4-8. 黒幕たちの報告会②
「……ジェラルドは元気だったか」
「サイプレス?元気でしたよ」
躊躇いながらの問いに、あっさりと答えるヘレン。
茶菓子として出されたシフォンケーキを一口分切り取り、頬張る。
「体調管理を怠って分家に隙を見せるほど、マヌケじゃありません。……精神的には、だいぶ参ってそうでしたけど」
「……そうか」
淡々としていた声が、僅かに落ちた。目を伏せる。
やがて、静かに首を振った。
「……御苦労だった。……報酬はいつもの銀行に振り込んでおいたが、確認したか」
「ハイ!毎度ありがとうございます」
にぱ、と笑って応じたヘレンは、すぐに真顔に戻る。
「結局甥御様、ほぼ自力で解決しちゃいましたけど。良いんですか?」
「……構わん」
ふー……と長いため息を吐き、革張りの椅子に寄りかかる。
「私から君への頼みは『あの子の状況を逐一報告してほしい』『必要に応じて手助けをしてやってほしい』だ。……そもそも手助けの必要がなかったのなら、それでいい」
「なら良いですけど」
さっくり引き下がると、再びシフォンケーキへフォークを入れるヘレン。
「まさかひったくりから助けた男性が、爵位簒奪を目論んで王都に潜伏中の子爵令息だとは、思いもよりませんでした」
そう言いながら、もふりと齧り付く。
「その数刻後に、ギルドで再会するとも」
「……そうだな」
『協力、しませんか?』
───初めて会った日、彼を北部辺境の貴族と見抜いた彼女は、本来の依頼そっちのけにそう取り引きを持ちかけた。
『北部辺境に、放っておけない子がいるんです。有事に備えたい』
ありふれた名前、平凡な見目、まだ幼さの残る年齢の少女。
口封じに動こうとするメラースにすら怯えることなく、胸に手を当てる。
『私は、友達を守りたい。でも、力が足りない』
もう片方の手で、こちらを示す。
『貴方は、甥御様を助けたい。でも、手足が足りない』
彼女の言う「手足」が、彼の不自由な足でないことはすぐに分かった。思案に入った彼に対して、ヘレンは不敵に微笑んだ。
『優秀な手足になることを、お約束します』
「閣下?」
「……君は、自己申告通り優秀な手足だと思っていた」
意識を現在に戻し、きょとんとした顔でフォークを咥えているヘレンにそう答える。椅子から身体を起こし、軽く一礼した。
「……父からこの家を奪えたのも、きみの協力あってのものだからな。感謝している」
「頭の良い人間の行動を読むのは楽ですよ? 常に最適解なので」
そう言うと、ヘレンは凶暴に笑んだ。
「最適解を選び続けた先に、こちらの望む結末を置いておけば良いだけです。読めないのはむしろ、感情で動く人間とぶっ飛んだバカ」
「確かに、感情で動くぶっ飛んだバカは読めねえわな」
割り込んだメラースがため息混じりにぼやいた。
そもそも、当初の予定では、彼が父親からソード子爵家を奪ってサイプレス家と講和。支援を盾に、外戚の立場から家内へ介入し、甥を手助けする予定だった。
誤算は三つ。子爵家の簒奪に時間がかかりすぎたこと。彼に優れた投資の才があり、予定よりずっと早く、サイプレス家への支援を始められたこと。
そしてその支援金を、前サイプレス侯爵が丸々横領してしまったことだ。メラースはソファの背もたれに顎を乗せて、呆れた声を上げた。
「まーさか、災害の爪痕に苦しむ領地をガン無視して、我儘娘を当主に据えるための資金に使っちまうとは」
短く吐き捨てる。
「クソやべえな、前サイプレス侯爵」
「………………」
その言葉に、全員が深いため息をつく。重苦しい沈黙の中、侍女が紅茶を淹れ直す音だけが響いた。
ややあって、緩く首を横に振った彼は、応接セットの方へ声をかける。
「………そちらの目的は達成されたのか」
「上々ですよ」
再び紅茶の香りを楽しんだ彼女は、ケーキを頬張りながら親指を立てた。
「友人二人は幾分かマシな状況になったし、私自身、多額の資金と有事に使える強力な伝手・コネが手に入った。爵位簒奪のシミュレーションと下準備もできたし、完璧です」
鼻歌でも歌い出しそうな弾んだ声で続ける。
「ウルも幸せそうだし……あ」
ふと思い出して、ヘレンは彼の方を振り向いた。
「そういえば、聞きましたよ。なんか、ウルが分家へ対戦の説明する時、サポートしてくれたそうで」
「……あの子がいたから、乗っかっただけだ」
名前だけなら君から聞いていたしな、と他人事のように言う。
少し考え……疑問を投げかけた。
「……何故、簒奪を勧めた?」
フォークが止まる。構わず、質問を続けた。
「君は、他人に寄生して利を得ようとする人間ではない」
彼女は、息するように人を利用する。
金が欲しいと思えば商会を営む友人の元へ自分を売り込みに行き、情報が欲しいと思えば、暗部の家門に取引を持ちかける。そこに友人かどうかの差異は、ない。
だが、相手の不利益になるような利用のし方はしない。必ず、相手にも相応の利益があるように動く。
そうでないと後が怖いというのもあるだろうが……それが彼女なりの誠意で、友情なのだろうと、彼は解釈している。
「爵位に幸福を見出したり、簒奪へ加担することの危険性が分からない人間でもない。軽率に自分と友人たちの身を危険に晒すとは、到底思えない」
滔々と語られる言葉を無表情で聞いていたヘレンは、ぞっとするほど美しく笑った。
「───ウルスラって、美人でしょう?」
唐突な問いに、彼はわずかに眉を顰めた。
「……そういう視点で他者を見たことがない」
「じゃあ、断言しますね。美人なんです」
大粒のエメラルドのような目、燃え盛る炎のような赤髪。鮮烈な色に相応しい、華やかな美貌、スタイル。
しかもウルスラの場合、ただ見目が良いというだけではない。短期間で邸の使用人を味方につけ、あっという間に分家の支持を我が物とする、人間的魅力。
「加えて、最低限とは言え十年足らずで侯爵に相応しい教養を身につける頭の良さ。勘が鋭く、機転も利く。適応力も高い。武術の才能は言わずもがな」
指折り数えたヘレンは、フ、と口の端を緩めた。
「きっと、どこでどんな人生を選んだとしても大成するでしょうね。……そして、いずれは」
「……生家に目をつけられる、か」
無言で微笑む。血縁のよしみで、何がしかの融通を利かされるだけならまだいい。
最悪、その人気を危険視されて、排除される可能性すらあった。貴族の前で平民という身分は、嵐の前の木の葉より儚い。適当な罪状をかけられて、周囲もろとも殺されて終わりだ。
運良く爵位を得ていたとしても、同じことだろう。腐っても北部三砦が一隅、正面から戦える相手はそう多くはない。
強欲で傲慢で、全てにおいて杜撰。そのくせ、実行力は高い。
それがウルスラの父と異母兄だった。ぞっとするような声で告げる。
「言ったでしょう、そういう人間は扱いづらいんです。こちらの予想外の動きをするから」
いつか、後先考えずウルスラを殺したりするんじゃないかと気が気でなかった。先ほど食べようとしていた一切れを、口に運ぶ。
「なんなら、ウルの母親とその愛人も殺しているし」
「……事実か?」
「確証はありませんが。ウルを引き渡した帰り道に、土砂崩れで死んでます」
サイプレス家の調査なので、恐らく間違いない。影を持たない家でも、馬車の御者に金を渡して、わざと危険な道を通らせることはできる。
いかに頑強な角族でも、土石流には勝てない。渡した金は、丸々回収できただろう。静かに告げる。
「最初から、ウルスラを守るには、逃しきるか追っ手を蹴落とすかしかなかったんです」
「今しかなかったんですよ。誰もあの子を警戒していない、都合良さげな協力者もいる、このタイミングしか」
どうせいつかは対峙するなら、やられる前に。勝算が高いうちに、と。
それが、この女が出した答えで、ウルスラ・デュボワの下した決断だった。肘置きに頬杖をつき、ぼやく。
「……その『都合良さげな協力者』が私やあの子だったわけか」
「利害は一致していたでしょ?」
覚悟の顔を一瞬で引っ込め、けろりと悪びれず宣うヘレン。ため息を吐く。
「でも結局は、ウルスラ次第でしたからね。覚悟を決めてくれて、良かった……」
幸い、ウルスラは領民想いで、責任感が強い。前述の通り能力面でも問題はないし、領地経営の実務を担う者たちも、ほぼそのままだ。
それでも足りないところは、彼女に魅了された誰かが手を貸してくれるだろう。……ヘレンが、彼女を助けたように。
もちろん、ヘレンも可能な範囲でフォローするつもりだ。
「………なるほど」
ため息混じりに同調する。
「確かに彼女は、一族を率いるに相応しい器だ。……君という怪物を、見事、引き当てたのだから」
彼から見て、彼女は……ヘレン・サシャ・クォルナは、正真正銘の怪物だった。
例えるならば、戯れに摘んだ路傍の雑草が、一噛みで人一人殺す猛毒を秘めていたような。
そういう、予測不能な凶悪さを帯びた人間だ。ある意味、元デュボワ侯爵父子よりえげつない。
ぎしりと、革張りの椅子に体重を預ける。
「デュボワは、向こう五十年は安泰だな。せいぜい、ご機嫌取りに励むとしよう……あの子のために」
「二十年以上の幽閉の後に、数年で爵位を簒奪した怪物が味方なら、安心ですね」
「……」
「この空間、化け物ばっかだな〜!!」と脳内でツッコむメラース。だが、世間一般基準では己も化け物側であろうなという自覚があったので、笑顔でスルーする。
シフォンケーキを食べ終え、唇についたクリームを舐めとったヘレンは、悠然と歩み寄り、執務机の上に腰を下ろした。
「……甥御様、気がついてますよ」
というわけで、サイプレスのフルネームは、
「ジェラルド・フォード・サイプレス」です。
お読みいただき、ありがとうございました。




