる声ではっきり断言した。
「私、動けるわ」
「……ええ、そうね」
知っている。ヘレンは、正しい。
自由な鳥のようでいて、同時に誰よりも正しく、厳しい。
それは、一人で生きる覚悟を決めた者の正しさで、厳しさで──優しさだ。
(不幸に嘆き悲しんでも、現実は止まってくれない)
奪おうとする者たちが、猶予をくれるわけでもない。今は一刻も早く、祖父と伯父家族と戦う準備を整えなければ。
(なのに肝心の私が頼りないから、皆混乱してるんだわ)
反省ね、と扇子の裏でため息を吐く。そしてそれをぴしゃりと畳んだ。
「彼女の言う通りよ。私は貴方たちの主人として、そして一人の人間として、動かなければならない。悲しんでいる暇はないわ」
「お嬢様……」
心配そうに、あるいは不安そうに瞳を揺らしてこちらを振り返る皆。意識してにっこりと微笑みかける。
「みんな、ありがとう。私は、大丈夫」
守るべきものを守るため。
そして、優しい友人をこれ以上悪役にしないため。
優雅さを失わず、しかし早足で。歩み寄り、覚書を手渡す。
「とりあえず、王城で手続きに必要な書類の書式を調べてきてくれる? 一覧はこれよ」
「王城管理の各種書類の取得申請はいいの?」
リストに素早く目を通しながら、確認を入れるヘレン。
「申請から取得まで時間がかかるものもあるわよ」
「………それは多分私が直接行く必要があるだろうから……別で時間を取るわ」
「了解」
ほっと息を吐き、続ける。
「あと、商人組合の方に行って、うちの……フーロン商会の登録情報の照会を。これは私でなくてもできるわ、簡易印章を持って行って。あと葬儀を行う中央教会にも軽く話を通しておいてもらえるかしら。うちの葬儀は少し特殊だから、先に一声かけておいた方がスムーズだと思……」
そこまで言って、はっと言葉を切る。
頼みすぎたかしら、と思っていると、ヘレンは片頬を上げて不敵に笑った。
「誰だと思ってるの?」
そう言い放ち、連れてきていた己の配下に素早く指示を飛ばす。た、頼もしいわ……!
私もいつかああいう風に……なれるかしら?
(いけない、ぼーっとしちゃったわ)
振り返り、使用人たちに声をかける。
「この中で、お父様の執務室の片付けを手伝ったことがある者はいる?」
「大した量じゃないから」と、父は子爵家当主としての仕事を一人でこなしていた。私への引き継ぎや実務訓練も、「成人してから」と。だから私は、書類の場所もあまりよく分からない。
(今となっては悔やまれるけど……)
今更言っても詮なきこと。ちらほらと手が上がる。
「では、手続きに必要な書類を探すのを手伝って。まずは葬儀客のリストを………」
指示を出していると、涙を拭った侍女長が、背筋を伸ばして進言した。
「お嬢様。葬儀・相続関係もそうですが、お邸の日常業務も回さなければなりません」
「そうね」
私たちは生きている。ならばその営みもまた、止まらないのだ。
長期的なものは落ち着いてから考えるとして、こちらも、とりあえずの対応を決めなければ。
「月末だから、細々した支払いがあったはずだわ。まずは支払いに使っていた口座を確認させてもらえる?」
「はい、こちらに!」
子どもだった時間に別れを告げて、私は一歩、前に踏み出した。
お読みいただき、ありがとうございました。




