4-9. 黒幕たちの報告会③
最終回です……!
「いいんですか?」
すると、彼はちらとヘレンの顔を見上げ、すぐにまた視線を前に戻した。
「構わん」
そう言って、大腿をさする。
「私程度の策謀に気がつけないようでは、先が思いやられる。……バレて安心したくらいだ」
「さいですか」
メラースが侍女から厚手のブランケットを受け取り、彼の膝にかけた。礼を言うと、ヘレンは僅かに首を傾ける。
「ウルは、侯爵としてのサイプレスに非常に好意的です。デュボワとサイプレスの融和も進めようとしている」
そう言って、微笑む。
「このソード家を甥御様の血が継いだとしても、文句は言わないかと」
「……ああ」
彼……現ソード子爵は、生まれつき、子ができない体だった。
ソード家の血を引き、かつ彼と一番血が近いのは、姉の子であるサイプレスなのだ。後を継ぐのは順当な流れといえよう。肩をすくめるヘレン。
「まあ甥御様、結婚する気なさそうなんですけど」
侯爵令息時代は結婚相手として人気がなかったし、継いだ後は本人が拒んでいる。
遠ざけていると言ってもいい。最近は元婚約者が復縁目当てに絡んでいるらしいが、「気持ち悪い」と取り付く島もないとチャイブが言っていた。
嗄れた声を出す。
「……あの子がいいなら、それでいい」
自分がこんな身体なので、元姉はサイプレス家の跡取りを産んだのち、ソード家の跡取りも産む予定だった。
しかし、甥は一人っ子。
あれだけうるさかった元父も、これに関してだけはサイプレス家に文句どころか、騒ぎもしなかったと聞いている。
恐らく、元姉側の問題なのだ。次子である自分はこの有様で、他に近い親族もいない。
(……もし、この世に神というものがいるのであれば)
「手放せ」、「委ねよ」と。
それが、意志なのであろうと思う。
自分如きが家督を奪えてしまったのも、そういうことなのだろう。ならば、委ねよう。
「……最悪は国が何とかするだろう」
酷い丸投げだが、事実ではある。王都防衛の要、北部辺境の当主の座を、王家が空けたままにしておくはずがないのだから。
「……いずれにせよ、私は知らん。……私は間に合わなかったし、……もう、疲れた」
今となっては、もう、なにもかもどうでもいい。
「いやいや、どうでもよくはないでしょ」
そんな彼の呟きを聞いたヘレンは、ギョッと振り向き、慌てて机から飛び降りる。そうして彼の横につくと、椅子の背もたれを掴んで前後に揺さぶった。
「今は貴方が治めていても、いずれは甥御様かその子どもがこの家と領地を継ぐんですからね? 何十年も放置されて負債同然のものを、大事な甥御様に押し付ける気ですか?」
私の後援なんかもしてほしいんですけど、と口を尖らせる。
「あと、これ以上ふざけた親類が甥御様に関わらないよう、防波堤になってあげないと。手始めに、そろそろ男爵家を追い出されそうな元母親とか」
「……ああ」
ぼんやり宙を見たまま、緩慢な仕草で瞬きする。
「そう……だな」
そう言うと、革張りの椅子をぎしりと鳴らして、体を起こした。
「………ガーデロンが婚約者として引き取ってもいいと言っている。……話を進めておこう」
引き出しから質の良い便箋を取り出し、机の上に広げる。その返答にほっとしたヘレンだったが、すぐに眉根を寄せた。
「……ガーデロンの婚約者の席って、今埋まってませんでしたっけ?」
サイプレスの元妹が、今の婚約者だったはずだ。それを受けて、彼はペン先をインクに浸しながら、一言。
「もう、面白くなくなったらしい」
「あら」
目を三日月型に歪める。
「意外と早かったですね」
「……所詮は、ただの甘やかされた子どもだったというだけの話だ。『会って謝罪をしたい』『仲直りがしたい』と言っているらしい」
「フッフ、なるほど」
婚約者から使用人に格下げ───事実上格上げになって、精力的に働いているらしい。向こう十数年は囚われたままだろうだが、案外楽しそうだとか。嘲笑する。
「何も分かってませんね」
「そうだな」
片手間に同意し、文面を仕上げていく。
「支度金が入れば、ドゥニーズもあの子に縋りはしまい」
「……一応聞きますが、いいんですか? 身内の、情?みたいなものは」
その言葉にふと顔を上げた彼は、暗い目で告げた。
「あの子を虐げた者がどうなろうが、知ったことではないな」
父は、姉にすこぶる甘かった。姉が一言、「息子を助けて欲しい」と言えば、間違いなく手を差し伸べていただろう。
逆も、然り。姉も甥に対しては加害者であると、彼は思っている。
封筒を閉じ、封蝋を落とす。家紋を押すと、蝋が固まるのを待って傍らのメラースに渡した。部屋を出ていくメラースの姿を目で追いながら、ポツリと呟く。
「………念のため、ドゥニーズ自体も押さえておくか」
「じゃあ、今日のことを書面で正式に抗議しておくといいですよ」
するとヘレンは、打てば響くように即応した。さらさらと対策を提案する。
「あちらが元姉君を引き取った経緯も改めて明記しておいて。でないと、今日みたいにこちらに責任転嫁してくるかもしれません。実家に戻った男爵夫人とご令嬢の動向も、気にしておいた方がいいでしょう」
そう言うと、人差し指を立ててくるりと宙に円を描いた。
「ついでにこちらに構う余裕がなくなるよう、軽く『かき混ぜて』おきましょうか?」
「……」
無言で引き出しを開け、金貨の詰まった革袋を机の上に出す。
「前金だ。経費はいつもの口座から」
「了解です」
慣れた仕草で革袋を受け取るヘレン。早速行動を開始しようと、跳ねるような足取りで扉の方へ歩いていく。
出て行く直前、彼女は半分だけ振り返って、問いかけた。
「最後に一つ、聞いてもいいですか?」
「……なんだ」
「貴方って、どうして甥御様のためにそんなに頑張れたんですか?」
三十年。三十年だ。
子ができない体だと発覚して、地下室に幽閉されてから。
何度も逃げ出そうとして、失敗して、足も心も折られて……やがて、諦めた。
どうしても欠席できない式典などで連れ出されたときも、不自由な足で、付き人のように父親を追いかけていただけ。
実際、逃げられる状況ではなかったのだが、その状態から奮起できた理由が、どこにあったのか。
「顔を合わせたことすら、数えるほどでしょうに」
彼女の問いを受けた彼は、ややあって掠れた声で答えた。
「……椅子を」
「椅子?」
「椅子を、渡してくれた。……足が悪い、私のために」
甥がまだ幼い頃、一度だけ元父に連れられて、サイプレス侯爵邸に行ったことがある。
話し合いの間、ずっと横で立たされていた彼を見た甥は、部屋の隅にあった椅子を抱えて、とことこと歩み寄った。
『おじうえ、おいすをどーぞ!』
そう言いながら、小さな身体で椅子を差し出す姿は、今も目に焼きついている。
「……笑って、渡してくれたんだ」
本人は恐らく覚えていないであろう、ささやかな出来事。
月のない夜道を独り歩むような人生で、その思い出だけが、星のように輝いている。
何かの間違いで自分の前に現れた、小さな星。
「……その笑顔を、曇らせたくはなかった。……理由を挙げるとすれば、そのくらいだ」
「………会いに行けば良いのに」
答えを聞いたヘレンは、眉尻を下げて笑った。
「たった一人の家族でしょ。お互いに」
「……会えるはずがない」
何もできなかった。……間に合わなかった。
それどころか、軽率に動いて、余計に追い詰めた。きつく目を瞑る。
「………会わせる顔がない」
「………貴方と甥御様って、本当にそっくりですね」
「繊細で、真面目で、面倒なところが。……では、失礼します」
短くそう告げて、ヘレンは今度こそ扉の先に消えた。椅子に寄りかかり、目を閉じる。
あの子が幸せであるように、笑っていられるように。
十年以上唱え続けた祈りを、今日も、繰り返しながら。
これにて、本当の本当におしまいです。
「面白かった」「お前ら一回ちゃんと会って話し合えよォッ!」という方は、☆を塗り塗りしていただけると、作者とヘレンとウルスラたちが喜びます(サイプレスとソード子爵が喜ぶかは不明)。
お読みいただき、ありがとうございました!




